超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ぐんぐん迫る地上。
物理的な慣性を止めるすべはなく、四女神は自由落下に伴う衝撃に備える。どうやって?
女神化もできなければそう都合よくクッションが置いてあるわけでもない月から地上に向けたノーロープバンジー。人はそれを自殺行為と呼ぶが、誓って望んだわけではない。
……なら殺人では? 事件ですおまわりさん。
「ぁぁぁぁあああああああっ!?!?!?!?」
絶叫が響き渡る。
落下予定地点が仮に水場だったとしても、瞬間的にアスファルト並の硬度と化す水面に叩きつけられれば水没必至。避けられない死を前に涙を飲むネプテューヌ達だったが──。
「……なにをしているんだお前ら?」
空中散歩(?)中の大魔導師とすれ違った。
「落ちてるぅぅぅーーーーー!!!!」
「そうか。がんばれ」
「助けてよぉぉぉおおおおおおっ!?!?!?」
「そうか。どんまい」
死ねばいいのに!!! 全員の心がひとつになった。
──犯罪国家九龍アマルガム上層都市。
高層ビルに激突しそうになっていた四女神だったが、ヘリポートにまとめてゆるやかに着地させられる。大魔導師はギリギリまで放置して眺めていた。
落下制御魔法を使ってもらわなかったらどうなっていたことか。
「し、死ぬかと思った……本気で死ぬかと思った……!」
「すまんな。見ていて面白かった」
あまりの恐怖にまだ少し足がすくむノワールは怒りで己を奮い立たせて立ち上がる。ネプテューヌは高所落下のプロ、流石に慣れていた。
「それで。なんでまた月面国家から飛び降り自殺なんてしようと思ったんだ? なんだ、全部嫌にでもなったのか。それならそうと言え。今から月まで蹴り飛ばして──」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ったーーー!!! せめて私達の話を聞いてからにしないの!? あなたに話があって此処まで来たんだけど!」
これ見よがしに、それこそもう見てわかるほどに「面倒くさい」が顔に書いてある。深々とため息までついていた。
「キンジ塔の件に関して言うならば、
犯罪国家九龍アマルガム教会。それは上層都市と地下帝国に二分される。大魔導師が本拠点として使用しているのは専ら地下帝国の廃病院だ。なぜ廃病院の趣なのかはともかくとして、内部は空間魔術で無理やり拡張しているからか無駄に広い。
なぜ散歩をしていたのかを尋ねると「暇つぶしだが?」とそっけなく返された。相変わらずにも程がある。だがそれが「いつもの」ではないことは、大魔導師の纏う空気で肌に伝わってきていた。
九龍アマルガム教会の応接室に通された四女神に、ガイノイドの長刀を帯びたメイドがティーセットと茶菓子を用意して速やかに退室していく。
「さて。それでは聞こうか、守護女神の諸君──エヌラスは、誰に殺されたんだ? よもや時間切れの自滅などではないだろう」
単刀直入。大魔導師は一刻も早くその疑問を払拭したいとでも言わんばかりに話を切り出した。言葉を詰まらせる姿を見て、小さく唸る。
「ほう。……そうか。よもや
「……ぁ、の。わたし達は」
「私が聞きたいのは、それだけだ。ああ、もうひとつあったな。“鍵”は、持っているか?」
ネプテューヌがパーカーのポケットから銀鍵守護器官を取り出して大魔導師に見せると、静かに目を細めていた。
「…………そうか。なら、それでいい」
「……怒らないの?」
「なぜだ?」
「だって、私達……望んでいなかったとはいえ、エヌラスを──」
「私が怒り狂えば、あの男は蘇るのか? そんなはずはないだろう。あの馬鹿は、死ぬべくして死んだ。自ら選んだ道半ばで斃れてしまった。それだけの話だ」
「それだけ、って──! あなた、それでもエヌラスの師匠なの!?」
人の心が無いにしても、限度というものがある。ノワールが怒りで立ち上がろうとして息を呑んだ。生殺与奪の権利を相手に握りしめられたように固まる。
大魔導師の眼はいつも通り気だるげだ。だがそれは、魔道の研鑽に飽いた極致。
「あいつは死ぬとわかっていてお前たちを選んだ。そのお前たちは、私の怒りを買って死にたいのか? 望むならそうしよう。だがそうはいかない。なぜだか分かるか?」
室温が氷点下に固定されたような寒気に身体を震わせる。絶対零度の殺意。大魔導師はただ椅子に座り、頬杖をついているだけだと言うのに、何故か。身体の芯から凍りつくほどの殺意だけが本能に警告してきている。全身の水分を内側から干上がらせているような錯覚に舌の根が乾いていく。それでも、大魔導師に尋ねた。
「それは、なんで……?」
「みなまで言わせるな。私にとって、たった一人の弟子だ。その馬鹿な男が最後に、私になにを頼んだと思う? ──愛した女を守ってくれと、そう言われたんだ」
ゲイムギョウ界を離れた大魔導師は、エヌラスからの最後の願いを聞き届けていた。その最期に立ち会うことが叶わなかったとしても、結果を見れば何のことはない。
あの男は。奪われた愛に囚われたまま一歩も進んでいなかったのだ。
たった一人の愛弟子がそれでも、と選んだ女神達が今目の前にいる。それを良しとせずして、何を良しとしようか。
エヌラスから愛を奪ったのは他ならない自分だ。ならば、最後の願いくらいは聞き届けてやるくらいの義理は果たさなければならない。
「そのお前たちが此処にこうして無事にいられる理由は、
「────わかってるわよ、そんなこと。あなたにお願いがあるの」
「言ってみろ。聞くだけ聞いてやる、ムルフェストの入れ知恵だろうがな」
ノワールがネプテューヌ達と顔を見合わせて、頷いてから口を開く。
「あなたに聞きたいことは、この“銀の鍵”の正体についてよ。これが一体なんなのか、教えてもらえないかしら」
「それを聞いてどうする」
「ムルフェストが言っていたわ。貴方はエヌラスの居場所を知っているって。だからもう一度呼ぶことができるとも」
「……あーぱー吸血姫め。余計なことを言う」
「だから、コレがそのための“鍵”なんだって言ってましたわ」
大魔導師はその問いに対する答えを隠しているのは明らかだ。沈黙を貫こうとする相手を問い詰めようとして、ため息を吐かれる。
「結論から言おう。あくまでも理論上では“可能”だ」
「……! 本当に!?」
「それじゃあエヌラスは──」
「言ったはずだ。理論上は、とな。そして私にはその資格がない」
糠喜びに落ち込むネプテューヌ達だったが、言葉の違和感に首を傾げていた。
「理論上可能なのに、どうして貴方にはその資格がないの? 一度は辿り着いたんでしょ?」
「そうだな。あの“神座”を超えた先の世界に、私は一度到達している。言うなれば那由他の果てだ。そして理論上と表現したのには理由がある。あの場所に辿り着くためにはキンジ塔の門戸を叩かなければならない。その意味がわかるな」
「……それは」
壊次元のシェアを争奪した果てに得られる次元神への謁見。本来ならばそうあるべき世界を捻じ曲げたのはエヌラス自身の選択だ。そしてそれは今や修復不可能なほどこの世界に影響を与えている。それを無碍にすることなど大魔導師には出来ない。
「だから言っている。“理論上は”と」
「なら……この“鍵”の正体は、なに?」
「────」
「教えてもらうわよ、大魔導師。エヌラスはこれを、大事な物だって言ってたわ。貴方から贈ってもらった、最初で最後の大切な贈り物だって! 命と引き換えにして、それでも守ろうとして、私達に託したんだから! 貴方の口から答えを聞くまで動かないわよ!」
噛みつく勢いで吼えるノワールに、大魔導師が口を開きかけて閉じる。
「大魔導師。この期に及んでまだ秘密主義なのはいかがなものかと思いますわよ」
「正体は明かせない」
「ちょっと!」
「理由がいくつかある。ひとつ、次元神の“検閲”に引っかかった場合。全てが無為に帰す、それ故に明かせん」
「引っかかる、とはどういう意味ですの?」
「……“修正”される。つまりは全てが無かったことになる。今日までの全てがな」
「そこまでのリスクを背負ってまで、どうして?」
「聞いているはずだ。私の根幹にある願いは、未知が欲しい。ただそれだけのこと。そのためにはあの神が邪魔なのだ。だが厄介なことに次元神はこの次元の総力を束ねても勝算が無い相手だ。そもそもが間違いなのだから──神を越えるなどという無謀」
無謀と理解して、無茶な真似をしている大魔導師の言葉にベール達が眉を寄せていた。
「
狂っている。
この男は狂っている。
そのためにエヌラスは生み出され、そして死んだ。ノワールはそれが我慢ならなかった。
「そんな物をどうしてエヌラスに与えたのよ! こんな物のせいで! そんな貴方のせいでどれだけ苦しんで生きてきたと思ってるのよ! それがエヌラス自身の選択だったとして、なに? 貴方はそうなるように仕向けたじゃない!」
「そうだな。それについては弁明の余地などない」
「っ……! エヌラスの居場所を教えなさい! 貴方が動かないなら、わたし達が」
「お前たちでは無理だ。そんな暇などないだろう?」
「どうしてッ!」
「今頃ヌルズ・エクス・モルテスはムルフェストに足止めをされている頃合いだ」
絶望の邪神の名を出されて、ノワールが止まる。驚きに目を見開くネプテューヌ達を見て、大魔導師は呆れたように嘆息していた。
「なんだ、気がついていなかったのか。タイムリミットが近づいていることに」
「タイムリミット……?」
「アイツは次元演算を終えている。“機神招喚”の手筈を整えているはずだ。となれば、あとは邪魔者である我々の排除に乗り出すだろう。だが、例外がある。それがお前たちとゴールドサァドの面々だ」
超次元に現れた黄金の頂。アレは決して人類の敵などではなかった。歴史の防衛機能とでも言うべきシステム。守護女神の存在が消えようとするその時、世界の均衡を保とうとするために現れる自浄作用。守護女神とゴールドサァドの両者が存在する世界線、それは奇跡と言えるだろう。ましてや、その両者が手を取りあい協力したことで得られた《ネクストフォーム》はまさに守護女神の極限進化と言っても差し支えない。
「むーちゃん、だからあんな急にわたくし達のことを送り出して……」
「お前たちの選ぶ道など、最初からひとつしかないんだ──超次元を守る。そのための守護女神なのだから。履き違えるなよ、守るべき世界を」
「……ムルフェストは大丈夫なの?」
ブランの素朴な疑問に、鼻で笑い返した。
「あいつのことなら心配いらん。私が“地上最強”を名乗れるのは──
あの女が月に住んでいるからだ」