超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──足場を切り崩され、心次元の奈落へと落ちていくかに思われたマジェコンヌだったが、辛うじて一命を取り留めていた。
運良く浮遊している足場に体を受け止められて、なんとか生き延びている。とはいえ高所からの落下、その道のプロでなければダメージは深刻なものだった。
「ぅ、ぐ……」
うめき声を漏らし、指先に力を入れて立ち上がろうとするものの全身に激痛が走り、再び力なく地に伏せる。
黒い渦からくろめが姿を表すと、腰に手を当てながら呆れていた。
「おや、こんなところで寝てたのか。悪運が強いね、本当に」
「……くろめ、様」
「安心しなよ。今は助けてあげるから」
マジェコンヌの全身を黒い霧が覆うと、体に染み込むように内部へと入り込んでいく。苦痛に呻きながらも、傷口が塞がると恐る恐る身体を起こした。
嘘のように痛みが引いている。猛争の力を末恐ろしく感じながらも、くろめに頭を下げた。
「おっきいねぷっちの始末に失敗したみたいだね」
「申し訳ありません!」
「それはいいよ。過ぎたことだ」
耳を澄ませると、激しい剣戟の音が心次元に奏でられる。
それを聞いて笑みを浮かべたくろめの手には、どす黒いクリスタルが浮かべられていた。
「もうひとつ仕事を頼みたいんだ。これをもし失敗したらその時は──死ぬよりも恐ろしい罰が待っていると思ってくれ」
「は、はい!」
「うん、いい返事だ♪ これは餞別だよ」
差し出されるどす黒いクリスタルを受け取る。しかし、その顔には困惑の色が浮かんでいた。
「これは……?」
「さて、マジェコンヌ。君には神次元の侵攻をお願いしたいんだ。向こうの次元だけ仲間はずれは可哀想だからね、これはそのためのプレゼントさ。……ああ、名前を決めてなかったな」
顎に指を添えて「うーん」と声に出して悩む素振りを見せる。やがて結論が出たのか、ひとりでしきりに頷いていた。
「そうだ。これは“カオスクリスタル”と名付けよう。向こうの世界にばら撒いた混沌の力がどれほどの物かは、君もよく知ってるだろう? これを使えば、君でも女神に勝てるかもしれない」
カオスクリスタルから溢れる力に、マジェコンヌが不敵な笑みを浮かべる。
欲望の狂化。守護女神ですらその効力には抗えなかった。もちろんそれそのものは女神にとって喜ばしくない力の顕現ではあるが、マジェコンヌにとっては都合の良い代物だ。
「それじゃあ向こうは任せたよ、マジェコンヌ。オレは超次元を滅ぼすつもりだからさ」
「はっ! お任せください」
クロワールが作り出したワープゲートに姿を消したマジェコンヌを見送ってから、残ったくろめはやはり笑っていた。
哀れなマジェコンヌ。こちらの思惑も計れないまま利用されているとも気づかずに。
「マジェコンヌ。君が勝っても負けても、どうでもいいんだ。結末は全部同じだからね──」
絶望の邪神、ヌルズ・エクス・モルテスの機神召喚が叶えば超次元だけではない。隣り合う神次元も、零次元も、心次元も。壊次元も何もかも全部無為に帰す。それまでの時間稼ぎとも知らずに、本当に女神に勝てる可能性に縋りついている。
「君は“女神に勝てない宿命”を背負っているみたいだけど──今度こそ覆せるといいね」
くろめは激化する戦闘に耳を傾けていた。
「クロワール。そろそろ向こうも面白いことになっているみたいだ、見に行ってみようか」
「おうよ!」
──守護女神が迫る。
女神候補生達は戸惑いながらも、攻撃を凌いでいた。
手合わせや、特訓ではない。迫る刃からは確かに殺気が感じられた。
カオスシスターも加わって防戦一方となったエヌラスだが、アイエフと大きなネプテューヌにレオルドもいることでなんとか戦況を膠着状態に持ち込めている。まさにギリギリの均衡となっていた。
「お姉ちゃん! お願い、こんなことやめて!」
「何を言っているの、ネプギア?」
心底怪訝そうな顔でパープルハートが太刀を構える。パープルシスターがその刃を防ぎ、後ずさった。反撃の機会はいくらでもある。だが、姉妹同士で殺し合うのを忌避して反撃に転じることができなかった。
ブラックシスターはまだ反撃に出ているが、それでも弾幕の薄さからブラックハートに接近を許してしまっている。
ホワイトハートの戦斧からホワイトシスターの二人が逃げ惑う。
唯一、女神候補生の居ないグリーンハートだけはエヌラスとしのぎを削っていた。
《ど、どどどどうしたらいいっすかぁ!? うひゃあぉ!》
「どうするもこうするも! 正気に戻すしかないでしょ!」
《どうやって!?》
「…………自分で考えて!」
《何も考えてないんすね!?》
レオルドとアイエフは都度、女神候補生の援護に回っているがそれも一時しのぎだ。
カオスシスターの複合型ビームブレイドとゲハバーンを大きなネプテューヌが両手の大剣で打ち払うものの、射出されたプロセッサユニットからの包囲攻撃に逃げ惑っている。
「んもぉー、クロギア! もうちょっと手加減してよぉー!」
「…………」
戦闘中でも変わらない様子に戸惑いの表情。だがやはり、攻撃の手を緩めようとはしなかった。
パープルハートの太刀をうずめが防ぎ、弾くとその横からエヌラスが飛んでくる。電磁加速蹴撃、アクセル・ストライクがパープルハートを蹴り飛ばした。反動で体勢を変えながらグリーンハートの長槍を捌き、同じように蹴り飛ばす。
ブラックハートとホワイトハートも一度身を引き、陣形を整えるとカオスシスターも大きなネプテューヌから距離を取る。
「お姉ちゃん達、どうしちゃったの!? 優しいブランお姉ちゃんに戻ってよ!」
「何を言ってるんだ、ロム、ラム。あたし達はいつもどおりだろ、なぁ?」
「えぇ、そうね。むしろそっちこそどうしたのかしら? こんなのいつも通りでしょ」
苦虫を噛み潰したような顔でエヌラスはブラックハートの言葉にしかめていた。
「エヌラス。ねぷっち達はどうしちまったんだ……」
「……見た目はそのまま、中身だけそっくり入れ替わったみてぇだな」
精神汚染。邪神と長年戦い続けてきたエヌラスにとっては馴染み深い洗脳状態に、それだけに厄介さが染み付いている。汚染されている側がその異変に気付けないということが何よりも問題だ。今のパープルハート達にとって、自分の姉妹や仲間に刃を向けることはなんの疑問も抱かない状態だ。
常識改変。歴史改変にも似た状態からエヌラスはゲイムギョウ界の状況を導き出すと、その鍵を握るのがうずめだとすぐに気づく。
「うずめ。多分どうにか出来るとしたらお前だけだ」
「俺が……?」
「あれをやったのがくろめだとしたら、元に戻せるのはお前しかいない。こっちで時間を稼ぐ、隙を見て頼めるか」
「……ああ、わかった! 任せとけ!」
猛争の力で改変されたのなら、同様にうずめの力で修正できるはずだ。エヌラスは気息を整えてから踏み込む。それに続いてアイエフとレオルドが援護に入った。
「ぎあっち、聞いてたな。俺がなんとかする! 辛いのは俺も同じだけど、辛抱できるか」
「わ、わかりました……!」
すでにエヌラスはカオスシスターを相手に動いている。邪魔が入るとしたらそこだ。介入者である自分とクロギアを遠ざければ戦況はまだ五分に持ち込める。
倭刀と複合型ビームブレイドが一瞬だけ火花を散らし、ゲハバーンを断鎖術式で払い除けながらエヌラスがカオスシスターを力任せに殴り飛ばした。
「こらー、エヌラス! クロギアの顔殴るなんてかわいそうでしょ!」
「オメーはどっちの味方なんだよ!?」
「もちろん、わたしはわたしの味方だよ!」
「次ふざけたこと抜かしたらテメェのケツをしばく」
それとなく大きなネプテューヌを脅すと、プロセッサビットの全包囲攻撃を避ける。飛行する相手に断鎖術式で追いかけると、レオルドが援護射撃を中断してパープルシスターの援護に向かった。
《女神様、ごめんなさぁーーーい!》
「レオルドさん!?」
謝罪しながらもグリーンハートを横からタックルで突き飛ばす。元がロボットだけにその質量差だけは埋めようがない。衝撃で体勢を崩した隙に、パープルシスターがM.P.B.L.で撃つ。
ブラックハートの接近をブラックシスターが連射して妨げるが、直上からボルケーノダイブで飛び込んでくる姿に向けてアイエフがデッドクリムゾンを発砲する。爆炎に呑まれ、逸れた軌跡に内心後ろめたさを覚えながらブラックシスターが最大出力をぶつけた。
ホワイトシスターの二人が放つ氷塊を戦斧で破壊しながら迫るホワイトハートを大きなネプテューヌがハンドガンで妨害するとそのままの勢いで両手の大剣で戦斧を防御する。痺れる手に顔を歪めながらも、ロムとラムが撃ち出した魔法がホワイトハートの動きを封じた。
パープルハートの太刀と、うずめのメガホンが衝突する。体勢の崩れた仲間に、一瞬だが動きが鈍った。
「ねぷっち、ごめん!」
うずめがメガホンを投げつける。それを太刀で払った隙を逃さずに固く握りしめた拳を叩き込み、次いで蹴り飛ばした。落ちてくるメガホンを掴み取ると大きく息を吸い込み、拡声された衝撃波で四女神をその場に釘付けにして消耗させる。
「っ……お姉ちゃん達が──」
「テメェのじゃねぇだろ」
カオスシスターのプロセッサビットを足場代わりに跳躍してエヌラスが攻撃を掻い潜り、動揺した相手に向けてアクセル・ストライクによる浴びせ蹴りで地面に叩き落とした。
今が絶好の好機だ。うずめの力で四女神の洗脳状態を解除できるとしたら、今しかない。
「うずめ!」
「わかってる! ──待ってろ、ねぷっち、みんな! 今助けるから!」
息を整える。うまく出来るか確証なんてない。だがそれでも、うずめは心の底から願った。
──ネプテューヌ達が元に戻りますように、と。
同じ猛争の力だ。相殺できないはずがない。
パープルハート達を包み込むまばゆい光が放たれ、そして──。
レオルドのセンサーが警鐘を鳴らす。
《うずめさん、危ない!!!》
対岸より放たれる青い光がうずめの足元に直撃した。爆発と爆風に無防備な身を晒されて吹き飛ぶが、ダンジョンの壁に身体をぶつけて辛うじて止まる。
「今のは──!?」
《──浅はかな。戦場では全てが順調な時こそ細心の注意を払えと指導したはずだがな》
うずめに急いで駆け寄るレオルド達を横目に、それまで姿を見せなかったシロトラが初めて降り立った。
プラネテューヌの狂信者。教会騎士、守護女神艦隊ゴッドフリート所属──最強の戦機。
穢れなき栄光の白い機体カラーではなく、その全身に青い増加装甲を伴っていた。
「シロトラ、貴方……その姿は」
《……凶暴化する猛争モンスターとの抗争に終止符を打つために用意された強化プランのひとつだ》
高火力、重装甲。元々の機動力を犠牲に戦闘能力を大幅に引き上げた《ライデンHⅡ強化増幅装甲》を纏ったシロトラの右肩にはエネルギーキャノンが追加されていた。右手にはブルースザッパーを持ち、左手には双門式のバズーカ・ランチャーを小脇に抱えている。腰に下げたグレネードホルダーには追加のエネルギーグレネードを携行していた。
苦悶の顔を浮かべたパープルハート達が頭を振る。その身体からは猛争の力による黒い霧が滲み出していた。
「貴方はうずめさんを信仰しているんじゃなかったんですか!?」
《ああ。そうだ。だが──“俺”が殉じる女神はただ一人。あの方を守るためならば、俺は世界を殺してでも守り抜く》
増加した肩部装甲が満開の花のように開く。そこから顔を覗かせたのは、集音器のような二門の砲塔だった。
《ローゼス・レーザーユニット》から放たれるレーザー照射を、うずめを咄嗟に抱えたレオルドが避ける。散り散りになったパープルシスター達の前に、再び守護女神達が立ちはだかった。
《うずめさん、しっかりしてください!》
「──、っ……ねぷっ、ち…………!」
「ひどい怪我、なんとか回復させてあげたいけれども……この状況は厳しいわね!」
アイエフがうずめの容態を観察して、焦燥感に駆られながらもホワイト・ブランクでパープルシスターを援護する。
俺が周囲の索敵を怠っていなければ──、自責の念に駆られるレオルドに、しかしエヌラスは声を張り上げた。カオスシスターの猛攻を凌ぎながらも、地面に這いつくばるような形で転がりこむと全身を跳ね上げて蹴り飛ばす。
「レオルド! お前はうずめを超次元に連れて帰れ! この状況じゃ回復させてやる余裕がねぇ!」
《ですがそれだと──!》
「いいからさっさと行けや万年ビリケツドべ太郎がよぉ!!! 女神守んのがテメェの仕事だろうが! アイエフ、でかネプ! レオルドの援護を頼む!」
「なんか私の名前略された!?」
「レオルド、悔しいけれどここは一度撤退するわよ! この怪我じゃ長く持たないわ!」
重傷を負ったうずめの姿に、レオルドはアイエフの言葉もあって道を引き返し始めた。その背中を見つめてから、シロトラはエヌラスに顔を向ける。
《貴様は逃げないのか?》
倭刀が閃く。その剣閃はダンジョンの入口を切り崩し、瓦礫が積み上げられた。
「わりぃな、帰り道なくなっちまった」
シロトラがエヌラスに迫ろうとして、しかしパープルハートに阻まれる。
《なんのつもりだ》
「シロトラ。貴方はうずめを追って──彼は私達が引き受けるわ」
それこそなんのつもりかと首を傾げ、黒い渦の中から姿を表すくろめにシロトラが姿勢を正した。
「盛り上がってるみたいで何よりだ。こちらが有利かな? ああ、でも【俺】は邪魔だね。シロトラ」
《はっ! 何なりとご命令を》
「君は邪魔だから、向こうの【俺】をしっかり仕留めてくるんだよ。早く行きな」
《お任せください》
背部のバーニアを噴射してシロトラが跳躍し、浮遊している足場に向けて飛び立つ。だが守護女神ほどの飛行能力は無いのか、時折着地していた。増加装甲で飛行能力を失っていると考えてダンジョンの通り道を崩したというのに。
「あ! てっめズリぃぞ空飛べんの!!!」
「貴方も飛べるでしょ……」
「……クロギア。君は超次元に先回りしていてくれ、オレもすぐ行くからさ」
パープルシスター達を相手に険しい顔をしながらも互角以上に渡り合っていたカオスシスターは静かに頷くと、ゲハバーンで空間を切り裂いて姿を消す。エヌラスは舌打ちした。状況は最悪な方向へ順調に転がり込んでいる。
「ネプギア! ディル達にすぐ知らせろ!」
「でも、それじゃエヌラスさんが!」
「そうですよ、お姉ちゃん達はどうするんですか!」
唯一の解決策だったうずめは重傷。最も避けたかったシロトラとの交戦は辛うじて回避できた。だが、カオスシスターが先回りしている。このままではレオルドが追いつかれるのも時間の問題だ。そうなれば、零次元へ通じる道で陣取っているディル達にシロトラを押さえてもらうしかない。しかし、レオルド達の交信距離はあまりに短い。
となれば、飛行能力に分があるパープルシスター達を向かわせる他になかった。
──但しそれは、守護女神達を奪還するという目的を果たせない。
「大丈夫だ、ネプギア。ユニ。ロム、ラム──必ず連れ戻す」
「ッ、でも!」
「──信じろ」
エヌラスは一言。ただそれだけでネプギア達を黙らせた。
「俺を、信じろ──」
ただ一人だけが絶体絶命の、絶望的な状況下で諦めていない。
その眼の力強さに気圧されて、何も言えなくなって。目尻に涙を溜めながらパープルシスターは唇を固く閉ざした。
「お姉ちゃん達を、お願いします……!」
絞り出すような声で背を向けて心次元の空を駆ける女神候補生達に、エヌラスは親指を立ててみせる。
四女神が並び、その後ろにはくろめが立っていた。
「テメェは戦わねぇのか、くろめ」
「オレはいいよ。高みの見物させてもらうからさ、気にせずに殺し合うといい」
「そりゃ助かる」
無造作に放ったレイジングジャッジの弾丸を、ホワイトハートが戦斧を盾代わりにして弾く。
「それよりも自分の心配をした方がいいんじゃないかな? 今からでも逃げたらどうだい」
「さっき言ったと思うけどよ──悪ぃな、帰り道忘れちまったよ」
エヌラスはロングコートを翻しながら鼻で笑っていた。
「
「貴方、本気で私達に勝てると思ってるの?」
「なんだノワール。思っちゃわりーか、つけ上がんな女神風情が。テメェらとは“
帯電した拳を鳴らす。
──戦ってきた。ずっと戦ってきた。ずっと独りだった。
その終着点に、これ以上の贅沢を望むことなどない。
パープルハートの姿があった。
ブラックハートの姿があった。
ホワイトハートの姿があった。
グリーンハートの姿があった。
滅びた次元世界で、愛した守護女神達がそこにいる。
隣ではなく、敵として。
魔人の本懐を遂げるのに、これ以上の舞台があるだろうか?
「俺に世界の全てが救えなかったとしても、お前らだけは取り戻す。
──絶対に、諦めねぇぞ。覚悟しろ」