超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ユウコは次元連結装置を見つめる。息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
これが全ての元凶。もとはといえば全部大魔導師の手のひらの上。だが発端はどこからだったのか。エヌラスを壊次元に引き込んだその時から。
「……マリーちゃん、あのね。これだけ言わせて」
「?」
「──私、エヌラスが好き」
改めて。
自分の正直な気持ちを告白する。
その言葉に、マリーは微笑んだ。
「うん、知ってる」
「エヌラスのこと、大好きなの」
ユウコの言葉を確かめるようにして、ゆっくりと頷く。
「……アイツのこと、愛してる」
「うん、私も」
「だからね──もしも本当にアイツが帰ってくるなら、その時は」
意を決して、まっすぐにマリーの少しとぼけた目を見つめる。
「今度は、負けないから」
ユウコの言葉に、ふにゃりと笑い出した。
見ているだけで気の緩むような、温かい春の日差しのような笑顔。
──本当に眩しいと思った。吸血鬼だから尚更。
日陰者のエヌラスが、本当に求めて止まなかった太陽が自分を照らしている。
「うん。その時は、応援するね」
本当に敵わない。でも、負けたくない。
──もう、待ってるだけの女になんかなりたくないから。
「ユウコさん。この次元連結装置、大魔導師の設計通りに作られてる?」
「そりゃもちろん」
「そっか。そっかぁ……なら、大丈夫のはず。あとは神格者のみんなが他の次元に移動してもらえればちゃんと動かせるはず」
「……動くの、これ?」
見た感じ完全に沈黙を保つガラクタ。しかし、それよりも聞き捨てならないセリフにユウコが眉をひそめる。
「ん? 待って、これ動かすのに神格者が他の次元に移動しなきゃならないってどうして?」
「そういう手順なんだって。この“箱庭”に神格者が一人でも残っていると起動できないから」
「じゃあ……残された人たちはどうするの」
ユウコの言葉に、マリーは沈黙した。
自分たちだけが他の世界に逃げて、国のみんなを見捨てる。
到底そんなことできるはずがない。神格者であるということは同時に国王であるということ。臣民から信仰を集め、神に値する格を手にするために選ばれた者たち。
「そんなこと……」
「できないよね。大魔導師もそう言ってたよ。国を捨てて逃げ出せる奴はいないだろう、って」
悔しいがその通りだ。
愛する人のために、これまで一緒に暮らしてきた人々を犠牲にする。──ユウコはその両方を秤にかけることなんて考えたことがなかった。そしてそれで、無辜の民を犠牲にできるほど人の心を捨ててもいない。
なんとか。なんとかして、どうにかしてそのどちらも選ぶことはできないのか、と頭を悩ませているとポケットの中の携帯が鳴った。
相手は誰かと思えば、インタースカイに向かった剣姫から。
「もしもしどうしたの!」
《おう、ユウコか! インタースカイに着いて今教会にいるところだ! 見立て通り、あのクソメガネは何から何まで用意していたぞ!》
電脳国家インタースカイは人口の九割が電脳世界に移住している。そのため都市内は完全な無人化が成立しており、静まり返っていた。受話口の向こうから聞こえてくるのも機人達の駆動音くらいのものだ。
ユウコは剣姫に次元連結装置の起動方法を伝える。すると間をおいて返事が戻ってきた。
《大魔導師の考えそうなことだ。だがそれならば、なおのこと都合が良い》
「都合が良いってどういうこと?」
《インタースカイは完全無人化がされている、ステラに聞いたところクソメガネは次元転送装置の開発に着手した当初からここを緊急避難シェルターとして機能するように手掛けていたらしい! どうりでやたらコソコソと動き回ってたわけだ!》
「つまり──」
《あのクソメガネ、インタースカイそのものを次元転送する腹づもりだったようだ! すでにこちらで転送準備を整えているが、少々時間がかかるようだ! その間にこちらでユノスダスの国民を避難誘導に動くが、そちらはどうだ!》
「……こっちは」
マリーに目配せすると、静かに頷く。“私は大丈夫”、とでも言うように。
「こっちも大丈夫! 私も今から戻るとこ!」
《それは重畳。だが急げよ、どうにも崩壊の速度が想定よりも早い! モンスターの群れの目撃情報も増えている》
「わかった! そっちも気をつけて!」
通話を終えると、ユウコは息を吸う。廃墟独特の冷たい空気。どこか埃っぽい、無機質な匂いは寒気を覚えた。
物音ひとつしない静寂が包む空間にひとりの少女を置いていくことに、心苦しさがある。しかしそんなユウコの不安を感じ取ったかのように、マリーはやはり温かく微笑んだ。
「私は大丈夫だから。ユウコさん、行ってらっしゃい」
「──マリーちゃん!」
「ひゃいっ」
突然大声で名前を呼ばれて身体を跳ねさせる相手に、気休め程度になればいいとトレードマークの柑橘印の髪留めを外すと握らせる。
「これ、なんか効果あるわけでも何でもないけど! お守り代わりに持ってて!」
「……ありがとう」
「じゃあ、私行ってくるね!」
ユウコが階段を駆け下りていく足音を聞きながら、マリーは自分の手に押しつけられた髪留めを見つめていた。
何の変哲もない髪留め。いつもユウコが身につけているものだ。
それを見て、つい口元が緩む。なんか効果があるわけでもない、なんて言っていた。
だけど今、確かに胸の中に灯る温かさがある。
『──アイツさ、いっつも柑橘の髪留めしてんだよ。なんでかなー、て聞いたら「オメーが似合うって言ったからだろ!」って人のこと叩いてくるんだ。かわいいとこあるよな……って、マリーこれアイツに言うなよ。フライパン飛んでくるから』
いつか、エヌラスがそんなことを言っていたのを思い出した。
(ちゃんと効果あるよ、ユウコさん。だってこんなにもあったかいんだから)
ほんのちっぽけな勇気かもしれないけれど、大丈夫。
マリーは次元連結装置に向き直る。
──神の箱庭。そう、箱庭。この世界には“
この世界を維持するための信仰が。だからその均衡が崩れれば、自壊して再生するようにできている。そのことを大魔導師は突き止めた。幾度となく繰り返した輪廻の中で。
箱庭の世界の中にあるもの“だけ”では、決して救えない。
だから見限った。──大魔導師は、
『外の世界から信仰を集め、それで世界を維持する許容量を満たすことができれば──或いは、この世界は存続することができるかもしれない』
『だが、果たして本当にそこまでしてこの世界は存続させるべきか?』
『私はそうは思わない。何故なら──“神”がいるからだ』
『──マリー。私は“未知”が欲しい。誰も知らない明日が欲しい。既知感は枯渇している、もはやこの世界に私が求めるものはない』
『ならば私が求めるものはただひとつだ。そのためにマリー、お前の存在が必要不可欠となる』
どうしてだろう、と思った。
逢魔が時、茜色の夕日に染まる応接室の中で大魔導師はそう語っていたのを覚えている。まるで昨日のことのように。
どうして私なんだろう。なんにもできない、ただの女の子なのに。
ずっと疑問に思っていた。だけど、自分でなければならない理由がやっとわかった。
今でも覚えている。
血の色に染まった部屋の中で、黄昏に目を細める大魔導師の言葉を。
『どうしてか、だと? ──それはな、お前が』
「破壊の神の寵愛を受けているから……」
愛されているから。愛しているから。だから、それだけで十分な理由。
あの人のために何もできないけれど。
あの人のためにしてあげられるのは、ほんの些細でちっぽけなことかもしれないけれど。
だけど、それだけでいいと大魔導師は笑っていた。
氷の彫刻のように動かない表情に、人の血を通わせて。
『人の世界など、一人の男と女が愛し合うことから始まったのだから──それでいいんだ』
(……でも、大魔導師。私はエヌラスの愛を独り占めになんかしたくないよ)
どうしたらいいのだろう。
マリーは次元連結装置に背中を預けて、冷たい床に座り込んだ。