超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
犯罪国家九龍アマルガム上層都市を覆う六つの巨影。それは絶望の邪神ヌルズ・エクス・モルテスが大魔導師を絶殺せしめるためだけに用意した機神にして邪神の眷属。
──黄金の卵。
──逆さ吊りの蜘蛛。
──骨身の夜鷹。
──水神の剛腕。
──鋼の武刃。
──血濡れた道化。
招喚されてわずか一時間足らずにして既に都市機能の二割が停止。現在も僅かな抵抗を嘲笑いながら止むことなき進撃を繰り返している。
ネプテューヌ達が執事の運転する黒塗りの高級車に詰め込まれ、マリーもろとも有無を言わせず地上へ出た時には既に半数が機能を停止していた。あの犯罪国家ですら手も足も出ない状況の最中、それでもやはり──大魔導師は涼しい顔をしている。
「っ……なんて酷いの……」
車の窓から外を見たノワールが苦い顔を見せた。黒煙の立ち上る街の様子に、倒れた人々を容赦なく瓦礫が押しつぶしていく。とてもではないが見ていられない。我先にと避難所へ駆け込もうとする人々が見えた。
しかし、大魔導師はそれら全てを意に介さず高級車と併走している。
「お前たちを最速でユノスダスに送り届けるにはこの手しかない。乗り心地は悪くないだろうがな」
「そんなことを言っている場合ですか。この国の惨状をなんとかしませんと」
「それは私の仕事だ。お前たちの気に病むことではない」
機神の咆哮。絶望の産声。大気が振動すると、路面にまで響いて執事がハンドルを持ち直していた。それでもドライビングテクニックで持ち直すと、上層都市の無事な路面を走り抜ける。
しかし、当然ながらそれを見過ごす相手ではない。すぐさま鬼械神達が一台の車両を包囲しようと動き出していた。
相対したわけでもない。ただ、自分たちに殺気が向けられているだけだというのに心臓が押し潰されそうな圧迫感に青い顔をする守護女神達。その傍らでいまだにスヤスヤと眠っているエヌラスの元カノ、マリー。
「いや逆にすごいわねこの状況で寝ていられるの!?」
「どういう神経してんだ!?」
「……言っちゃいけないことなんだろうけど言わせて! ぷるるんに似てない!?」
「いいえわたくしに似てますわ!」
「ちょっとベールは黙ってて!! あいったぁーーー!!!」
執事が急ハンドルを切った勢いでノワールが窓枠に頭をぶつけていた。
水神の剛腕が上体程もある巨大な腕を突き出し、射出する。それは高層ビルを豆腐のように突き破りながら執事の運転する黒塗りの高級車に迫ってきていた。
路面を捲き上げながら津波のように迫る巨腕を前にして、大魔導師が手をかざす。すると、まるで時間が止まったかのように巨腕は見えない壁に阻まれてその場で静止していた。
「邪魔だ」
そして殴り返すと、まるで巻き戻すかのように腕を繋ぐアンカーを巻き込みながら胴体に直撃して転がっていく。圧倒的質量の差など意に介さない。物理法則などあったものではなかった。
道路に打ち込まれる空気を圧縮した散弾。アスファルトを粉砕しながら放たれる空砲を避けながら執事が先を急ぐ。
大魔導師が跳躍すると、骨身の夜鷹が顔を挙げる。
《────!?!?!?》
「鬱陶しいぞ」
高度二千。音速で飛行する鬼械神と“併走”していた大魔導師が足を振り上げる。
頭部から回し蹴りの直撃を受けた夜鷹が台風に飛ばされた紙飛行機のようにきりもみ回転しながらあらぬ方角へ吹き飛んでいく。宙に浮かぶ大魔導師めがけて、黄金の卵の殻が割れる。
そこから現れたのは無数の砲塔だった。次いで放たれる黄金の閃光を、しかし大魔導師は黄金の弓矢を構えることで迎撃する。
「疾走れ、群狼。狩りの時間だ──
黄金の流星が黒煙の空を駆けた。光と光の隙間を縫うように相手に噛みつくと、まるで内蔵を食い破るように本能のままに荒ぶる。
──邪神の眷属達を相手に一歩も劣らぬどころか、互角以上に渡り合う姿を見て守護女神達は言葉を失っていた。
エヌラスの師匠。地上最強の魔術師。歩く超常災害。様々な通り名があるが、やはり。邪神に目をつけられるだけのことはある。
逆さ吊りの蜘蛛を蹴り飛ばし、血濡れた道化の見えない爆弾を全て撃ち抜き、鋼の武刃の太刀と真正面から火花を散らしていた。それどころか袈裟懸けに切り返している。
「皆様、もうしばしの辛抱です! 掴まっていてください!」
「でも──!」
大魔導師を置き去りにしてしまうことに、やはりどこか後ろめたい気持ちがあった。
──エヌラスの師匠だ。ただひとり、師と仰いだ人。
たったひとりの弟子を失った心境は定かではない。いつものように、いつもどおりに見える。
黄金の瞳が、守護女神達とぶつかった。その唇が動く。
届かないはずの声は、確かに聞こえてきた。
「──往くがいい、守護女神達。お前たちには、守るべき世界があるはずだ。此処ではない次元、此処ではない世界がお前たちの居場所なのだから」
「……大魔導師」
それは、聞いたことがない優しい声だった。
「立ち止まるな。前に進め。お前たちにしか救えない明日がある。だから──往くがいい、超次元の守護女神達よ。例え明日、世界が滅ぶとしてもそれは諦める理由になどならない」
鬼械神に包囲され、猛攻をくぐり抜けて反撃に打って出る大魔導師が大地を滑る。
立ち止まり、守護女神達に背を向けたまま。
──鼻で笑っていた。自嘲的な色を込めて。
「お前たちになら超えられるはずだ。世界の終焉を前にしても」
それは、超えられなかった男が口にする祈り。
たったひとり、家族と呼べる愚かな命が託したのだから──。
あの日と同じ言葉を告げる。もう誰にも向けることのない願いを。
「生きろ──
縋るようにして、ネプテューヌ達は車の窓に張り付いて大魔導師の姿を見た。
どう足掻いても勝算のない戦いに、孤独な地獄に取り残された獣はしかし──それでも笑っていた。
手を差し出し、守護女神達を送り出す。まるでそれは花束を手向けるように。
その瞳は決して彼女たちに向けられていなかった。
女神たちに囲まれ、それでもなお、まだ眠りに就く少女を想う。
「マリー。全てを思い出せ。あの男を救えるのはお前だけだ」
そうして、守護女神達を乗せた車両は犯罪国家九龍アマルガムに国王ただ一人を置いて走り抜けた。
大黄金にして大暗黒時代。
混沌と狂気と悲鳴と絶望が木霊する、犯罪国家が終わりを迎えようとしていた。
──飽いていた。この箱庭の世界の全てに。
──この次元世界の総てに見覚えがあった、見慣れた景色だった。何も変わらない原風景。
──思えば、総てを知ったあの日から全てが始まった。
なんのためだっただろう。誰のためだっただろう。その動機すら、思い出せない。
一撃一撃が必殺と成り得る攻勢を、大魔導師は体一つで乗り切っていた。
──未知が欲しい。
──明日が欲しい。
──誰の手にも染まらない、無垢な明日が。
──決められた運命の路を辿るだけの日々に飽いていた。
あの日から、世界を見る目が変わった。この世界に生きる全ては、傀儡なのだと。神の作り上げた世界で生きる傀儡なのだと。
自分すらもそうなのだとしたら、一体なぜ。どうして今日まで生きようとしなければならないのか。
──誰かが終わらせなければならない。
──誰かが、この世界を終わらせなければならない。
──
──例え、自分自身が救われなかったのだとしても。
(…………嗚呼、そうか。そうだったのか)
犯罪国家が崩れていく。上層都市が崩落し、地下帝国に陽の光が差した。
機神達と鎬を削りながらも大魔導師は瓦礫を足場に、黄金の十字架で逆さ吊りの蜘蛛が飛ばす子機を迎撃する。
自らの胸に手を当て、息を吐き出した。凍りつくような、冷たい息だった。
(お前が死んだと理解して、私は何も変わらなかった。嗚呼、だが違うのか)
胸の奥にある冷たさは、どこか新鮮で。物寂しい心地があった。
もう二度と、自分の中にある心は動かないものだと思っていたが、そうではないらしい。
──あんな馬鹿に、感化されていたのか。自分でも知らず知らずのうちに。
「そうか──私は、お前に絆されていたのか。エヌラス」
いつからだろう──あの馬鹿を見るのが、少ない愉しみになっていたのは。
いつからだろう──あの馬鹿を死なせるのが惜しいと思ったのは。
いつからか──、自分の背中を追ってくる姿に懐かしさを覚えた。
いつの間にか。
家族と呼べるほどに、長い付き合いになってしまっていた。
馬鹿な男だ。嗚呼、本当に馬鹿な男だ。
狂乱。狂気。怒涛の殺意と瘴気と混沌。地下帝国を覆う絶望の巨影に、大魔導師は静かに手を掲げた。
──終わらせるために作り上げただけの存在だった。
──だが何時しか、それを手放すことが惜しくなっていた。
──あんな馬鹿だとは思わなかった。あんなに手がかかるとは思いもしなかった。
──いつしか、終わらせるだけの男こそを、救いたいとさえ思ってしまった。
──そのためならば、どんな地獄の道を歩むことになろうとさえかまわなかった。
──気づけば、師弟揃って地獄を歩いていた。本当に度し難い馬鹿同士だ。
「……お前に罪はない。生まれただけのお前に、何一つとして罪などない。それは私が負うべき咎なのだから。私は赦そう──お前が歩んできたこれまでの地獄を否定などしない」
大魔導師の手に、魔力が集中する。それは、亡者の信仰。瘴気。狂気。生死を問わず、犯罪国家における生きとし生けるもの全ての魂だった。
掌中に収め、作り上げたのは神の証。神格者たる象徴──
「奪わせなどはせんよ。私が認める、ただ一人の弟子が愛した女神達なのだから──全霊を賭してくるがいい、鬼械神よ! 邪神の傀儡に落ちた貴様ら程度に、私は負けん」
──生きるがいい、守護女神達よ。
──明日を目指して。
──そのための超次元だ。