超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──四女神が月面国家ナナイトへ転送されたその頃、超次元ではレオルド達がプラネタワーの医務室へうずめを搬送していた。
零次元からなんとか離脱したネプギア達だったが、そこで待ち受けていたのは氾濫するモンスター達の群れ。ゴールドサァド達の協力もあり、女神候補生達は守護女神が戻るまでの間、自国の防衛に尽力する形で話がまとまりそうになったその時、ネプギアに一通の電話がかかって来た。それはリーンボックスに滞在しているアルシュベイトから。
《こちら軍事国家アゴウ国王アルシュベイト。ネプギア、聞こえているか》
「アルシュベイトさん! はい、聞こえています」
《手短に要件をまとめるぞ。現在各国でモンスターの活動が活発化している。リーンボックスは俺が請け負う、気に掛ける必要はない》
「わかりました」
《……それと、守護女神達についてだが。無事が確認された》
「本当ですか!?」
その連絡に無邪気に喜ぶネプギア達の表情が一気に明るくなる。
《ああ。ムルフェストのところにいるらしい。アイツから連絡があった。ただ、すぐ戻れるかは怪しいそうだ》
「どうしてですか?」
《英気を養う間、ヌルズの追撃が来ないとも限らない。油断はできないぞ》
「わかりました。あ、それじゃあ……エヌラスさんも一緒なんですよね」
《────アイツとは、連絡がつかん。だが必ず戻ってくるだろう。俺はそう信じる》
「……はい。そうですね。お姉ちゃん達が無事なら、きっとエヌラスさんも帰ってきますよね」
「いつもみたいに傷だらけでひょっこり帰ってくるわよ。そういう人なんでしょ?」
ユニの言葉に、しかしアイエフは腕を組んで難しい顔をしていた。
《こちらで各国の防衛部隊と連携して可能な限り対処する。任せてくれ。それでは切るぞ》
アルシュベイトの力強い言葉に、ネプギアは意気込む。
「今はお姉ちゃん達の代わりに、わたし達ががんばらないと!」
「そーよそーよ、モンスター達なんてわたし達がやっつけちゃうんだから!」
「……アイエフさん、どうかしましたか?」
「なんか引っかかる言い方だったのよね。まぁいいわ。さてと……わたしはレオルドの様子を見てくるわね。イストワール様とも今後について話し合っておかないと」
「わかりました。なにかあったらすぐ呼んでください」
プラネタワー格納庫。もとい守護女神近衛機兵団達の待機所では、レオルドが休む暇もなくいそいそと再出撃の用意をしていた。メカニックであるグラさんは口数も少なく、重苦しい雰囲気に包まれている。
そこにあった喧騒が帰ってくることはない。彼らは皆、任務を全うしたのだから。
《グラさん。『Ages』について何か知ってるっすか?》
「…………ああ。知ってる。だがそれは、お前さんの目で見てきたほうが早い。行くのか?」
《はい。あいつが……シャニが最後に言っていました。俺には、全てを知る権利があるって》
「なら俺に止める権利はないな。そら、行って来い。場所はわかるな?」
《座標データを送られたので、大丈夫っす! ……多分》
出撃しようとするレオルドだったが、人影とぶつかりそうになって慌てて立ち止まる。
《ぉわっひゃあ! ……あ、アイエフさん。どうかしたっすか?》
「お疲れ様、レオルド。もう再出撃するの?」
《グラさんの腕前なら十秒あれば二時間いけます!》
ほんとに?という疑問に満ちたアイエフの視線に、グラさんは盛り上がる筋肉を見せた。嘘ではなさそうだ。
《うずめさんの手当が終わるまでの間、俺はちょっと行くところがあるので》
「例の「Ages」のこと、こっちで調べておきたいところだけど……そんな暇はなさそうね。気をつけて行ってきなさい」
《了解!》
アイエフに見送られたレオルドが座標データを照合しながらプラネテューヌを走る。
目指すは北部。ルウィーとの国境線。
プラネテューヌ国境警備隊だった頃から利用していた北方演習場を抜けた、その更に先。レオルドは寒風吹きすさぶ荒野を走る。すでに移動から三時間は経っていた。通信状況も芳しくないが、気を利かせてくれたのかプラネテューヌ諜報部からの連絡事項に胸を撫で下ろす。異常なし、引き続き警戒を続けるとのこと。
やがて、目的の場所に到着する。現在地は座標データの数値と一致するが、しかしそこは雪山の麓だった。
レオルドが首を傾げながら周辺エリアを索敵してみる。熱源探知に引っかかるのは小動物くらいだ。ソナーに切り替えてみると、反響する空間を発見する。雪をせっせと払い除けると、腰ほどの高さまであった雪の下に機械の扉を見つけた。
恐る恐る触れてみるが、電子ロックが掛かっているのか厳重なセキュリティに阻まれる。
《ひぃん……》
前途多難。早くも挫折しそうになったレオルドだったが、短い電子音の後に扉が開いた。首を傾げつつも、中に踏み入る。
──
無機質な廊下。グリッド状に区分けされた研究施設の案内図を見て、レオルドは存在しない記憶ログの再生にノイズが走る。
初めて来たはずだ。それなのに、なぜかはわからない。よく知っている場所だ。
《…………》
自分が今、立っている場所がエントランスホールであることはわかっている。上層プラントから下層プラントへ通じるエレベータへ向かい、そのまま下層部へ。
自分たちの原動力が「環境汚染物質」であると、それはメカニックであるグラさんの身体を見ればわかる。取り扱いを一歩間違えるだけで人間の身体を蝕むことになるからだ。だからこそ自分たちは人里を離れ、国境警備隊として人々の生活を支えてきた。
エレベーターが止まり、扉が開く。そしてレオルドの視界に入ってきたのは、通路を挟む形で展示されている変異した「環境汚染物質」だった。
《これ、は──》
液体に満たされたシリンダーは三重の防護ケースで保護されている小さな球状の物質。それが、彼らの原動力。「ニュード」と呼ばれるものだった。しかし、電気による刺激を受けることでその性質をバクテリアのように容易くそれは変化していく。
通路を進むレオルドは最も安定化した状態を発見した。人間で言うところの心臓の展示。だが不思議となんの感慨も湧かない。ただ事実を突きつけられているだけだ。そしてそれは最初から知っている。何よりも自分が知りたいのは──どうして、自分なのか。
レオルドは通路の最奥、巨大なシェルターの前で立ち止まる。物言わぬ鉄の大扉は、しかし横のコンソール部分を淀みなく操作すると起動した。
【製造ID照合:データ一致】
【ユーザー認証:レオルド】
【権限認証:ロック解除】
静かに、重く扉が開いていく。内部から漂う冷気は、長い間誰も入らなかったことによるものだ。ひどく冷えた空気はまるで冷蔵庫のように機器を凍りつかせている。
実験施設のようだが、設備は全て機能を停止させていた。再稼働させようにも、この低温状態では望めないだろう。それでもレオルドは室内を見渡し、モニター下部のコンソールを叩く。
《……────》
存在しない記憶ログの再生。ノイズ混じりの映像記憶に導かれるようにして、レオルドは非常用電源を入れると、最低限の設備を再起動させた。
施設が低く唸り声をあげる。自らの眠りを妨げる者を恨めしく思っているようにも感じられた。しかし、レオルドは明滅するパネルにかじりつくように見入る。
《パスワードの入力……? そんな急に言われても困るっす……》
パスワードの入力画面で再び手が止まった。レオルドが悩み、手を動かす。なぜかはわからない。確信もない。そのはずなのに、どうしてか──入力すべきパスワードはそれしか思い浮かばなかった。
【……パスワードの入力を確認しました】
【キーを解除します】
【メインシステム『Ages』起動──ようこそ】
立ち上がるシステムに、しかしその内部フォルダに残されているデータはほとんど皆無だった。初期化したパソコンでももう少しまともなデータが残っている。これでは何かを知るも何もない。しかし、レオルドは一通のログを見つける。
どうしてか。稼働記録もなにもかも存在しない中で、ただひとつだけポツンと画面に残されていた。自然と手はそちらへ伸びていき、内蔵されているデータを閲覧する。
──プラネテューヌ新エネルギー開発局「Ages」。それは、表向きプラネテューヌの人々のために創立された。だがその実態は異なる。
彼らは女神をも越えるエネルギーを見つけてしまった。ゲイムギョウ界の絶対戒律であるルールを破る禁忌の扉を前に、その情報漏洩に心血を注ぐ。結果としてそれは世間に知れ渡る前に存在を抹消された。
彼らは、自ら濡れ衣を着たのだ。──新世代のエネルギーなどなかったのだとして。
《………………》
ログを辿り、レオルドは読み進めていく。開発者達の日誌だった。
他愛のない日記もあれば、研究の進展を喜ぶ日もあった。仲間達と喧嘩した日など三行にも満たないものもある。彼らの生活のありのままが描かれたそれは、まるでひとつの物語のようでもあった。
──彼らはその新資源を「ニュード」と名付けた。
新世代、新時代……そんな祈りを込めて「New Generation Drive」と呼ぶことにした。不思議な性質を持つ新資源は、あらゆる電気製品、工業製品へと転用可能な燃焼効率を誇り、大いに役立つかに思われた。しかしそれは、人体への有害物質でもあったことが判明する。
人体もまた、見方を変えれば電気信号で動く製品だ。倫理的にも道徳的にもそのような観点は押して図るべし。それゆえに、一度感染してしまうとそれは不治の病となる。
それでも。それでもと、犠牲から目を背けてそれでも彼らは日夜技術の邁進に時間と情熱を注ぎ続けた。報われることはない。だがそれでも──いつかそれが、人々の役に立つ日が来ると信じて。
そして──審判の日が訪れた。
内部分裂。ニュードを用いた新兵器の開発。女神政権の打倒。新時代の到来を盲信し、過信した者が現れた。幸いにもその騒動はすぐに治まったが、その波風はやがて波紋となり、開発局の中で議論が続けられる。
果たして本当に、我々の力で守護女神を超えるべきなのか──。
《…………俺、は……そのために──?》
レオルドは読み進めるのが怖くなった。手を止め、しかし……仲間たちの背中を思い出す。
──みんなが信じた。
──お前なら、と背中を押してくれた。
──突然守護女神のことを口走ったとんちきドベ太郎の言葉を信じてくれた。
──俺には、全てを知る権利がある。
ログを、読み進める。
──やがて、ひとつの結論が出た。
開発局の内部だけで、これほどの争いが起きるというのなら。我々は間違っていたのだと。これはゲイムギョウ界に破滅をもたらすものなのだ。そしてどうか思い出して欲しい。
プラネテューヌの守護女神を。
パープルハート様を。
あの方が望んだものは、何だったのかを。
シェアを得るための武力を望まず、盲信も侵攻も必要とせず、ゲイムギョウ界最下位のシェアを維持することに甘んじているのは何故か。
日々の安寧。人々の笑顔があればそれで充分なのだから。
──我々はエネルギー開発の機体に着手した。それから、彼のための仲間を作り上げた。
彼のために。守護女神様のために。プラネテューヌのために。
我々はこれまでの研究資料の全てを廃棄することにした。
…………レオルド。
《!?》
まるで自分に語りかけてくるような文面に、思わず手が止まった。まだ続きがある。
…………レオルド。
もしも、キミがこの端末に残された記録を読んでいるのなら、すまなかった。
我々はキミの機体性能を大幅に制限している。それでもキミが生き残り、もしもキミの仲間達が此処を教えたのなら、それはとても誇らしく思う。
だから、私も信じる。信じたい。いや、正直なことをいうとまだ怖いけれど。それでも信じよう。
キミのその力が、正しい未来を切り開くために使われることを。
レオルド。キミの力で、どうか。
女神様を。プラネテューヌを、守ってほしい。
我々の過ちが、間違っていなかった時代の証明として。
《──────》
「Ages」職員の日誌は、そう締めくくられていた。
戦うためではなかった。自分たちが作られたのは。
プラネテューヌの人々のためだった。今より良い時代を。素晴らしい時代が来るのだと、みんな夢を見ていた。だがそこに、悪夢の魔の手が迫っていることにいち早く気づいたのだ。
【暗号化キーを解除】
【データ削除開始】
【メインシステム「Ages」のシステムダウンまで、残り300秒──当局職員は速やかに退避してください】
まるで全てを予測していたかのように、レオルドの前でログが自動的に閉じられる。そして画面が暗転し、施設内の警報灯がアラームを鳴らしていた。
レオルドは急ぎ、その場から走り去る。
──地上に戻り、施設から離れてから間もなく激しい地鳴りが響いた。
崩落する施設を眺めて、レオルドは雪原に一人立ち尽くす。
エネルギー開発用ブラスト・ランナー。それが自分の機体ブランド。戦闘用でも探索用でもなんでもない。ただの、エネルギー開発のためだけに造られた機体。
だが。
そこに込められた人々の夢も、理想も、意思も理解できる。
《…………ありがとうございます。俺は、戦います。あなた達の夢のために。仲間のために》
そして何よりも。
あなた達が信じる、守護女神パープルハート様のために。
あなた達が愛する、プラネテューヌのために。
俺の全てを使います。