超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──キンジ塔を見るたびに、胸が痛くなる。もう二度と見ることもないと思っていた。
──どんどん近づいてくるたびに、嫌な記憶ばかりが蘇る。
──本当のことを言うとまだ信じられない。信じたくない。
──この塔が出現したことの意味を考えたくなかった。
「…………」
エヌラスが死んだ。その代償。ずっと独りで背負い続けてきたペナルティを、今度は私達が支払う番。それは世界の滅亡という形で贖われる。
そもそもそんな無茶な負債、どう考えたって無理な話だ。一文無しのくせに。どうやって払うつもりだったのか。どうして頼ってくれなかったのか。そんな考えばかりが頭の中を巡る。
いや。頼ってくれていたに違いない。いつも顔を見るなり食事を要求してきたのがその証拠。
「ユウコさん?」
「……マリーちゃんは、さ。あの塔こわくない?」
「……ちょっと」
「そっか。私はね、ずっと怖いって思ってる。嫌だな、って。目にしたくないくらい」
神格者の最後の一人になるまで続く箱庭のバトルロワイヤル。勝者は神への謁見が許される。
──本当に、心底、ふざけろって思う。
何度繰り返したって諦めなかったバカもいるけど。
でも、それと同じくらい感謝もしている。
何度歴史を繰り返しても、何度世界が滅びようと。
──エヌラスが自分を頼りにしてくれていたことだけは、事実だから。
フォートクラブに揺られながら、悪路を走る。キンジ塔が近づくにつれてモンスターの数も増えてくる。
それだけではない。この世界の滅亡という形は目に見えて迫ってくる。アダルトゲイムギョウ界の崩壊は、信仰を失った国から奈落の底へ消えていく。
だからこそ、少し不思議に思った。
クソメガネはとっくにいないはずなのに、どうして電脳国家インタースカイの演算プログラムが機能しているのか。あの国は国民の九割がすでに仮想現実世界に移行されていることと何か関係があるのかもしれない。
しかし、ユウコはすぐに余計な思考を振り払った。
フォートクラブに飛びかかるモンスターを撃ち抜く銃弾と甲虫の群れ。
波のような音を立てて併走してくるのは、クロックサイコ。ゴアの肩に腰を下ろして気さくに片手を挙げている。
「モンスターはこちらで引き受ける」
それだけを告げてクロックサイコはフォートクラブから先行し、モンスターの群れを進路上から引き離していった。
ユウコはフォートクラブの操作パネルで全速力で駆け抜ける。
「はい、キンジ塔に到着。それでここからどうするの?」
「とりあえずー……てっぺん?」
「登山家でもそんなノリで山登らないと思う」
山を舐めたら死ぬ。割と本当に。
だが責任持って送り届けると言った手前、きっちり目的地まで案内する。
キンジ塔の扉をこじ開けて中に踏み入ると、冷たい空気が頬を撫でて背筋を震わせた。
何もかもが、遠い昔の記憶にある形のままだった。
争いの痕跡。こびりついた血の跡は黒く染み付いている。廃墟同然の中を進み、上の階に続く螺旋階段に足をかけて二人は歩く。
マリーは中に入るのが初めてだからか、珍しそうに周囲を見ていた。
「ふぅ、ふぅ……結構、階段長いねぇ」
「そりゃあ外から見てもだいぶ高い塔だからね。だいじょぶ? 疲れたら休憩しよっか?」
「するぅ~」
階段を登りきった先の広間でひと休憩。
瓦礫に腰かけて、マリーは息を整えていた。
「ユウコさん体力あるね」
「ん? そりゃもちろん、商売は体力勝負だからね」
「お料理も意外と体力使うもんねぇ」
「まぁねー」
こんな状況でも、変わらない様子で言葉を交わす。
別段、苦手意識があるわけでもない。かといって不満があるわけでもない。
──ただ、エヌラスにとって“特別な存在”なのが、胸に引っかかる。
(……ほんと、ヤなやつ)
わかってる。
わかっている。
──この子には何の罪もないことくらい。
「キンジ塔の中ってちょっぴり冷えるね」
「そりゃまぁ生活感皆無だし。こんなところに人なんて来ないでしょ」
「それもそっか」
この子は選ばれただけ。ただそれだけのこと。
……たった、それだけのことなのに。
「はい、休憩おしまいっ。じゃあ、マリーちゃん。先に進もっか」
「はーい」
立ち上がって、おしりの埃を払い落として歩き出す。また螺旋階段を前にしてマリーがちょっぴり頬を膨らませていた。
──何階登ったか数えていないし、覚えてもいない。
だが。
だが、それだけは記憶に残っている。
「はぁ、ふぅ……着いた?」
「────」
「? なんかでっかいの置いてあるけど、あれなぁに?」
なにもない他の広間と違って、そこには大型の機械が無数のケーブルに繋がれていた。
次元連結装置。
あの日からずっと、この場所に捨て置かれたまま。忘れ去られていた。
“今日”という日が来なければよかったのに。
辛くて悲しいだけの今日ならば、嘘でも楽しい昨日が良い。
「アレ、は──次元連結装置って言って……」
「……あ。大魔導師が言っていた救済措置? 実物見るの初めてー。へー」
すでにマリーは次元連結装置に近づいてぺちぺちと触り始めていた。怖いもの知らずというかなんというか。
「ってちょっと待って。マリーちゃん、これのこと今なんて言った?」
「え? 実物見るの初めて?」
「その前」
「んーっと。救済措置?」
「そうそれ。なんで知ってんの、なんて今更なんだけども──あぁもう、聞きたいのはそういうことだけどそういう意味じゃなくて……!」
確かに、遠い記憶にある。
次元連結装置は他の次元から信仰を取り入れるためのものだ、と。この装置を起動すれば繰り返される箱庭の輪廻から解脱できると信じて全員で協力した──はずだった。しかし蓋を開けてみればそれはむしろ崩壊を加速させる代物だったことにエヌラスが気づいて緊急停止させた。自らの能力と引き換えにして。
マリーはあの戦いを知らないはずだ。これまでの戦いも何もかも。何故ならあの時すでに彼女はエヌラス自身の手によって亡くなっているのだから。なのにどうして装置のことを知っているのか。大魔導師から聞かされていたのだとして、それはなぜなのか。
「なんで大魔導師はキミに次元連結装置のことを教えたの!?」
そう、それ。これが言いたかった。ユウコは自分の口から出てきた言葉に自分で納得する。目を白黒させて、小首を傾げてマリーは考える素振り。
「えっとー、確か……思い出せないから、だったかなぁ。みんなと違って私は普通の女の子だから、全部忘れちゃうって。だから全部教えておくって言ってたの」
「────でも、キミその後……」
「うん。覚えてる」
「……うん? じゃあ大魔導師はキミが全部忘れるのを前提に全部教えたってこと?」
「? そうだけど?」
頭おかしいんじゃないかアイツ。今に始まったことではないが、ユウコは目眩がした。
「──じゃあ教えてよ。なんでキミをここに連れてこなきゃいけなかったのか、その理由を」
「それは……ごめんなさい。教えてあげられない」
「どうして」
「……神様の“検閲”に引っかかるから」
マリーの言う神が、誰のことなのか。──次元神セロン以外にいない。
それならば辻褄が合う。次元神の目を掻い潜るために、神格者ではなく人間に世界の命運を委ねる。──だがそれは何のために? ならばエヌラスはなんのために戦ってきたのか。
「じゃあアイツは、エヌラスは何のために戦ってきたの! あのバカがどんだけ苦しんで、ずっと独りで背負い込んで、ずっと我慢してたの! そんな簡単な話なら全部意味がないじゃん!」
「……ユウコさん」
──ああ、ヤなやつ。本当に自分が嫌なヤツだと思う。
──こんなこと言ったって仕方ないのに。こんなことをマリーちゃんに言っても仕方ないのに。
──本当に言うべき相手はもっと他にいるはずなのに。
──目の前の、何も知らない子に感情をぶつけるだけの八つ当たりみたいな真似。
「教えられない、言えないからって。ずっとそんな秘密に振り回され続けてきて、なんでこんな思いしなきゃなんないの! アイツが、エヌラスが頑張ってたの私だって知ってるよ! でもどうにもなんなかったんじゃん! だからこんなことになって、アイツは独りでまたいなく、なって──……! 帰って、こないんだから……!」
言葉にするたびに涙がこみ上げてくる。あんなに泣いたのに。あんなに悔しい思いをしたのに。あんなにも辛かったのに。こんなにも涙があふれてくる。
「どうして私じゃダメだったの!? なんで、キミじゃないとダメなの! なんで……!
っ──、なんで私が選ばれなかったの! 私が“普通”じゃなくなっちゃったから? だったらこんな“特別”なんていらない! 私、なんにもいらないッ! ただエヌラスの隣にいれるだけでよかったんだから! アイツの特別でいたかっただけなのに……! どうして──」
「…………」
ユウコの吐き出す言葉に、マリーは目を伏せていた。
「私が普通の女の子だったら……、エヌラスの隣にいられたの──?」
「……エヌラスにとって、ユウコさんは特別な人だよ」
「──嘘でも、やめてよ。そんなこと言わないで。私みたいな」
「うん、やめない。だから言うね。私と付き合ってからも、ずっとエヌラスはユウコさんの料理が一番美味しいって言ってたよ。私、料理あんまり得意じゃないから。ずっと羨ましいなって思ってたの」
──お前の作る手料理が、世界で一番美味い。
あの言葉は嘘なんかじゃなくて本心からの言葉だった。
「でも、そんなの……みんな、おんなじじゃん」
「違うよ。だってエヌラスにとって、ユウコさんは特別な人だから」
「だって私、アイツの彼女じゃなくて──!」
「彼女じゃなかったとしても。エヌラスが選んだのはユウコさん」
「……じゃあ、どうして? なんでアイツ、私に……そんなこと一言も」
「エヌラス、不器用だから。捨てられない人だから。だから、ごめんなさい──」
「なんでキミが謝るの。アイツが甲斐性なしで女たらしで、生活能力皆無なのが全部悪い」
「………エヌラスが彼女を作らないの、私を殺したせいだから」
初めての恋だった。最初で
どんなに愛しても。どれだけ愛されたとしても。もう二度とその手にすることはない。
──それがエヌラスにできる、あの日の贖罪。
だからあんなにも歪な関係ばかりになってしまった。
「だからエヌラス、自分の妹さんがいなくなった後もずっとその場所は空けてるでしょ? 誰も座らせないようにして」
──妹は死んだ。殺された。守れなかった自分にできるのは、妹の居場所を奪わないこと。いなくなったその日のままにしておくこと。だから誰にも自分のことを“兄”とは呼ばせない。
エヌラスはいつもそうだった。変なところで義理堅い。
知ってる。嫌と言うほど知ってる。わかってることだ。こと人情の話になるとエヌラスは意固地になる。どうあっても自分の意見を曲げようとしない。
「……なんでアイツ、そんなことばっかこだわって」
「エヌラスには、その人の居場所があるんだって。だから、その人がいなくなったその後に、その場所を他の誰かが奪うことだけは許せないんだって言ってた。
だから、ね? ユウコさんも特別な人なの。エヌラスが選んだ場所がちゃんとあるんだから」
「…………アイツにとって、私ってなんなの?」
「世界で一番美味しい料理人、だって」
「………………──なにそれ、バカみたいじゃん」
思わず笑みがこぼれる。そんなの、いつでもいくらでも作ってあげるっていうのに。結局自分が落ち着くところはそういうところなのだ。ユウコが自嘲気味に笑うと、マリーは続ける。
「毎日食べても飽きない料理を作ってくれるの、貴方だけって意味だよ?」
「────、なんだよ、もう。ほんとうにさ……バカじゃん。そんなもん、頼まれなくても……いくらでも作るよ」
──人の顔を見たら、メシの話がいの一番に出てくるくせに。
──毎日どころか一生作ってやるっていうのに。
「うん。じゃあそれは、エヌラスに直接言ってあげてね。ユウコさん」
「……うん。ありがとね、マリーちゃん。アイツ戻ってきたら、まずぶん殴ってからにする」
──本当に師弟揃って大事なことばかり言わないバカばっか。