超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
月面国家ナナイトで繰り広げられる邪神との死闘は開幕からただの一度も静寂を挟まなかった。電磁抜刀が絶え間なく振るわれ、その都度、ムルフェストの手から弾き落とされている。
手にした七枚のタロットカード。ムーンセル・オートマトンに記録されている再現戦闘術式『フェイタル・コード』と呼ばれるムルフェストの魔術を前にヌルズ・エクス・モルテスは歯噛みした。
お気楽能天気、楽天家の吸血姫。真祖なる種族でありながら奔放な生き方を良しとするが故に脅威度は低いものだと見ていた。
「ちっ……!
しかし、仮にも月面国家国王。ましてや、吸血鬼達による王座争奪戦の簒奪者。全能の権威を欲しいがままにした吸血姫はそれを振るうことなく、地上にばら撒いた。そうして月から権力者達を追放し、地上に“吸血鬼”というウイルスを撒き散らし、悲劇と惨劇を高みの見物。シルヴィオの妻子は奪われ、ユウコは望まぬ吸血鬼となり、そうして地上では新たな争いの火種となった。それをまるで見世物のように眺めていたのも短い間の出来事。
「おっと、そいつは“無し”だよ」
指を鳴らす。
“パチンッ!”とまるで電源でも落とすように、ヌルズ・エクス・モルテスの変神が解除された。言葉を失う相手めがけて、ムルフェストは強烈な回し蹴りを放つ。それは一瞬の隙を逃さず、蹴り飛ばした。水面を転がり、沈むかに見えたが浅瀬で踏みとどまり、ずぶ濡れのヌルズ・エクス・モルテスが睨みつける。
ムルフェストがにんまりと笑いながら口元を『フェイタル・コード』で隠していた。
「そんな本気になるなよぅ、それともこんなあっぱらぱーな神格者に遅れを取るつもり? いやぁ、まさかねぇ。邪神様ともあろうお方がまさかそんなそんな。にゃはははは!」
「ッ──“
「コード:アサシン──“燕返し”」
暗殺者のタロットカードが輝き、砕け、再構築される。
ムルフェストの手に握られるのは、あまりに長大な太刀だった。およそ人が振るう限界と言える刃渡りの太刀を携え、構える。
対敵に背を向ける。一見、奇妙な構えであった。刃を水平に、そして次の瞬間──剣閃が疾走る。
ヌルズ・エクス・モルテスは、見た。右目だけであったが、その在り得ざる軌跡を描く刃を。
“三つ同時の斬撃”が電磁抜刀を逸らし、弾き、叩き返していた。
ムルフェストの手に、再び七枚のタロットカードが握られる。
「どしたん、そっちのターンはまだ終わってないでしょ? ほらほら、はよはよ。私の手札はこの七枚。お前の手札は? 切り札と奥の手の二枚。たかが知れてるよ、絶望の邪神。お前をこの場で惨殺せしめるのは容易なことだ。だがそれで何が変わる? いいやなにも、まったく変わらない。この世界の行く末は、かつての歴史をなぞるだけだ。そんな運命を私は認めない。認めたくない。見たくない。未知が欲しい、その一点において私と大魔導師の見解と意見は一致している。だからこそ、あの男には私の魔術体系を教えた。流派も派閥も生まれも育ちも違えど、扱う魔力に違いはないからね。ほら、海の生態系と一緒。大海に棲む魚介類は多種多様と言っても海に住んでるのは同じでしょ? そういうこと」
「貴様……どうやって俺の変神を解除した」
「解除はしてないよ。中断させただけ」
ヌルズ・エクス・モルテスが見上げる先。そこに浮かぶのは、月の大聖杯。月面国家において全能の権威を振るう編纂器に、舌打ちを零した。
「早い話が、フェアプレー。この固有結界内において、同条件での戦闘行為を許可する、ってこと。だから私が変神を許可しない限り、お互いに全力は無し。おーけー?」
「……そもそも貴様、変神するのか?」
「ん? しないよ? するわけないじゃん。何いってんの?
即座に電磁抜刀の構えを取るヌルズ・エクス・モルテスだったが、ムルフェストの手を見て止まる。固めた拳の上に浮かぶ、銀色の宝玉。
紫電が霧散すると、ムルフェストの拳から宝玉が消え去った。あのまま電磁抜刀を放てば、間違いなく心臓を穿たれていたという予感は正しい。
「お前は大方、大魔導師を抑えさえすればどうにかなるとでも思っていたんだろうけど。この私を忘れてもらっては困る。仲間外れにするなよぅ、淋しいんだぞー」
「……お前こそ。この俺をこの場に留めさえすればどうにかなると思っていたら大間違いだ。既に大魔導師を殺す算段はつけてある」
「へぇ、そうなんだ。それは意外でもないっちゃ意外でもないんだけど」
「助けようとは思わないのか?」
「別に?」
あっけらかんと、ムルフェストは断言した。どうでもいいことだと。
「ん? なに? もしかしてお前、私達が仲間意識あると思って言ってる? まさか、そんなのあるわけないじゃん。何回殺し合ったと思ってるのさ。知っていることといえば、せいぜいどんな死に方をしたのかくらいで。前世で殺し合ったから今生は仲良くしましょうね、なんて? 馬鹿言わないでほしいね。どっかのおバカちゃんなら話は別だけど、少なくとも大魔導師を助けに行こうなんて奴はこの世界に誰もいないよ」
「既に実行済みだ。守護女神もろとも、あの国が滅ぶとしてもか?」
「あっそ。残念だけど──女神様は殺せないよ。少しばかり算段が甘いんじゃないかな」
「なに?」
「お前が何を目論んでいようとも、あの国にいる限り守護女神は殺せない。殺させない。他ならぬ、犯罪国家国王が。お前も馬鹿な奴だねぇ──
あの国で、アイツに喧嘩売るとか死にたいのか?」
──大魔導師の口から語られるのは、自らの魔術師の祖がムルフェストにあるということだった。元々地上における魔術体系の発展に限界があると見切りをつけていたからこそ、吸血姫に取引を持ちかけたのだ。そして、そこで得た知識をもとに道を外れる選択をした。
倫理も道徳も、いずれも神の前では等しく無価値。正気も理性も等しく無為に帰すというのなら、その全てを棄てる。その上で、狂気を御する。それは、並大抵の精神力ではなし得ない偉業だった。
「理解したか? 私が“地上最強”でいれるのは、あの女がそもそも魔術の第一人者だからだ。当人はそんなもの使わずとも吸血鬼の身体能力だけで十分脅威だがな。能ある馬鹿は爪を隠すというだろう?」
「ちょっと違う気もしますが……」
「そうか? まぁいい。とにかく、だ。今お前たちのすべきことは一刻も早く超次元へ戻り、信仰を取り戻し、邪神を打ち砕くことだ。こちらの世界が滅ぼうとお前たちの世界には何も関係のない話なのだからな」
「でも……エヌラスが守ろうとしていたのは、この世界でしょ!?」
「そうだな。だがお前たちは違う」
ノワールが更に言い返そうとして、今の自分達の無力さに何も言い返せなくなる。
気まずさと、妙な沈黙が降りる客室が、突如として揺れた。一度や二度ではない。まるで地割れでも起こったかのような振動に、しかし大魔導師は微動だにしていなかった。それから慌ただしく廊下を駆ける足音が部屋の前で停まり、ノックの後、勢いよく開け放たれる。そこにいたのは燕尾服を着込んだ執事だった。
「失礼いたします!」
「どうした、騒々しい」
「無礼をお許しください、大魔導師! しかし、緊急事態です! 上層都市における観測史上最大規模、未曾有の
「ほう? アイツが手を打ってきたか。面白い。それで? 被害状況はどうなっている」
「既に都市機能の二割が停止しています。住民の避難も急いでいますが……時間の問題かと」
「そうか」
守護女神からすれば、信じられない光景を目の当たりにしている。自分の国が今にも滅びようとしているというのに大魔導師は頬杖をついたまま薄ら笑みを浮かべていた。
まるでその滅びを待っていたかのように。
「相手は?」
「──、鬼械神が六体。いずれも邪神の波形が確認されています」
執事の苦虫を噛み潰したような表情から、ネプテューヌ達はその脅威を察する。
機神が六体。ダークメガミ六体を同時に用意されたも同義だ。それが現在、犯罪国家に招喚されたという緊急事態に、大魔導師はやはり涼しい顔をしている。
「聞いてのとおりだ。お前たちはユノスダスに急げ」
「大魔導師、貴方は?」
「私か? 迎え撃つに決まっているだろう」
「逃げないの?」
「何を言っている。自分の国が襲われているその時、国民を見捨てて我先にと逃げ出す王がどこにいる。私は犯罪国家九龍アマルガム国王だ。この国に生きる全ては私の財産だ。この国で死した者の全ては私の財産だ。私の許可なく死ぬことも逃げることも許さんよ」
執事に車の手配を出してから、大魔導師は思い出したようにメイドを呼び出す。間もなくして抱えるように連れてこられたのは、意識を失っている少女だった。
長く伸びた金の髪、豊かな胸。それを見て、ベールが衝撃を受けたようにわなないている。
「わ、わたくしの立つ瀬が……! キャラだだ被りですわ……!!」
「ちょっと黙ってなさいベール。大魔導師、この子は?」
「そいつの安全を確保するのが難しい状況となった。まぁ、お前たちに預けるともなればアイツも不満は言わないだろう。一緒に連れて行ってやってくれ」
「いや、だから。この子が一体なんなのか教えてもらえないかしら?」
大魔導師は眉を寄せ、首を傾げていた。心底不思議そうな面持ちで、数秒。
「あぁ、そういえばお前たちは初めて会うんだったな」
ぽん。手を叩いて頷いていた。
早くも執事が戻ってくると、車の手配が済んだという。仕事が早すぎる。
「エヌラスの元カノだ。マリーを頼んだぞ」
「エヌラスの」
「…………元」
「……カ」
「ノ?」
守護女神の絶叫が響き渡るまで三秒。大魔導師が黙らせるのにコンマ一秒。絶叫で室内が揺れるよりも先に守護女神達は廊下に蹴り飛ばされていた。