超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──軍事国家アゴウに生まれたその男は、なんら特徴のない平凡な家の生まれだった。
武家の生まれでもなければ、軍に教養があったわけでもない。
ただ、その国に生まれ、そして、その国を守る女神の姿に心を奪われただけだの男だった。
誰よりも守護女神を愛し、誰よりも献身的に国に忠を尽くすことを誓っただけの男はいつしか軍神と呼ばれ、最強の名を冠するに至った──。
気づけば、国王の座に就いて愛する女神と双肩を並べるにまでなっていた。
愛する者と肩を並べて国に尽くすことを至上の幸福とした男は、機械の身体になっても変わらず国と女神に尽くしていた。
惜しむらくは──その身体が、愛する者を抱くための形ではなくなってしまったことだけ。
《ォォォオオオオオッ!!!》
白銀の機神が吠える。
ダークメガミの振るう超大な刃と矛を交えてなおも一歩も下がることなく押し返していた。
風圧だけでコロシアムがボロボロと崩れていく。吹き飛んだ瓦礫が山の斜面に突き刺さる。
しかし尚も、その場からアルシュベイトは堂々と立っていた。
《どうした。これだけか! この程度か! 俺の好敵手を、俺の戦友を奪って、その程度の女神か貴様らぁ!!》
──馬鹿げている。暗黒星くろめは後ずさっていた。
シェアリングフィールドに対抗策がなかったわけではない。そのために三体を同時に展開させたのだから。アレは一度に一体までしか捕らえられない。
だがあろうことか、眼の前の怪物は一人で三体を同時に相手して互角に渡り合っている。
踏み込むたびに地面が割れていく。コロシアムは見る影もなく廃墟となっていた。
《アルシュベイト。被害額の請求先は貴方でよろしいですか?》
《世界を救ったその明日にでも寄越せ!》
《わかりました。存分にどうぞ》
《心得た! ──続けようか、黒幕》
交差させた長刀でダークホワイトの大斧を弾き返し、アルシュベイトは刃を肩に担ぐ。
「……、力自慢なのはいいことだけど。まさかオレがリーンボックスに魔人を差し向けないとでも思っているのなら大間違いだ」
《何を言っている? その程度、想定の範囲内だ。貴様こそ、リーンボックスがたかが魔人の一匹で落とせると思うなよ》
──リーンボックスの海洋上を水飛沫を上げて爆走する機影があった。
海上に展開していた武装企業の艦隊による包囲網を切り抜け、翻弄して艦橋と滑走路を次々と爆炎と黒煙の中に沈めていく異形の機影は、やがて本土に着地すると大アルゼブラ荒原に降り立ち黄金の頂を捕捉する。
それは、かつて武装企業独自の人工知能の戦闘アルゴリズム開発を進化させるために最下層で極秘裏に研究の進められていた機体。
国境を越えて女神を征服する反逆の戦乙女──ラインの戦乙女と名付けられた“ソレ”は、膨大な戦闘データを収集し、その対抗策を実現するための骨格が形成された。
しかし、それを実戦投入するにはひとつの課題が立ちはだかる。稼働エネルギー問題だ。
内部データの数値を実現させるために消費するエネルギーにして、平均稼働時間は三十秒にも満たないと実証実験の数値が現実だった。
戦場を知らぬまま、鋼鉄の処女は地下深くで眠り続けていた──だが今、その矛先を生みの親である武装企業に向けている。
彼らの開発した中でも最高傑作と銘打たれる第四世代型の機体は、独自のエネルギーフィールドによる防御機能を持つ。それと同時に、超音速加速による機体の損傷を補う形で他の世代を大きく凌駕していた。だがそれも中核を担う「アーマードビット」の情報処理速度次第だが──ラインの戦乙女には
技術検証プログラム──コードネーム《オルカ》。
それが“彼女”の固有名称。
《──聞こえますか、ナイルス。以上が、本社の持つ彼女の全てになります》
武装企業本社の廊下を四つ足で走る小さな獣の姿があった。赤い首輪を着けた白い毛並みの動物は、後を追いかけてくる女性オペレーターと距離をどんどん引き離して九番格納庫へ向かっていく。
ナイルス──武装企業役員ランク9。《イレギュラーナンバー》として与えられた彼は裏切り者として武装企業と交戦し、そして敗北した。収監され、治療を受けていた彼は出撃命令に治療室を飛び出して走る。
しかし、彼の愛機は浮遊要塞アンサーで軍事国家アゴウ国王親衛隊との交戦によって失われていた。“
──そのはずなのに、ナイルスの足は九番格納庫へ向けて駆け出して止まらなかった。
そこで見たものは、かつての白い死神の形をなぞった黒い機体。
《申し訳ありません。今の我々でも、かつての機体を再現することは不可能でした。ですが、その機体であれば貴方の操縦技術を存分に発揮できるはずです》
海中に没した機体を引き上げ、改修作業を急がせていた。しかし、それでも内部機構の再現までは不可能だった。
機体に接続された大型のケーブルからはエネルギー供給を受けているのか、赤いラインが鼓動のように脈打っている。背中のクロスバーニアは恐らくブラックハートのプロセッサユニットを模ったものなのだろう。しかしそれでも、全盛の機体より一回り大きく、機動力が落ちているとキャロラインから案内された。
搭乗しようとするナイルスの足が不意に宙を掻く。追いついた専属オペレーターであるフィオナが行かせないようにと抱きかかえていた。
「正気ですか、キャロライン! 彼の身体はもう」
《長くは保ちません。理解しています。それは彼が一番理解しているはずです。あの機体──ホワイトグリムを限界まで稼働させた代償です。穏やかな日々、穏やかな死。それは……貴方が望むものですか、ナイルス》
「それでも私達は、彼に生きていてほしいんです」
《残念ですが、彼の生きる場所は戦場以外にありません。“首輪付き”の生体ユニットである彼にはね。こちらで機体の最終調整は終わっています、搭乗してください》
フィオナの白い指に噛みついて、ナイルスは手からすり抜けると脚部ユニットから器用に操縦席に乗り込む。
「ナイルス──!」
「その機体に乗れば死ぬことになるぞ、わかっているのか!?」
スミカの叱責に、ナイルスは一度だけ振り返ると短い腕で敬礼した。迷うことなく搭乗する姿に二人はもう何も言えないまま、走り出す。
彼が戦場に向かうというのなら、自分たちのやるべきことは決まっている。
「キャロライン、私達の通信室は使えるか!」
《もちろんです。お急ぎください》
「帰ってきたら覚えていろ、ナイルス。貴様には死ぬほど説教をしてやるからな……!」
──懐かしい匂いがする。
ナイルスは、黒い機体に乗り込んでから真っ先に抱いた感想がそれだった。
ずっと寝たきりで、身体にはチューブが繋がれて、それでも心のどこかで戦火を求めてずっと燻っていた。身体が満たされても、心だけはずっと空虚で寒かった。寂しかった。
大空に羽ばたく翼が、たとえ蝋燭でも鋼鉄でも構わない。
──俺には戦場が必要なんだ。そこに言葉はいらない。
首輪に接続されるケーブルからチクリとした痛みが走る。
遅れて、視界に外の景色が映ると同時に機体各部の状態が網膜に転写された。
搭乗者に伝達ケーブルを接続することで得られる反応速度は機械制御だけではなし得ない生々しさがある。だからこそ、ナイルスはその感覚を“生きる実感”として得ていた。
格納庫の扉が開かれていく。そのままカタパルトデッキとして展開されると、そこでようやく外から差し込む光によって機体の全貌が明らかとなった。
鋭角的な機首を持つ大型外殻装甲に座る形でナイルスの機体は接続されている。一見すれば大型の戦闘機をも彷彿とさせただろう。ご丁寧に追加燃料まで搭載していた。
《──あぁ、そういえば。ナイルス、その機体ですが。まだ機体の名前が決まっていません》
「…………」
《そんなことはどうでもいいかもしれませんが、大事なことです。そうですね……》
わざとらしく考え込む素振りを見せるキャロラインに、ナイルスはじっと返事を待つ。
《では、その機体──戦場を焼き尽くす、黒い鳥……“ブラックバード”とでも呼称しましょうか。貴方の憧れであるブラックハートの名前ももじって、ね》
皮肉じみた名前を付けてくれる。──ナイルスはそう思った。
しかし、悪くない。小さくほくそ笑みながら、操縦桿を握る。
機体がロックされた状態から徐々にバーニアの噴射を強めていく。
《……ナイルス、お願いします。今は貴方だけが頼りです》
デッキのロックが外れると同時に、ナイルスの身体は激しいGに襲われた。
滑走路から発進した機体は畳んでいた主翼を展開する。前進翼と後進翼を重ね合わせた四枚羽は空を裂いて敵影に向けて一陣の風となり、羽ばたいていく。
──リーンボックス首都防衛軍は猛争モンスターをせき止め、黄金の頂周辺には武装企業の機体が複数配置されていた。エスーシャのソルジャー部隊も各地で民間人の避難と防衛戦を築いている。ニトロプラスちゃんだけは独自に遊撃手としてハンティングホラーと共に各地を駆け抜けていたが、一人と一匹の間に言葉はなく、意思疎通をする素振りもなかった。
言葉を交わすよりも先に相手が動く。だから互いに不満もなければ言葉もいらなかった。
《大アルゼブラ荒原に展開していた部隊がやられたらしい》
《敵機の上陸から三分経たずにか》
《本社からの情報では相手はあのラインの戦乙女だ》
《勝てるわけねぇよ! ノーカウントだ! 引き上げようぜ》
個性豊かな人工知能の弊害か。ため息をつくが、ニトロプラスちゃんはレイジング・ブルマキシカスタムに弾丸を装填しながら迫る猛争モンスターの群れに向けて銃口を突きつける。
「逃げるんだったら鋳潰されて銅像にでもされてなさい、ブリキ野郎」
自分でもなぜかわからない。こんな戦いの中に身を投じる理由は、そう多くないはずだ。
ベールに世話になった。リーンボックスの人々に世話になった。たったそれだけ。それに命を投じるなど、お人好しにも程がある。
──逃げない理由。それは、多分。預かった犬が、この場から逃げようとしないから。
きっと帰ってくると信じて手綱を握らせてくれているのだろう。
そんな気がしてならなかった。
「あんなヤツには勿体ないくらいの忠犬だこと……」
そして。
レイジング・ブルの銃口から放たれる弾丸が、何度目かの波状攻撃の迎撃を開始する合図となった。