超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
マリーの言葉に全員が首を傾げる。それもそのはずだ。大魔導師はすべて諦めた。だからこそ箱庭の世界を壊すためにエヌラスを用意した。──にも関わらず、なぜ目の前の少女はそのすべてを否定することができるのかネプテューヌたちには見当もつかない。
「……もしかして大魔導師は、記憶を引き継げない貴方に敢えてすべてを話したってこと?」
「あれ? 誰も聞いてなかったんだ。ちょっと意外かも。でも大魔導師、コミュ障だから納得」
「あの大魔導師をコミュ障扱いってとんでもないわねこの子……」
「だって私やエヌラス以外とまともに話してるの見たことないもん。陰キャだよ」
「ボロクソ言ってますわね……」
音を立てて大魔導師の尊大な印象が崩れ落ちていく。命知らずもいいところだ。
マリーはネプテューヌに手を差し出す。
「とにかくお願い。その“鍵”を私に預けてくれない?」
「でも……」
「そもそもその前に。なんでキンジ塔が必要になるのよ」
「ごめんなさい。それも言えないの」
「どうして」
「どうしても」
詰め寄るノワールが眉を吊り上げる。負けじとマリーも頬を膨らませた。ぷー。
……全然怖くない。それどころかむしろかわいいまである。ノワールが膨らんだ頬を掴むと、風船のように空気が抜けていく。ぷひゅぅ。
「なんなのこの子! 頭の中に綿菓子でも詰まってるの!?」
「えへぇ。エヌラスによく言われてた。でも貴方もエヌラスそっくり」
「どこがよ」
「うんとねー。髪が黒くて、目が赤くて、怒りっぽくて、でも優しいところ」
「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ッ……!!!!」
怒れない。怒りたくても怒鳴れない。嬉しいやら腹が立つやらで情緒がおかしくなりそうなノワールが唸り声をあげて沈没した。
ネプテューヌが戸惑っている間に、人影が降りてくる。それは紛れもなくユウコだった。
いつもの制服姿にエプロンドレスを着けた商業国家国王は目元が赤くなっている。泣き腫らしたような目を見て、すぐにネプテューヌたちから顔を逸らした。
「どこの! 誰かと! 思えば! 揃いも揃って揃い踏み! こんなとこで何してんの! ヤベーの来てんだから早く避難して!」
「あ、ユウコさん。やっほー」
「ヤッホー、じゃなくてねマリーちゃん! なんでキミがいるの!?」
「話すと長いから端折るね。大魔導師に全部思い出させてもらって、この人たちに守ってもらって連れてきてもらいました。以上」
「マジで端的にまとめてくれてありがとうね!」
今こうして喧々囂々と話している間にも城壁の向こう側からは信じられないような轟音が空気を震わせている。迎撃に向かったドラグレイス達も心配だが、今はそれよりも巻き込まれないためにこの場を離れるのが先決だ。
「おいゴルァ! タクシー!」
ドガシャーン! けたたましい音を立てて人員輸送用フォートクラブが頭から地面に叩き伏せられる。
「乗せろ」
《ガタガタガタガタガタガタ…………》
「オッケーだって。ほらほら早く乗って」
《ビビーッ。定員オ》
ドゴメシャアッ! 有無を言わさずバウンドさせられた。フォートクラブの顔が金切り声じみた軋んだ音を立てて歪んでいく。ユウコの握力で。
「あ? なに?」
《…………》
「目的地ユノスダス教会! レッツゴー!」
「なんかいま、ものすごい職権乱用を見た気がするわ……」
「気にしたら殺されますわよ、ノワール」
ユノスダスの街中を爆速で疾走するフォートクラブは法定速度を置き去りに、信号無視もなんのその。鬼気迫るユウコに睨まれては警察も直立不動の敬礼で見送る他になかった。
「で! マリーちゃんの話によると“銀の鍵”を持ってキンジ塔に行かなきゃならないんでしょ」
「うん。大魔導師との約束」
「……それで何が起きるの?」
「わかんない」
「そっかーわかんないかー。素直でよろしいっ」
「えへー」
「褒めてないんだよわかってるかーこのー? なんですかこのぷにぷにすべすべほっぺたは。羨ましいったらこのうえない」
「むぇ~」
「……真面目にやりなさいよ」
「のわちゃん、違うの。この子真面目なの。真面目にしててコレなの」
「ぷぇ~」←真面目にしてる
顔を覆う。もうだめかもしれない。
「大体! 貴方なんにもできないのになんでそんな大役任されてるわけ!? 戦えるわけでもない、特別な能力があるわけでもない! かといってなにかできるわけ!?」
守護女神ではない。神格者でもない。戦える様子もない。虫の子一匹殺せないような、普通の女の子だ。どこにでもいる、何の変哲もない人間の女の子に大魔導師が何の理由もなく大役を押しつけるはずがない。ノワールはそれが不可解でたまらなかった。それにはブランやネプテューヌ達も同意している。
だからといってマリー自身、記憶を思い出したところで何か特別な能力に目覚めたわけでもない。うーん、と考え込む素振りを見せると、すぐに顔をあげた。
「私なんにもできない女の子だけど、コレだけは自信があるよ」
「なに。言ってみて」
「エヌラスのこと、愛してる。これだけは胸を張って言える」
その言葉に何かを言い返そうとして、反論しようとして。ユウコも、ノワールも、ネプテューヌ達も何も言い返せなかった。
「……何にもできない、守ってもらうばかりのずるい女でごめんなさい。でも私は、あの人がいない世界なんか考えたくない」
「そんなの──私達だっておんなじだよ」
「うん。エヌラスのこと、みんな大好きで私も嬉しい」
「……エヌラスの浮気についてなにか思うことはないの? その、彼女、として……」
「? なんで? 浮気?」
「だって、ほら……エヌラスって……その、ゴニョゴニョ……」
ブランが顔を赤くして言い淀む。なんというか守備範囲が広い。女の子相手なら節操なし、とも言える。しかし、マリーは不思議そうな顔をしていた。
「エヌラスが選んだ人なら悪い人じゃないでしょ?」
「いやいやいやいや! おかしいでしょ! その人にエヌラス盗られたらどうするの!?」
「信じてるから」
「ノワール。聞くだけ無駄ですわよ。その手のタイプはこちらが惨めになるだけですわ」
「私も薄々そんな気はしてきたわ……」
悪意とか、敵意とか、邪念とかそういうものとは無縁な思考回路。
「あの人が同じ空の下で幸せに笑っていてくれるなら、それだけで幸せじゃない? ──どうしたのみんな、落ち込んで」
奪い合いとかしていた自分たちがあまりにも浅ましくて惨めな気持ちになる。ユウコ含めて全員が撃沈した。
駄目だ勝てねぇ──。
無償の愛情を前に言い返せる言葉を誰も持ち合わせていなかった。
ネプテューヌは自分の手のひらに載せた“銀鍵守護器官”を見つめる。
──なくすな、と託された。
大事な大事な、ちっぽけな勝利の鍵なのだと。
だけど。その鍵で未来への門を開けるのはきっと自分たちではない。
なぜなら守護女神が守るべき次元は、此処ではないのだから。
「マリーちゃん。本当に信じてもいい?」
「うん。任せて」
「それじゃあ、はい」
ネプテューヌの手から“銀鍵守護器官”を受け取り、マリーはしっかりと抱きしめる。
「ネプちゃん。ありがとう。必ず私がなんとかしてみせるから、信じて」
「……ところで。どうやってキンジ塔まで行くつもりなのかしら」
「え?」
ブランの言葉にマリーは素っ頓狂な声をあげた。完全な不意打ちに目を泳がせている。
「あなた……そこまで考えていなかったでしょ」
「そっか。どうしよう……歩いて行くの大変そうだし、でもタクシー代持ってないし」
「あーーーー!!! もーーーーー!!! いいよいいですわかったわかりました!! 私がどうにでもするからねぷちゃんたちはとっとと自分たちの世界のことなんとかしてきて!」
「ありがとー、ユウコさん」
「どーいたしまして! ほら、そろそろ到着──」
ユノスダス教会の正門が見えてきた。しかし、その直後大きく地面が揺れる。フォートクラブが辛うじてバランサーで体勢を整えるが足がもつれて車道から大きく逸れた。歩道に乗り上げて店舗に頭から突っ込む直前に飛び降りて難を逃れる。
何事かと振り返れば、城門が吹き飛ばされていた。黒煙の中から飛び出してくる人影は三人。
ドラグレイス、クロックサイコ。そしてシルヴィオの脇に抱えられた執事は事切れたのかピクリとも動かなかった。
それを追うように歩みだす邪神の姿が一人。手傷を負っているが、それが目に見える形で再生されていく。
──戦況は劣悪。完全なる劣勢。ドラグレイスは鉄の味がする口の中から唾を吐き出す。
クロックサイコは弾倉を取り替えている。いまだ有効打は通らず、じりじりと追い込まれる形となっていた。
シルヴィオも身体の内部から崩壊が始まっているのか、内出血でスーツが赤く滲んでいる。愛弟子を降ろすと同時に、水銀混じりの血を吐き出していた。老骨には辛いだろうに、それでも身体を押し上げる。
嫌な汗で張り付く襟元の不快感に、ドラグレイスはネクタイを緩めて第一ボタンを外す。
「まだやれるか、爺さん」
「は、は……老い先短い私を気遣うことはない」
「それもそうだな」
ドラグレイスは金属バットを引きずるようにデッドエンドソウルに立ちはだかる。
「力の差は歴然、理解しているはずだ。なぜ諦めない?」
落胆、あるいは失意の念を込めた諦観が込められた問いかけに対してドラグレイスはバットを突きつけた。
キンジ塔が出現し、次元神セロンによるペナルティの代償によって壊次元はこれまでの法則に従い、滅ぶ運命だ。勝者などいないデスゲームに自ら乗り込むなどと、我ながらバカな選択をしていると思う。
「たとえ明日、世界が滅ぶとしても。俺が“今日”を諦める理由には程遠い」
諦めた。目を背けた。だが、それでも──あの時とは違う。これまでとは違う。
別次元の守護女神達がいる。
ここではないどこかに救いがあるというのなら、それを願うのは当然のことだ。
「あまり人間をなめるなよ、邪神如きが。俺達は貴様が思う以上にしぶといぞ!」
一抹の希望に縋る人間の悪足掻きほど生き汚いものはない。
だからこそ神に抗うのだ。──“明日”が欲しいと。