超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
倭刀と岩の戦斧が超質量同士の火花を散らす。
ヌルズ・エクス・モルテスは左目にジリジリと熱を感じながら舌打ちをこぼしていた。それをムルフェストは笑って眺めている。
何かがおかしいのだ、と確信してやまない。
(いったい私は何を見落としてるんだろう?)
音速を越えた斬撃が衝突し、空中でまた火花を散らす。超質量、魔術を上乗せしたそれは花火のように弾けていた。
(んー? どこだろにゃーん?)
しかし、ムルフェストはそれをほとんど意識していない。ほぼ反射的に肉体が動いていた。
──疑問を紐解いていく。
結論から言えば、琴霧ソラがいなくなった時点ですでに勝算など無い。そのはずだ。
しかし、どれだけ可能性を排除して世界線の編纂を繰り返しても可能性は消えない。そうなるはずの答えが出なかった。
となれば。
ムルフェストの脳裏をよぎるのは、前提条件の破綻。
「…………──────あー、そういうことかぁ」
にんまりと、それはそれは愉しそうに悦に浸った笑みを見せた。
互いに大きく刃を叩きつけて、後ずさる。それからムルフェストは無造作にも指を鳴らした。
光の格子が弾けるようにして消え去ると戦斧も一枚のカードへ返還される。
ヌルズはそれに眉を寄せていた。
「なんのつもりだ」
「んー? あー、あぁ。うん。もういいや。行っていいよ、ヌルズ・エクス・モルテス。むーちゃん天才だからもう答え出ちゃった♪」
「…………俺はこれから女神を殺しに行くが?」
「どうぞどうぞ、ご自由に。でもね、ヌルズ。先に大魔導師を片付けたほうが賢明だよ。今のアイツは壊次元の全域射程圏内だからさ。思わぬ不覚を取りたくなければね」
それこそなんのつもりだと、肩透かしを食らう。足止めを辞めたと思った途端に助言までよこす。その無軌道自由奔放な相手に困惑の色をみせるのも無理はない話だ。
「なにしてんの、早く行きなよ」
「……後悔するぞ」
「誰が? 私が? あっはっはっはっは、それこそ冗談はよして! そんな生き方するほど私はつまらない女じゃないよ!」
「なにひとつ後悔していないと?」
「後先考えて止まるほど、人生は楽なもんじゃないよ」
──エヌラスがいなくなったのは少しだけ寂しいけど、多分大丈夫。
──なぜならむーちゃん強い女なので。
「ヌルズ・エクス・モルテス。お前にひとつ、予言を与えよう──ここだけの話。私の予言は外したことがない。例えお前が神であろうともそれだけは変わらない」
腕を持ち上げて、指をさす。
「──ヌルズ、お前は
「…………はっ」
しかしヌルズはそのムルフェストの予言を鼻で笑い飛ばした。
そして、絶望の邪神は空に浮かぶ壊次元目掛けて跳躍する。
尾を引く黒い流星を見上げ、見送りながらただ一人月に残された吸血姫が笑う。
「なんだよぅ、お前ら。そんな面白いこと考えてるなら私も混ぜろよぅ」
──むーちゃん、さびしんぼうなんだぞー?
犯罪国家九龍アマルガムの地表は焼け野原となっていた。無人の荒野にそびえるは、邪神端末鬼械神。
ただひとり、その渦中に立つ怪物がいた。
犯罪国家総人口、八百万の魂を原動力にしたシェアエネルギーを振るうネクロソウルの手には黄金の弓矢が携えられている。
放たれる天狼星の流星が黄金の鬼械神をハリネズミにする。
手を掲げ、振り下ろす。国土全域に及ぶ重力爆撃。自らも射程に収めた無差別重縛結界に囚われた超質量の機械仕掛けの神たちが墜落し、圧殺されていく。
その中から力任せに身体を持ち上げる水神クタアトに、ネクロソウルは両手を向ける。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト ンガア・グア──ナフルタグン イア! クトゥグア!」
“右腕”に浮かび上がる魔術刻印。限りなく神を模倣した炎。
そして──。
“左腕”に浮かび上がる魔術刻印。限りなく神を模倣した風。
「イア! イア! ハスター!」
螺旋を描き、炎と風が混ざり合う。
「“
その中からネクロソウルが手にしたのは、光り輝く杖。
先端を水神クタアトへ突きつける。そして、次の瞬間──放たれた光線が分厚い装甲を焼き尽くし、灼き尽くし。凍てつかせ、凍りつかせた。
無限に溶解を繰り返し、やがて神核ごと焼滅すると同時に、螺旋砲塔がネクロソウルの手元で暴発する。
耐えきれなかったのだ。大魔導師の持つ魔力の総量に。
「まずは一柱──」
重縛結界が緩んだ隙に、風神ハスターが風を切って飛翔する。水神クタアトの装甲がボロボロと色褪せ、朽ちていくと錆びついたように崩れていった。
それを見て更に速度を上げる。音速の壁を突破し、一陣の風となり、超質量の殺意の嵐を引き裂いて──しかし。
逃れ得ることは出来ない。決してたどり着くことはない。
「“
《────!?!?!?!?》
起こり得ないことが、起こり得てしまった。
風と並び走る黄金の怪物が、既に拳を引き絞っている。
「“鋼の求道に曇りなし――幕引きの鉄拳 砕け散るがいい”──“
風神ハスターの邪神端末が鳥の羽根のような腕を突きつけ、ネクロソウル目掛けて高圧縮された風の魔弾を放つ。触れるだけで肉が削ぎ落ち、骨すら微塵に引き裂くほどの殺意を。
ネクロソウルは両腕に纏う黒鉄の鉄拳で正面から打ち抜く。
止まらない。止められない。一度放たれればその詠唱は必ず対敵の速度を上回る。
「“
全長四十メートルを超える風神ハスターにしてみれば、それは小石がぶつかってきた程度のことだった。だが全力で回避するに値する“殺意”が込められていることを知覚し、その鋼の神が金切り声を上げる。腕がちぎれてもいい、足が吹き飛んでもいい、絶対に触れてはならないことだけは理解していた。
しかし無情にもネクロソウルの黒鉄の鉄拳からは逃れ得る術はない。
ほんの一撃。それだけで致命傷だった。
頭部に拳を受けたその瞬間、風神ハスターの邪神端末は“終焉”を迎える。
純粋な速度だけでは決して越えられない時間と歴史の壁を打ち切られ、空中分解した。無数の破片を撒き散らして続く犠牲者となる。
「これで二柱。次だ」
ネクロソウルの両腕から黒鉄の鉄拳が粉砕された。耐えきれなかったのだ。
これでは足り得ない。これほどまでに魔道を極めて、なおも届かない。
血まみれの道化がずんぐりとした腕を向ける。無限に等しい再生能力に、打つ手なし──かに思われた。だが、既に大魔導師はその再現に成功している。
忘れもしない。自分の覇道を、自分の人生をこうまで狂わせた大馬鹿者なのだから。
──ならばどうしてやろう?
──お前をどう殺してやろうか?
──終焉変性の拳はすでに砕け散った。
「“回帰せよ。永劫の中で──
ネクロソウルの前で炎が生まれた。それは白く、白く燃え上がっていた。
「“ヴーアの無敵の印において──力を与えよ”!」
それは幾度となく繰り返されてきた口訣。
魔刃鍛造。
炎の中から生み出されるのは一振りの刃金。
歪んだ三日月状の刃を持つ黒塗りの偃月刀。
ネクロソウルが投擲した“バルザイの偃月刀”は空中で無数に投影され、道化の全身に突き立てられた。しかし、元は人間の手に収まるサイズだ。五十メートルを超える巨体にどれほど刺さったところで致命傷には至らない。
それはネクロソウル自身、理解しているはずだ。だが道化の動きに異変が起こる。
《────!!!!!!》
「お前は死なない。死ねない。そういう存在だ。私と同じ
道化がもがく。あがき、苦しみ、地獄のような責め苦に耐えきれず苦悶の中で足を踏む。
「お前がどれほどの
──“
魂を焼かれる苦痛というのは地獄に勝る。大魔導師は躊躇しなかった。
それはかつて、自らの命で実証済みだ。
魔術とは、理論的に構築され、論理的に行使され──倫理的に破綻していなくてはならない。
とりわけそれが死霊秘術ともなれば最たる例だ。
「“久遠の果てより来る虚無──
燃え尽きる。
道化が燃え尽きていく。
その身に蓄えた無数の魂を焼き尽くされて。
どんな総量を蓄えていようとも、ネクロソウルの──否。大魔導師の前では意味がない。
「
そしてそれが、自らの命では決して届き得ないことを正しく理解している。
ならば解決策は至極単純なものだ。
自分以外の誰かの命を使えばいいだけのこと。
「“光射す世界に──
汝ら闇黒
棲まう場所なし
渇かず飢えず
無に還れ”──!!」
ネクロソウルの掌中に、白い闇が握られる。携えたまま向かうは、鋼の武刃。
無骨な鎧武者は、だが一切の油断なく全力で屠ると決意していた。
手にした巨大な刃は二振り。しかし──真に警戒すべきは、隠し刃。あらぬ方角から振り下ろされる“四刀流”をネクロソウルは避けた。
“絶対速度優位”による敏捷性は、難なく武刃の胴体にまで接近を許す。
鋼鉄の腹部に、限界まで圧縮していた“無限熱量”を叩き込む。
「──“レムリア・インパクト”!!」
そして──、白い闇が六十メートルを超える鋼の巨体を飲み込んだ。それにとどまらず、さらに膨れ上がる無限熱量の結界から黄金の卵と逆さ吊りの蜘蛛が空に逃れる。
「“昇華”!」
犯罪国家九龍アマルガムの半径数キロメートルを飲み込み、ガラスのクレーターを作り上げながら膨れ上がった無限熱量の結界が閉じられていく。収縮した空間は、やがて振り子のように戻り、膨大な空間質量が爆風となって瓦礫を捲き上げていった。
一寸の静寂に、残る二柱は静かに唸る。
ネクロソウルは真紅の竜の翼を広げて、同じく空中に佇む。
「
地上最強の魔術師は、絶対の殺意を叩きつけて君臨していた。