超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ep.222 その吸血姫、あっぱらぱーにつき
──光に包まれ、やがてその視界が開けた瞬間。ネプテューヌ達の視界に広がるのは一面の大海原だった。高所落下のプロと言えども、その想定外の事態に対処出来ない。哀れ、四女神は頭から水面に叩きつけられるように着水した。
上下の感覚を失い、水中で藻掻く。不思議と水温は冷たさを感じず、それどころかどこか心地よさを覚える。肌に馴染むような温かさに、力を抜くとすぐに身体が浮き上がっていった。
「っぷはぁー!! し、死ぬかと思ったぁ……! げっほげほげほ!」
塩辛い、と思って吐き出すが、以外にも無味無臭。それどころか清水のような舌触りにネプテューヌが眉を寄せていた。
ノワール達もすぐそばに落下していたのか、水面に顔を覗かせている。
「ノワール、大丈夫?」
「ええ。ブランもベールも無事みたいだけど……どこなのかしら、ここ」
「ゲイムギョウ界ではないようですが」
見渡す限りの大海原。
疑問符を浮かべていたネプテューヌ達に、一人の声が投げられた。
「あれー? 何してんの四人とも。あ、べるちゃーんやっぴーーー♪」
思わぬ来客に浮ついた嬉しそうな声の主。ベールが振り返り、驚いていた。
「アポ無しで来てくれるのは嬉しいんだけど、不法侵入はちょーっといただけないにゃーん」
「……むーちゃん? ということは、もしやここは」
「そ。月の裏側。月面国家ナナイト──私のプライベートなビーチへようこそ~」
真月の吸血姫、ムルフェストはいつものように満面の笑みで驚愕に硬直する四女神を迎えていた。
月面国家。アダルトゲイムギョウ界の中でもナナイトは特に不明な点が多い。ひとえに立地が地上から遠く離れていることが起因している。神格者の中でも立ち寄ったことがあるのは大魔導師くらいのものだ。あとエヌラス──もっともそれはムルフェスト亡き後の無人の月面都市だったが。
ゆえに、その“月の湖”と呼ばれるムルフェストのプライベートビーチで来客を迎えたのは今回が初めてのお客様ということになる。それが超次元の四女神ともなれば、楽しいこと最優先至上主義のムルフェストとしては怒るどころか大歓迎。
水面に浮かぶ石造りの東屋、日光(?)を遮る屋根に、白を貴重としたテーブルクロスに椅子が一つあるだけの場所に招かれてネプテューヌ達は濡れ鼠のまま突っ立っていた。
「ずぶ濡れだねぇ。水も滴る良い女神様って感じ? 風邪引かないとは思うけども、さ」
ケラケラと笑いながら、肌に服が張り付いてボディラインが露わになった四女神に向けてムルフェストは指を鳴らす。
“パチン”と小気味良い音をたてて、次の瞬間には全身の水分が蒸発したような錯覚に陥った。しかし、身を竦ませたのも束の間。服があっという間に乾燥している。困惑する四女神を余所にムルフェストは何も無い空間に手を伸ばすと──“開いた”。
「とりあえずお茶にしよっか。むーちゃんはティータイムのお時間なので」
テクスチャの崩れた空間から引きずり出したのは、ティーセット。人数分をテーブルに並べ、座る場所が無いことに気づくと再び指を鳴らした。
ベールがドレスの裾の違和感に振り向くと、そこにはソファが用意されている。些か景観に不釣り合いな真っ赤な生地のソファに腰を下ろすとやや沈む。だが確かに反発力を感じられた。悪くない座り心地に、奇妙な感覚を覚えつつムルフェストの顔を見れば。
「…………にひ~」
しまりのない笑顔。
混乱に困惑が重なり、戸惑うばかりの四女神の前にムルフェストは紅茶を一口含む。その所作は優雅の一言に尽きるが、しかし。あまりにもラフな格好をしているものだからちぐはぐな印象を受ける。月のお姫様という肩書にそぐわぬ、シャツにジーンズという部屋着もかくやというラフさだ。
「さて、と。いまいち状況が把握できてないみたいだから整理しよっか。どこから話してくれる?」
イニシアチブを自分ではなく、混乱しているネプテューヌ達に渡すことで何があったのかを知ろうとするが──四女神は沈痛な面持ちで口を開こうとはしなかった。想定内だ。
「エヌラス、死んだでしょ」
たった一言。その事実確認に、揃って身体を竦ませる。困惑と、悲観と、混乱が複雑に入り混じった表情でネプテューヌ達がムルフェストの顔をじっと見つめた。
「やだなぁ、そんな顔しないでって。壊次元にいる全員が知ってることなんだから」
「ぁ……、でも。そんな、嘘を言わないでよ。昨日の今日よ? 憶測にしたって、冗談が過ぎるわ」
ノワールのぎこちない顔に、しかしムルフェストが面白くない顔をして唇を尖らせる。
「キンジ塔が出現したのを確認してる。それこそ、昨日の今日で。これが意味するところは? 次元神との契約不履行、つまりペナルティ。誰が? 当然一人しかいない。エヌラスだ。それがいなくなったら次元神は妥協も譲歩も一切ない、交渉の余地もなく実行する。塔争の再現、んにゃ、正しくは“復刻”と言うべきかな?」
その事実の羅列に、だがなんとか反論しようとしたノワール達の前にディスプレイが浮き上がった。宙に浮かぶモニターに映るのはアダルトゲイムギョウ界の地上の様子。
そこに映っていた。ゲイムギョウ界に現れたものと酷似した黄金の頂が。
「他になにか言い分は?」
ノワールは反論の余地もなく、押し黙るしかなかった。
「あーでも気にしないで。別にそれでどうこうするつもりは無いから、ただの確認」
「……むーちゃん、いくらなんでも意地が悪いのではなくて?」
「私の、じゃないよ。そっちが、確認してるの」
今度はベールが言葉を濁らせる。
ムルフェストの赤い瞳がネプテューヌに向けられた。正確にはその手に握られた奇跡の結晶を。
「“銀の鍵”はちゃんと回収してきたんだ。えらいえらい、うんうん。それがなかったら勝率0%だからね。失くしちゃダメだよ、絶対に」
「……ムルフェスト。貴方、これのこと何か知っているんじゃないのかしら」
「ん~~? 知ってることしか知らにゃーい」
煙に巻くような、掴みどころのない回答にブランが眉をつり上げる。
「私はそれを知ってる。でもその正体を語る権利も義務も理由もないよ。それが知りたかったら大魔導師に直接聞いてみればいい。全てはあの男が始めた物語なんだから」
「……やっぱり、大魔導師なのね。全ての原因は」
「そ。アイツが次元神に喧嘩を売ったせい。マジやばいのアイツ、信じられない」
プラプラとカップを揺らすムルフェストだが、その中身は空なのか紅茶がこぼれる様子はない。
「それを作ったのだって、次元神を越えるためだって言うんだから」
「────」
それは、どういう意味だろう。
無限の魔力貯蔵庫。第二の心臓。銀鍵守護器官──それを、次元神セロンを越えるために作り出したというのならエヌラスに与える理由はなかったはずだ。ますます疑問が浮かぶ。大魔導師の思考そのもの自体、理解が及ばないものだが。
「さて。ちょっとは落ち着いた? じゃあ、改めて状況を整理しよっか。四人がどこから此処に来たのかは置いといて。多分ここに飛ばされた理由は、それ」
「……銀鍵守護器官?」
「そ。多分エヌラスは最後に次元跳躍を発動させたんじゃないかな? ま、元々持ってた能力だし。それでみんなを逃がした。壊次元までは指定してたけど、流石に細かい場所までは座標指定できなくて、辛うじてうちに落下……ってな感じ?」
本当に最後の最後まで、諦めなかった。その事実に胸が苦しくなる。唇を固く締めて、涙を堪える女神達にムルフェストは続けた。
「キンジ塔の出現に関して、今のところこっちから動きを起こす予定はない。それは剣姫も大魔導師もおんなじ。まー……多分、ユウコはめちゃくちゃ落ち込んでるだろうけど、めちゃくちゃ立ち直るのも早いから置いといて。さて、ここからが問題」
手にしていたティーカップを置いてから、手を叩く。
指の腹を合わせて、口元を隠すように。
赤い瞳が、すっと細められる。
「エヌラスがいなくなった今。相手にとって絶好のチャンス。四女神も行方知らず、ともなれば超次元にヌルズ達は侵攻を始めるはず」
「っ。なら、わたくし達も急いで戻りませんと!」
「慌てない慌てない。大丈夫。なんてったって──超次元にはうちらの“最強”がひとりいるんだから」
「……アルシュベイトのことでしょうか?」
「他にいる?」
鋼の軍神。護国の鬼神にして最強の一角。だが、どうにも大魔導師や剣姫に比べると見劣りしてしまう。他二名がちょっと理解不能な怪物なだけだが。しかし、だからこそ。ムルフェストはアルシュベイトのことを最強と呼ぶ理由を知っている。
「あれはちょっとばかり人が良すぎる。出来すぎてる。だから決して自分の力を感情に任せたりなんかしない。本気を出すのはいつだって自分の国と女神を守るため。信念を守るため。わかる?
ネプテューヌ達が顔を見合わせた。
塔争の際に戦った記憶を思い出してみれば、一国の危機を背負っていたにも関わらず圧倒的な戦闘力だった。負けを認め、勝ちを譲ってもらったからこそ。
ハァド大戦のプレジレントとの一騎打ちでもそうだった。女神信仰を懸けた勝負を制している。
女神メモリーを巡っての邪神ヌルズとの戦いは、結果だけで言えばソラの一人勝ちだったがそれに貢献したのは間違いなかった。それもやはりエヌラスのためだ。
「だから、大丈夫。アイツ一人に任せとけば間違いないから」
「……貴方がそこまで言うなんて珍しいわね」
「んー? そりゃそうだよ。だって全員一回はアルシュベイトに負けてるんだから」
『…………え?』
「実力勝負で真正面から全員に勝ったの、あいつくらいじゃない? あ、エヌラスは無しね。話を戻して──四人とも、まずは休んでいかない? 見たところシェアも尽きてるみたいだし」
理由はわからないけれど、と付け足したムルフェストに、そこでようやくネプテューヌ達が自分たちの違和感の正体に気づく。
エヌラスはあの時、無限熱量で猛争エネルギーによって変えられたシェアエネルギーだけを“焼滅”させた。そんな器用な真似ができたのか、と驚く一方で──それでもやはり、現実が重くのしかかる。
自分たちを愛して、共に戦ってきた絶望の魔人はもういない。
本当に最後の最後まで、諦めずに戦い抜いたのだ。
それを知っているのかどうか、ムルフェストはやはりしまりのない緩んだ笑顔を見せている。
「だいじょーぶ、私一応ここの王様だから。みんなの安全をそれなりに保障してあげる」