超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──月面国家ナナイト。教会食堂で四女神達は、テーブルの上に並べられた色とりどりの料理を見て目を丸くしている。だがその中に威風堂々と存在感を主張する物があった。心底楽しそうに配膳を済ませていくムルフェストに向けられるなんとも言えない視線。
「朝からカレーってどうなのかしら……」
「ちょっと、重い気がしますわね」
「むっ。なんだとぉべるべるちゃん。むーちゃん特製カレーはユウコに唯一勝てる見込みがあるかもしれなかったりするぐらい美味しいって評判なんだぞぉ」
「……ホントかしら」
「ごく一部狭い界隈で」
「一気に信用性なくなったわね」
王様コミュニティと人は呼ぶ。
怪訝な表情をしつつもスプーンで一口頬張れば、辛さの中に旨味あり。スパイスの複雑な味わい、それでいて野菜の旨味がよく馴染んでいる。牛肉のほぐれる食感に白米の甘みが合わさり、ピリッとした辛さが甘みで中和されていく。身体の芯から温まるような味わいに舌鼓を打つ。
美味しい。手が止まらなくなりそうだ。
問題は朝食で出されていることくらいで。
「おいしー?」
「おいひいですわ」
「朝食で出されてなければおかわりがほしいくらいよ」
「食欲あるようでよかったよかった。うんうん。あ、プリン食べる?」
「食べるよー!」
「のわぁ!? びっくりさせないでよネプテューヌ!」
「わぁカレースプラッシュ」
プリンと聞けば元気はつらつネプテューヌ、隣で驚いたノワールの口からカレーがだばぁ。綺麗に拭き取って仕切り直し。
ムルフェストは滅多にない客人のもてなしに終始にこにこと笑っていた。そうでなくてもいつも笑っているが。
「さて、じゃあ。ご飯食べながら聞いてねー? 今、べるちゃん達はシェアがない状態。つまり人間と大差ない状態です。ここまでは女神様自身、自覚あると思うけど。これから向かってもらうのは犯罪国家、九龍アマルガム。大魔導師のもとに行くこと」
「? わたくし達を戻らせるならまずユノスダスなのでは?」
「ちっちっちっ、甘いねぇべるちゃん。あれですよ、フラグ管理は大事だよー? めちゃんこ大事だよ。そのためには銀鍵守護器官を持って大魔導師の下へ行かなきゃなんない」
「バチクソにメタ発言でちょっとツッコミづらいんだけど」
にゃはは、と猫のような笑い声を挙げながらムルフェストはすっと目を細める。
「ダメだよ。アイツはエヌラスが死んだことは理解しているけれど、誰が殺したのかまでは知らないんだから。ちゃんと教えてあげないと」
──手が止まった。思わずスプーンを落としそうになる。
「それにこれは大事なこと。言ったでしょ? フラグ管理は大事だよって。大魔導師を味方につけるために必要なこと。気になることもあるし」
「なにかあるんですの?」
「ほら、うちのムーンセルくんの世界線観測。いろんな計測してみたんだけどさ、エヌラスがいない場合の仮説検証、どれも大差ないんだよね。これは多分、アイツは観測データに含まれないってことだと思うんだけど」
「データに含まれない……?」
「そ。でも考えても見ればそれも当然。「ヌルズ」の個体名としてのエヌラスなんだから。ヌルズって言うのは「何も示さない」ということ。空っぽなわけ。だから観測不可能、データ上ではね。自分の目で見ない限り、誰かの目に触れない限り、あれは居ないことになる」
「それでは……」
ベールがスプーンを咥えて少し悩んでいた。情報を整理すれば、絶望の魔人としてのヌルズ。つまりはエヌラスだ。それは何もない。何も示さない。何も残さない。文字通りの「0」だ。あらゆる情報を無に帰すというのなら、確かにそれは世界の終わりにふさわしい。
しかしその観測不可能の存在を大魔導師はどうやって観測したというのか。知覚すら出来ないはずだ。次元神セロンですら管轄外であるというのに。そんなベールの疑問に答えるように、ムルフェストがどこからともなく取り出した指揮棒を突きつける。
「そう。それが“鍵”だよ、べるちゃん。大魔導師はどうやったか知らないけれど、誰にも観測されないはずの存在を“確立”したんだ。それを聞き出さなきゃ」
「そんなのを聞いたところで……」
「エヌラスの妹のこと、覚えてる? 死んでいなくなった。そう。「いなくなった」んだ。なら同じ存在であるエヌラスもどこかに「いなくなった」はず。そこがどこなのか誰も知らない──ただ一人、大魔導師を除いて」
ムルフェストが至った結論。
それは、聞いている限り荒唐無稽にも程がある。エヌラスは死んでいなくなった。妹と同じように、この世界から。だから、同じようにどこかの世界にいるはずだ、と。
だからそのために大魔導師の協力が必要不可欠となる。
「おーけー? ご理解いただける? 虎穴に入らずんば虎の子を得ずって言うし? たいがー道場! 虎は我が子を千尋の谷にポイ捨てしちゃう!」
「なんか、微妙に違う気がする……」
「というわけで、そろそろのんびりご飯の時間はおしまい。さぁさ、支度して──アイツが来る前に」
急かすムルフェストによって和やかな朝食の時間は終わりを告げた。
「回復薬持った? ハンカチは? ティッシュは? 状態異常回復も常備した? 復活アイテムの在庫も大丈夫? おやつは三百クレジットまで」
見上げる地上の風景に、慣れない感覚を覚えつつ戸惑っている四女神。月の湖の桟橋の上で肩を並べていた。
「えっと。どうやって移動させるつもり?」
「え?」
「え?」
「あ、シートベルト締めててね」
「ないけど!?」
ムルフェストが指を鳴らす。光の線が無数に走り、それは格子状に並んで四人を隔離した。まるで光の牢獄のように。内部が赤く照らされ、それはまるで非常用照明、或いは警報のようでもあった。嫌な予感がした。自分たちがこれから恐ろしい目に遭うであろうことは想像に難くない。引きつった笑みを浮かべるノワール達に、ムルフェストはポケットからホイッスルを取り出すと「ぴー」と鳴らした。
「間もなく一番線、ドアが締まります。ご注意ください。テイクオーーーーフ!!!」
「絶対ちが、ぁぁぁぁあああああああああっ──────────…………!!!!!!!!」
四女神の悲鳴が木霊する。本気の絶叫だった。
足元が切り抜かれたと思った次の瞬間には自然落下、ムルフェストは地上めがけて発射された四人の姿を確認してひとりで納得して頷いていた。
「うーん、うんうん。おっけー、ギリギリ間に合った感じ? ──諦めないでね、女神様」
──月の湖。天地に青が広がる世界に、一点の黒が落ちる。渦を巻き、パレットに零した絵の具のようにそれは広がっていった。人一人が通れるほどの穴が空間に広がると、そこから現れたのもまた黒い人影。
「一歩遅かったねぇ、ヌルズ・エクス・モルテス。おおかた“銀鍵守護器官”の魔力痕跡を追跡してきたんだろうけども。それともムーンセルのセキュリティシステムの突破が難しかった?」
──ヌルズ・エクス・モルテスは左眼を閉じていた。しかし、隻眼のまま鼻で笑い飛ばす。
「よくも言うものだ。あの出来損ないは死んだんだろう? にも関わらず、まだ縋るか」
その顔をじっと見つめて、ムルフェストが再び指を鳴らした。
光が走る。今度は二人を閉じ込める形で檻が出来上がった。
「どうせ先を急ぐんだろうけど、ちょっとくらい話相手になってよ、むーちゃん寂しんぼうなの」
「女神達を逃がしたつもりだろうが、勘違いをするな」
「してないよ。君の狙いが“銀の鍵”であることは知ってるし」
それを持っているのが守護女神だから追っているというだけのこと。
「なら時間稼ぎのつもりか?」
「まさか。そんなの意味ないじゃん。それにむーちゃん死ぬつもりなんてないし。ただちょっと、いくつかなぞなぞが残ってるから手伝ってほしいなってだけ」
手持ち無沙汰で弄っていたホイッスルを湖に投げ捨て、ムルフェストが手を開けば青く輝くルービックキューブが浮かべられる。
「君は世界線を破滅に収束させる存在。つまりどう足掻いても絶望しか残らない。なのにどーしてそんなに“銀鍵守護器官”を目の敵にしているのかってこと。エヌラスを消そうとしたのも、それが狙いだったんじゃない?」
「…………」
「アレは全ての解になる。全てを紐解く鍵になる。まさしく“全なる一”の結晶体。あんなもん振り回されたら全ての世界線が台無し」
「貴様も似たようなものだろう? ──月の吸血姫。真祖の令嬢、ムルフェスト。吸血鬼という種はウイルスのように蔓延する。知的生命体がいる限り繁殖する怪物を率いる化け物め」
「……だから何?」
「だから。貴様はここにいる。違うか? 蠱毒の月に押し込められ、自ら全てを刈り取り、あまつさえ手に余した種を地上にばら撒いた元凶」
「──痴れ者が」
その呟きは、絶対の殺意を持って質量を伴い、ヌルズに叩きつけられた。常人であれば命を奪われるに足り得る程に。しかし、そこにいるのは互いに怪物の中の怪物。白波の立つ湖の中で赤い双眸が火花を散らす。
「秘密のある女を暴こうなどと万死に値すると学ばなかったの?」
「あいにく天涯孤独の身でな」
「天涯孤独、ねぇ……」
「なにがおかしい」
「いやぁ、なに。卵と鶏はどっちが先なのかにゃー? そしてお前はどっちなんだろねぇ?」
剣閃が走る。それは、ムルフェストの前にあったティーテーブルを両断した。
「図に乗るなよ。真祖の吸血姫風情が」
「調子のんないでほしいねぇ、邪神風情が」
「俺が此処で機神招喚をしたらどうなると思って──」
「できないよ、お前には」
言い終えるよりも先に、ムルフェストは言葉を続ける。
「次元演算を終えたんだろうけど、それを維持している。もしそれを、壊次元で放とうものならご破産もいいとこ。また一から次元演算を始めるつもり? わざわざ超次元を含めた複数の次元世界を終わらせるために用意した演算を。脅し文句にしちゃ、ちょーっと足りないねぇ」
左眼を閉じている理由もそれだ、と指摘して。にんまりと口元を緩めながら、吸血姫は一度は腰を下ろした椅子から立ち上がると大きく身体を伸ばす。
「それでも快復したお前なら、女神様達なんて一捻りなんだろうね。特に今の、信仰心を失ったよわよわ女神様達は。だから超次元に戻るよりも先に手を打っておきたい。向こうはお前の協力者にまかせておけばいい。そのついでに面倒な神格者を消しておけばより盤石、てなとこ?」
「貴様の優先度は低かったんだが、気が変わった」
「ありゃま。秋の空みたいに移ろいやすいねぇ。それとも乙女心?」
電磁抜刀──光速の抜刀術は、ムルフェストの急所を狙ったはずだった。しかし、身体に触れるよりも先に空中で弾かれる。
「やれやれ、やだにゃー。むーちゃんあんま本気出したくないんだよね。真剣勝負なんてやりたくないのに。楽しい方がいい。面白いのがいい。まぁでも、たまには運動しないとね」
ヌルズ・エクス・モルテスはその場から下がった。刀を納め、ムルフェストの一挙一動を見逃さないように、集中する。
手に浮かべたムーンセルの模倣品を握りしめると、それは破片となり、形を変えて再構築されていった。
「ババ抜きしよっか──ヌルズ・エクス・モルテス。選ばせてあげるよ」
手には七枚。右手に三枚、左手に四枚、青く輝くタロットカード。
そこに描かれている絵柄は、騎士、弓兵、槍兵。魔術師、暗殺者、騎兵、狂戦士。
「──
なぜ。
──大魔導師が“地上最強の魔術師”と呼ばれているのか。
その答えは、ここにある。