超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──犯罪国家九龍アマルガムから離れ、商業国家ユノスダスを目指して法定速度を置き去りにした運転で「執事」は巧みなドライブテクニックを発揮していた。車内が時折激しく揺れ動くものの、マリーはそれでもスヤスヤと寝顔を見せている。なんとも無防備すぎるエヌラスの元カノに一抹の不安すらよぎっていた。
すでに領土から離れたはずだというのに、寒気が止まらない。窓から振り返れば、黄金の光線が無数に降り注いでいる。怨嗟の声が轟き響いていた。その中にただ一人、ネクロソウルの神気だけがハッキリと感じ取れる。
生死を問わないシェアエネルギー。倫理を外れた信仰の収斂。
最も神に近づいたはずの男が選んだ獣道。
「皆様! もうしばしの辛抱です! しっかり掴まっていてください!」
執事の言葉に頷こうとしたその時だ。
──まるで空が落ちてきたかのような衝撃に飲み込まれて、天地が逆さまになる。
「ねぷぅぅぅっ!?」
「のわぁぁぁっ!?」
四女神の悲鳴。横転した車両の中で団子のように偏った四人は、咄嗟にマリーだけはと庇っていた。張本人はベールの胸を枕にむにゃむにゃと幸せそうな顔。
「この子本当に安全管理できてるの!?」
「今ので寝ていられるってスゲーな……」
「っていうか私が一番下敷きになってるんだから早くどけてよぉ!」
ノワールが喚くのでネプテューヌ達は車両から這々の体で抜け出した。
「ご無事ですか。申し訳ありません、私としたことが」
「バトラーさんのせいではありませんわ」
「そうよ。ここまで無事に来れたのも貴方の運転のおかげ」
ベールとブランの言葉に頭を深く下げて、執事はマリーを抱える。
なにが起きたのか。自然とその視線は犯罪国家方面へ向けられた。
空に浮かぶ黄金の卵のような鬼械神が光の粒子となって弾け飛ぶ。その隣にいた逆さ吊りの蜘蛛のような鬼械神が一度は錆びついていくが、時間を巻き戻すかのように再生していた。
だが──雷鳴が轟く。
空を奔る赤い雷光が斬撃となって無数に軌跡を描いていた。
……
「急いだほうが良さそうね」
苦虫を噛み潰したような表情でノワールが呟く。今の自分達が追いつかれたらそれこそ一巻の終わりだ。ここで立ち止まっているわけにはいかない、徒歩でユノスダスを目指そうとするが樹木をなぎ倒して近づいてくる気配に警戒する。
「……なんかわたくし、嫌な予感がしてきましたわ」
「奇遇ね。私もなんか以前こんなことがあったような気がしてるの」
ベールの言葉にノワールが同意していた。
姿を現したのは暴走するフォートクラブの群れ。
その先陣を切る機体の背中には見覚えのある守護女神の姿があった。剣姫だ。
急ブレーキをかけたと思った次の瞬間には、あわやヒキガエルになりそうなネプテューヌ達の前で後続のカニタンクをぶん投げている。宙を舞う甲殻類戦車。積み上がる国家予算。
手の埃を叩き落とすと、快活な笑みを向けてきた。
「おう、おれだ! 元気かべるべる」
「べるべる元気ですわ♪ ではなくて!」
「現在急激に活発化しているモンスター共を千切っては投げ千切っては投げ、たまにぶん殴ってユノスダスへ避難誘導していたところだ!」
機人たちも多方面に展開、そのため剣姫は代役としてフォートクラブを引き連れていたのだが今しがたほとんどスクラップになった。不思議なことも起きるものである。
バトラーが担いでいる金髪の美女の姿を見て、剣姫は目を細めた。それにベールたちの女神としての力が弱っていることに加えて、犯罪国家から感じられる気配に腕を組んでいる。
さて。どうするべきか──。
「まぁいいかぁ! ユノスダスへ急ぐのであれば貸してやる!」
「いいんですの?」
「なぁに、おれはこの身体ひとつあれば大体全部どうにかなるからな!」
ふふん! と高らかに鼻を鳴らして剣姫は大きな胸を張り、叩く。豊満な胸を見てブランが相変わらず苦痛な顔を見せていた。
フォートクラブの背中に乗り込んだベール達を見送ると剣姫は肩を回す。
犯罪国家から感じられる死闘の気配に一度は足を向けようとした。だが、それを大魔導師は望んでいないだろうと考えて背を向ける。
今は無辜の民を助けるのが自分の役目だ。
決して履き違えてはならない。
アレは人の道を望んで踏み外した。外道に堕ちた身でありながら覇道を掲げた怪物。
助けてはならない。手を差し伸べてはならない。それを好しとしてはならないのだ。
「……大馬鹿者め」
師弟揃って、どうしてこうも度し難い馬鹿なのか。剣姫は小さく吐き捨ててから駆け出した。
──月面国家から飛来したヌルズ・エクス・モルテスによる急襲に加えて、大魔導師は疲弊していることを実感する。
たった六機程度の鬼械神を相手にした程度で歯がゆさを覚えていた。
即座に逆さ吊りの蜘蛛を撃墜する。これで二度目だ。神格を投擲した聖槍で撃ち貫く。しかし──再び再生していた。
そちらに気を取られていると、ヌルズの斬撃が飛んでくる。それを重力波で相殺させるとネクロソウルは距離を取った。
「随分と消耗したようだな、大魔導師」
「……ああ。私とした事が少しばかり感情に流されてしまったようでな」
「貴様がか?」
「私ほどの者がだ」
天狼星の弓から放たれた呪文螺旋が逆さ吊りの蜘蛛を貫通する。これで三度目──だが再び装甲が修復されるのを見て、ネクロソウルはそれが最後の再生機能だと見切りをつけた。展開されていた子機の消滅と同時に本体の再生が行われている。
もはや見向きもせずに三度目の正直。ネクロソウルは重力爆撃によって最後の鬼械神を地上から抹消した。重力波によって轢殺される機械の軋む断末魔を最後に逆さ吊りの蜘蛛はその姿を消す。残るは──荒野となった犯罪国家に立つ国王と、最後の邪神のただ二人。
「お前の顔を見ていると、ああ、懐かしいとすら思うよ。かつてもこうだった。忘れもしない」
エヌラスの“正義”を確かめるために行った非道を、ネクロソウルは後悔などしていない。あれは必要な儀式だった。自らの命を捨ててでも行うべき過程だった。そしてあの時、あの瞬間に確信を持った。
この男ならば、必ずやり遂げる。──いつかどこか、遠い昔に折れた自分とは違って。
そしてそれは、いつかどこか遠い未来で必ず実を結ぶと。そのためならばこの飽き果てた輪廻の箱庭に留まろうと決意した。
全てを思い出した今となっては、これまでの退屈など吹けば飛ぶような塵芥の日々。
「だが、貴様が死んだ時もこの光景だったはずだ。違うか?」
「そうだな。ああ、確かそうだったな」
「大魔導師。確かに貴様はこのアダルトゲイムギョウ界において最強の一角だ。特に、国民総てを代償にした今の貴様を超えられる者はいないだろう」
しかし。それも明確な弱点が存在する。
「貴様、あの邪神端末を全て倒すのに
ヌルズの言葉にネクロソウルがわずかに眉をひそめた。
──アレらはそもそも、こちらを仕留めるために用意したのではなく“消耗”させるために用意したものか。
そう気づいても、失ったものは戻らない。犯罪国家領内に置いて最盛にして全盛の権力は、数多くの制限の上に成り立っている。一度限りの時間制限付き。行動範囲も限られる。だが発動中は最も神に近い権能を振るうことが可能だ。
「もとより貴様を殺すために、アレで事足りるなどと考えてはいない」
「随分と周到なことだな。お前はそんなにも私を畏れているのか?」
電磁抜刀と黄金の十字架が金粉を舞い散らせながら鍔迫り合い、空で幾度も火花を散らす。
全能には程遠い。だがそれでも死者の総軍で作り上げた虚栄の頂点だ。
──
「──“
「…………潮時だな」
ヌルズの放つ赤い雷撃を無造作に払い除け、天狼星の弓で牽制する。重力弾を放ち、消極的な戦い方をすることに疑問を浮かべながらも自らの間合いにまで確実に距離を狭めていた。しかし消耗しているのは間違いない。
世界を三回は滅ぼせるほどの戦力を投入したのだから。だがそれを相手にしておきながら平然と立っている怪物は、間違いなく消耗している。真紅の竜を象ったプロセッサユニットは目を凝らせば確かに亀裂が走っていた。
防御が緩んでいるのを見逃さず、ヌルズは電磁抜刀を放つ。そしてそれはネクロソウルの片羽を粉々に吹き飛ばした。
きりもみ回転して地上へ激突する寸前にネクロソウルは片手で受け身を取ると体勢を整える。
その眼前には既に再装填済みの刀を携えたヌルズが迫っていた。
抜き放たれるは見覚えのある電磁抜刀。それを防ぐことも避けることも容易だったはずだ。しかし、攻め手を緩める気のなかったヌルズの予想に反してネクロソウルはその直撃を受ける。
プロセッサユニットが吹き飛び、変神が解除された大魔導師は後退りながらも袈裟斬りにされた身体からおびただしい血を流していた。
それでも涼しい顔で髪をかき上げている。まるで自らの死すらも掌の上であるかのように。
「──どういうつもりだ、貴様」
「どうもこうもなにも、お前の言う通りだ。先の鬼械神の軍勢を始末するのに予想以上に消耗していた。そこにお前が来たのなら、勝算などない。
あぁ、いや──或いは、あったのかもしれないが、それは私の役割ではない」
不敵な笑みを浮かべ大魔導師はヌルズから視線を逸らす。その先には、キンジ塔。
吐く息の冷たさに身体を震わせながらも、大魔導師が膝をつく。
「ヌルズ。お前には感謝しなければならないな──忘れかけていた“死”の感触を思い出させてくれてありがとう」
言いようのない不安に駆られ、ヌルズは口角を引きつらせた。
まるでそれを、嘲笑うかのように黄金の怪物は鼻で笑う。
「──
地に倒れ伏した怪物の身体を瓦礫が受け止める。その身体から血が流れ、溢れ出していた。
ヌルズは、不快感で堪らなかった。この黄金の怪物は自らの死を計画に入れていた。
神次元で衝突した時とは打って変わって。
そう、それはまるでこの時を待っていたかのように。
そんなはずはない。そんなはずはない! ──自らに言い聞かせるように頭を振った。
だがまるで勝ち誇ったかのように再会の別れを告げた怪物から、ヌルズは顔を背ける。
「……貴様が何を計画していようとも、守護女神が消えてしまえばすべてご破産だ。違うか、大魔導師」
守護女神達の後を追うことで、まるでその不安から遠ざかるかのようにしてヌルズ・エクス・モルテスはユノスダス目掛けて空を駆け出した。
大魔導師の死に顔は、確かに口角を吊り上げている。
その笑みの意味を知るものはいない。──ただひとり、黄金の怪物を除いて。