超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ゲイムギョウ界の夜が明ける。
それは、何気ない一日の始まり。
連日絶えない猛争モンスターとの衝突が始まる一日でもあった。
《…………》
リーンボックス領内、武装企業の補給ヘリから弾薬及び推進剤の補充を受けていたアルシュベイトが不意に空を見上げる。
不毛な大地、荒れ果てた荒原に展開している武装企業の警備用ロボット達が周囲の索敵を行っていた。装甲を撫でる穏やかな風の中に、アルシュベイトは何か不穏な気配を感じ取る。
《どうかしましたか、アルシュベイト》
武装企業代表取締役代行、キャロラインからの通信に《いや……》と小さく首を振った。
《キャロライン。待機している全機に第一種戦闘配置の通達》
《……わかりました》
なぜ?とは聞かなかった、なぜなら信頼の置ける剣客だからだ。そして社長の戦友でもある。実力は疑うべくもない、何よりも今日までほとんど単機で猛争モンスターを制圧していたからだ。そんな相手の本能的な警戒心を疑う余地はない。
《──今日はなにか、嫌な予感がする》
──それは、何気ない一日の始まり。
アルシュベイトはリーンボックス湾内から流れてくる潮風の中に戦場の風を感じ取っていた。
──ゲイムギョウ界の一日が始まる。
ラステイションに暮らす人々にとって、それはいつもと変わらない一日。
首都に迫る猛争モンスターを前に首都防衛軍は隊列を組んで迎撃していた。その中に、今となってはすっかり見慣れてしまった二人組のメイドの姿。
クラシカルスタイルのロングスカートを翻しながら、マスケット銃で的確に猛争モンスターの行動を阻害する。そして切り込み隊長さながら、ミニスカートからパンツが丸見えでも構わず緋色の太刀を振り回すメイドが猛争モンスターの群れを蹴散らしていた。
「うおおおおお、私こそが真の三國無双ーーーっ!!」
「お黙りあそばせ愚妹」
スタァンツ! ──スピカの放った弾丸がカルネの後頭部に直撃する。だがまるでゲンコツでも食らったかのように涙目で頭を擦っていた。
「いたぁーいぃー!!! スピカ姉、痛い!」
「おほほ、皆さんお気になさらず」
淑やかに口元を手で隠しながら微笑むスピカは硝煙の漂うマスケット銃を投げ捨てるようにコントラバスケースの中に収納すると今度は無反動砲を持ち出して構える。
「バックブラストにご注意ください」
そう言うとスピカは涼しい顔でバズーカをぶっ放した。カルネはそれを軽々と避ける。爆炎と黒煙を背景に、ちゃっかりポーズを決めてたりする。隙を生じぬ二段構え、スピカはロケットランチャーを撃った。
──それは、いつもと変わらない一日になるはずだった。
──ルウィーでは、ハンター達が猛争モンスターの討伐クエストを我先にと受注しては受付嬢に殺到する。それに判を押していくと急いで狩猟に向かう。
いつもの賑やかな喧騒の中を歩くシーシャはハンター仲間達を見送っていた。
「ははっ、相変わらずうちの連中は血の気が多いな」
黄金の頂を新たな縄張りにした「金銀夫婦」は依然として猛威を振るっている。その動きを逐一観測していたキャンプには毎日足を運んでいた。
縄張り意識が非常に強い個体なのか、猛争モンスターにすら見境なく襲っているという観測結果が報告されている。そのせいか黄金の頂周辺はモンスターすら寄り付かない場所になっていたが、そんな危険極まりない場所に駐在しているのは三人のハンターだけだった。
歴戦の狩人である「黒鉄」と「蒼鬼」が常に監視している。その手伝いに新米の「麒麟」も駐在している。
「…………」
シーシャは帽子を押さえながら、温泉街を抜ける風の匂いに顔を渋らせていた。
ハンターとしての勘か。それともゴールドサァドとしての感覚が捉えた物か。
──街に吹き抜ける風の中に不快感を覚えていた。
「──今日は一波乱ありそうだ」
──青空を、なんとなしに見上げる。
そこにはいつもと変わらない青空が広がっていた。だが、それと同じくらい不穏な気配がゲイムギョウ界を覆っている。
──朝のプラネテューヌを駆け抜ける、一体のロボット。
国境警備隊「B2AM」として活動していたレオルドは腰部ブースターを噴射して道路を滑るように走っていた。今は守護女神近衛機兵団の隊長。だが、すでにもう仲間たちはいない。残されたのは自分だけ。
《すいません、戻って来るの遅くなってしまって……》
プラネタワーに入るなり、レオルドは謝罪した。しかし、教会職員達も、唯一の整備士であるグラさんも笑って許してくれた。
格納庫に入り、身体を固定すると手慣れた動きで装甲を外してケーブルを接続する。
「レオルド。行ったんだろう、お前たちの生まれ故郷である『Ages』に」
頭部ユニット、胴体ユニット、腕部ユニット、脚部ユニットに分解された状態で関節部にケーブルを何本も接続されたレオルドは頭部カメラを点滅させながら電子音声で応えた。
《はい》
「そうか。……実は俺も、あそこの技術者だったんだぜ」
グラさんが大きく野太い腕を上げる。その上腕二頭筋には緑色の結晶が線のように広がっていた。深刻な人体汚染の生き証人である整備士は笑ってみせる。
《そうだったんすね》
「あぁ。まぁ、開発が頓挫したら俺はお払い箱、車の整備士なんざやってたが……やっぱ俺はお前たちの身体弄くり回してる方が性に合ってる」
《……グラさん、お願いがあります。俺の身体の制限を外してください》
「へ、バカ言うな。そんなもんとっくにやってるよ」
相変わらずの仕事の速さにレオルドは感謝した。だが、グラさんの顔色が暗く沈むとコンソールを叩く音だけが冷たく、無機質な格納庫に響く。
──少し前まで守護女神近衛機兵団のとりとめのない喧騒が響いていた場所は、すっかり静まり返っている。
誰も帰ってこなかった。そして恐らく、レオルドも戻ってこないかもしれないことを知ってか知らずか口数も少ない。
良心……のようなものからか、電子音声で語りかけた。
《……あの、グラさん》
「──六百秒だ」
《え?》
「そいつが、お前さんの限界だ。それ以上の“戦闘機動”は機体が保たない。正確にはお前の炉心がな。一秒でもオーバーしたら暴走する“設計”だ」
安全弁でもある稼働限界の時間設定だけは引き延ばせない。なぜならそれは人格プログラムに直結したものだった。それを弄れば“レオルド”として生きてきた記録も初期化されてしまう。
生まれ変わる──などと言えば聞こえはいいかもしれない。
弾薬の補充、動力伝達のチェック。グラさんはその全てが問題ないことを確認すると、最終チェックに入った。
「……レオルド。必ず帰ってこいよ」
《──約束はできないっすね》
「なら腕の一本や足の一本なくしても戻ってこい。いくらでも直してやる。俺の生きがいなんざお前らが泣いて笑ってバカやって……そうやってプラネテューヌの人々と馴染んでいるところを見ていることくらいなんだ。そら、終わったぞ。万年ビリケツドベ太郎」
関節部を接続していくと、レオルドは最後に自分の身体の動作確認がてらラジオ体操を始める。その光景にグラさんが怪訝な表情を浮かべた。
《あ、これっすか? アルシュベイトさんが全身の動作確認は朝のラジオ体操がいいって言ってたので早速採用してみたっす! ……グラさん、ありがとうございました》
「行くのか」
《グラさんが格納庫にいるように、俺も戦いに行きます。俺が守りたい場所のために、俺が信じている女神様のためにも》
レオルドが頭を下げ、静かな格納庫を一度だけ振り返る。
──人間で言う“思い出”というものなのだろう。記憶ログを辿り、再生すれば同じ光景の中に何人もの仲間たちの姿が浮かび上がった。
《……──行ってきます》
プラネタワーを後にしようとしたその時、地面が揺れる。格納庫の中で工具が床に落ちて、甲高い音を立てて散らばった。グラさんも咄嗟のことで転倒しそうになっていたものの、機械いじりで鍛えた体幹はそう簡単に崩れなかった。
《今の震動は!? グラさん、大丈夫っすか》
「あぁ、平気だ! お前さんは早く確認に走ってこい!」
《はい!》
外に走り、周囲を見回す。ただの地震だったのか、それとも何かの異変の兆しか。レオルドが焦燥感に駆られていると、コートに袖を通しながらプラネタワーから出てきたアイエフに声をかけられる。
「レオルド! ちょうどよかった、戻ってきてたのね!」
《アイエフさん、ご無沙汰です! 今のは地震っすか》
「それにしては変な揺れ方だったわね。地面が揺れた、というよりも、空気そのものが震えたみたいな感じで気味が悪いったらないわ」
毒づくアイエフだが、レオルドと同じように周囲を見渡すと人々が不安そうな表情を浮かべながらも何事もないとわかると歩き出していた。胸を撫で下ろすが、すぐに思い出したように詰め寄る。
「そうだわ、レオルド! うずめさんを知らないかしら、今朝様子を見に行ったら病室がもぬけの殻だったのよ! それに海男も一緒にいなくなってたわ」
《俺は見ていないっす! なにか心当たりはないっすか》
「……心次元に行く、って言ってたわ。イストワール様があれほど強く言ったのに病室を抜け出したりなんかして」
《エヌラスさんみたいっすね》
「常習犯はいいのよ、バカだから」
言いたい放題だが今はそれどころではない。
《それなら俺が行きます! アイエフさんは周辺の警戒をお願いします!》
「わかったわ、そっちも気をつけて! ──ちょっと待って、あれはなに?」
駆け出そうとした瞬間、アイエフが空を指差す。
──大陸の中心。
その座標を素早く割り出すと、レオルドはコロシアムの場所だとすぐにわかった。
ゴールドサァドとのエキシビジョンマッチが起きた場所。超次元の改ざんが行われた元凶の場所でもある。
その上空、広がる青空から黒雲が渦を巻いて広がっていた。それは二人が見ている前で瞬く間に空を覆い、あっという間に曇天の空模様になる。あれほど朝焼けの綺麗な空だったというのに見る影もなかった。
分厚い灰色の空を見上げていると、レオルドが何か人影のようなものを見つける。
《人影……?》
「なんですって? ねぷ子達が帰ってきたのかしら。高所落下のプロって自称しているくらいだもの」
《いえ、ひとりだけっす》
高所落下しているだけならまだしも、まるで宙に浮かぶように立っていた。
レオルドがカメラの倍率を引き上げて注視する。
灰色の空に溶け込むような黒い人影。黒い髪のツインテール、サスペンダーのようなスーツの下に黒いインナーを着込んでいたその姿は、うずめと瓜二つだった。しかし、その姿にはレオルドも見覚えがある。
心次元で見た、もうひとりの天王星うずめ──暗黒星くろめだ。
《アレは──くろめさんっす!》
「っ……とうとうお出ましってわけね──」
《アイエフさん、俺は急いでうずめさんを探してきます!》
「ええ、頼んだわ!」
レオルドが腰部ブースターを起動させてプラネタワーを離れる。
──遠ざかるプラネタワーに一度だけ振り返り、敬礼すると謝罪の言葉を呟いた。
《……嘘吐いてごめんなさいっす、アイエフさん》
俺はもう、プラネテューヌに戻ることはないかもしれません──。