超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――かつて、大魔導師ですら手間取り、封神するに留まった怪物がいた。それはまさしく、絶望より生まれた混沌と絶望であった。その地では人々の信仰心は生まれず、心を病んでいく。国の守護者たる神格者ですら近寄ろうとはしない場所。
神意なき場所。彼の地に眠る邪神ズアウィアが眠りから覚める。そこに大魔導師はいない。求めるものはただひとつ。世界の破滅と滅亡。
ソレは、一つの形態を取った。赤黒いコールタールが蠢き、脈打ち、徐々に形を成していく。のっぺらぼうの人間――だが、そのフォルムは――服飾は――、エヌラス=ブラッドハートが師と仰いだその人だった。
邪神“大魔導師”は手をかざす。そこから放たれる衝撃波だけで大勢の信徒が吹き飛ばされ、トマトのように壁で潰れていった。
「――師匠」
エヌラス=ブラッドハートに呼ばれて、無貌の大魔導師が笑う。邪神が最も恐れ、最も憎み、最も恨んだ怨敵の姿を取ったのは、数奇な運命か。その一番弟子であるエヌラスの前に現れた。敵として。
大魔導師は、邪神ズアウィアは、髪をかき上げてあくびをもらしながら、首を慣らして――ネプテューヌ=パープルハート達をぐるりと見渡す。すると、鬱陶しそうに手で追い払う仕草を見せた。それだけで突風が吹き荒れ、信徒達は為す術もなく壁に叩きつけられていく。辛うじて耐えたネプテューヌ=パープルハートの前にブシドーが立ち、日本刀で一閃すると魔力を孕んだ空気が断たれて風が止む。その頬は緩んでいた。
「……なんと、数奇な運命よな。これも貴方様の御業か、大魔導師よ……」
『…………?』
「邪神の化身と言えど、その実力に一分の偽りなし! 完全なる再現にして複製! 恐れ入る! 故に、我が一刀。受けてもらうぞ邪神」
けして叶わぬ邂逅を果たしてブシドーは歓喜に打ち震える。望んでいた再戦が、まさかこのような形で叶うとは思いもしなかった。
――己の剣こそが至高と信じて止まなかった。
「おぉ――ッ!」
『…………』
旋風が渦巻いて無数のカマイタチとなる。その全てを剣圧の一手で全て断ち切る。
――しかし、出会ったのだ。あのデタラメで、荒唐無稽を極めた、最強の魔導師に。
エヌラス=ブラッドハートが血刃を放つ。それを指先一つで受け止めるとガラスのように割れて霧散した。構成術式を解除されたのだ。
『拙者の剣、受けてみよ。魔導師』
『受けたら死ぬだろ。馬鹿かお前』
そんな冗談のような言葉を投げながら、ブシドーの技は死力を尽くして尚も届かなかった。
『大したもんだ。魔術を斬るとはな……そこだけは認める、そこ“だけ”はな』
『怪物め……!』
『そう言われて悪い気はしない。なぜなら魔導師は尽くがバケモノへの探求だからな』
子供のように笑って、大魔導師はブシドーに手を差し伸べる。その手を取った時、完全に敗北した。完膚なきまでに。
『道は違えど、求めるものは同じ。俺と来い、サムライ。お前の剣の果ての果てを俺にも見せろ』
『拙者に、弟子になれと……』
『ちげーよバーカ。お前から教わるものなんて一つも無い』
日本刀が砕け散る。構成物質そのものを分解された。それもまた大魔導師の得意とする術のひとつ。目の前にいる無貌の大魔導師は、完全なる再現であることをエヌラス=ブラッドハートは認めた。ネプテューヌ=パープルハートが隙だらけの横から剣を一閃して、人差し指と中指の間で受け止められる。
そのまま、同じように剣指を立てて剣を腹から叩くとアッサリと折られた。
「……なん……ですって……!?」
大魔導師曰く、『この世にある物質を構成している術式を解除出来ない程度は二流』とのこと。ちなみに三流は魔術の構成術式解除が出来ないことである。それをまるで息をするように“しでかす”からこそ地上最強の魔導師は畏れられていた。九龍アマルガムの誰もが恐怖で統治されていたのだ。
デコピンひとつで“触れてもいない”ネプテューヌ=パープルハートの身体が弾き飛ばされ、エヌラス=ブラッドハートはそれを抱き抱えて着地する。
「ゲホッ、ゴホッ――」
「大丈夫か?」
「ええ、なんとかね……」
まるで空気の塊で殴りつけられたような衝撃だった。お腹を擦り、口元の血を拭う。
「赤ちゃん出来なくなっちゃう……責任とってもらえるかしら?」
「冗談言える余裕があるならもっかい逝ってこい」
「あれ、私なにか間違えたかしら」
「出来ようが出来なくなっても責任はとってやるよ」
「……今、なにか言った?」
「何も言ってねぇよバーカ。いいからネプギア連れて一旦離脱しろ、アレはどうにか押さえる」
言いながら、エヌラス=ブラッドハートはゾッとする寒気に目を見張った。
無貌の大魔導師がブシドーを吹き飛ばし、頭上に手を掲げている。その構えに見覚えがあった。
行き場がなくなったように手を下ろすと――次の瞬間にはエヌラス=ブラッドハート達は重力の海に沈められる。全身を押し潰すかのような四方からの見えない圧力に膝を着いた。
「グッ……!」
魔術に耐性のないブシドーですら口端から血が一筋流れる。
「く……!」
ネプテューヌ=パープルハートも、ネプギアもそれによって身動きを封じられていた。
「ド、チクショウがぁ……!」
エヌラス=ブラッドハートが無貌の大魔導師を睨むと――笑っている。ああ、そうだ、この人はこういう人だ――。
『いいかエヌラス。魔術というのは基本格子、基礎骨格の形成、そして術式によって編まれる超常現象だ。まぁ早い話がイメージ次第じゃ何でもありということになる。それでコレの解除方法についてだが実践して覚えろ』
『むちゃくちゃだな……』
『口で説明するより早い。ほら行くぞ』
『ぐえぇっ!?』
『轢き潰されたヒキガエルのような声を出すな。自力で脱出しろ、夕飯までに間に合わせろ。というか腹減った』
今にして思えば。トンデモナイ教え方をされたものだ……エヌラス=ブラッドハートが重力結界の中で悶えているのを笑って見ていた。本当に、見ているだけだ。その状態から何か一つ手を加えるだけで勝敗は決するというのに、無貌の大魔導師はまるで何かを待つように腕を組んで立っている。
怒りで脳が沸騰するほど熱を持った。だがそれとは裏腹に恐ろしく視界は明瞭で、エヌラス=ブラッドハートは重力結界の“核”となる術式を探る。そもそも魔術とは『論理外の論理』を振るうことだ。
『いいか。魔導師と戦うとき、大事なのは相手の術式をいかに潰すかだ。言ってみれば、分厚い支離滅裂な論文レポートでぶん殴りあってるようなものだ。分かったらさっさと結界解除しろ。ブラックホールに消し飛ばすぞ』
『ぐぉぉぉぉぉ……こンの、クソ師匠ぉぉぉぉぅ……!』
『抵抗して立ち上がってどうするバカが。ほーれ重力マシマシだ』
『ぐへぉあ!?』
エヌラスは潰れた。コンクリートにめり込んで漫画のような状態になって大魔導師はそれを見て腹を抱えて涙が出るほど笑う。
『ブッハハハハハハ! お前、まさかそんな、アハハハハハ! マ、マンガみたいに潰れる奴がいるか!』
『ゼッテェ殺す! ぶっ殺す! 何が何でもテメェは後でぶっ飛ばすから覚えてやがれぇぇぇ……!』
『おうあくしろよ』
エヌラス=ブラッドハートの手が見えない術式を“掴んだ”。そこに自らの編んだ術式を介入させて構成に綻びを入れると、僅かに重力結界が緩む。
「イア・クトゥガ!」
あらぬ方向に撃った灼熱の魔弾が重力結界の構成術式を爆散させた。空間が割れる。歪められていた景色が元に戻り、全身を疲労感が襲った。重力酔いでふらつく足を紫電で跳ね飛ばし、無貌の大魔導師を殴り飛ばした。
「――の、くそ野郎が! 師匠の術式は解除すんのに三日は掛かんだよ! テメェ程度の邪神が真似したところで骨粗しょう症みてぇな構成術式、余裕だバーカ!」
しょせんは複製。過去の再現だ。それならば――成長した自分が勝つ。