超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ネプテューヌ達の前に、それは突然現れた。魔導生命体が群がり、食いつかれ、噛み付かれ、牙を立てられて、爪で裂かれても平然と一礼する。あまりに異常で異様な光景に一瞬、現実感を打ちのめされた。
「邪魔」
そして、魔導生命体が一蹴される。苦悶の声を上げてのたうつその肌に無数の蟲が這い回っていた。その顎が肉を裂き、身体の中から食い漁っている激痛に魔導生命体は為す術もない。羽虫でも払うかのようにマントを二度三度叩いて、ノワール=ブラックハートの剣が仮面を直撃した。
「ッ!?」
「……ッタイなぁ。今はキミに用はないんだヨ」
「ノワール、下がって!」
ネプテューヌ=パープルハートに言われて下がり、入れ替わるように剣を振るう。身体があっさりと切り落とされて、無数の蟲になると今度はネプギアの真後ろに現れた。
「ネプギア――!?」
「え……?」
「ちょぉ~~~っとだけ。彼女の身柄を預かるヨ!」
「いや、やめて――お姉ちゃん!」
マントで視界を塞がれて、そのままネプギアとクロックサイコは無数の蟲となって消え去る。
「十秒だ――」
最後にそう言い残して――破壊ロボが爆発した。
爆炎を背負ったエヌラスが歩く。その腕の怪我は既に完治し、施術された魔術回路は半強制的に覚醒させられていた。アクセル・ストライクがクロックサイコの立っていた箇所を穿つが、既に姿はない。
ネプテューヌ=パープルハートが顔を覆う。
「ネプギアが……そん、な――」
「“ティンダロス”! ネプギアの匂いは覚えてるな」
顕現するは“猟犬”ティンダロスへ変形したハンティングホラー。主人の命に一声で答える。
「行け。死んでも喰らいつけ」
《YES_!》
そして、靴底と地面の隙間に身体を滑り込ませて消えた。エヌラスは天を仰ぎ見る――そこには空を覆う暗黒の屋根があるばかり。
――“またか”と。そんな胸中の言葉を振り払う。いや、違う。また、ではない。“今度こそ”だ。もう二度と、アレの好きにはさせない。
「追うぞ」
「――なりませぬ」
ティンダロスならばネプギアを見つけるのに十分も掛からないだろう。だが、しかし。今、泣き崩れるネプテューヌ=パープルハートと、それを慰めるノワール=ブラックハート。そしてプルルート=アイリスハートに一瞥もくれず復讐心に駆られていたエヌラスの前に立ち塞がるのは……ブシドー。そして、その背後ではバトラーが拳を構えていた。
「退け」
「なりません」
かつてないほどの殺意が溢れる。それに当てられたクイーンが青い顔で口元を覆う。真正面から受け止めるブシドーですら言葉を詰まらせた。
「今こうしてお前が邪魔している一秒でネプギアが危険に晒されている」
「ですが、なりませぬ。クロックサイコは我らアサイラムに――」
「テメェらに何が出来る。街がこの有様で、神格者同士の戦闘に首突っ込む気か」
「――……」
左右の街灯が両断される。ブシドーから放たれる闘気はエヌラスの殺意に負けず劣らずのキレを見せていた。背後からはバトラーの威圧に挟まれて緊張感が高まる。
「然らば、我ら二人の屍を踏み越えて行け――エヌラス」
「本気か?」
「貴様の覚悟次第だ」
そこで、不意に。笑い声が漏れた。笑っていた。誰が? ――エヌラスだ。
唐突に、それは突然のことだった。まるで最高の冗談でも聞いたような笑いだった。だが、それが異様に恐ろしかった――中身の無い、いや、感情を一回りした笑い。
「ハッ――ハハッ――ハッハッハ、ハハハハハハハッ! そうか、そうか、フフッ、お前ら――あぁ、ッハハハハ」
変神を解いて、むせ返るような死臭にネプテューヌ達が鼻を覆った。鉄臭さに顔をしかめ、ズルリと嫌な音を聞いて眉を寄せる。
「なに、これ……?」
「血――?」
――かつて、戦禍の破壊神と呼ばれていた男がいた。かつて、大魔導師と呼ばれた男がいた。一人は弟子で、一人は師匠だった。
戦禍の破壊神は大魔導師に教えを乞い、大魔導師は戦禍の破壊神に教えを問う。
『いいか。魔導師というのは己の本質を見抜いてからスタートだ。自らの起源、根源。魔術の源泉となるモノを第三の視点から客観的に観察して構築する。お前の場合は――まぁ自分で考えろ』
『投げやがった!』
そこで自分が何者なのか考えた。自分が何なのか、四六時中悩み、考えぬき、起源、根源、源泉となるモノを常に探求し続けて――見つけた。
エヌラスが自分を自分たらしめているモノは“血液”だった。それが『ブラッドソウル』たる名の由来。
「血とは我が魔術」
「――エヌラス」
「血とは我が根源」
「……そうまでして、貴方は!」
「血とは我が起源」
「そうまでして、かつての過ちを掘り返してまで殺したいというのか……!」
「
それは、真紅の衣装。かつて自身がイメージした原初の創造。全てを憎み、憤っていた頃の服。
破壊を繰り返してきた男は過ちを繰り返す――それでも、救うべき命が、守りたい命があった。
血風が街風を凪いだ。赤い霧が周囲を覆う。そして、エヌラスの手には倭刀が握られている。
二度と使わないと、そう決めていた。だがそれで守れない命が、守ると決めた命が危機にさらされるのなら、そんなものはいらない。
倭刀を構える。両手で握って、大上段に――天を突くような大上段。それはアルシュベイトがやったように。ブシドーもその構えは初めて見る。
“俺は……――”
誰も愛せない。誰からも愛されない。しかし、ネプテューヌ達は守りたい。……何故? 戦争に巻き込まれたから? アダルトゲイムギョウ界の住人ではないから? 自分の失敗に巻き込んだから? どれも自分を納得させるのには今一つな理由だ。ならば何故? 自分は何故? どうして?
自問自答を繰り返し、そして――彼女達の笑う顔が脳裏に浮かんだ。
“嗚呼、そうか”
それが何よりも眩しかった。汚れを知らない無邪気な笑顔だった。平和な世界に生きる人間の、底抜けた明るさに、目を奪われたのだ。こんな単純なこと、どうして気付かなかったのだろう。
エヌラスの頬が歪む。ブシドーが刀を振るう。
――嗚呼、こんなにも簡単な事だったのだ。
神速の抜刀と棒立ちの打ち下ろし。そのどちらもが超常の手を借りた剣戟。しかしながら、一方的に得物を断たれのはブシドーのみであった。絶句して刀身を根元から断たれた日本刀を握りしめて膝をつく。
チラと背後を見やれば、バトラーは闘気を抑えて構えを解いた。
「生憎と、私はそこまで命知らずではありませんので」
「……通るぞ」
これ以上時間を無駄にしている暇はない。エヌラスの足がまだ見ぬネプギアの下へ行こうとして、その服が掴まれた。崩折れていたネプテューヌ=パープルハートが立ち上がる。
「待って、エヌラス。私も行くわ」
「どうして」
「ネプギアは、私の妹だからよ。姉として放っておける訳ないでしょ」
「俺はお前に人殺しをさせるつもりは毛頭ない」
手を払って、エヌラスは歩き去ろうとするがそれでもネプテューヌ=パープルハートはしがみついた。それを鬱陶しそうに舌打ちすると、立ち止まる。
「人を殺して、返り血を浴びた手で妹を抱きしめたいと思うか?」
「っ……――」
「そうまでして守りたいと思うか?」
「……ええ」
「なら好きにしろ。俺が殺す。お前が助ける。それだけだ」
血に濡れて、血を浴びて、屍山血河を築いてでもこの手に余るほど愛したい。守りたいとさえ願ってしまった。そう、想ってしまうほど――心を奪われている。
懐かしい感情だ。妹の為に世界を滅ぼしてきた時を思い出す。願わくは、彼女達の戻る世界に永劫久遠の平穏が訪れるように――その為にはまず、己の尻拭いからだ。
「――待たれよ、ブラッドハート!」
「くどい」
「拙者も同行する」
「だったら早くしろ、浪人」
ブラッドハート――かつて九龍アマルガムを恐怖に陥れたモノの名。それは通称“
「無手で役に立つのか?」
「無論」
「なら来い」
短く告げて、エヌラス=ブラッドハートは目前で破壊ロボの下から這い出してくる魔導生命体の群れと不法投棄され、野ざらしにされた屍体が霊的物質によって再起させられた
「バトラー。ノワール達を頼む。寝てんじゃねぇ起きろ
「血風を纏う――穿て」
霧がゆらめき動く。屍者の群れと魔導生命たちの身体に無数の穴が空いた。鮮血が噴き出し、街はいよいよ持って混沌を極めていく。その只中を行く二人の男と一人の女神は目の前に現れることごとくの障害を蹴散らした。三人の誰も手を動かさず、まるで素通りしていく。
エヌラス=ブラッドハートの纏う血風が、血刃が、刃金がその障害を鏖殺していたからだ。