超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
心次元で起きる超次元のエネルギー衝突は、シロトラがくろめの身を案じるのに十分すぎるほどの熱源となった。それは、一瞬と言えど劣勢に追い込まれていたシャニと警備隊長にとって逃せない好機。
二人の間に“友情”と呼べるものはない。ただ、互いにビジネスのため。利害の一致。己の目的のための踏み台。機械的で打算的な関係性。
──それでも。
背中を預ける実力の持ち主であることは互いに認めていた。
シャニが飛行ユニットの推力を最大出力で突撃する。自らの身体を質量兵器として打ち出し、シロトラに組み付く。
主翼の片羽根は落とされ、自律飛行ドローンはことごとくが撃墜された。残された連装型グレネードランチャーも左腕のマニピュレーターを破壊されて取りこぼしている。右腕の突撃銃だけが残され、シロトラにはさほどの損害が認められない。
《警備隊長、俺のメインスラスターを狙い撃てぇえええっ!!!》
メイン動力と直結したことで得られる爆発的な推力を、そのまま暴走させることによる自爆特攻。その言葉に、警備隊長は迷うことはなかった。それが最も有効的な武器となることを導き出していたのは同じだったから。
組みつかれたシロトラがシャニを引き離そうとするが、突撃銃を腰に回り込ませて羽交い締めにしている。壊れた左腕でできる拘束に、シロトラはエネルギーグレネードを持ち出そうとするが、シャニは残ったスラスターでそのまま地面を滑るように振り回した。
シロトラの手からエネルギーグレネードがこぼれ落ちる。
シャニは一度だけ、周辺地域の確認を行った。零次元の壊れた世界にある亀裂を見つけ、そこが底無しの奈落の落とし穴になっていることを確認する。そして、警備隊長に向けて頷いた。
無言のアイコンタクト。実力が同じ者同士が至る付和雷同。
《仲間を守る。任務を達成する! そして、貴方を足止めする! その全てを遂行する! 俺は──》
戦闘用として開発された自分よりも先に稼働していたセインのことを思い出す。あんな超ド級の変態に、なぜこれまでただの一度も戦績で勝てなかったのかわからなかった。
──あんな
《最後の強襲班として、責務を果たす! 俺の覚悟を受け取れ、シロトラ教官!!!》
スラスターが絞られる。最大出力のメインスラスターに、腰部スラスターを全開にしてシャニは高速突撃加速装置を起動させた。
《気に食わん奴だ。ああ今でも貴様は気に食わん奴だ! だがしかし、
警備隊長が自重で地面を抉りながら脚部アンカーを展開し、機体を固定する。
装甲に無惨な切り傷が残され、コアユニットは剥き出しになっていた。辛うじてメインシステムに損傷は与えられていない。頭部ユニットは半壊している。ノイズだらけの視界で、しかし照準を定めていた。
──【友軍識別信号:オフ】──【敵性勢力確認】。データログを流し見て、引き金に指をかける。
《プラネテューヌにも気骨のある奴がいたと覚えておくぞ!》
大口径のスナイパーキャノンから放たれる徹甲弾は真っ直ぐにシャニの背中。メインスラスターの噴射口へ吸い込まれていく。
一瞬の誤作動。ガクンと背中からの衝撃に、しかしシャニは自らの不調を全て読み飛ばした。
直後、大爆発が起きる。それは“環境汚染物質”を撒き散らし、通常では有り得ない緑色の光を放ちながら凄まじい衝撃波を発生した。
都合二度目。守護女神近衛機兵団によるプランGの玉砕敢行。その直撃を受けたシロトラは全身から吐き出されるエラーログを振りかぶり、亀裂の狭間から奈落の底へ落ちていく。
《チ、ぃ……!!》
背面のツインブースター推力を全開にしてブルースザッパーを構えて地上へ躍り出る。しかし、そこへ警備隊長が突撃してきていた。
機体の損傷も無視できないはずだ。スナイパーキャノンを保持していた右腕は衝撃に耐えきれず、肘から吹き飛んでいる。半壊した体で、全力でブーストを吹かしていた。
《警備部隊隊長として、現場に赴いた以上その責任は現場監督である私のものだ! 貴様一人に全てを担わせるわけにはいかん!! なぜなら私は──!》
右肩がせり上がる。その内部のミサイルを掃射し、左手の突撃銃を撃ちながら警備隊長はシロトラめがけて突撃する。しかし、エネルギーグレネードとブルースザッパーによる斬撃で猛攻を凌がれる──それでも警備隊長は機体各部から火花を散らして一度は復帰したシロトラに立ち向かっていた。
《武装企業警備部隊隊長だからだッ! 国境警備隊なんぞに、負けてたまるかぁあああ!!!》
《ッ──!》
シロトラのブルースザッパーが振り抜かれる。
警備隊長の左肩からメインシステム、コアユニットを深く切り裂いた。だが、加速のついた右足によるアサルトチャージでシロトラの体が二度に渡って奈落へ向かって落ちていく。
《貴様ら──貴様らぁあああああっ!!!!》
それは怨嗟の絶叫だった。崇拝し、敬愛し、この手で葬るとさえした守護女神から託された任務を果たすことができない騎士の後悔が闇の中で木霊する。
機体反応が遠ざかっていくことを確認して、警備隊長の機体は全身から黒煙を上げてシステムダウンした。深く肩を落とし、その自重で脚部が爆ぜる。
傾いた身体を起き上がらせることはできず、静かに重く横たわった。
《……──、……シャニ──か……惜しい、やつだった……──────…………》
頭部ユニットの機体カメラから、光芒が失われる。
──わるいゆめを見ていた気がする。
──なにか、ずっと。こわいゆめをみていた気がする。
──自分が自分ではなくなるような。
「……────エヌラス?」
刹那。
その優しい声色に、笑みを浮かべる。
──きっと、ただの夢だ。
──こんなのは、全部が全部。悪い夢だ。
ネクストパープルの次元一閃と、エヌラスの無限熱量の衝突は、奇跡的に周囲に被害をもたらさなかった。ただ一人、くろめだけは危険を察して距離をとっている。
何が起きたのか、守護女神達にも理解が及ばなかった。
しかし、認識が追いつけば追いつくほど寒気がする。
「──────エヌ、ラス……?」
自分が手にしている太刀が、彼の身体を深く切り裂いていた。
体重を預けるようにしているはずの相手から感じられるはずの体温が、無い。驚くほど冷たいことに、背筋が凍りついた。喉を締め上げられるような錯覚に、息が詰まる。
不意にネクストフォームが解除され、次いで、間もなくして女神化が解除された。
ノワールも、ブランも、ベールも。頭の中に深い霧がかかったようにぼんやりとする思考を振り払う。しかし、それでもエヌラスの姿を見た瞬間に呼吸を忘れていた。
──なんでだろう。
──なんで、この人はこんなに傷ついて。最後の最後まで、絶対に諦めなかったんだろう。
──なんで、この人の身体はこんなにも冷たくなってしまっているのだろう。
頭の中でずっと、疑問が渦巻いている。なのに、目頭が熱くなって、眼の前の現実を拒絶ばかりしている。そんなはずないのに、なんで、こんなはずはないのに。
だって、エヌラスは──不死身の仲間のはずなのに。死ぬはずがないのに。
「エヌラス、ねぇ、エヌラス! ねぇってばぁ!!!」
膝から力なく崩れ落ち、肩に頭を乗せてほんの僅かに。虫の息で笑った声が聞こえた。
ノワール達が慌てて駆け寄る。
「ちょっと、しっかりしなさいよ!! ねぇ!」
「ノワールなにしてんだ! お前早く回復してやれよッ!!!」
「やってるのよ! なんでよ!! なんで、治らないのよ!!!」
「エヌラス──、わたくし達の声が聞こえますか!? しっかりしてくださいまし」
エヌラスの手がネプテューヌの手を取り、自分の左胸にあてがった。
「エヌラス?」
「………………なく、すなよ……」
だいじなものなんだ。
すげぇ、だいじなんだ。
ずっとおれをまもってくれた、たったひとつのおくりものなんだ。
あのひとからはじめてもらった、たいせつなものなんだ。
それはちっぽけで、ちいさなものかもしれないけれど。
それこそ、ああ、それこそ──いのちよりもだいじなものなんだ。
こいつなくしたら、いえにかえれねぇんだ。
「ちっぽけかも、しれねぇけどよ……」
ネプテューヌの手に、固い感触があった。しかしそれは、手の中で輝きを灯している。
複雑な形の、小さな鍵。小さな手に収まるくらいの、奇跡の結晶。
──銀鍵守護器官を握りしめて、大粒のナミダを流してネプテューヌが鼻をすする。
言葉が出てこない。首を横に振って、突き返そうとする。
これがあれば、エヌラスは大丈夫だ。だから戻して、きっと、いつものように。
なのに、まるで鍵穴を塞がれたように上手くいかない。
「だいじな……、いえのかぎなんだ────」
「そんなの、預かれないよ!」
「おい、エヌラス! お前死んだら、許さねぇからな!! なぁ、おい! 聞いてんのか!?」
ブランが肩を揺するが、触れた肌の冷たさに血の気が引く。
「ネプテューヌ……ノワール、ブラン……ベール──」
四女神の背後。巨大な質量の出現に振り返れば、そこには──ダークメガミが出現していた。
この人だけは守ると、身体を寄せ合おうとするネプテューヌ達に、しかし対抗する手立てはない。エヌラスは拳を握りしめる。
肩まで拳を持ち上げて、ネプテューヌからずり落ちるようにして足場を殴りつけた。
ごつん、と鈍い拳骨の音に、少しずつ亀裂が入っていく。やがてそれは、全員の体重を支えきれなくなって崩れ落ちた。
とっさのことで体勢を崩し、バラバラに落ちていく四人に向けてエヌラスは声も出なくなった口を動かしている。唇の動きから読み取ろうとするが、不思議とそれは耳に届いていた。
きっと。
それは、エヌラスのことをよく知っている人たちなら全員が理解している。
何を言うのかを。
奈落の底へ落ちていく四人が手を伸ばす。エヌラスに向けて。だが、まるでそれを拒むように無数の魔術文字に包まれていく。
「なにしてるの、手を伸ばして! エヌラス!!!!」
ノワールが最後まで“右手”を伸ばしていた。だが、その手を取られることなく四人は浮遊感と共に白い光の中に包まれていく。
それでも、見た。
彼が最後まで、その姿が消えてなくなる瞬間まで繰り返した言葉を。
「──ぜったいに、あきらめるな」
それは、絶望の魔人に与えられた最初で最後の祝福であり、呪詛だった。
彼が無限に繰り返してきた言葉。
彼を無限に立ち上がらせてきた言葉。
だから、そう信じている。
──彼女たちなら、必ず立ち上がってくれると。
四女神の姿が消える。
絶望の魔人は奈落に落ちた。その姿は消え失せている。
シロトラは戻らず、連絡を取る手段もなかった。取る気もない。
心次元に一人残された暗黒星くろめは、顔を怒りで染め上げる。
全ての計画が上手くいくはずだった。だが、その全てをことごとく破壊されてしまった。
「────、はぁ。まぁいいさ。彼は死んだんだ。これでようやく俺のターンってわけだ」
だが、暗黒星くろめは知らない。知る由もない。
──超次元には、真に恐るべき怪物がいることを。
──リーンボックス
一通の電報。それは、箱崎チカによる「お姉様対談」を何度目か迎えていたアルシュベイトに向けられた暗号通信だった。
その相手とは、軍事国家アゴウの守護女神、剣姫から。
《どうした、御姫》
『アルシュベイト。そちらはどうだ』
《特に問題はない。武装企業が最終調整に入っているくらいだ。何かあったのか》
長い沈黙に、首を傾げる。
《御姫、どうした?》
『──ああ、すまない。なんと、言うべきか。いや、だめだな。頭が回らん』
どこか湿っぽい声の様子に、アルシュベイトが再度首を傾げた。だが、一度深呼吸をすると意を決したのか、深く息を吐き出す。
『すまんな。上手く言えん。だから、率直に言うぞ。アルシュベイト』
《わかった》
『アダルトゲイムギョウ界、壊次元に──
その言葉に、今度はアルシュベイトが長い沈黙を貫いた。
剣姫はそれから一度息を吸い込み、気持ちを落ち着かせている。
『……だから、おれから報せることは。それだけだ、アルシュベイト』
《…………ああ、わかった。ありがとう。報告に感謝する》
短く相槌を打つと、すぐに切られた。
キンジ塔の出現。それが意味するところを知らない神格者はいない。
エヌラスは死んだ。たった一人で戦い続けてきた最高の
だが、その喪失感を埋めるように今度は怒りが湧き上がってきた。とめどなく、それこそ無限に怒りだけが沸々と。
「ひぇ……」
それは、近くにいた箱崎チカですら顔を青くするには十分すぎるほどの軍神の怒りだった。
《……エヌラス。あとは、俺に任せろ。お前の信じた最強に任せておけ》
──俺は、絶対に負けん。