超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「おバカ」
──それは、まったく予想しない角度から飛んできた罵倒。
驚きながら振り返れば、そこには呆れて肩を落とすブラックシスター。
「ゆ、ユニちゃん?」
「なに?」
「えっと、急にどうしたの?」
「このおバカ。はぁ……別次元のネプギアって言っても、やっぱり根っこは同じなのね」
「……もしかして私、怒られてる?」
クロギア含めて。
「さっきから後ろで聞いてれば好き勝手言って凹んで嘆いてメソメソして! 何があったのかなんていちいち聞かないわ! クロギア!」
「な、なに?」
「アタシが誰だか言ってみなさい!」
困惑し、目を泳がせながらもカオスシスターが口を開く。
「ユニちゃん……?」
「そっちの二人が誰かわかる?」
「……ロムちゃんと、ラムちゃん」
「わかってるならいいの。それで? なんでまたアタシ達と戦わないといけないわけ? そんなに仲が悪かったのかしら、そっちのアタシ達と」
「そんなわけ「じゃあ今すぐやめなさい!」」
否定する言葉を遮るようにブラックシスターが怒鳴ると、わずかに静寂な時間が流れた。
「アンタが感情的になるのもわかる。感傷に浸るのも理解できる。でも、戦うのは違うでしょ! 今のアンタがやってること、ただの八つ当たりじゃない! 自分がいたゲイムギョウ界は救えなかった! 私はずっと独りなんだ! 誰も教えてくれない、何も言ってくれない、わかんないって言いながらその魔剣と女神の力振り回してるだけの駄々っ子。こっちのネプギアが羨ましいならそう言いなさいよ!
アンタが別次元のネプギアだったとしても、アタシ達友達でしょう!
頼りなさいよ! 抱えて押し潰されるくらいなら、その荷物分けなさいよ!」
──見ていて腹が立つ。それがブラックシスターの本音だ。
見覚えがあるから。似ても似つかないのに、どうしても脳裏をよぎるから。
あの人が──エヌラスが。
大魔導師に囚われの身となった自分を救おうと必死になっていたあの人を思い出すから。
あんな風になってほしくない。可愛げがないくらい強いあの人みたいに、ボロボロになっても踏ん張って前に進むような姿、自分が友達だったら絶対に止める。
だから今。
ここで絶対にクロギアの凶行を止めてみせる。
──アタシの、大切な友達。
「クロギア、正直言ってアンタに勝てる自信があんまりないわ。でもそれ以上に、今のゲイムギョウ界は窮地に追い込まれてる。アンタの力が必要なの」
「……、無理だよ。だって私」
「まだ言うの?」
ブラックシスターが近づくのを、カオスシスターはゲハバーンを突きつけて止めようとする。だが、止まらなかった。
「お願い、来ないで。ユニちゃん……おねがいだから……!」
俯き、震える声で。光る涙がこぼれ落ちるのを見て──。
刃を素通りして、ブラックシスターはカオスシスターを抱きしめた。
「無理でもなんでも手伝いなさい。それでもダメなら、その時はその時よ」
「……でも」
「でもじゃない。なんのためにそんな剣を手にしたの? ゲイムギョウ界を救うためでしょう? なら、今度こそ守ってみせなさい。アタシ達のいるゲイムギョウ界を。そうしたら泣き言なんかいくらでも聞いてあげるんだから」
行き場を失ったゲハバーンが。ネプギア達の接近を阻んでいたプロセッサビットの銃口が。下を向く。
カオスシスターに接近したホワイトシスターの二人は、その頭に手を置いて撫で始めた。
「そうよ。今はクロギアひとりじゃないんだから」
「向こうのわたし達のお話も、聞いてみたい。なでなで」
「ロムちゃん……ラムちゃん……──、」
喉の奥から、腹の底からこみ上げてくる感情がこらえきれず瞳を濡らす。とめどなく溢れてくる熱い涙に、しきりに繰り返される謝罪の言葉。それを聞きながら、落ち着くまでの間ずっと三人はカオスシスターのそばにいた。
「──落ち着いた? クロギア」
「……うん。ありがとう、ユニちゃん」
「なんだか変な感じね。二人のネプギアから名前を呼ばれるの」
外の状況はシェアリングフィールドに覆われた空間からではわからない。しかし、今も外ではアルシュベイトがダークメガミと交戦しているはずだ。
「シェアリングフィールドを解除と同時にダークメガミを各個撃破。アルシュベイトさんでも流石に手こずっているはずよ」
「そ、そうかなぁ。もしかしたら倒してそうなんだけど……」
「そんなはずないでしょ。見たじゃない、あの巨体。倒せたとしても一体くらいでしょ?」
「…………」
「手こずっているはずよね?」
だんだん自信がなくなってきたブラックシスターの問いに、パープルシスターは答えない。
なぜなら負けるビジョンが思い浮かばないからだ。
「……、あの」
おずおずと尋ねてくるカオスシスターに向き直る。
「えっと……本当に、いいの?」
「もう、しつこい。いいったらいいの。わかったらアタシ達と一緒に戦うわよ」
「……うん。ありがと、ユニちゃん」
(ちょっと強引だったかな……)
気にかかりながらも、目配せするとシェアリングフィールドを解除する。
迫るダークメガミとの戦闘に備えて──。
──ゲイムギョウ界の空を紅く覆う、鮮血の魔法円に目を丸くした。
戦うことを想定していたダークメガミの姿はなく、困惑するブラックシスター達をよそにゲイムギョウ界のあちこちで戦火が上がっている。なによりも桁違いの衝撃波を放つ姿に目を向ければ、そこにはシャイニングソウルがいた。
敵は──デッドエンドソウル。絶望の邪神。
シェアリングフィールドの解除を目視したからか、通信が飛んでくる。
《こちらアルシュベイト! ネプギア、そちらはどうなった》
「私たちなら大丈夫です。一緒に戦えます!」
「ダークメガミはどうなったの?」
《全部倒した! あとはコイツだ!》
「……三体いませんでした? 全部?」
《全部だ。すまんが手加減している場合ではなかったのでなチェストォォォオオオッ!!!》
──ズゴォンッ!
気の所為でなければ山がえぐれた気がする。
「あの人ラスボス圧倒してるんだけど、どうなってるの?」
「私に聞かれても……」
《コイツは俺がどうとでもする! そちらは空の魔法円を頼めるか!》
「空の──あの、真っ赤な魔法ですか?」
あまりにも巨大な方陣に描かれている魔術文字は見つめているだけで気分が悪くなった。ホワイトシスターの二人は形容しがたい嫌悪感に身体を震わせる。
「……な、なにあれ」
「こわいよぅ……」
それを見たカオスシスターの顔から血の気が引いていた。
「──虚数、展開……」
「え?」
「……機神の召喚魔法です。私がいた、ゲイムギョウ界は──アレに、壊されて……」
守れなかった。歯が立たなかった。なにもできなかった。
そしてなにもなくなってしまったのだから──。
アレから産み落とされる機神は破壊の神。ただ存在するだけで全てを破壊する機械仕掛けの神。決して止まることなく、決して朽ちることなく、次元を滅ぼすためだけに存在と消滅を繰り返す。
カオスシスターの顔が恐怖で凍りつく。その背中を叩いてブラックシスターが頷いた。
「ひとりじゃ止められなかったけど、今はアタシ達がいるもの。行くわよクロギア!」
「──うん」
恐怖を呑み込む。
あの日、あの時。ゲハバーンを手にすることを選んだことで永遠に喪った友達に再び囲まれてカオスシスターは飛び立つ。
それに続くようにパープルシスターも翼を広げた。
盗み見るデッドエンドソウルが舌打ちをこぼす。その反応を見るに、どうやら当たりらしい。シャイニングソウルの兵装は実弾がメイン、光学兵器もあるが、どちらにしろ魔力を有した兵装は皆無に等しい。
だがこれまで大魔導師を相手にしても一歩も引かずに戦うことを可能としてきたのはいつだって己の意志だ。五体満足に武器一本、武装完了。そこに鋼鉄の四肢があれば他に何を求めようか。
如何なる魔術であろうとも、その術師が己より強靭であるとは限らない。ならばそこを突くのみだ。至極単純明快な話。
《どうやらゲハバーンを手元に置いておきたい理由は、アレのようだな。貴様が用意した絶望の脚本通りに事が運ばない可能性があるからと》
「チッ。嗚呼その通りだ。アレは仮にも魔剣だ。守護女神の命を吸収する、そしてアイツが持つゲハバーンはすでに完全体と言える」
《だが妙な話だな。なぜネプギアと瓜二つの魔人なのだ》
「それをお前が知る必要はない──偽典解放」
指を鳴らす。それと同時に殺戮院・凶魔がおびただしい血を垂らしながら棺を開いた。
その中から取り出されたのは一冊の魔導書。邪気と瘴気を放つそれに、デッドエンドソウルは左眼の黄金瞳で一瞥する。
「之なるは──かつて彼方の青き星にて、絶望と死闘を演じた一柱の神だ。お前の相手をするには十分だろう」
《させるとでも?》
シャイニングソウルが踏み込む。跳躍ユニットの推進力と合わせた速度は獣のように瞬く間に距離を詰めた。魔導書もろとも切り捨てようとする腹づもりだったが、デッドエンドソウルはそれを、自らの背後に投げ捨てると同時に直上に飛び上がる。
空振り、視線を上にしようとして魔導書から脈動の気配を感じ取った。シャイニングソウルの目の前で魔導書を包むように地面が盛り上がる。
《……これは》
魔術の使えないアルシュベイトでも魔術に関する知識だけは聞きかじったことがあった。それは魔術における基礎の応用術。一種の使い魔。
土人形。ゴーレム。傀儡など様々な呼び名はあれど原理を辿れば全て同一の物。
魔力で動く人形。その核となる物は強力であればあるほどに良い。──機神の右腕を核としていたエヌラスもまた同様に。
シャイニングソウルの巨体に見合う体格。巌のように深く刻まれた皺、荒削りの彫刻の如く波打つ体躯を押し上げて睨みつけてくる。その顔もまた大樹の如くしわがれていた。
土塊が人の形を作ると、その表面が白く濁り始める。蛹から羽化した虫のように表皮が硬化していくと、肩が大きく盛り上がった。
腕。巨腕がさらに一対。その副腕に、見知った属性を纏わせていた。
──それは、四本腕の邪神。
その中枢に据えられた魔導書の名を「カルナマゴスの遺言・血液言語版」であることをアルシュベイトは知る由もない。
かつて、遠き青の星でエヌラスと死闘を演じた邪神──