超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ep.242 嵐の前の静けさ
──アダルトゲイムギョウ界の崩壊が刻一刻と進行する中、アゴウの機人達は総力を挙げてユノスダスの住民達を一人でも多くインタースカイまで逃がすべく行動していた。
迫るモンスターの群れを押し留め、奈落の闇に落ちて消滅していく足場を避けながらも自らを盾にしている。
キンジ塔から戻ってきたユウコとクロックサイコが剣姫と合流すると、遠方で山が崩れていくのが見えた。とてもではないが、ユノスダスの住民を全員避難させることなど不可能だ。ましてや、アゴウの住民達は……。
キツく唇を噛み締めるユウコの背を、クロックサイコが軽く叩く。
「私が言うべきではないかもしれないが──エヌラスを信じろ」
「……、信じてるよ。疑うわけないじゃん」
死人が救ってくれるなどと信じる様は、なんて盲目的なんだろうと笑われるに違いない。
「アレは世界を救うために造られた魔人だ」
「……わかってるよ」
インタースカイに通じる道は大渋滞だった。
既にもうそこまでモンスターの群れが迫ってきている。剣姫が赤く滲んだ右腕の包帯に握り拳を作り、助力に向かおうとするが──ひとりの機人がそれを阻んだ。
《御姫、駄目です》
「なぜだ。おれは──」
《いいえ。貴方は“友達”を助けに行くべきです! 此処は我らにお任せください!》
「何を言って……」
《このアダルトゲイムギョウ界唯一、守護女神として生まれた貴方の孤独を埋めてくれたのは誰です。超次元の守護女神たちでしょう。ならば貴方は、その埋め合わせをすべく行くべきです!》
「お前達を置いて行けと言うのか! お前達を捨ておけと、見殺しにしろと──!」
《──我ら機人一同、みな一度は貴方のために命を投げた馬鹿共です。覚悟の上、むしろ誇らしい。惚れた女のために二度も命を懸けられる! これほどの名誉、二度とは得られますまい!》
剣姫は足を止め、背を向ける機人が遠ざかるのを見送る。
言葉を無碍に行くべきか迷っていた。しかし、一歩でも踏み出せば愛する臣民の信頼を踏みにじることになる。
迷う剣姫の前に、ゼロワンが滑り降りてきた。隣には漆黒のパーソナルカラーで統一されたビースト分隊の面々が揃っている。
《御姫、彼らの最前線はそこです。最早一刻の猶予もありません》
《……ゼロワン、お前も行け》
ビースト分隊の隊長機が低く呟いた。
《此処は俺たちが請け負おう。お前は決着をつけてこい。親衛隊が、王のそばを離れて何を成すつもりだ?》
《お前たち……》
《こちらビースト分隊。各機、最後まで抗うぞ。アゴウの機人は一度死んでも治らない馬鹿共だと教えてやれ》
ゼロワンの横を素通りして、ビースト分隊は後ろ手に軽く手を振る。
《吉報を待つ。勝利の女神の凱歌と共に。行くぞ、お前たち──》
跳躍ユニットを点火し、遠ざかる黒い獣達を見送ったゼロワンは素早く踵を返すと剣姫の肩に手を置いた。
《──御姫、行きましょう。俺達の最前線は此処ではない》
「……っ……馬鹿共が。大馬鹿共め。おれは必ず勝利を持って帰ってくるぞ! だから……だから──!」
潤む瞳を必死に堪えて、剣姫は戦禍に背を向ける。
「──最後まで戦え!」
その言葉を聞いた機人のひとりが電子音声で鼻で笑った。
《聞いたか、お前等。最後まで戦えだとよ!》
《御姫泣いてたな、ありゃ》
《花粉症だろ。そういうことにしとけ》
《こちらヤークト、了解。んじゃ行こうぜお前等ァ!》
大海に浮かぶインタースカイを離れ、人員輸送用のフォートクラブを横目にアゴウの機人達は整列していた。
目前に迫る世界の終わりに銃口を突きつける。刃を掲げ、吼える。
《行くぞお前等ぁぁぁっ! 俺たちの死に場所は何処だぁぁぁっ!》
──
《行ぃくぞォォォォ!!! 元三番隊を舐めんじゃねぇぇぇっ!!!》
──砲声と銃声轟く最前線の戦火を眺めながら、ムルフェストは笑っていた。
馬鹿げている。嗚呼馬鹿げている。なんて破綻した理論なんだ。
ひとりぼっちの月面国家に吸血姫の哄笑が響き渡る。
「アッハハハハハハ! ああ、全く、大魔導師! お前は本当に狂っている! 気が狂っている、そうでもなければこんな“答え”に辿り着くはずがない! あはははははははは!!!」
正気の沙汰ではないのは元より、狂気にも限度がある。
ムルフェストの前には、大聖杯。
「私が甘かった。それは認める、いやだってこんなん、あはははははは! 馬鹿じゃないのお前! あはははは、げっほげほ、はぁお腹苦しい〜!」
バシバシと叩いた椅子が壊れていく。
ひとしきり笑い倒してから、ようやく一息ついた。
手元に浮かべるキューブ状の端末を操作して、それからしぶとく残る一本の枝を見つめる。
「私の計算が間違ってた。うん、そうだね。それはそうだ。──未来に“答え”なんかないんだから。当たり前の結論だ。そうか、私の考え方が間違えてたんだ」
計算式によって導き出される“解答”は、そこで“終わってしまう”。
それではダメだ。
それでは止まってしまう。
そこで未来が途切れてしまう。
アダルトゲイムギョウ界の崩壊を観測しながら、ムルフェストは月面国家も例外なく崩落の一途を辿っていることに気づく。さて困ったぞぉ。
「むーちゃんとしては、ここで退場したって別にいーんだけどにゃあ……面白そうだし、最後までついていこーっと」
そうと決まれば善は急げ。ムルフェストはキューブを置いて教会を後にすると頭上のインタースカイ目掛けて跳躍した。
引力に導かれて遠ざかる馴染み深い月面国家に亀裂が走る。箱庭の国が消滅するのを感慨なく見送ると、迫る海面に備えた。
──衝撃、跳躍。ムルフェストは電脳国家インタースカイに通じる道路の上に着地すると、その足で堂々とゲートを通過する。面食らうユノスダスからの避難民の視線を意に介さず、目を丸くしているユウコに手を振った。
「やっほ☆」
「オメーはもっと普通に出てこれねぇんかいっ!」
「いったぁ~いッ! なんで叩くの!」
「半分八つ当たり! もう半分は憂さ晴らし!」
「避難するなら私も誘ってくれたっていいじゃん」
頭を思い切り叩かれたムルフェストが涙目で訴えかけるが、ユウコは眉をつり上げている。なんにせよ、神格者が全員この次元を離れなければキンジ塔は起動しない。
「普段からなんべん連絡しても一向に出ない奴がなに言ってんの」
「むぅ~、ユウコがいつにもまして厳しい」
《日頃の行いだろう》
「うっさい機械ロボメカ人間」
いつになく雑な物言いのムルフェストにゼロワンが火器管制装置の安全装置をアンロックした。恐らく一発たりとて有効打にならないだろうが腹いせくらいにはなる。しかし自制した。無駄弾をこんなところで使っている場合ではない。
これから自分たちが向かう先は、超次元の戦場なのだから。
──電脳国家を現在取り仕切っているのは琴霧ソラの秘書官を務めていたステラだ。電脳世界では教会職員達が次元転送の段取りを進めている。
ユノスダスから避難できたのは三割にも満たなかった。
アゴウからインタースカイにたどり着いたのは、一割もいない。フォートクラブの背中に担架されているのは臣民や機人ではなく、弾薬の山だった。
《……御姫、電脳国家秘書から次元転送の準備が整ったと連絡が》
「わかった。転送用意──! 全員、震動に備えておけ!」
──プラネタワーの医務室で目を覚ましたうずめは、自分の身体がズシリと重いことに気づく。
あれからどれほど眠っていたのか。記憶の糸を辿れば──頭が痛む。
(俺は……そうだ、ねぷっち達を元に戻そうとして、それで……)
シロトラの一撃によって気を失った。それで今の今まで眠っていたらしい。こうしちゃいられない、ベッドから降りようとするだけでうずめの全身は縫い留めるように痛んだ。
そんなうめき声を聞いてか、医務室に入ってきたネプギアが慌てて駆け寄ってくる。
「うずめさん! よかったぁ、気がついたんですね!」
「ぎあっち……あれからどうなったんだ? ねぷっち達は、エヌラスは!?」
「落ち着いてください、順を追って説明しますから」
ネプギアは気を逸らせる包帯だらけのうずめを再びベッドに寝かせてから、確認するように話し始めた。
あれから三日が経過し、各国の状況。プラネテューヌ、ラステイション、ルウィーでは女神候補生とゴールドサァドの協力に寄って活性化したモンスターを抑えている。
リーンボックスでは不在のベールに代わり、アルシュベイトが迎撃に当たっていた。流石は軍事国家国王の機人、昼夜を問わず最前線で戦い続けているらしい。武装企業のバックアップがあるとはいえ凄まじい戦果を挙げていた。
「それで、お姉ちゃん達なんですけれど……今はアダルトゲイムギョウ界にいるそうです。でもきっとすぐ戻ってきてくれるはずです」
「そっ、かぁ……ねぷっち達、無事なんだな」
「はい」
「──それじゃあ、エヌラスは? アイツはどうなったんだ?」
「それが……エヌラスさんのこと、アルシュベイトさん話してくれなくて。きっと戻って来るだろうと言っていたんですけれど」
「つまり行方不明ってことか?」
「はい……でもエヌラスさんにはよくあることなので、ヒョコッと帰ってきてくれるはずです」
ネプギアのどこかぎこちない笑顔に、うずめは胸中の不安を言葉にしようとしたが何も言えなかった。
エヌラスは行方不明になったんじゃない。
「──そう、かもな」
笑って返したつもりだったが、うまく笑えていただろうか。
「……うずめさん、お腹空いてませんか? なにか食事持ってきますね」
「あぁ。頼むよ、ぎあっち」
「あ。勝手に病室抜け出しちゃ駄目ですからね、エヌラスさんなんて常習犯なんですから!」
「いや、そんな無茶はさすがにしねぇって。というか脱走の常習犯なのかよ!」
医者が匙を投げる程度に。
ネプギアの足音が遠ざかって聞こえなくなってから、うずめは固く唇を噛み締めた。不安と後悔が口をついて出ないように。