超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
バルザイの偃月刀を魔力の増幅器として転用、それに加えてエヌラス自身の痛覚と呼べるものは既に消失していた。
痛みとは“抑制力”だ。脳からの危険信号でもある。本能的に【死】を遠ざけるための電気信号を忘却の彼方に置き去れば身体は容易く崩れ落ちていく。しかし、それを許さない。
幾度となく。幾星霜。どこに行っても、どこまで行っても。
──この“第二の心臓”は、決してエヌラスを死なせなかった。
どんな絶望的な状況でも。どんな大敵を相手にしても。
絶対に死なせてはくれなかった。不死身と錯覚するほどに。
「お、オ、おおおぉぉぉあああッ!!!」
ボロボロの身体で吼える。手のひらにくくりつけた偃月刀を手放さまいと固く握りしめてネクストパープルの太刀と打ち合う。
「っ!?」
腕が折れそうだった。手に伝わる衝撃と痺れに驚く。だが──エヌラスの左腕は折れていた。
肘から逆の方向に曲がった関節を、内部から無理矢理叩き直す。
自身で気づいているのか、魔術回路で不調を察知した瞬間に修正しているのだろう。
破壊神は、最後の最後に自らの痛覚をも破壊した。
ネクストブラックが疾走る。歯ぎしりの音を立てて、固く唇を噛みしめながら。
「──ほんっとうに、嫌い! 貴方のそういうところ、私大っ嫌いよ!!!」
激情を叩きつける。ナナメブレードとバルザイの偃月刀が衝突し、周囲に凄まじい衝撃波を発生させた。大気の振動で足場がひび割れていくほどに。
エヌラスの耳には、その言葉すら届いていない。ただ、近くにあるネクストブラックの顔が何故か怒りと悲しみで歪んでいることだけは辛うじて見えている。
「どうしてそんな無茶をする時ばっかり躊躇しないの!? なんで貴方はいっつもそうやって馬鹿ばっかやるのよォ!!! ほんと嫌い、大ッ嫌い!! そのくせ誰かの窮地にばかり手を差し伸べて、自分一人で全部片付けて! 背負ってばっかりで!!!」
──ラステイション教会を武装組織から奪還する時だってそうだ。
黄金の頂に攻め入った時だってそうだ。
ハァド大戦の時も。
もっと、ずっと前から。
「初めて会った時から気に食わなかったのよ! 大人しく待っていられないわけ!? なんで私達に守らせてくれないわけ!? そんなに私達の力に不安があるの、貴方は!」
エヌラスの握りしめるバルザイの偃月刀が砕ける。しかし、即座に再生すると今度は足の甲から突き出した赤い棘を魔力で強化してネクストブラックの剣戟を凌いだ。
衣類もボロ布と化している。辛うじて上着が服の役割を果たしていた。靴も擦り切れ、ほとんど裸足になっている。ズボンに至っては膝から下が千切れ飛び、ダメージジーンズのような有り様だ。
ネクストホワイトがブラスターコントローラを構えている間、ネクストブラックがスピードでエヌラスを翻弄する。
「希望の証明だかなんだか知らないけど、それで貴方が私達に勝てるわけがないでしょう!? なんでそんなこともわからないのよ! 見えるでしょ、ねぇ!?」
ナナメブレイドと鍔迫り合う。押し込まれそうになる身体を、足の裏から血の棘で固定することで踏み留まっていた。
「ネクストフォーム、わかるでしょ!? 今の貴方なんかより、ずっと強いことくらい見てわかりなさいよ! そこまで馬鹿じゃないでしょ!!!」
歯を食いしばり、眉をつり上げて。ぐっと顔を近づけ、ネクストブラックはエヌラスの赤い瞳を覗き込む。今の私達は強いんだ、どうだと言わんばかりに、見せつける。だが、左眼は潰れ、土埃で汚れきり、血と汗で張り付いた前髪の隙間から微睡むように閉じそうな目蓋は濁っていた。
嗚呼──どうしようもなく、この人は終わってしまったのだと。血の気の引いた顔を見てネクストブラックは胸の奥が薄ら寒くなるが不思議そうに小首を傾げて、エヌラスが鼻で笑う。
──なんでそんな顔してんだか。
──ただ、まぁ。
──泣くほど怒るようなこと、しちまったんだろうなぁ。
──俺が悪いんだろうなぁ、こりゃ。
「──ごめんな、ノワール」
「ッ……!」
「なにいってっか、全っ然聞こえねぇんだけどよ……」
唇が、ほんの僅かに持ち上がる。
──この人の笑う顔を見るのは、いつ以来だろう。
──こんな風に、疲弊しきって、どうしようもない乾いた笑顔をしていただろうか。
「おまえ──ほんっと、かおがいいよな」
「──────────、ぁ……」
──何を言っているんだろう。
──なんで、こんなに目の前で叫んで。叩きつけたのに、なんにも聞こえていないんだろう。
──この人は、こんなに近くにいるのに。眼の前にいるのに。
──もう、私達では手が届かないところに逝ってしまった。
「ぁ……あ、あぁ……────ぁぁあああああッ!!!」
ネクストブラックは耐えきれずに、ただ叫んだ。
その事実を受け入れきれない。倒そうと、殺そうとずっと思っていたのに。頭の中が現実と猛争でごちゃごちゃになっていく。
乾坤一擲。ナナメブレイドが今度こそバルザイの偃月刀を力任せに叩き割った。エヌラスの体が袈裟懸けに裂かれる。しかし、そこから溢れ出るはずの赤い液体は一滴も飛び出してこなかった。
我が血こそ魔力の源泉。その
辛うじて動いている体から覗く臓腑は、真っ黒に塗り潰されていた。
何も無い。空虚な暗闇がただ傷口から覗いている。
錯乱状態に近いネクストブラックが更に斬りかかろうとしたところで、横からネクストグリーンがブラスターコントローラの射線から退避させた。
「は、なして! 放しなさいよベール! あいつ、絶対殺すんだから──!!」
「ノワール、落ち着いてください。ブランの攻撃に巻き込まれたいのですか!?」
がくり、と膝を折ったエヌラスが顔を上げる。
背後から現れた巨大なコントローラ状の砲塔。そのスコープからネクストホワイトが狙いを定めていた。
腕を持ち上げようとして異様に軽いことに違和感を覚えた。手にくくりつけていた偃月刀が、粉々に砕け散っている。
「……あぁ、もう…………まじで、なんも残ってねぇんだな──おれには」
ブラスターコントローラが展開していく。エネルギー充填が終わり、ネクストホワイトの号令を待つだけとなった。ゆっくりと持ち上げられた手を振りかざし、あとはエネルギーの奔流によってエヌラスを撃つだけとなる。
一瞬だけ、ネクストホワイトが顔をしかめた。酷い頭痛に悩まされ、それを振り払う。
「コイツで終いだ。消し飛べ、エヌラス──!」
上下に開いた砲身から、白いエネルギーの奔流がエヌラスを照らす。
真っ白な光の中に立つ姿は、まるで影のようだ。どれほど照らしても明るくなることはない一点の闇。独りの影法師。
──もう、なにもなくなってしまった。辛うじて残っていた偃月刀の術式も。両足の断鎖術式も、魔術回路も。何もかも、全部。
これまで培ってきた全てを使って、それでも四女神に届かなかった。
──手を伸ばす。自分を飲み込まんとする光に向けて。
──なにも、ない。何も残されていない。
──この命を除いて。
──もう、他にはなにも。
「…………──、」
自分でも、なぜそうしようと思ったのかはわからない。だが、他に出来そうなことはなにもなかった。伸ばした手を、浅く握り込む。拳を形作り、引き絞った。
腰を落として、足を開く。
歯を食いしばって、ただ突き出した。
──光の中にエヌラスが消えて、それで決着がつく。
そのはずだった。そうなる以外に有り得ない。ネクストホワイトも、くろめも。その場にいた誰もが。エヌラスでさえもそうだと思っていた。
だが、しかし。なぜか、どういうことか。ブラスターコントローラから放たれる最大出力の砲撃が収束していくと、やがて四女神達の間を爆風と衝撃が撫でていった。
エヌラスの立っていた足場は黒く焦げ付き、吹き飛ばされていく姿が見える。子供の投げた玩具のように壁にぶつかると、そのまま人形のように地面に転がっていた。
まだ原型を留めていることに言葉を失う。
「ブラン、貴方もしかして手加減を?」
「するわけねぇだろ! なにが起きたってんだ……!」
──地面に横たわるエヌラスは、自分の手の平を見つめていた。
──もう、なんも残っちゃいない。コレ以外は。
──ずっと、使うのが怖かった。
涙が溢れてくる。死ぬのが怖いわけじゃない。ただ、無性に涙が溢れて止まらない。
これを見るたびに、いつも思い出す。
殺された妹の顔を。楽しそうに隣で笑っていた顔を。
そんな妹の命を復讐のためだけに使ってしまった。
──魔人ヌルズの根幹。守護女神にとってのシェアクリスタルと同じ。
ねじれた双角錐形状のゼロクリスタルの表面には無数の亀裂が走っていた。赤黒い光を漏らしながら、吐息のひとつで砕け散りそうなほど弱々しく明滅している。
「……ゼ、ロ……クリスタル……────」
──
──その出処は、決して“銀鍵守護器官”ではない。制御術式を構築しているに過ぎないが。
──それは、それだけは。
──自分自身が持つ、たったひとつの技だった。
──今もまだ。胸の内で燻っている。
「…………、っは」
エヌラスは、我が身を笑い飛ばした。
──馬鹿みてぇ。なんだ、そっか。ずっとそうだったのか。俺は、俺自身がずっと目を逸らし続けて、何も無いと思っていたのか。こんなもの、なんの役にも立ちやしないとばかり思い込んでいた。邪神の記憶がそうだとばかり。嗚呼、ちげぇのか。なんだ、コレだけは違ったのか。
繰り返される箱庭の世界を、ぶち壊すだけだとばかり思っていた。だから自分が生まれ持ったのは“破壊”の力だと思っていた。きっとそれは、間違いじゃない。ただ、少しだけ。ほんの少しばかり、使い方を誤っていただけのことなんだ。
──そうか。嗚呼、そうか。
ぶっ壊すってことは。
違う、嗚呼、これもちょっと違う。
──
(…………なんだ。なんとか、できたんじゃねぇか)
アホくさ。
あまりにも馬鹿すぎて、言葉にならない。
(立てよ……なぁ、立てよ。ぽんこつ。まだ、なんとか動くだろうが──俺の腕だろうが。俺の足だろうが。頼むぜ、まったく)
腕は壊れてしまったけれど。
脚は折れているけれど。
骨も砕けているけれど。
血の一滴も出ないけれど。それでも、まだ。
──銀鍵守護器官は、エヌラスの胸の内で脈打つ。
『──お前、これが無いと死にそうだしな』
大魔導師の言葉を思い出す。魔術回路を施術する際に発した言葉だ。
これのおかげで今日まで生きてこれた事実に、エヌラスは拳を地面に当てて上体を押し上げる。
あの日、師が何を考えていのか。何を思っていたのか、今でもわからない。
言葉にすることはなく、尋ねてもはぐらかされるばかりで。自分でも何考えているのかわからないんじゃないかと勘ぐってしまう。
(……なぁ、師匠。先立つ馬鹿な弟子を赦してくれよ。あいつ等だけは──どうしても、この手で救ってやりたいんだ)
──きっと、アンタは怒るだろうけど。いつものことだろう?
──俺が馬鹿やるのなんて。
エヌラスは、やっとの思いで立ち上がった。ネクストパープル達はそれを見て何も言わずにいる。誰かが刃を振り下ろせば、それで呆気ない最期を迎えるだけの悪あがき。
「……何をしているんだ、さっさとトドメを」
くろめの心無い言葉にネクストグリーンが鼻先に穂先を突きつけていた。背筋が凍りつく程に冷徹な瞳が静かに殺意を向けている。
「黙りなさい。この力を貴方に向けられたくなければ」
「…………、ち」
だがどうせ時間の問題だ。あれは間もなく消滅する。モンスターや邪神達と同じように。面白くない表情を隠そうとせずにくろめは舌打ちすると、押し黙った。
誰も、止めようとはしない。ただ絶望の魔人の最期を見届けようとしている。
立ち上がり、腕を垂らしたまま顔を俯かせて動かない。事切れたかに思われたが、ネクストブラックが目を細める。
「──まだよ」
左胸の第二の心臓が、まだ輝いていた。
一筋の光を描き、左手に伸びていく。
「──光差す世界に」
口訣を結ぶ。消え入りそうな声で。
「汝ら闇黒、棲まう場所無し──」
拳を握りしめる。そして、手を開いて掲げる。
「──渇かず、飢えず。無に還れ」
そして、全てを飲み込む白い闇が生まれた。魔力の余波に一瞬、ネクストパープル達の身動きが封じられる。その圧倒的な魔力、膨大な質量。これまで無限に匹敵する熱量を目の当たりにしてきたが、それを自分たちに向けられるのはこれが最初で最後だ。
「ネプテューヌッ!」
「ええ。わかっているわ」
ネクストブラックの声に、ネクストパープルが太刀を握りしめる。意識を集中させて、刀身にエネルギーを集めていく。
プロセッサユニットによって整波されたシェアエネルギーがプラネテューヌのシンボルカラーである紫色の光を灯す。太刀を覆い尽くしたエネルギーを振りかざし、ネクストパープルはエヌラスに向けた。
次元一閃。物質的な斬撃としてではなく、概念ですら断ち切るネクストパープルの必殺技だ。アフィモウジャスに取り憑いていた猛争エネルギーを斬り捨てた時と同様に、無限熱量も。
──聖句を告げる。
「祝福の、華に……誓って──」
“無限熱量”が、変異した。
ネクストパープルが飛翔する。
「──我は、世界を拓く者也」
光球が脈動し、白い闇が渦巻く。
──無限熱量に、本来名前はない。
──ただ、出会った好敵手があまりにも眩しかったから。
──だから、その名前を借りた。
──誰かの思いを背負って不退転の決意と共に進撃する、無限の輝望があまりにも眩しくて。
──俺には届かなかったから。
「次元、一閃ッ!!!」
振りかざした太刀が振り下ろされる。触れるもの全てを切り裂きながら。時間も空間も、絶望も猛争も、何もかも。
「──シャイニング・インッパクトォォォッ!!!!」
“最強の名前”を借りて、負けたら洒落にならない。
ただ、ありったけ。
エヌラスは自分自身に残されている全てを込めて無限熱量をネクストパープルへぶつける。
刃と光球が触れた次の瞬間──白い闇が膨れ上がり、全てを飲み込んだ。