超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
軍曹──帽子をかぶっているから“ハッター”軍曹と呼ばれていた彼は、ゴッドフリートの結成以前より活動していた。モンスター討伐、猛争モンスターとの戦いが激しさを増す中でも変わらず最前線で戦績を残している。
実地試験教官として、彼は数多の精鋭を送り出してきた。
シロトラもそんな一人である。
《いい腕だ! シロトラの教え子だけはある!》
「このー!」
大ネプテューヌがハンドガンを連射するが、それをハエでも落とすかのようにトンファーで残らず叩き落としていた。
レオルドはティアダウナーで切り掛かるが、重量級の武器である以上どうしても振りが大きくなる。その前隙にすかさず蹴りが飛んできた。
押し返すようなドロップキックにたまらず後ろへ退がる。そこへ、二人を散らすように短機関銃を撃ち込んできた。
大きく迂回してヴォルペ突撃銃で射撃するが、最小限の動きで躱される。運動性能も反応速度も速い。それでいて装甲も平均以上。弱点らしい弱点は遠距離攻撃の決め手に欠けることか。
相手の武装からそう判断したレオルドは、ヴォルペ突撃銃の残弾に気を配る。共通規格の弾丸と言えど、積み込んだ弾薬には限りがあった。
シロトラと戦う前に弾切れ、なんてことになりかねない。弾薬の消費は抑えておきたいのがレオルドの本音だ。
《レオルド。お前は何のためにシロトラに戦いを挑むんだ》
《理由を明かせば通してくれますか》
《そいつは理由次第だ。アイツは強い。見違えるほど強くなった》
知っている。あの人がどんなに強いのかは。
仲間たちが死力を尽くした。それに匹敵する性能を出せなければ勝てない。
《俺は、守護女神近衛機兵団の団長です。他の仲間は、もういません》
「…………」
大ネプテューヌも知っている。自分たちを逃がすためにレオルドの仲間たちは残った。
《俺が最後の生き残りです。シロトラ教官と同じように》
《それで?》
《うまく言えませんけれど……俺は教官を止めたい》
《何のためだ》
《女神様のため。プラネテューヌのため。俺自身の踏ん切りをつけるために》
《奇遇だな。それはアイツも同じだ》
今は亡きプラネテューヌのために。女神オレンジハートのために。自分自身の信仰のために。
だが、軍曹は鼻で笑った。
《よく似てるよ。昔のアイツそっくりだ。そしてシロトラは、今もそうだ。何も変わっちゃいない。アイツ自身は》
《なら、どうして俺達に刃を向けるんですか》
《女神オレンジハート様のプラネテューヌは、もうなくなっちまった。だからアイツはそれを再興したいんだ。そのためなら世界の全てを敵に回す覚悟だよ》
「そんなことができるの?」
《できるさ。だが、時代は変わった。オレ達の時代は、もう終わったんだ。なのにアイツはずっとしがらみに縛られている。まだ夢を見て突っ走ってる》
大バカ野郎さ。そう呟いて、軍曹はテンガロンハットで目元を隠した。自分の教え子が間違った道を走り続けている様を見守ることしかできない。誰かが止めてくれることを願っている。
「なら、軍曹が止めてあげたらいいんじゃないの?」
《レディ、残念だがそれは出来ない相談だ。オレは所詮、過去の遺物。記憶の残滓、あるいは夢の存在。今のアイツには到底敵わない。だから、“今”の出来事は、今の誰かが解決しなきゃな》
《……軍曹さんは、いい人ですね。黒薔薇三姉妹さんも、いい人達でした。シロトラ教官はこんなにも仲間に恵まれていたんすね。初めて知りました》
《ああ、そうさ。アイツはみんなにかわいがられていた。オレの自慢の相棒で、オレの自慢の教え子だ──だから、レオルド。アイツを止められる覚悟を見せてくれ。
未来を掴み取るのは、今のお前たちが相応しい》
──敵わないだろうな、と思った。自分自身を過去の遺物と言いながら、全く遜色ないレベルだ。
流石は「革新する紫の大地」。過去の技術とはいえ一線級だ。本気で勝負をしたら勝ち目などないだろう。
それでも。
《……大ネプさん。少し離れていてください。五秒だけ本気出します》
「大丈夫なの?」
《えっと……もしかすると人体に有害かもしれないので》
「オッケー離れるね!」
ダッシュしてものすごい勢いで遠ざかる大ネプテューヌが岩陰に隠れ「もーいーよー!」と声を張り上げる。──そんなに離れなくてもいいのに。レオルドはちょっと凹んだ。
《ここはひとつ、男らしく一撃勝負で決めようか》
《望むところです──そして、ありがとうございます》
《長丁場は趣味じゃないだけさ》
軍曹は両腕のトンファーにエネルギーを纏わせる。
レオルドはシステム解放と同時に突撃加速装置を点火、ティアダウナーを握り込む。
全身を使って振り抜く回転斬りに合わせて軍曹は打ち込んできた。双方のエネルギーがぶつかり合い、行き場を失ったスパークが二人を照らす。
膠着状態が一秒、二秒と続いた。突撃加速装置を切り、腰部ブースターを逆噴射に切り替えてトンファーをいなす。しかし、軍曹はトンファーの手応えからフェイントを読んでいた。
回し蹴りがレオルドの頭部に迫る。だがそこにあったはずの頭は足をかい潜っていた。足を下から持ち上げる形で軍曹の体勢を崩すと、ティアダウナーを突きつける。それでも素早く短機関銃の照準を合わせていた。
システムを解除したレオルドの全身から緑色の粒子が消えていく。予定時間を超過した。六秒。
《オーケィ、オーケーだ。行けよ、レオルド》
《いいんですか?》
《その全力はオレなんかに使い切るべきじゃない。思い切りぶつけてこい!》
《……ありがとうございます! 大ネプさん、先に行ってます!》
先行する背中を見送っている間に、大ネプテューヌが走って軍曹の隣に戻ってきた。
「どうかした?」
《レディ。アンタは行かない方がいい。ただの人間が向かうには危険すぎる場所だ》
「う~ん、気遣いはありがたいんだけど、わたしにも行かなきゃいけない理由があるんだよね。クロちゃん連れ戻さないといけなくってさ」
《そうかい。なら約束してくれ。男同士の勝負に首を突っ込まないって》
「それはもちろん。そこまで野暮なことしないよー」
お礼を言いながらレオルドを追いかける大ネプテューヌの姿が見えなくなってから、軍曹は自分の右腕に視線を落とした。
関節部からエラーが吐き出されている。もしあのまま勝負を続けていたら、お互い無事ではなかっただろう。トンファーにも亀裂が走っている。
《オレも年かな。いい教え子に恵まれたじゃないか、シロトラ──オレと同じように》
──心次元へ戻ってきたくろめは苛立たしく壁を殴りつけた。
あの神格者がいなければ全て上手くいっていたはずなのに。あの機械人形がいなければ。
あの邪神さえいなければ、あんな奴が超次元に来ることはなかったのに──!
「くそ!」
そうすれば、女神のいないゲイムギョウ界なんて容易く落とせたはずなのに。
そうなっていれば、今頃は崩壊していく様を見て溜飲を下げていたのに。
「っ……!」
どうして。
どうしていつも。いつもいつも邪魔ばかり入るのか。
どいつもこいつも──!
くろめが激情を露わに歯ぎしりする。自分を落ち着かせようと息を吸い込むと、視界の端に人影が見えた。正確には人ではなかったが。
心次元の中心に浮かぶ巨大なシェアクリスタルを見つめている機械の姿に、大きく舌打ちをこぼす。うずめの追撃任務を命じてから姿を見せなかった役立たずの背中だ。
「そこで君は何をしているんだ」
腹立たしげに声を掛けるくろめに、しかし反応はない。ますます腹を立てる。
「聞こえてるんだろう! なんとか言ったら──」
ようやくその声が届いたのか、やけに遅く振り返ったシロトラの姿はくろめの言葉を詰まらせるのに十分過ぎた。
《────》
何も言わない。何も答えない。ただ立っている。振り向いて、真っ直ぐに自分を見つめてくる姿は異様に不気味な雰囲気を醸し出していた。
純白の騎士はまるで爆弾でも抱えていたかのようにボロボロになっている。特に損害が酷いのは内部構造が見えるほど抉られた胴体だ。頭部のアイラインも割れている。五体無事なのが不思議なほどだった。
唯一の武器である右手の大型複合武器であるブルースザッパーだけは損害が見られない。
ただ、無言でジッと見つめている。それだけのはずなのに。
──くろめは自分の背筋を冷たいものが駆け抜ける感覚に襲われた。逃げなければ、と不意に考えるほど。
シロトラの身体から黒いオーラが漏れ出す。それはよく見知ったネガティブエネルギーだった。
頭が痛む。内側から叩かれている不快感に顔をしかめる。
「なんで、その力を……」
シロトラは答えない。ただ猛争エネルギーが全身を覆って黒く染め上げていく。
純白の騎士は、漆黒の狂戦士となって暗黒星くろめの前に立ちはだかった。
《……我々女神護衛艦隊ゴッドフリートが何のために結成されたか、お忘れですか。うずめ様》
「そんな記憶、とっくに忘れたよ」
《俺や。他の仲間たちは激化するモンスターとの戦闘に合わせた強化プランで設計されました。全てはプラネテューヌのため。女神オレンジハート様のために──》
「だったら、今すぐにでも──」
《だが奴らは裏切った。許してはおけない。生かしておく理由もない! 反逆者共め──反国民共めッ! 貴様らの裏切りは万死に値する!》
それは。
──それは、暗黒星くろめが後ずさりするほどの信仰だった。狂信。妄信──猛信の産物。
「……キミは、なにを言っているんだ?」
《女神に生かされている分際で! 貴様らにはプラネテューヌの土を踏む資格などない!》
「っ──そうだ……その、姿は──!」
ずっと記憶の深淵に封じ込めていた。
間違いない。
《うずめ様。ご安心ください。俺は、貴方の敵である
「……キミは壊れているんじゃないのか?」
《いいえ》
「ならキミは、きっと狂っているんだ」
《いいえ》
シロトラは静かに首を横に振った。全身を覆うオーラを一層禍々しく揺らしながら。
《俺は狂ってなどいません。そして、間違ってもいません。だってそうでしょう? プラネテューヌの守護女神であるオレンジハート様を崇拝し、敬愛し、信仰しているのですから》
「……救いようがないな」
《うずめ様。
ただ静かに。穏やかな口ぶりなのが余計に恐ろしかった。
《……何をしているんだ、と。貴方は聞きましたね。遅ればせながら、お答えします》
ブルースザッパーを持ち上げ、エネルギーを充填する。
その銃口が向けられた先は──。
《俺は、貴方のためのプラネテューヌを再興します。そのために、まず──貴方を殺します》
「────」
《ご安心ください。抜かりはありません。貴方が、貴方を生み出したように。俺の信仰が、貴方を生み出すはずです》
今度こそ、くろめは恐怖で身体が凍りついた。
シロトラの銃口の先には、心次元を繋ぎ止めるシェアクリスタルがあった。
《もう二度と。誰にも。貴方を忘れさせない。
くろめの制止する声をかき消すように、黒い閃光が輝くシェアクリスタルを撃ち抜く。