超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──犯罪国家から消失する神格の気配に、ネプテューヌ達が一度は振り返った。それが意味することは、大魔導師の存在が消えたということだ。
暗く、重く、冷たい感覚に身体が沈んでいく。
「そんな……嘘でしょ……信じられないわよ」
「あなたの気持ちはわたし達も一緒よ、ノワール。でも間違いないわ」
その証拠に、犯罪国家方面から空を走る赤い稲妻が見えた。それはまっすぐにこちらを目指しているのだろうとはすぐに予想がつく。
「ネプテューヌ、貴方ちゃんと“銀の鍵”は持ってるでしょうね!」
「もっちろん! 落としたり無くしたりしないようにちゃんとポケットに入れてあるよー!」
「ノワール。貴方の考えていることはべるっとお見通しですわ」
「だったら止めないでちょうだい、ベール」
最悪、ネプテューヌだけでもゲイムギョウ界に転送できればいい。ノワールはそう考えているのだろう。だがそうはいかない。
今のヌルズ・エクス・モルテスを相手にするのに守護女神がひとりで立ち向かっても勝ち目などなかった。だからこそベールはその提案を即座に拒絶する。
──その頭上が赤く照らされた。
世界が血で染められたかのような錯覚に、空を見れば赤い凶星。
「──“
「皆様、マリー様をお願いいたしますっ!」
執事の一声に、咄嗟にベールが動いた。
直後、世界が白く灼ける。次いで凄まじい衝撃と、天地が逆転したかのような轟音。
フォートクラブから投げ出されたネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベール達はユノスダスの外壁を前にして路上に転がる。それでもせめて、マリーだけはとしっかりと抱きかかえていた。
「ッ……、みんな、無事かしら?」
「えぇ、なんとかね」
「バトラーさんは……」
振り返れば、無惨にも引き裂かれたフォートクラブは大きくバランスを崩して転倒してメチャクチャになっている。それでも遮蔽物としての役割を果たす機構のおかげか、身を隠すのに不自由はしない。
「あともう一歩だっていうのに……しつこすぎるのよ!」
絶望の邪神は立っていた。土煙を煩わしそうに刀で振り払い、ゆっくりと歩み寄る。
「残念だったな。貴様らは此処までだ。“銀の鍵”を渡せ」
「渡したところで見逃してくれるとでも?」
「いいや。いっそこのまま、まとめて消し飛ばした方が話が早い」
ヌルズが納刀すると瞬きする間もなく赤い電撃が充填された。
此処までかと、せめてもの抵抗の意思を見せるノワール達だったが柄に伸ばされた腕を横から叩く人影があった。
ほんの
綺麗に整えられた燕尾服は土埃で汚れていた。木の枝に引っ掛けたのか少し破けている。
執事は爪先まで詰めた革手袋を音が鳴るほど握り込んでヌルズの頬に鉄拳を打ち込んでいた。人の身でありながら、芸術的なまでに鍛え込んだ拳闘術の一撃は致命傷には決して届かない。だがそれが今この瞬間においては、女神を救う会心の一撃となる。
「っ、貴様──!」
「早くお行きなさい! 女神様! 貴方がたには救うべき世界があるはずです!」
「でも!」
執事はただの人間だ。犯罪国家における一大財閥の令嬢に仕えていただけの、人間。
仕える主すら失った。帰る家もない。故郷は滅びた。だがそれでも、我が身が朽ちるまで主命を守るべく一人の人間が邪神を前に立ちはだかる。
ベールが立ち上がろうとして、その横を通り過ぎる姿があった。
「あなた方は……」
「……なん、で? どうして、貴方が──?」
老齢の銀狼がいた。遥か昔に妻子を吸血鬼に奪われ、復讐の鬼となった。
狂い時計がいた。箱庭の真実を知り、狂気の傀儡となった神格剥奪者。
──竜の騎士がいた。生まれるはずであった女神を信仰するただ一人の教会職員。
「さっさと行け。目障りだ」
ドラグレイスの相変わらず無愛想な、突き放す言動に言い返そうとするが事実だ。自分たちになにができるだろう。何もできやしない。
「何故かと問われれば。過去の贖罪、とでも」
クロックサイコは朗らかに笑いながら後ろ腰から奇妙な銃剣を引き抜いていた。
「……黒髪のお嬢さん」
「シルヴィオさん……」
「私はもう、随分とまぁ長く生きたよ。もしよければまたうちの珈琲でも飲みに来るといい」
シルヴィオは、もう二度と纏うことはないと思っていた白銀のガントレットを鳴らす。
「だから、君も生きなさい。うんと過去の出来事なんて笑い話にできるくらいに」
銀狼が駆ける。
執事に迫る刃を横から寸分たがわぬ精度で打ち抜いて。
「理解したならさっさと走れ」
「ドラグレイス。あなた……私達のこと嫌いなんじゃ」
「ああ嫌いだ。今でも嫌いだ。虫酸が走る、その甘さに。だがそれは、俺の仕事には関係のない話だ」
金属バットを引きずり、大鉈を担いで歩く足を止めてドラグレイスはやがて立ち止まる。
「──お前たちになら“明日”が救えるんだろう。ならそれでいい。俺は“今日”があれば十分だ」
ネプテューヌ達にバットの先端を突きつけて鼻を鳴らす。気に食わない。その気持は今でも変わらない。ああ気に入らない。それは今日まで変わらぬ意思。
こんな女神たちの何が良いのか理解ができない。あの男の見る目に狂いが無いのが腹が立つ。
「だったら救って証明してみせろ。お前たちはエヌラスが愛した女神なんだからな」
──ずっと目を背けてきた。自分では“明日”が救えないことに。
──ずっと目を逸らしてきた。自分では決して届かないことに。
──ずっと理解できなかった。なぜ自分がそんな理由で拒絶されたのか。
『
『ああそうだな。だがお前──
──その言葉の意味が、ようやく理解できた。あの日の拒絶の理由が。
──“黄金”を求めた。それは決して金銀財宝に限った話ではない。小耳に挟んだことがある。
──聞けば“黄金の魔女”は因果を超越した
──そこでなら。そこになら救いがあるとずっと思っていた。だが、目の前の現実から目を背け続けて逃げた愚か者にたどり着けるはずがないのだ。
──俺は、世界の真実を知った最初の一歩目で諦めてしまった。挫折した。だから大魔導師は自分を見限ったのだ。
──「たかがその程度」で踏み留まる程度の者に、魔道の神髄を教えるに値しないとして。
──それがずっと、棘のように抜けなかった。自らが劣っていることから目を背けて。
ヌルズ・エクス・モルテスの電磁抜刀をシルヴィオが正面から打ち払う。神業だ。その一瞬の隙を逃さず、執事とクロックサイコが迫る。鉄拳と銃弾が身体を穿つが、これもまた致命傷には程遠い。文字通り、格が違う。
神を殺すにまで至らない。
──最初からずっと知っていた。認めたくなかった。
──あんな男に比べて、自分が劣っているとは認めたくなかった。
──金と女と食事にだらしがなくて、そのくせ一生懸命で、馬鹿でアホで救いようがないほど人一倍お人好しで。この世に生まれることすら許されなかった魔人の分際で。
──なのに。それなのに、ただの一度も諦めなかった。手放さなかった。それが余計に腹立たしかった。
──そんな男に救われなければならないほど弱い自分が、どうしようもないくらい腹が立つ。
ドラグレイスの振るう金属バットに殴打されて、手から刀を取りこぼしたヌルズの頬をシルヴィオが殴り抜ける。大きく距離を離した隙に、一度だけ横目で守護女神達の様子を盗み見た。
背中に寄りかかっている女性の姿に鼻を鳴らす。
──どこぞで野たれ死んだのか。いつ死んだのか。キンジ塔が出現した時に、全てを察した。
……生きてても死んでいても人の腹を立たせる天才め。
──人を救うことばかりで自分のことなど何一つ見えていない馬鹿のために何故ここまでしなければならないのか。
──俺は今でもお前が嫌いだ、エヌラス。何一つとしてお前を認めない。
「なめるなぁ、雑魚どもがぁ!!」
吼えるヌルズ・エクス・モルテスから放たれる神気に充てられて、執事の身体が揺らぐ。生身の人間であれば卒倒するはずだ。しかし、強靭な精神力によって青い顔をしながらも持ち堪えている。シルヴィオの口端からは赤い血が垂れていた。
──俺は今でも、お前が嫌いだ。
──お前のその強さが嫌いだ。諦めの悪さが嫌いだ。見ていると無性に腹が立つ。
──それでも。
「吼えるなよ、邪神風情が。その程度の神気で気が触れるほど俺はヤワじゃない」
「はっはっは。私もだね。なにせ一度は気が触れた身だ」
──それでも、感謝はしている。
──“今日”まで俺の信じる女神と共に日々を歩めたことだけは、感謝している。
──だから。
──お前が信じた女神だけは、俺の命に代えてでも守り抜く。
──それが俺の仕事だ。教会職員として、女神に仕えるのが俺の仕事なのだから。