超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ヌルズ・エクス・モルテスの放つ邪気と瘴気、神気を目の当たりにして尚も涼しい顔で立ちはだかるドラグレイスとクロックサイコ。二人を矢面に、執事とシルヴィオが撹乱する。ただの人間ではあまりに荷が重い相手だ。長くは保たないだろうことは自ずと察しがつく。薄々勘づいてもいた。
だがただの足手まといで終わるわけにはいかない。今こうして命が擦り切れる思いで稼ぐ一分一秒の間に女神たちは商業国家ユノスダスの次元転送装置を目指している。
後にも先にもない、一度限りの共同戦線は超次元の守護女神が辿り着くことで勝利となる──しかし、ヌルズ・エクス・モルテスもそれは理解していた。
となれば自明の理。早期決着を望む。
“無貌なる漆黒の仮面”を手にしたヌルズが顔を覆う。
「月面国家では制限されたが、此処では違う。存分に絶望を味わえ──“
閉ざされた左眼は変わらず、しかし異界より引き出される独立型戦闘支援呪術兵装である二基がヌルズ──デッドエンドソウルの傍らに浮遊する。
殺戮院・凶魔。鳳凰院・鏖花。ギチギチと音を鳴らして鎖が赤黒いプロセッサユニットへ接続された。その瘴気も神気も桁外れの出力を誇り、ドラグレイスでさえ軽い目眩を覚える。その隣ではクロックサイコがまるで“
「ははは、いやぁ。むせ返るような瘴気だ。懐かしさすら覚える」
「……正気か?」
「君なりのジョークか?」
「くたばれ」
嫌悪感を隠さず顔に出すドラグレイスに、笑いながら肩を叩いてみせるクロックサイコは心なしか上機嫌にも感じる。……本当に正気かどうかさえ危うい。
「実を言うとだね。私は割と君のことが嫌いではないよ」
「きっしょ」
「キャラ崩壊するほど嫌がらなくても」
神格者──神に値する者と肩を並べるほどの敬虔な信者であるドラグレイスは、他の国王達と比べても実力が一歩劣る。それそのものは当然のことだ。だが生存率、生命力は驚嘆の一言に尽きる。極めてしぶとい。どんな汚い手段だろうと躊躇わない相手にどれほどの辛酸を嘗めさせられてきたか。
他人に対して一線も二線も距離を置いて常に警戒心を緩めない。そこが気難しい印象を受けるため、大抵の人物はそこで交流を断念する。しかしクロックサイコたち神格者は長い付き合いで知っていた。
デッドエンドソウルの戦闘能力は比肩することも憚られる。左眼の視界が塞がれている程度でどうにかなる相手ではない。死角を補う形で鳳凰院・鏖花の無数の砲塔から火球が放たれる。轍の弾に押し込められた殺意がおびただしい数の爪痕を残して森林を薙ぎ払っていく。
肉薄しようにも殺戮院・凶魔による斬撃と打撃に阻まれ、さらにそこへ当人の戦闘能力も加わる。話だけは聞いていた。神次元で守護女神と神格者を相手に互角の戦闘を繰り広げたという。
神の天敵と言ってもいい。
クロックサイコは銃刀で弾丸を相殺させ、斬撃を軽やかな体捌きで躱すとデッドエンドソウルに接近する。だが電磁抜刀の構えを見て「おっと」と呟いて即座に離れた。
赤い電撃が森を焼く。一文字の斬撃を受け止めた木々が音を立てて倒れていった。
左右を挟む形で執事とシルヴィオがステップを踏む。舞踏会場のような足取りで素早く肉薄すると納刀の隙を見計らった一撃を見舞う。しかし、刀身と鞘で受け止められた。失敗に終わるやいなや二人が身を翻す。
逃さまいと呪術兵装で追撃を仕掛けるが、今度はドラグレイスの接近を許した。
大きく振りかぶり、踏みしめた大地から一本軸を通したフルスイングが無貌なる漆黒の顔面を強打する。力任せの一撃はデッドエンドソウルの足を地面から引き剥がし、ユノスダスから引き離すことに成功した。
「ふんっ」
「いやはやお見事。さすが馬鹿力」
「次はお前のメガネでも叩き割ってやろうか?」
「勘弁してほしいねぇ」
軽薄な笑みを浮かべるクロックサイコにドラグレイスは鼻を鳴らしてデッドエンドソウルの吹き飛んだ方角を注視する。
「……さて。どう思う」
「あの程度でどうにかなるような相手ではないね」
「だろうな」
汚染源である相手と距離を取ったことで執事の顔色がわずかに血の気を取り戻した。気休め程度とはいえ、それで十分。
森の奥から飛んでくる電磁抜刀の斬撃を事も無げにクロックサイコは交差させた銃刀で防ぐ。邪神の怒りと神気と瘴気で歪んだ景色は、まるで森そのものが敵に回ったかのような錯覚さえ覚える。
──商業国家ユノスダス領内に入り込んだネプテューヌたちだったが、息を切らしてへたり込んでしまった。なにせベールはマリーを担いだまま走っている。
「はぁ、はぁ……流石に、ちょっと、これは……きついわね……! というかブラン! 私達の中じゃ貴方が一番パワータイプなんだから貴方が持てばいいじゃない!」
「バカ言わないで、ノワール。体格差というものを考えて。あとわたしはパワータイプじゃなくて頭脳派よ」
普段からハンマー振り回す頭脳派がどこにいるのか。それは脳が筋肉でできている人種の発言だ。だがノワールはそれ以上ツッコまない。なぜならむせたから。
「げっほげほげほ! とりあえず、水分補給がしたいわ……」
「こういう時はー、へーいタクシー!」
ぷっぷー。人員輸送用フォートクラブが女神達の前で停車する。
行き先を教会に設定する。先払いの運賃を支払おうとして、持ち合わせが足りないことに気づいた瞬間フォートクラブの目が光った。
《ブブーッ。オトトイ、キヤガレ!》
身体を大きく傾けてネプテューヌ達を振り落とすと、凄まじい速度で走り去っていく。ノワールがまたもや下敷きにされていた。
「さ、さすが商業国家……世界の危機でもクレジットが最優先なのね……」
「貧乏人は死ねって言われてる気がしますわ……」
──なおユノスダスにそんな標語はない。エヌラスが勝手に注釈しているだけだ。
「っていうか! なんでまた私が一番下なのよぉ! どきなさいってば! それで一体いつになったら起きるのよこの子はー!」
ノワールがこれほどの騒動と争乱の中でも眠りこけているマリーの頬を軽く叩く。
ぎゅっと強く目を閉じたかと思うと、やがてまぶたを開けて身体を起こすと大きく伸びをした。たゆんと揺れる豊満な胸にブランが舌打ちをひとつ。ベールが嫉妬の炎を燃やす。
「ん……んっ~~……! ……? おはようございます?」
「……そうね、おはよう。起きた?」
「うん、ぐっすり」
でしょうね。しかし、聞きたいことが山程ある。どれから尋ねようかとノワールが口を開くよりも先にネプテューヌが割り込んできた。
「わたしはネプテューヌ! マリーちゃんだよね、エヌラスの元カノだって大魔導師から聞いてるんだけどさ」
「ネプ……てゅん、ちゃん?」
「逆にどういう発音したの今!?」
「うん、エヌラスとは恋人同士ー……だった、でいいのかな。でも私別れを切り出した覚えないから今も彼女でいいのかな。うーん……いっかな。初恋の人でーす」
つ よ い。ネプテューヌたちは困惑した顔で見合わせる。困った、ちょっと勝てない。
「ってちょっと待ったぁぁぁ!! 貴方、憶えてるの!? えっと、いやー、なんていうか──そう、前世! 前世の記憶引き継いでるの!? ナンデ!?」
「大魔導師に思い出させてもらったから。──なんで私、こんな大事なこと忘れちゃってたんだろう」
「なんかマリーちゃんってぷるるんに似てない!?」
「ごめんちょっと黙っててネプテューヌ!」
「ねぷ~ん……」
鼻息荒く詰め寄るノワールに、マリーは小首を傾げていた。
「聞きたいことが山程あるんだけどいいかしら!?」
「あ。キンジ塔」
「自由すぎないこの子!?」
すでにもうノワールがヒステリー寸前になっている。ここは大人の余裕を見せつける出番、ベールが咳払いを挟んでからマリーに尋ねた。
「エヌラスの元カノ、ということはさておいて。大魔導師ほどの方が貴方のことを気にかけていたのですから、当然なにかすごい特技とかありますわよね?」
「うーん……ないかも」
「うふふふふふふふ。もうダメですわ……おしまいですわぁ……」
「落ち着いてベール! 諦めが早すぎるわ!」
「はぁ。まったくもう。ここはわたしに任せて」
今度はブランが打って出る。
頭脳派らしくまずは事前に話す内容を決めておく。仮に望んだ返答がなかったとしても次の質問をすればいいだけだ。まさに
「情報を整理させてもらうわ。あなたの名前はマリーで、エヌラスの初恋の人で、元カノよね?」
「はーい、そうでーす。えへぇ」
「……わたしたちは大魔導師から貴方のことを預けられた超次元の守護女神よ。貴方のことを守るように言われたのだけれど、なにか心当たりはあるかしら」
「あるけど。そのために“銀の鍵”が必要なの。持ってない?」
「はいはいはーい! わたしが持ってるよー! これでしょ?」
「なんで持ってるの?」
──空気が凍った。
怒っているわけでもない。知っているわけでもない。悲しんでいる様子もない。ただそれは、本当に純粋な疑問から出てきた無垢な問いかけ。それにネプテューヌは呼吸が止まった。ブランも質問を投げかけることも忘れ、ノワールとベールも喉から言葉が出てこない。
しかしマリーは悲しげに目を伏せて、静かに呟く。
「そっ、か……死んじゃったんだ……エヌラス。それにここ、商業国家だよね? じゃあ大魔導師も──」
「……ごめんなさい」
「? なんで謝るの? あなた達のせいじゃないのに」
「それ、は……」
違うと言いたかった。だが、頭の中に残っている。身体が覚えていた。正真正銘、全力のネクストフォームでエヌラスと戦ったことを。
言い淀む四女神たちに、しかしマリーはぽんと手を叩いて笑顔を見せた。
「うん。でも、大丈夫。私がなんとかするから。そのために“銀の鍵”とキンジ塔が必要なの」
「……それはどういうこと?」
「大魔導師に教えてもらったこと、思い出したの。なんでそんなこと教えてくれたのか全然わからなかったけど、今ならはっきり言える──。
大魔導師は、まだ諦めてなんかなかったんだって」