超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──対軍事国家攻略呪術兵装「天雷」を模した呪術兵装の火力は桁違いの出力を誇り、放たれる電磁抜刀の総数にして十連撃。背面に広がる蜘蛛の節足から除く野太刀を掴む副腕の数にして八本。
絶えず放たれる光速の抜刀術を防ぎ続ける無理難題、到底叶うはずがない。
超常の摂理を前にして対等に渡り合うには、匹敵する超常の摂理でしか対抗策はなかった。
「アッハッハッハ! いたいネ! いたいかもネ! でもボクぁ死なないヨ! 百回千回万回億千万切り刻まれようが別に痛くも痒くもないんだよネェ!」
ドラグレイスとシルヴィオの前で全身を切り刻まれて消し飛ぶクロックサイコのプロセッサユニットである「ゴア」が再生していく。その再生速度たるは凄まじく、光の中に消えたと思った次の瞬間にはどこからともなく這い寄ってきた蟲たちによって再構築されていた。
まさに肉壁と言ってもいい非道の行いに、しかし嫌悪感はない。同情の余地も価値もないからだ。
「……ちっ、気色の悪い奴め!」
「キモイかイ? 嫌かネ? でもボクにとっちゃあ褒め言葉だヨォ! あっははははハ! こぉんなこともできちゃうからネェ!!」
斬り飛ばされた腕が宙を舞う。ゴアの身体から蟲が伸びると、切断された腕の真っ黒な断面と結合する。
ムチのようにしなりながら“天骸”へ腕部が叩きつけられた。その腕が有り得ない角度へ肘を曲げながら頭部に銃口を突きつけて発砲する。耳をつんざく不快な銃声。だがその装甲に奔る紫電が弾丸を逸らしていた。──電磁装甲。
それを見たクロックサイコ……本体の方が「ふむ」と呟きながらモノクルを押し上げる。
「どうやらアレは、装甲そのものが発電機構を備えているようだ。となれば背負った蜘蛛の腹部から供給されていると見ていいだろうね」
「そもそも近づければの話だがな!」
毒づきながらドラグレイスは金属バットで電磁抜刀を弾くことで手一杯だ。どうあっても接近することなど容易ではない。
「ゴア!」
「なぁんだイ! 忙しいんだけどネェ!」
「抑え込めるか?」
「やってみようカァ!」
漆黒の外套を大きく広げる姿はまるで蝙蝠のようでもあり、吸血鬼だ。だがその服の下に蠢く無数の蟲、蟲、蟲。あらゆる生態系を問わず這い回る姿は恐怖心を煽る。
ヴヴ──羽蟲の羽音が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはゴアの姿が“霧散”していた。
無数の羽蟲。甲蟲。あらゆる蟲達が渦を描いてヌルズの周囲を覆い隠す。
電磁抜刀が放たれる。その軌跡めがけて蟲が自らの身体を犠牲にして庇うと、体液を飛び散らしながら消えていった。不快感を伴う絵面にドラグレイスが顔をしかめるものの、電磁抜刀の軌跡は外れて家屋を吹き飛ばしている。
「これで近づけるか?」
「……礼は言わんぞ」
なぜなら気色悪いから。
ドラグレイスとシルヴィオが接近するが、蟲に覆われた幕の下からヌルズが全方位へ放電していた。弾け飛び、焼け焦げる蟲達が散り散りになっていくと右肩に野太刀を構えた漆黒の殺戮者の姿を見てドラグレイスは総毛立つ。
電磁抜刀がまさに今、鞘から刀を抜こうとした刹那──横腹に走る鈍い痛みに突き飛ばされた。
息を詰まらせ、目を剥くドラグレイスの視線の先には一人の老いた銀の狼がキツく唇を噛み締めている。老いてさえいなければ、衰えてさえいなければ、全盛の頃であればまだまだ共に戦えただろうに。しかし、眼に宿した闘魂だけは一寸の衰えを感じさせない眼光だった。
──閃光の中にシルヴィオが消える。突き出した右腕を残して。
「じいさ──」
地面に倒れ、顔を上げたドラグレイスが見たのは焼けた大地に落ちる銀の篭手。
あまりにもあっけのない吸血鬼狩りの伝説を築いた銀狼の最期を目の当たりにして、しかし感傷に浸っている暇などない。奥歯を噛みしめる。砕けそうなほど力を込めて立ち上がり、ドラグレイスは魔力を纏わせた金属バットで電磁抜刀を弾く。不意に軽くなった重心に目をやれば、それは半ばほどから斬り飛ばされていた。
躊躇うことなく投げ捨て、大鉈を手にして駆ける。
再生しようとするゴアだが蟲達が放電によって弾かれることにより原型を留めることができずにいた。これでは相手を抑え込めない。
相対して痛感する──これほどまでの代物を手掛けなければならなかったアルシュベイトという最強の軍神がエヌラスにとってどれほど強大な好敵手であったかを。
その足元にすら及ばないことをドラグレイスは自覚していた。自分と「最強」の間にある壁がどれほどの高さかなど知っている。だが今だけは逃げるわけにはいかない。
「
電撃が花開く。不可避の斬撃。防げない光速の抜刀術を前に、ドラグレイスは覚悟を決める。
鞘から撃ち出される野太刀が消えた。
痛みよりも先に、袈裟懸けに熱を帯びる身体から鮮血が遅れて吹き出す。意識が飛びそうなほどの激痛が来るのはその後。明らかな致命傷、自分の身体がまだ繋がっている事実に驚きながらも踏み出す足を止めない。
絶命までの猶予は十秒もないかもしれないが、ドラグレイスは踏み出す。
前に。
前に駆ける。
「っ、ぉ、ぉぉおおおおおおッ!!!」
「──!」
死力を振り絞った龍の咆哮。気迫と共に振り下ろされた大鉈は、漆黒の黒蜘蛛に触れると同時に電磁装甲によって阻まれていた。鋭く研ぎ澄まされた重い刃が届くことはない──、だがドラグレイスは大鉈の背に手をあてがうことにより無理やり押し込む。
「貴様……、!」
「──クロックサイコ!」
名を呼ばれた狂い時計は駆け込み、既に足を振り上げていた。その切っ先を装甲に沈ませるように蹴りこむとドラグレイスを抱えて離脱する。
ほんの僅かな損傷を与えるに留まったことにクロックサイコですら苦い顔をしていた。
ヌルズが顔を向けるのはユノスダス教会。四女神を載せたフォートクラブが正門に辿り着こうとしているのを見て、改めて野太刀を鞘に収める。
「貴様らの足掻きも此処までだ。まとめて消え去るがいい!!」
勝利を確信した声色に、しかし、ドラグレイスは口端から血を垂らしながら笑って指を突きつけていた。
「──しょせん、神ならざる身分ではこれが限界だ。上出来だろう?」
それが一体“誰”に向けられた言葉だったのか、ヌルズ・エクス・モルテスはわからなかった。自分に向けて精一杯の負け惜しみを言っていたのだとばかり思ったが、違った。
「おい、貴様──おれの友達になにをしている」
絶対の殺意。冷酷なまでの敵意、なによりも不倶戴天の怒りを込めた声にヌルズの反応が一寸遅れる。
視界に迫る拳を見た瞬間には天骸の面頬を剣姫が殴り抜けていた。
横っ飛びに吹き飛ぶ漆黒の鎧武者は冗談のような勢いでユノスダス国内を横断していく。それを見届けてから、剣姫は残心からドラグレイスに歩み寄る。
「────ドラグレイス」
「……なんだ、そのツラは。謝るな、そして泣くな。夢見が悪い」
「…………避難誘導に思いの外手間取ってしまった。許せ」
「──ふんっ」
鼻を鳴らし、咳き込むたびに血を吐き出す。その姿は痛ましく、そして幾度となく剣姫が見てきた戦死者達の姿でもあった。
傷口を縫い合わせても間に合わない。致命傷だ。だがそれでも人の意地を見せた。
邪神に一矢報いてみせたことに対して、ならば守護女神たる自分がすべきことは敬意を払うことしかない。
剣姫は血が滲むほど拳を固く握りしめてドラグレイスから視線を外す。
「あとは、おれに任せてくれるか」
「……いちいち聞くな、鬱陶しい。俺はもう、指一本動かすことも億劫だ」
「────」
「剣姫」
「……なんだ」
「ぶっ飛ばしてこい」
「──応ッ!!!」
吼えるように答えた剣姫が踏み出す。アスファルトがヒビ割れ、空気の壁を突き破りながら爆音と暴風を置き去りに駆け出した。
──手足の感覚が、徐々に凍りついていく。陽が差しているというのに、これほどの寒さを覚えるのは初めてではない。幾度となく繰り返されてきた死が迫る感覚にドラグレイスは浅く息を吐き出す。
何度繰り返しても、慣れないものだ。
「ドラグレイス。すまない、私の力不足だ」
「……ちがう。俺達の、だ。お前一人の責任ではない」
全員で事にあたったのだから、連帯責任だ。どこまでも無骨で無愛想なドラグレイスに、クロックサイコは鼻で笑うと身体を横たえさせる。
「さて。私も行ってくるよ。最後までやれるだけのことをね」
「──クロックサイコ」
「ん?」
ドラグレイスの唇が動く。だがそれはか細く、よく聞き取れなかった。
かがみ込んで耳を近づける。
「よく聞こえなかったから、もう一回頼めるかな」
「────しぬなよ」
「……はは。どうだか、難しい注文だ」
クロックサイコはモノクルを外し、ドラグレイスの手に握らせて胸に置いた。
ユノスダス教会に目を向ければ、次元転送装置が起動しようとしている。もうじき守護女神達がこの次元を離れるだろう。
ヌルズ・エクス・モルテスが消え去った方角を見やれば、銃声と砲声が絶え間なく聞こえてくる。軍事国家アゴウの機人たちが集結しているようだ。
クロックサイコの足元。影溜まりからゴアが音もなく現れる。
「いやはや強いネ。流石は邪神だヨ」
「まったく、本当に参るな。これでは本当にこの次元が滅びてしまいそうだ」
「……でモ? だけド? それでもネェ! 決して滅びたりはしないネ! キンジ塔がある限り何度でも何度でも何度でも何度何度何度でもやり直せル! でショ?」
「いいや」
首を横に振る。
「不可能だ。何故なら、もう二度とこの状況は作り出せない」
「ホ。ホホホ。おほははははハ! そうダ、そうだネ、そうだったヨ!
「いやはやまったく本当に無茶苦茶な無理難題を押しつけてくれるものだ。だが、そうでなくては神も世界も欺けない。度し難い狂気の沙汰だ!」
「「だからこそ面白イ!」」
ゴアの広げた漆黒のマントの中にクロックサイコの姿が消える。そして溶けるように無数の蟲達が散らばっていくと、まるで何事もなかったかのように二人の姿はそこにはなかった。