超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
何度輪廻を繰り返しても、この犯罪国家の国王という地位に就くことは約束されていた。幾度となく放棄しても、必ずここに収束する。ならば、と大魔導師は考えた。構築した。
それは論理的に、しかし、倫理的に破綻していた。
生死を問わず、この身に信仰を宿すことが可能なのであれば──それは、生者のみからの信仰を遥かに凌駕するはずだ。
そしてそれは実現した。制約こそあれど、大魔導師はその力を行使することに成功する。
それは、守護女神達の極限進化。ネクストフォームに匹敵し、しかし決して届かないまでに。
「
屍人ばかりを集めた信仰に救いなどない。大魔導師はそれを理解している。死者で照らし出された未来への路など歩き出したくないと言われた。
ならば今こうして築き上げられている文化も、文明も、利器も、理知も。
人命という資産を消耗して作り上げられてきた屍者の帝国に他ならない。
未来を夢見た者たちが、どれほどの数。夢半ばで、志半ばで倒れていったというのか。
ならば見せよう。ならば私が連れて行こう。
肉体が朽ち果て、精根尽き果て、もはや物言わぬ魂となった先人達よ。──我が身に宿れ。
お前たちに次など無い。そして私にも。
『ロストネクスト』──それこそが、大魔導師の変神形態『ネクロソウル』としての顕現。
鬼械神達の殺意がただ一人の神格者に集中する。守護女神達よりも先に、目の前の脅威を排除しなければ絶殺されることを本能的に彼らは理解していた。
魔道。ただその一点のみにおいて神を凌駕した怪物。黄金の獣。
流れる黄金の髪。身に纏うプロセッサユニットは血のごとく深紅の色。龍の如き外殻を振るわせて、大魔導師──ネクロソウルは手招きした。
「参れ──加減はできんぞ」
超質量の鬼械神達が唸る。身体を軋ませて、咆哮していた。大気を震わせる瘴気の濃度にネクロソウルは宙に浮かび上がりながら、小さく息を吸い込む。その口元に笑みを浮かべて。
「あぁ、いい濃度だ。この程度の大気汚染であれば、心地よいほどだ」
剛腕が迫る。両腕で挟み込む形でビルをなぎ倒しながら。ネクロソウルなど蚊ほどの大きさに見えるほどのそれを、一蹴する。蹴り返し、肘で押し返していた。
ネクロソウルの身に宿したシェアエネルギーは、生死問わずの信仰。数にして数千万。
ヌルズ・エクス・モルテスに劣っていたのは、神次元である故の制限があったからこそ。
犯罪国家九龍アマルガム領土内であるというのなら、死霊秘術の主に敗北は決して無い。
──月面国家ナナイト。光の檻の中で、ムルフェストとヌルズ・エクス・モルテスの攻防は続いていた。
放つ電磁抜刀は防がれ、しかし相手も攻めあぐねているのか。だが互いに余力を残したまま時間だけが過ぎていく。
「なるほど。邪神端末、そう来るか。それなら確かにお前の権能による消耗も抑えられるし、次元演算に割くこともできる、そのうえ次元神との契約も破ることにならない。へぇ~、でもそれで大魔導師がどうにかできると本気で思ってる?」
「アイツにも限界はある。総力を挙げれば、よくて相討ちだ!」
「ははは、そりゃそう!」
そうなれば大金星、ヌルズ・エクス・モルテスは余力を残したまま超次元侵攻を再開できる。
ムルフェストの指先から一枚のカードがこぼれ落ちる。騎兵。
砕け散り、砂粒のように崩れたそれは徐々に形を成していく。一頭の天馬となり、大きく空を迂回してヌルズめがけて光速で飛翔する。
流星のごとき天馬を、真正面から電磁抜刀で相殺すると反動で動きが止まっていた。
(ちっ……!)
絶好の隙だったはずだ。追撃が来ないことに、ヌルズ・エクス・モルテスが構え直す。
ムルフェストは剣呑な視線を向けたまま、それでも口元から笑みを絶やさなかった。
「そんな血走ることないでしょー? ほらほら、のんびりゆるくやってこーよ」
「……貴様」
「さっきも言ったはずだけどさ。私はただ気になることがあるから聞きたいだけ。教えてくれないならこのまま時間稼ぎ。時は金なり、どうするのが自分のためになるのか考えればわかることでしょう?」
ムルフェストが白く細い指を振るう。なくなっていたはずの騎兵のカードが、暗殺者のカードの裏から顔を覗かせる。
ほぼ無尽蔵の魔力リソース源。それを用途別に圧縮し、用意した七通りの高濃度情報圧縮端末──言うなれば、パソコン。どれほどの容量を秘めているのかはわからないが、それひとつで国を制圧するのに十分すぎる火力を有していることだけは確かだ。
「まず第一に。お前はどう生まれたんだ?」
「……それを知ってどうする。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、エヌラスの記憶にある絶望の魔人としての記憶は。どこから?」
「知ったことか」
「へぇ──なるほど」
ヌルズ・エクス・モルテスの言葉の中に嘘偽りはない。むしろ答えを拒絶している。にも関わらず、どうしてかムルフェストは機嫌を良くしていた。
「よくわかったよ。お前は大魔導師を殺したいんだ。何故ならお前は“銀の鍵”と一緒に生まれたから」
「────」
「そうかそうか、なるほど。オッケー理解した。そうか、大魔導師の奴がそもそも多次元宇宙を歪めた張本人か。そうして出来上がった歪みで生まれたのがお前なわけか。ははははは! やるねぇ大魔導師、流石だよ黄金の獣! お前の精神性は狂っている、お前の人間性は破綻している!
──
もしも。
繰り返す輪廻転生が。次の人生が。来世というものが。全てがそのまま繰り返される人生というものが存在するとして。
果たしてそれは本当に──“次の人生”と呼べるだろうか。
「大魔導師は宇宙を俯瞰した。その風景に、その光景に絶望した。だからこそ切望した。あいつのたった一度の、最初で最後の無垢な願いを叶えようとした。未知が欲しい、枯渇した既知感を払拭するために! まだ見ぬ明日が欲しい! だから作り出したんだ、絶望の魔人を! そうして生み出されたのが絶望の邪神。つまりそれがお前だ、ヌルズ・エクス・モルテス! この宇宙には三人のヌルズが存在している!」
「いいや、この俺ただ一人だ! 出来損ないは死に、その妹は存在しない!」
「いいや、三人! 何故ならお前も、エヌラスも、その妹も! 異なる世界で死を迎えたところで“元の世界”に還るだけなのだから!」
ただ、その居場所だけは誰も知らない。──ただひとりを除いて。
「言うなればお前は、お前たちヌルズは“バッドエンドの末端”だ。世界というシステムに入り込んだ終末装置、絶望というプログラムのエラーコードだ。あっちゃならない、いてはならない。だからこそ“
吸血姫が笑う。こらえきれない、心からの笑顔だった。
奔る電磁抜刀も、放たれる血飛沫の舞う戦禍の渦中にあって尚も、恍惚とした笑みを崩さない。
「長い長い吸血姫人生で、あぁ、こんな恵まれた光景に出会うことができるかもしれないなんて──新世界の創造。どんな未知の世界が広がっているのか見てみたい! ヌルズ、お前の記憶は正しい。そしてエヌラスの記憶は間違っている。そしてその妹は最も存在してはならない存在だ。だけど私はそれを受け入れよう。お前たちの存在を拒みはしない。なぜならば──破壊のための創造ではなく、創造のための破壊に必要な存在だから!」
「世迷い言をほざくなぁっ!!!」
槍兵のカードが砕け、再構築される。両手に握られるのは、真紅と黄金の二槍。長槍と短槍の巧みな槍術によってヌルズ・エクス・モルテスの凶刃を凌ぎきっていた。
「お前は“前世の記憶”を持っているんだ。自分が生まれ落ちることなく、自分が生まれ落ちたことで行うであろう破壊の夢を。絶望の終焉を導いたあとの夢を。その記憶がお前を絶望の邪神たらしめている。ならエヌラスは? その妹は? 私の考えが正しければ、あの二人の存在そのものが“歪み”と言える。お前の持つ機神招喚、次元世界最強最悪の鬼械神“デウス・エクス・マキナ”に大魔導師が触れたことで、作り上げられた魔人だ」
饒舌に言葉を並べながらも、ムルフェストの攻防一体の槍術に抜刀術が火花を散らす。
「エヌラスは元からそうだった。だけど、さぁここからが本題──エヌラスの妹は、果たして本当にエヌラスの妹なのか?」
「
聞く耳を持たず放たれた激情任せの電磁抜刀は稲光を赤く染め上げていた。ムルフェストの二槍が砕け散る。間髪入れず距離を詰め、しかし、刃がムルフェストの身体を傷つけることは叶わなかった。袖を僅かにほつれさせるだけに留めている。
「あの子は何だ、ヌルズ・エクス・モルテス? ヌルズという怪物が産み落とされた、だがあの子だけは未だに正体が掴めない。あの子だけは、大魔導師の想定外の存在のはずだ」
「──アイツはな。俺の妹だ。だがそれがどういうわけか、あの出来損ないを兄と崇め、そう信じることでつけ込んだ。この俺から鬼械神のアクセス権限を奪い去った張本人だ!」
「あぁ~……そりゃ災難だったねぇ。だから妹さんが死んだ時、お前はそれを奪い返すことができたわけだ」
「だがそれを知ったところで何になる! 貴様らに次など無い。ここで終わりだ!」
「ん~、まぁそりゃそうなんだろうけどねぇ──どういうわけか、ムーンセルは私達の未来が終わらないことを示している。これはつまりどういうことか。何処かで何かを見落としているってことになるんだよねぇ」
ムルフェストの指に挟まれたまま、狂戦士のカードが淡い光を放つ。
轟音。とっさに避ける。
大きく後ろに飛び退いたヌルズ・エクス・モルテスは見た。
──無骨。あまりにも粗雑、荒削りな岩の大剣。二メートルは超える巨大な岩の塊を。
「さて、答え合わせをしようか。ヌルズ・エクス・モルテス? 私達は何かを見落としている。だからどうしても辻褄が合わない。お前が終わらせるというのなら、なぜ私達の未来は終わらないのか。何かが私達の明日を繋ぎ止めている。あらゆる可能性を演算した。あらゆる可能性を排除した。なのになぜ──絶望の邪神の手で、私達の運命は終わらないことを、この大聖杯は示しているのか。答えてもらおうか」
「……それほどまでに、世界線の編纂器で演算を繰り返し。なぜ貴様も諦めない? 結果が見えているのだろう?」
「なんでって、そりゃー……」
ムルフェストは小首を傾げながら笑みを向けた。変わらない笑み、屈託のない、無邪気な笑顔。だがどうしてか、その笑顔を見ると薄ら寒さを覚える。
「当然。
真紅の瞳が細められる。
──果たして。吸血姫の言う愉しいとは、なにをもって愉しいとするのか。