超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
絶対絶命の窮地にあってなお、追い込んでいるはずの四女神達は苦戦を強いられていた。くろめも信じられないものを見る目で観戦している。
それもそのはず。
左腕一本で振るう剣術が、どういうことか先ほどまでよりも冴えている。火事場の馬鹿力と言えばそれまでだ。しかし、右腕を失ったというハンデは余りにも大きい。重心のバランスに始まり、発剄のための套路においても、身体動作のあらゆる点において齟齬が生じる。にも関わらず──エヌラスの剣戟は一向に衰えていないどころか、速度を上げていた。
パープルハートの太刀を弾き、グリーンハートの長槍を捌き、ホワイトハートの戦斧を防ぎ、ブラックハートの大剣から身を躱す。四女神もこれはどういうことかと目を疑った。
エヌラスの右腕は、とっくに壊れていた。ガラクタもいいところだ。
神経は千切れ、魔術回路と接続し、それで動かし続けてきた。そのために魔術回路の均衡が崩れ、それに伴う負荷をこれまで薬物で補填し続けてきた。左眼も含めて。
その“枷”を手にした日から、エヌラスはずっと備えてきた。右腕と左眼を除いて、万全の戦いに望めるように、と。
守護女神達と共に塔争を勝ち抜いたあの日から、ずっと。
この日のために備えてきた。
倭刀が閃く。太刀が弾く、その勢いで宙に投げていた鞘を拘束術式アトラック=ナチャによる蜘蛛の糸で手繰り寄せて“納刀”する。
「
有り得ない。グリーンハートが驚愕に目を見開く。
だがそれは、紛うことなく超電磁抜刀術・壱式“迅雷”──白く灼ける視界の中、精神的動揺によって遅れを取ったグリーンハートの身を案じるよりも先にブラックハートが迫る。
エヌラスは鞘を地面に投げるように突き刺した。
戦った──戦い続けてきた。その中で、幾つもの技を編み出してきた。沢山のものを失い続けて、削ぎ落として、それでも戦いを辞めることだけはできなかった。
「断鎖術式一号、ティマイオス! 二号、クリティアス起動! “
魔神が吠える。此れなるは、猟犬を差し置いた最高速の抜刀術。
──かつて、駆け抜けたターフの上を思い出す。
刹那。ブラックハートの姿がかき消えた。パープルハート達の頬を突風が殴り抜けた頃には、エヌラスと共に遥か遠くへ駆け抜けていく。
左手で顔を鷲掴みにして、空中を蹴る。加速、加速、
影を置き去って更に踏み込む。宙を踏みしめ、空間固定術式を粉砕しながら。
指の間から覗く青い瞳と視線がぶつかる。歯を食いしばり、憤怒の形相で互いを憎み合い、睨んでいた。
断鎖術式による逆流現象から足が解き放たれる刹那。正極と負極を限界まで高めた瞬発力で走る。ひた、駆ける。ただひたすらに前へ進む。
愛犬を取り戻すためだけに編み出した電磁加速走法──!!!
「
その脚は影を絶つ。光を超えて、ただ前へ突き進む。タキオン粒子の奔流となった運動エネルギーを魔術で制御して相手に叩きつける。
ブラックハートの拘束を一瞬だけ離して、エヌラスの超電磁加速蹴撃がプロセッサユニットを粉砕し、嫌な音を立ててレオタードに食い込み、身体をくの字にへし折って吹き飛ばした。
足場を粉砕し、二つ、三つと、廃墟を貫いてからようやくブラックハートの姿が止まる。それを尻目に、蹴り込んだ反発力で今度は反転してエヌラスが倭刀を拾い上げて呆気に取られているホワイトハートへ突貫した。
血液の魔力分解による紫電が赤く輝く。出血した物も“含めて”全て加速に総動員する。
魔術刻印はなくとも、その術式は身体に刻み込まれて長年愛用してきたものだ。記憶よりも身体が覚えている。
──脳裏をよぎる、かつての大敵。両脚にクトゥグアとイタクァを装填していた烈光の邪神を思い出していた。
業腹だが、今にして思えばやはり、あの邪神は“魔術師”としての素養が自分よりもあったのだ。
烈光の邪神──クァチル・ウタウス。
エヌラスの左足。赤い紫電から叩きつけられる寒風にホワイトハートが目を見張る。
「ん、なッ!?」
風の神性、イタクァ。風の後ろを歩むもの。横薙ぎの戦斧から逃れるように姿がかき消えていた。黒い影を目で追えば、それは有り得ない軌跡を描く。
エヌラスの右足が炎を纏う。──この劫火の一撃にどれほど苦しめられたことか。だからこそ此処が使いどきだ。
「イア・クトゥグア!」
純白のプロセッサユニットが燃える炎の大輪から飛び出してくると、煤けた頬を拭ってホワイトハートが戦斧をかざす。
左足を地面に打ち込んで術式を起動。空間固定、倭刀の鞘を打ち込んで身を屈めるとエヌラスはその場で磁場を収斂させていく。
「絶剣無式・八獄──霧氷陣・
雹混じりの雷撃を“蹴り出して”エヌラスがホワイトハートへ吹雪にも似た大規模魔術を叩き込む。だが、流石は雪国生まれ雪国育ち。身も凍るような寒さを前にしても臆することなく斧を担いで突っ込んできていた。
「こンの、程度で止まると思ったら大間違い────!?」
思っちゃいない。最初から。
エヌラスは倭刀を掲げ、振りかぶる。鞘に納めたまま背負うように。
右腕を失った分、内勁に乱れはあるが、気息に乱れはない。
そもそもにして自分の心臓が動いているかも定かではないのだから。
「
それは本来、刃無き刃を振るう気功術。だが、エヌラスは外道だ。武道脱落者であり半端な魔術師だ。一長一短、極めることができず、修めることができない。しかし道理が意味を為さぬ命の奪い合いにおいてはそれこそが最も合理的な殺人剣と化す。
風の神性の残滓を超電磁抜刀術で叩き伏せることでエヌラスはホワイトハートごと足場を叩き割った。
さながら巨人の足跡に踏み潰されたように、白い小柄な女神が地面にめり込む。
亀裂が広がっていき、パープルハートとグリーンハートが足場から離れるとホワイトハートと一緒に崩れ落ちていった。
「ブラン!」
「助けに行きたいところですが──!」
身を乗り出そうとするパープルハートを手で押さえながらグリーンハートが後ろへ下がる。その鼻先を掠める白刃に冷や汗がどっと吹き出した。ピリピリと肌に走る感覚から、それがただの抜身の刀ではないことに気づく。
刃を覆う極小の光刃。連なり、起伏のある並びはノコギリを彷彿とさせる。それが回転していた。それもまた、エヌラスが長い旅路の中で編み出した妙技のひとつ。
自らの気功術が絶技に届かぬことを知って、魔術で補った。いずれ訪れる日のために。右腕が使えなくなった時のために。
最初の“やり直し”から、ずっと。機人を打倒するために──ひいては、最強の好敵手を打倒するためだけに編み出した。
それでも結局、最後に頼ったのは合理的判断による対軍事国家攻略呪術兵装『天雷』。
一分一秒でも対敵することを避けるために造り上げた、己の弱さ。
エヌラスが空中で身を翻し、倭刀を器用に片腕で振るう。パープルハートが太刀で受けるが、手に伝わってくる振動から刀に細工を仕掛けていることに気づいた。弾かれまいと両手で力を込めて鍔迫り合い、せめぎあい、散る火花に負けじと険しい表情で睨みつける。
守護女神の武器が持つ加護に倭刀が敵うはずもなく、押し切られそうになるが、エヌラスは太刀が倭刀に食い込んだところで得物を手放した。そして、即座にグリーンハートへ向けて突撃する。
「待ちなさ、──!?」
パープルハートがその背を追おうとして、太刀に食いついた倭刀を振り払う。しかし、折れることなく粘り、見れば鞘が下げ緒のように拘束術式でぶら下げられていた。
一瞬、その一瞬だけでいい。隙さえできればそれで。
四人を一人ずつ相手にするスタンスさえ変わらなければ、まだ互角に持ち込めるのだから。
「し、んき──収斂! “
血を吐きながらエヌラスがグリーンハートと共に加速する。しかし、不慮の事態に陥っても冷静さを失わずに、対処しようと自らも魔術で対抗していた。
「く……!」
「ワリぃなぁベール、お前倒す手段全っ然思いつかなくてよ──!」
相殺しようと減速するが、エヌラスの加速は常軌を逸している。
赤い紫電を纏い、黒い重力子を撒いて、浮遊感にも似た感覚に包まれながら風景だけが置き去りになっていく。グリーンハートは寒気がした。
「まさか、!?」
「だからちょっとばかり、こいつはイテぇぞぉっ!!! フルアクセル・インパクトォッ!」
全速力。ただ全速力で相手を道連れにする電磁加速──。
心次元の廃墟を粉砕し、足場に激突し、全身が砕けそうな衝突事故を起こしておきながら。エヌラスはグリーンハートを掴む手を放そうとはしなかった。嫌な音を立ててへし折れるまでは。
文字通り手放した相手が気を失い、エヌラスが足場に向けて蹴り飛ばす。それから霞む右目で困惑した表情のパープルハートを見つけて走り出した。
折れた左腕から目を背けながら拘束術式を自らの腕に向けて突き刺す。まるでミシン作業で肉と骨を継いで骨折を矯正する。痺れに似た感覚はやがて銀鍵守護器官による再生で中和された。
歯を食い縛る。痛みを堪える。大丈夫だと自分に言い聞かせて、アクセルを踏む。骨に砂利が入ったようなザリザリとした感触をこらえる。指先の感覚の鈍さと、背筋に走る寒気。自分が間違いなく「死」に向かって全速力で駆け出しているのを直感的に悟りながら、それでも手を伸ばす。
パープルハートの手から倭刀を取り戻し、アトラック=ナチャで納刀する。
最後の、最後まで──結局自分の前に立ちはだかるのは主人公のネプテューヌだ。
「…………あなたはどうして、そんなになってまで戦うの」
「諦めたくねぇからだよ」
守護女神ノ太刀と、鞘に納めたままの倭刀が弾き合う。
一人。たった一人の魔人に四女神が追い詰められていた。その光景を信じられないといった様子でくろめは目を見開いている。
「お前たちは、ゲイムギョウ界を救うための守護女神だろうが! いつまで寝ぼけてんだクソ女神! 超次元救うのがテメェらの役目じゃねぇのかぁ!」
「ッ──わたし、は……わたし達は……!」
「こんなぶっ壊れかけた魔人様に遅れを取ってたんじゃ、話にならねぇだろうがクソボケがァァァッ!!」
パープルハートの振るう太刀がエヌラスを貫く。しかし、すぐに目の前で鏡がひび割れていく。ニトクリスの鏡による鏡像とすり替わっていた相手を探そうとするが、背後から走る稲光に振り返る。
頭と右肩で挟む形で鞘を押さえ、構えるは
「
奔る紫電は血に染まり、パープルハートのプロセッサユニットの背面に直撃して翼を粉砕した。パランスを崩して落ちる相手を見下ろしてエヌラスも足場に着地する。
その、次の瞬間──これまで総動員していた魔力のバックファイアに身体が耐えきれず、崩壊したダムのように全身から血が噴き出した。
右腕の断面から流れ出るはずだった出血すら全て魔力に転換して加速に費やした代償は重く、しかし、それでもエヌラスは立ち上がろうとするパープルハートに向けて歩み寄る。
平衡感覚があやふやなまま、自分がまっすぐ歩けているかもわからない。力が入らず、膝から崩れ落ちそうになる。倭刀で身体を押し上げて、まだ進む。大丈夫だ、まだ歩ける。自分が立っていることを確認してから、再び歩き出す。
拘束術式による身体操作は断線した魔術回路を兼任し、銀鍵守護器官による再生を促していた。だが、傷の再生が遅いことにエヌラスは薄々嫌な予感が拭えずにいる。
互いにボロボロで、それでも相手に向けて武器を構えることは止められない。
パープルハートが頭痛に顔をしかめている。
エヌラスはそれを見て踏み込んだ。電磁加速によって一息に距離を詰め、太刀と打ち合う。
一発、二発。三発と弾き合って、脚を跳ね上げる。電磁加速蹴撃でパープルハートの体勢を崩した隙に倭刀を打ち込もうとして──視界の端に飛び込んできた黒い影によって吹き飛ばされた。
守護女神ノ大剣の腹で横殴りにされたエヌラスが地面を一度、二度と跳ねていく。
「──ノワール!?」
「はぁ、はっ──! ネプテューヌ、しっかりしなさいよ!」
身体が痛むのか、顔をしかめている。
ホワイトハートもまた、グリーンハートの肩を担いでふらつきながらもなんとか復帰していた。プロセッサユニットは砕け、女神の威光はそこにはない。
全員、満身創痍状態だった。これ以上エヌラスと全力で衝突した場合、勝負はどちらに傾くかわからない。
恐ろしい相手だ。どれだけ追い詰めても、どれほど追い込んでも、こちらが追い込まれている。たかが片腕と侮った結果がこれだ。
──あの人はいつもそうだ。これまでずっとそうして泥臭く勝利を勝ち取って生き残ってきた。
隣にいればこれほど心強い味方もいない。だが逆に敵にしてよくわかる。
あまりにも、危険すぎる存在だと。
狼狽するパープルハートの前で、ブラックハートがシェアクリスタルを取り出す。ホワイトハートも、グリーンハートも。
それが何を意味するのか、パープルハートも理解した。
「ここで、私達が負けるわけにいかないんでしょ!? 違う!?」
「……それは、その通りだけど。でも──」
「バカ言うな、ネプテューヌ! お前だって知ってるだろうが、アレがどんだけヤベェのかなんて!」
「ノワールとブランの言う通りですわ。ここは、こちらも全力で行きませんと──負けます」
「────そう、ね。わたし達が負けるわけにはいかないわ」
頭の片隅で、なにか言葉を囁かれているような気がする。だが、その制止の言葉を振り払ってパープルハートもまた、自らのシェアクリスタルを取り出した。
負けられない。そう、負けられないのだから──超次元の守護女神として。
四女神がシェアクリスタルを天高く掲げる。そして、ゴールドクリスタルによって形成されるコンソールに向けて振り下ろす。
四女神の声が重なる。
──暗く、深い闇の中へ落ちていく意識の中で、光を見た。
それを見て、良しとした。
……自分は此処までだ。
『ネクストプログラム起動──!!!!』
その声を聞いて、エヌラスは笑っていた。
まだ。
立ち止まるわけにはいかない。