超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
月面国家ナナイトの町並みは不可思議なものだった。近未来的、あるいは前進的というべきか。スペースフィクションにしてサイエンスフィクション。真っ白な町並みに、ドーム状の天井。青空が浮かび、月の代わりにアダルトゲイムギョウ界が一望できる。
道行く人はおらず、代理人として用意されているデッサン人形が街を行き交っていた。
四人を道案内するムルフェストは気にも留めず鼻歌交じりに歩く。
不気味と言えば不気味だが、まるでよく出来た舞台のようでもある。不思議なことに街の喧騒はそれほど不愉快ではなかった。
「なんだか現実味がないわね、此処……」
ブランの言葉に、ベールが頷く。
「でも、なんか……既視感?っていうのかしら。来たことあるような感覚なのよね」
「あ~。それ多分、クソメガネの国に似てるからだと思うよ」
電脳国家インタースカイ──無血都市。国民の九割が電脳世界の仮想空間に滞在しているという琴霧ソラの治める国家。それにネプテューヌとノワールが自分たちの既視感の正体に気づく。
「クソメガネにしてはよく“再現”できてると私は思うよ」
両手を広げて踊るようにターンしながらムルフェストは「NPC」の人々の間を横切っていった。彼らは賑やかしのために用意された人形。孤独な月のお姫様のお人形ごっこのために存在している。
「電脳国家。そう。アイツは弱いけど、誰よりも弱いけど。技術の進歩、進展、進捗状況だけは他の追随を許さない。アダルトゲイムギョウ界随一の発展速度。それは敷かれたレールの上を走る電車のように。次から次に、次のステップに、次の舞台に、ステージに人々を導く──だからこそ、事故が起きたその時、誰にも頼れない。誰も助けてやれない」
文化の急速な発展、それが根付く前に次の技術の開発が終わっていく。それに大衆の理解が追いつく前に。だからこそ、ソラの国で起きた事故は誰も手が出せなかった。彼らの国にとって、他の国家の技術力など見下ろすレベルだったのだから。その逆が成立するはずがない。
「でも此処は違う。この月面国家は違う。私の国は“規模”が違う。レベルが違う、格の違いっていうの? 私が此処にいる限り、私が王座にあるかぎり。あのクソメガネの演算処理はあくまでも電子の大海に限る能力。それは現実を書き換え、仮想空間から物質を転送させるまでに至った──
私は違う。そう断言していた。
ムルフェストが手を握る。
「私は“霊子の大海”に手が届く。“未来”を視ることができる。“世界の生命線”が視える。確立していない未来を選ぶことができる。選択する権利を持っている──けど意外とつまんないよ?」
手を開けば、そこにはキューブが浮いていた。それは、手のひらの上に収まるほどのサイズに凝縮された魔力と質量の塊。ちょうど、ネプテューヌの手にある銀鍵守護器官と同一の──。
「未来が視える人間がいたとして、たったひとりで何ができると思う? 何も出来ない。無力な人間がたった一人、悲観に打ちのめされて、絶望に佇んで。無気力に滅びを待つだけ。目を開けたその瞬間、土石流が迫り、津波が迫り、災禍に飲まれていくのを待つその瞬間……人間にできるのは“覚悟”を決めることだけ」
我が身に降りかかる災厄を前に、どれほどの備えがあろうと人は逆らえない。
知識はそれを回避することができるだろう。
経験はそれを乗り越えることができるだろう。
この世界の未来が滅び去ることによってのみ収束する世界線を知った人間は、回避不可能な終焉を目の当たりにして何ができるだろう。いいや、なにも。ただただ無力なだけだ。
「そう。だからアイツは──たったひとりの災害になった。人を辞めるために名前を捨てて。覇道を掲げ、魔道を究めた。そうして地獄に落ちた、自ら望んで」
「アイツはこの箱庭の世界を“無間地獄”だと思っている。実際正しいよ? 繰り返される輪廻に救いはない。終わらない闘争はまるで蠱毒。生き残った一人だけ神への謁見が許される。舞台を壊しても何をしても、必ず最初から始まる世界」
「むーちゃん……」
「だから大魔導師は未来を拓きたい。
「なんでそこまで知っていてむーちゃんは協力しませんの?」
ベールの素朴な疑問に、これまたムルフェストは頬を膨らませた。
「やだよ、私アイツ嫌いだもん。面白くない。なぁにが地上最強の魔術師だよ、まったくもう。そういうのはそっちで好き勝手にやってくれって感じ」
それだけの理由で協力を拒み、犠牲が出ても知らんぷり。薄情者、と罵られても仕方ないことだ。
「──だけどそうも言っていられなくなった。付いてきて」
ネプテューヌ達が連れてこられたのは、月面国家に存在する学校だった。どこからどう見ても人間の通う何の変哲もない学校の姿に疑問符を浮かべていると、校門を抜けたムルフェストの服装がスーツに切り替わる。その後に続くと、ネプテューヌ達もカーディガンコーデの学校の制服に服装が変化した。着用感は問題ない。動きやすく、機能的。普通の服だ。
「ああ、気にしないで。私が勝手にドレスコーデにしてるだけだから。折角の学校なんだから雰囲気大事にしときたいじゃん? ほら、コスチュームプレイってそういう趣があるし?」
「…………ちょっと。なんでそこで私を見るのよ」
ノワールに集中する視線。だが睨み返されたので大人しくムルフェストの後に続く。
校庭を抜けて学校の玄関へ。そのまま素通りし、渡り廊下を歩いて裏庭に向かう。
雑木林の中に、そこはあった。手入れされた薔薇の庭園。これもまた何の変哲もないこぢんまりとした小教会が。
ナナイトに教会は無いのだろうか、という疑問が浮かび上がる頃にその答え合わせがされた。
扉を開け放つと、その内部はこれまた質素なものだ。しかし、神を称える彫像は置いていない。パイプオルガンもなければ懺悔室もない。
その代わりに──浮いていた。ムルフェストが手に浮かべている光り輝くキューブ状の物体が。台座の上で浮かび、プリズム状の光を放ちながら漂うようにして。
「あ、適当に座ってていいよ」
「ここは……?」
「見ての通り教会」
名は体を表すとは言うが。こんな学校の片隅に存在していていい場所ではないはずだ。それが意味するところはアダルトゲイムギョウ界でも特別なのだから。しかし、そういった格式に囚われない自由奔放さこそがムルフェストらしいとも言える。
指を鳴らすと、浮かび上がるキューブから光の脈が伸び始めた。それは天井に向けて複雑に分岐しながら真っ直ぐに。
「さて。じゃあ順番に説明しよっか。これは“大聖杯”。月面国家における生存競争の源。まぁつまりはシェアクリスタルだね。私はこれを掌握したことで王様名乗れてるの。むふーっ」
ドヤ、と言わんばかりに腰に手を当てて豊かな胸を張る。
「別名を、ムーンセル・オートマトン。あらゆる可能性の観測を行う道具。それは並行世界も含めて、だけど無限に等しい分岐点なんて観測してらんないので。むーちゃん権限で“バッドエンド”は全部切除。観測結果から除外してる」
ムルフェストが先程述べた未来視はこれが起因している。ネプテューヌ達が見上げる光の枝の中、眼の前で一本の細い、先細った枝は伸び切る前にパラパラと崩れ落ちていった。
「まず世界の起点観測。次元神セロンの介入が始まる始発点。そしてその終点。世界が滅ぶ日の二点を設定。そうすると、その中間地点で起きうる可能性の分岐が自動で計測される。例えばアルシュベイトが離脱する可能性。大魔導師が離脱する可能性。また或いは──エヌラスがいなくなる可能性」
重苦しい空気に、ムルフェストはムーンセルから伸びる一本の太い枝を指す。それだけは他の枝木と異なり、終点が見えなくなっていた。
「これはまだ計測途中だけど。現時点で把握している状況を適用すると──」
指を鳴らすと、音を立てて分岐点が切除されていく。剪定され、崩れ落ちていく無数の枝の中に……あった。辛うじてまだ残っている一本の枝が。
「こうなる。クソメガネがいなくなった時点でほとんどの可能性はなくなってしまったけれど、エヌラスがいなくなってもまだしぶとく生き残っている未来が存在している」
「……それって、つまり」
「そ。まだ私達には“勝てる可能性”が残っているってこと。絶望の魔人はいなくなってしまったけれど。それが諦める理由にはならないよ。悲しいけれど」
ムルフェストの横顔に、一瞬だけ影が降りた気がした。楽天家の吸血姫の見せる翳りは、しかしすぐに切り替わる。
「可能性は三つ。勝利か。敗北か。挫折か。もちろん勝利以外は論外。それ以外の可能性なんて全部いらない。だから諦めちゃダメだよ、女神様。あなた達の世界も含めて、残された未来なんてコレしかないんだから」
「……でも」
「んにゃ?」
「でも──そこに、エヌラスはいないんだよね?」
「うん、そうだね。いても変わんないよ」
あんなに誰よりも傷ついて、前に進んできた絶望の魔人はもういない。
「過去。現在。未来。この三つのうち、私達が選んで変えることができるのは未来だけ。過去は変えられない。起きた出来事は変えられない。わかるでしょ。“
自分では救えない世界を救えるのは奇跡の存在である守護女神だけだ。
「塞ぎ込むのも立ち止まるのも勝手だけど、諦めることだけは許さないよ」
「……ムルフェスト」
「でも不思議なんだよねー。クソメガネがいなくなった時点で未来は狭まったのに、エヌラスがいなくなってからの未来は変わんないの。不思議だにゃー?」
背を向けてムーンセルに向き直るムルフェストの言葉に、眉を寄せる。
「だからそこだけが不可思議でならない。こればっかりは、生みの親である大魔導師に聞かないと。さーって、つまんないお説教と小言はここまで! まずは体力回復しないと。あ、温泉行く?」
ころっと打って変わって、ムルフェストはニコニコ笑顔で四人に向き直った。
喜怒哀楽の表情変化も激しく、それでいて真面目かと思えばふざけたりと、月の光のように掴みどころのない相手に困惑しながらも、守護女神達はぎこちなく頷くことしかできなかった。