※この作品はR-18です。

超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽-   作:アメリカ兎

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ep.224 月のお姫様

 

 ムルフェストに案内された温泉施設。といってもナナイトの住人はいないので実質ムルフェスト専用の浴場。

 黄金劇場とも言うべき豪華絢爛、綺羅びやかな大浴場では獅子の彫像が口から源泉を止めどなく流していた。バスタオルを身体に巻いた四女神は目を丸くしている。

 湯船には薔薇の花弁が浮かべられ、湯気が華やかな香りに包まれていた。

 悠々自適。贅沢三昧。そんな言葉が思い浮かぶ。

 ムルフェストは自慢げに腕を組んでいた。

 

「むっふっふ~。どやぁ、どややぁ。どやぁん。むーちゃんお気に入りの大浴場に言葉も出ない様子にご満悦です」

「…………なんか一周回って腹が立ってきたわね」

「なして」

「あなた、私達が必死になっている間ずっとこんな生活してたの?」

「うん。ひとりで」

 ノワールが更になにか物を言いそうになるが、ぐっと飲み込む。言い争いを始める気力も今はない。ため息一つで話を打ち切り、髪を洗い始める。

 疲労感、倦怠感。無気力感に打ちひしがれながらも、肩まで湯船に浸かると不思議とどこかへ飛んでいく。

 四女神の頭の中は、いなくなってしまったエヌラスのことばかりを考えてしまう。

 悪い夢だ。

 そう、あんなのは悪い夢でしかない。

 本当に自分たちの手で殺してしまったのかと曖昧な実感だけがあった。

 

「邪神ヌルズのことだけど。アイツを倒すだけなら今の戦力でもどうにかなるよ」

 唐突に、ムルフェストがそんなことを言うものだから耳を疑う。

 

「でも──アイツの“権能”だけは無理。どうにもなんない代物」

「ヌルズの権能……魔人の召喚じゃないの?」

「あれはどちらかと言うと“セロンの左眼”の能力。オルタにしても、クロギアちゃんにしてもそう。その他大勢の魔人達に関しても概ね。簡単に言えば、アイツは回収されなかったバッドエンドを再現している。救われなかった世界線、終わった世界線から現界させてる。それでもリソースに限度はあるけどさ」

 魔人オルタ。異界の英雄の存在を模倣した魔人は、しかし甚大な火力と引き換えに燃費の劣悪さを極めている。最悪、放置していれば消滅するだろうとムルフェストは睨んでいた。明確な弱点を補う形で生体貯蔵庫であるマガツビを生み出したのだから。

 魔人クロギア。ネプギアと同じ姿をしていながら、手にするゲハバーンによって現界を安定させている。それと引き換えに精神面での不安定さがあるが、実力は四女神に相当していた。

 

「私はね。アイツがまだ顔を見せていないことが気がかり。だって戦争は数でしょ? なのにアイツは協力者の顔を立てると言いながら雲隠れ。となれば──何か大仕掛けを用意してる」

「それが邪神ヌルズの権能なのですか、むーちゃん」

「ん~? いや多分、アイツは次元演算を終了してる。計測を終えている。いつでも超次元を焼滅させることはできると思うよ。だから私達をどう消そうか画策しているはず」

 顔を見合わせる。

 

「でもっ」

「うん。セロンとの契約によってアイツは直接私達に手を下せない。だからこっちに来るとしたら、相応の戦力引っ提げているはずなんだよね。その場合、最大の障害となるのが大魔導師になる」

 ムルフェストは実力の評価に色眼鏡をつけない。純粋な力量だけで計測する。剣姫ではなく、自分ではなく、アルシュベイトでもなく、大魔導師こそが邪神ヌルズにとって最大の脅威であると認識していた。ネプテューヌ達もそれはなんとなく同意できる。

 

「なんせアイツは、その“右腕”を奪ってみせたんだから。さすがは“冠位(グランド)”クラスの神格者。魔術の一点にのみおいて並の神を凌駕するだけのことはある! ソラは電子の大海を、私は霊子の大海を、大魔導師はその上を行く。そう、宇宙の果て。外宇宙、並行世界、隣接する次元世界の知覚と認識! アイツは“外なる神々”に地上から手を伸ばし届いた唯一無二の怪物。だからこそ幽閉された。この箱庭の世界に。それでも届いた、門の外側に。大魔導師は制御できない──()()アイツは」

 人の正気は、理解の及ばない超常の存在を前にしてガラスのように脆い。だからこそ、大魔導師は狂気を宿した。だがそれを正気と断言した。

 私が狂っているのではない。()()()()()()()()()()()

 足を伸ばし、ムルフェストが水面を揺らすように波を立てる。

 

「邪神ヌルズの権能は“機神召喚”だけだよ。それを超次元でやられたら、一巻のおしまい。バッドエンド直行ルート突入。最低最悪のデウス・エクス・マキナ、だけど間違いなく次元世界最強の機神だ。その召喚術式だけで次元演算を用意しなきゃならないほどに。この言葉の意味がわかる?」

「……えぇと」

「はい残り五秒! よーん、さーん、にーぃーちっ、ぜろっ。時間切れ!」

「…………」

 ブランが顔をしかめていた。

 

「あれは存在そのものが次元世界に相当する。だから決して壊せない。壊れない。自らが顕現した次元演算そのものを破壊されない限り、全てを破壊するまで止まらない」

「つまり、召喚された次元を破壊するまで止まらない……?」

「そ。クソゲーでしょ? 勝ち目ないない──銀の鍵を除いて。あれを使えば、宇宙から永久追放できる。まぁそれを扱えるかどうかなんてわかんないけど、女神様ならできるんじゃない? ほら、存在そのものが奇跡の御神体みたいなものなんだし」

 知らないけど、と無責任に付け足してムルフェストは薔薇の花弁を手に浮かべる。

 

「ま、疲れてるときにそんなこと考えてても仕方ないんだし、ゆっくりしていってねぇ~。私は一足先に失礼するから。ほら、みんなのご飯とかベッドとか用意しなきゃだし?」

 そう言い、湯船から上がると濡れた身体も髪もそのままにムルフェストは大浴場をあとにした。

 

 

 

 足取り重く、ネプテューヌ達はベッドに倒れ込む。

 先のことを思えば思うほど、気が重い。これからどうするかは決まっている。

 ただ、その一歩を踏み出すまでがあまりにも重かった。それでも、行かなければならない。

 ──エヌラスが、ずっと一人で歩いてきた道だ。

 

「…………」

 ぼんやりと、ただぼんやりとしたままネプテューヌは自分の手の中で鈍く輝く銀鍵守護器官を見つめる。弱々しく脈動する光を放つそれを、そっと握りしめて目を閉じると、やがて抗えない睡魔に襲われた。間もなくして、静かな寝息が聞こえてくる。

 

「……なんていうか、目に見えてがっつり落ち込んでるわね」

「そうね。口数も少なかったし」

「無理もありませんわ。といっても、わたくし達も同じようなものですけれど」

 必死に頭の片隅に追いやって、目を逸らして、目の前の問題に取り掛かっているに過ぎない。いつも通りに見えるノワールでさえ、薄ら寒さを隠しきれず自分の手を押さえていた。そうでもしないと震えが出てしまう。

 

「私も、先に寝るわね。おやすみなさい」

「……そうね。早く寝て、次に備えましょう」

「わたくしが消しておきますわね」

 ベールが枕元のスイッチで部屋の灯りを消すと、すぐに部屋が寝静まった。

 

 ──それを聞いていたムルフェストは足音を立てずに部屋を後にすると、真っ直ぐ教会に向かう。

 大聖杯による世界線の剪定はあくまでも仮想のものだ。計算機に数値を入力するだけのこと。それを確定させるにはムルフェスト自身が動かなくてはならない。手を加えずとも予測通りになる時もある。それこそまさに、神のみぞ知る。賽の目を振って何が出るかまではその時まで計り知れない。

 

 次元演算を中断させることができれば、機神召喚を防ぐことはできる。だが、一度それが発動したら術式を破壊したところで意味はない。なぜなら、その時点ですでに答えは出ている。

 

「……破壊神か。そのための破壊の神だったの、大魔導師? お前は本当に、跡形もなくなれば新世界が拓けると本当に信じていたとでも? そんなはずはない。お前は見たはずなんだから──“外の世界”を。そして私達の世界のあり方を。それこそ天上の神の視点から」

 ムーンセル・オートマトンによる世界線観測は、ムルフェストにとって天気予報のようなものだ。そこまで当てにしているわけではない。だって動きたくないもの。他の神格者だって、ムルフェストを頼りにすることなどない。野良猫に手を貸してくれと言っているようなものだ。

 またひとつ、世界線の枝が崩れ落ちていく。これもダメだ。

 

「むーん?」

 小首を傾げる。時を遡った状態からの未来の剪定を行っても意味はない。

 だが、妙な観測結果にムルフェストは眉を寄せた。しかし、すぐに思い当たる。

 エヌラスがいたからこそ、塔争は存在しないことになっていた。だからこそ、その結果に見覚えがある。どれだけ入力しても答えが決まっている世界の、何が楽しいのか。

 自分の胸の中にある、ちっぽけな穴は──なんなのだろう。

 手を押し当ててみても実感はない。それを埋める方法もわからない。ただ、なくなったことだけを理解していた。

 

「…………あぁ、なんだ。そんなことか」

 面白くない。楽しくない。何をしても刺激的じゃない。甘ったるさも甘酸っぱさも新鮮さもない。まるで熟れた果実が旬を過ぎて腐り落ちていくのを眺めているだけのような。

 組んだ足をプラプラと揺らしながら、ムルフェストはため息を吐く。失意と、納得を含ませて。

 

 ──思えば、今の私達の世界がこんなにも色彩豊かに視えていたのはたった一人の犠牲の上に成り立っていた。“前世”の記憶を思い出してから、それはより一層明確に。極彩色に満ちた世界の観測は、ただいるだけで楽しかった。あんなにも色褪せて見えた箱庭の中に、未知が溢れていたというのに。

 ──嗚呼、なんだ。あの頃に逆戻りしただけだというのに。

 ──この胸の内のがらんどうは、そういうことだ。

 

「にゃんだぁ。私もエヌラスのこと好きだったんだなぁ──」

 それだけ。

 たったそれだけのことに、ムルフェストは小さく笑った。

 化け物同士、お似合いだと思っていたのに。

 

「ま、いいかな。長い吸血鬼人生なんだし、一回くらい失恋したって」

 

 こんな面白くないことは、二度と御免だけれども。

 

 

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