超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──リーンボックスで始まる鋼鉄の織りなす戦場のオーケストラ。その中にひとつ、不協和音が混じっていた。
洋上より本土へ侵入した鋼の魔人《オルカ》は蜘蛛のような四脚を広げて着地すると、周辺の地形情報をスキャンする。同時に内部のシステム切り替えによってエネルギー供給効率を向上させ、内部機関の冷却も並列処理。排熱を済ませると再びメインブースターに点火する。
やや遅れて、“彼女”の頭部に響くアラート。超音速で迫る熱源反応は明らかにこちらを目指して一直線に飛行している。いや、果たしてそれは飛行と呼べるものだろうか?
時速二千㎞を優に越えている。飛行というよりも、最早それは“発射”されていると同義だ。
オルカの頭上を一瞬で通過したソレは、前進翼と後進翼の四枚の主翼を持ち、四基のジェットエンジンを持つ異形の戦闘機だった。
地上を舐めるソニックブームの衝撃波が僅かにオルカのシールドを減衰させる。
異形の戦闘機はジェットエンジンを切り離し、主翼の前後を入れ替えて速度を調整するとあり得ない軌道を描いて反転した。
機首が睨む異形の四脚。武装企業の執念が作り上げ、死産された鋼鉄の処女はそれを自らの宿敵と認識する。
“
再び反転して迫る黒い鳥を前に、予測地点に左肩のマイクロミサイルを放つ。誘導性は低いものの、面制圧力に向いた小型のロケットは、機体に触れることなく青空へ消えていった。
《敵機、シールド再展開! ナイルス、焦らないで確実に削って》
《とはいえこちらも弾薬に限度がある。その機体に近接装備は備わっていない、長期戦は不利になるぞ》
短期決戦は望むところ。──どちらにせよ身体は長く保たないことは知っている。奇跡でも起きない限り、この戦いから生還することは絶望的だ。
それを知っていてナイルスは機体に搭乗した。
黒い鳥本体を覆う戦闘機は武装企業の技術の粋を集めた鋼鉄のワタリガラス。一分足らずで各国を飛び回れる程の脅威をリーンボックスを防衛するためだけに使う。そうするだけの価値のある強敵だ。女神に匹敵する実力を持つであろう魔人。願ってもない相手だ。
機体の耐G性能は申し分ない。それどころか出処不明のエネルギーによって相殺されていた。まるで
戦場の空気が、息の詰まる緊張感が、心臓に刃を突きつけられて背筋が凍りついて思考が加速するあの感覚がどこか遠ざかることだけは唯一の不満だ。
あれだけが生きる実感を与えてくれるというのに。
《敵機反転!》
《アイツの目的は黄金の頂だ! 急げナイルス!》
相手もまた無人機。爆音と衝撃波を残してオルカの追跡を開始する。
機体の後部カメラに映る巨躯のメガミが三体。
たった一機、いや“一人”の機神を前に押されていた。
──願わくば、自分もあの戦場に立ちたかったと後ろ髪を引かれながらもナイルスはフルスロットルで機体を加速させる。
シャイニングソウルの二刀がダークグリーンの長槍を打ち払う。質量もさながら、出鱈目な実力の裏には、やはりシェアエネルギーがあった。信仰の力、あれほど望み、今となっては疎ましい力に暗黒星くろめが歯噛みする。だがダークメガミを倒すまでには至らない。
そう高を括っていたくろめの前で、シャイニングソウルに異変が起きた。
《──
シュミクラム。電子戦闘用機体の呼称。仮想現実で活動する電脳国家の職員たちのサポートを受けてこそ十全の機能を発揮する発明品は、今やその使い手をアルシュベイトただ一人残すばかりとなった。
“
あまりにも
だがアルシュベイトは違う。軍事国家国王にして最強の座に君臨する鋼の英雄。電脳国家国王と親睦を深めていたのは憐憫の情からなどでは決してない。
琴霧ソラには、自らの弱さを認めるだけの強さがあった。背中を押す臆病風に吹かれても尚、王座を投げ出す真似はせずに留まり続けたことは知っている。時折弱音を吐くこともあった。だがそれでも、自分に与えられた役割からだけは逃げなかった。──誰よりも速く動けるはずの彼の末路がそのせいだったとアルシュベイトは悔やんでも悔やみきれない。
──もしも自分に、翼があったなら。
──もしも自分が、誰よりも速かったのなら。
──ただ一人、あの場に残った親友を助けることができたのか。
今は違う。親友から譲り受けた鋼鉄の翼がある。
《いつまでも貴様らなんぞと遊んでもいられん。ここで沈める》
「沈める? 君一人で何ができるんだ。今もそうして互角に渡り合うのがやっと──」
《俺は一人で戦ってなどいない》
「ゲイムギョウ界で戦っているみんながいる、なんて青臭いこと言わないだろうね?」
《無論だ。今の俺は、琴霧ソラから譲り受けた武器がある。プレジレントの愛したリーンボックスを背負って立っている。だが何よりも──俺の好敵手に任された。“最強”の名を信じたアイツの、エヌラスからの信頼を裏切るわけにはいかんッ!》
──アルシュベイト。僕は君等のように強いわけじゃない。あぁ、大丈夫。別に卑屈になっているわけじゃない。
──ただ僕が立つべき戦場が君の隣じゃないだけのこと。……エヌラスの隣でもない。
──君たちの後ろに立って、背中を見ることしかできないけど、サボってるわけじゃないよ。
──“情報”だ。僕のようなインテリが血を流すことなく手にすることができる唯一の“武器”だ。僕はそれを集める。徹底的に。
──君も機械の身体になれたのなら、きっと世界が広がるよ。
──
自分の身体が、まだ生身だった頃。琴霧ソラは開いたばかりの喫茶店でそう語ってくれた。あの頃はまだソラの話を笑って聞いていたものだと思い出す。
だが今ならばその言葉の真意が理解できる。
機械の身体を得た今ならば。脳髄と脊髄の代替品、その情報処理速度はかつての脳では考えられないほどの快適性を得た。
《今ここに立っている俺は、電脳国家の武器庫へのアクセス権を譲渡された軍事国家アゴウ国王だ! 貴様が“絶望”を叩きつけるというのなら、俺は“輝望”となって貴様を灼き尽くすッ!
シャイニングソウルの周囲に浮かび上がる青いスクリーンには無数の数列が並ぶ。
《キャロライン、“
『既にスタンバイ済みです。アンジー、いいですね』
《問題ありません、どうぞ》
ゲイムギョウ界の遥か上空、宇宙に浮かぶ人工衛星。プレジレントの秘密基地へのアクセス権を付与されたキャロラインはサポート人工知能であるアンジーを打ち上げた。内部にサーバーを押し込み、来るべき時のために備えて。
結果として、今はアルシュベイトの保有する馬鹿げた量のデータ通信負荷を請け負う形になってしまったが、キャロラインはその情報量を興味深そうに見つめる。
電脳国家インタースカイが保有する電脳武装の鍵を開けたシャイニングソウルが飛翔する。
アルシュベイトは唯一、変神しても飛行能力を有さない。腰部の跳躍ユニットによる燃焼剤をシェアエネルギーで代用することで無限飛行も可能だが、決して空を戦場にすることはなかった。
ダークグリーンめがけて一直線に飛び立つシャイニングソウルを貫かんとする一閃。巨大な長槍を紙一重で躱した手には、抱えるほどの軍槍が携えられていた。
これは、琴霧ソラが“再現”した電脳武装の一つ。
《──“
全長三.四メートル。柄だけで一メートル以上あるスピアは、刀身そのものを撃ち出す。電磁加速によって放たれたそれは、質量を伴い光速で敵を穿つ稲光となってダークグリーンの頭部に直撃した。無論、それがただの武装であればただの脅威でしかない。
だがシャイニングソウルはそこへシェアエネルギーを上乗せした。信仰を捧げた槍は悪き女神に躊躇いもなく損傷を与えている。
ダークグリーンの苦悶の声が、怨嗟のように大空に響いた。
装弾数一発限りの使い捨て、兵器としては博打が過ぎるために日の目を見ないそれは、だがシェアエネルギーさえあれば神をも堕とす雷となる。故に使い手は、神格者のみ。そしてその目標もまた、神格者。──あるいは守護女神。
直撃を受けたダークグリーンは割れたバイザーの左眼を押さえて悶えている。シャイニングソウルは躊躇なく弾薬の尽きたスレイブニルを廃棄した。
電子の翼を背負って。
《行くぞ、戦友。お前から借り受けたこの翼で、共に戦おう》