超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──同時刻
シャニと警備隊長がシロトラと衝突する頃、心次元ではエヌラスがネクストフォームとなった守護女神達を相手に苦戦を強いられていた。
防戦一方。反撃の手立てもなく、ネクストパープルの速度に翻弄されるがままネクストブラックの一閃が脇腹を掠める。
(くそっ、たれ……!)
倭刀が折れるたびに再生させていたが、ネクストホワイトの戦斧を捌いた直後──甲高い音を立てて粉々に砕け散った。鍔から先が粒子のように広がり、茎に刻み込んでいた魔術文字が焼き切れて効力を失う。得物を失ったエヌラスの失意に追い打ちをかけるようにネクストグリーンの蹴撃と槍撃によるコンビネーションが嵐のように降り注いだ。
舞うような動きからは想像もつかない重い一撃に地面を転がり、立ち上がろうとするが糸が切れたように身体が動かなくなった。
ネクストフォーム。ゴールドサァド達のゴールドクリスタルによる守護女神のシェアクリスタルそのものを強化するプランは成功を収めている。敵対してその力を体感したエヌラスは、ピクリとも動かなくなっていた。
その様子を見つめるネクストパープル達が降り立ち、固唾を呑む。
──絶望の魔人。不倶戴天の存在である敵を前にして四女神は苦境に立たされた。
アフィモウジャスのように無敵の盾があるわけでもない。猛争の力に取り憑かれていたわけでもない。ただただ、彼が駆け抜けてきた地獄の経験値による実力。
「流石に、ネクストフォームを前にしてはこの程度ですか」
「一人で相手にするヤツの方がどうかしてるぜ。ちょっと負けそうになったけどよ」
ネクストグリーン、ネクストホワイトの言葉にネクストパープルも剣を下ろしそうになった。
それに、勝ち誇ったような暗黒星くろめの言葉が投げられるまでは──。
「は、ははっ。そうか、君達はそんな力を手に入れてたのか。それじゃあ無理だね、勝てっこないさ──
くろめを、四女神達が視線で諌める。その表情は一様に非難していた。なんて馬鹿なことを言うのか。なんでそんなことを口走ったのか。
彼を知らなければ無理もない話だが、それだけはどんな状況下にあっても決してエヌラスに言ってはならない言葉だ。
「くろめ、あなた今。とても余計なことを言ったわ。彼に決して言ってはいけない言葉よ」
「……何を言っているんだい? 見なよ、彼は満身創痍。立てっこないじゃないか。君たちの勝利は揺るがないだろう。何を怯えているんだ」
指し示す通り、エヌラスは血まみれで地面に倒れ伏している。うつ伏せになったまま、這いつくばって指一本すら動かせない。まるでゴミのように落ちている。
どれだけの血を流したのか定かではない。
ただ間違いなく致死量を超えていることだけは言える。
──だが、果たして。
その死が彼にとって、戦いを諦める理由になるのだろうか──。
「……、────待って」
ネクストブラックが絶句していた。右目のグラスパーツからエヌラスの状態を解析している。
「エヌラス、貴方──何をしているの……!?」
生体反応は、瀕死状態だ。生きているのが不思議なほどに。ただ、魔力反応だけは相変わらず一向に衰える気配がない。それだけでもおかしな話だ。
魔術を行使するにせよ、なんにせよ。体力を使う、精神力を使う。自分をすり減らすというのに──エヌラスはまだ戦おうとしている。
粉微塵になるほど、身をすり減らしているのに。
「………………………、……」
指先が僅かに。ほんの数ミリだけ動く。地面を掻くように。
──諦めるな。
──絶対に、諦めない。
──胸の鼓動は止まってしまったけれど。
──それでもまだ“第二の心臓”は、動いている。
──俺を生んだのが魔力なら、俺が死ぬ時は魔力が途絶えたその時だ。
──だから、まだ。
──もう少しだけ。
──ほんの、もう少しだけ。
──戦えそうなんだ。
「……────、ぜっ……けん────む、しき…………」
指先から“体内”に向けて放つは、拘束術式。鋼糸に似た魔力で編んだ糸を手繰る。
断たれた神経を繋ぎ止める。自らを縛る。拘束する。
自分自身を魔力の傀儡とするために。
──ああ、ちくしょう。いてぇなぁ。
──めちゃくちゃいてぇなぁ、これ。
──いたくて、たまんねぇなぁ……なきたくなる。
──やんなきゃよかったなぁ。いてぇな、くそ。
──だけど。
「は、ちごく…………──!!!」
藻掻く。地面がどこにあるのかを、手探りで探し求める。二回、三回と自分の身体を預けている固いものがそれだと、ようやく理解した。
ぎり、ぎりり、と、下手くそなぜんまい仕掛けの人形が動く。動いて、止まって。動いて、止まって。ぐっと力を入れて、身体を押し上げる。
──だけどもう、うんざりなんだ。
──もう二度と。
──あんな思いしたくねぇんだ。
──大好きな人が。愛した人達が奪われるのはもう、たくさんだ。
──なんにもしてやれないおれにできることなんて──ああ、それこそ。
……本当に、こんなことしかないんだ。
「“
次の瞬間、エヌラスの全身から棘が生えた。骨を突き刺し、皮膚を突き破り、突き出した真っ赤な有刺鉄線は千切れそうな手足を継ぎ接いでいる。
思わず、その惨状を目の当たりにネクストパープルが目を逸らした。
ネクストブラックのグラスパーツには、エヌラスの身体を巡る魔力の流れが見えている。
外付けの魔術回路は焼き切れ、千切れて本来の一割も残されていなかった。それを自らの魔術で縫合している。常軌を逸している。想像を絶する激痛のはずだ。麻酔もなく神経を引き剥がしているようなものだ。──だが、エヌラスはかつてそれを経験している。
「…………──ヴーアの、むてきの印に、おいて……ちからを、与えよ──!」
魔刃鍛造。か細い声で紡ぐ呪詛から生み出されるのは、一振りの刃金。
バルザイの偃月刀。黒塗りの、光を映さない漆黒の歪んだ刃を持つ一振りを手にして、エヌラスは何を思ったのかそれを自らの頭上に向けて放り投げた。
剣指を結ぶ。
炎に包まれたバルザイの偃月刀の、多重投影。数にして十三。ネクストパープル達が身構えるが、その矛先が全てエヌラス自身に向けられていることに気づき……嫌な予感がした。
もしかすると自分たちは、おぞましい物を見ることになるのではないかと。
「待っ──!」
ネクストホワイトの制止の声も聞かず、エヌラスの身体を貫く十三の偃月刀。その傷口から血の一滴も流れないことに、胸が締め上げられる。敵なのに。不倶戴天の存在のはずなのに。
こうして刃を向け合うことが運命だったはずなのに。そのはずなのに──。
こみ上げてくる感情に、熱い涙が頬を伝う。
ただの自刃。自害、自傷行為。自殺行為だ。それ以外の何だというのか。だが何故、エヌラスは笑っているのか。
「……────戴天」
身体を貫く偃月刀の漆黒の刀身に、赤い管が這い回る。菌が蔓延るように。
「絶、華──」
止まった自らの心臓めがけてエヌラスは絶対防御不可能の“魔刃鍛造”を行使した。バルザイの偃月刀は魔術師の杖であり、魔術の触媒としてこれほど手に馴染んだ代物を知らない。
偃月刀が溶け落ちていく。
──かつて、一度だけ。過去に一度だけこの技をやったことがある。まさか自分の手でやる羽目になろうとは思いもよらなかったが。
自らの身体に突き立つ偃月刀を魔術回路と同時に、魔力増幅器として活用する。
動きにくさはあるが、問題ない。どうせもう二度と使い物にならない身体だ。
エヌラスの左手に、バルザイの偃月刀が握りしめられる。
取りこぼしそうになる柄を、拘束術式で無理矢理保持していた。
その瞳に、生気はもはやない。目を細め、眠気に似た寒さを静かに口から吐き出す。
「……もう、これ以上の出し物は──ねぇ、からよ…………たのむぜ」
だらりと下げた左手から垂れた偃月刀が地面を叩いた。
全身を貫く刃と、身体から突き出した真っ赤な棘。それはまるで、エヌラス自身がこれまで歩んできた茨の道が全身から噴き出そうとしている様にも思えた。
ネクストパープル達は、一度は下ろした剣を持ち上げようとして──それよりも先に、堪えきれなくなった。
──戦った。もう十分戦った。もういい。私達の負けでいい、構わない。
──だから。お願い。
「エヌラス──お願い。もう、諦めて────!」
「……きこえ、ねぇな」
「もういいでしょう! だから、お願いよ。もう私達のことなんか諦めてッ!!! おかしいと思わないの!? 貴方、そんなになってまで戦って、それでどうするの! 勝っても、生きて帰れなかったらなんの意味もないじゃない!」
涙ぐむネクストパープルの言葉に、しかし、エヌラスは一歩踏み出した。まだ感覚が馴染んでいないのか、引きずるような足の動きだったが。
「貴方のそんな姿、見たくないのよ……」
「だから……──なにいってっか、聞こえねぇんだよ。なんで、てめぇがないてんだ」
目もろくに見えていない。耳も遠い。真冬の海の中に身体を浸したような心地でエヌラスは歩く。身体が重い。なのに、浮遊感だけがある。自分が呼吸をしているのか、起きているのかどうかすら危うい。頭がぐらつく。
重力が、耐えきれない睡魔のように重く重くのしかかる。
ぼんやりと相手の輪郭だけを捉えていた。だが女神の威光だけははっきりと感じ取れる。
「しんでも、あきらめねぇぞ──ネプテューヌ」
「──ぁ…………」
「おまえなら……今の、おまえたちなら────絶望も、猛争も断ち切れるんだから」
──だから。
エヌラスは浅い呼吸で、目一杯息を吸い込んだ。
「だから──ぜったいに、諦めるな」
また一歩、踏み込む。今度はしっかりとした足取りで、構えを執る。
腕は一本しかないけれど。
目は一つしかないけれど。
心臓は止まっているけれど。
身体中に剣と棘を突き刺して。
麻酔の海に意識を揺らしながら。
それでも、まだ。
エヌラスは、諦めなかった。
──あの日出会った奇跡が、世界を救ってくれると信じている。
「おれも……おまえたちのこと──あきらめねぇからよ」