超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──暗黒星くろめの記憶にある当時のプラネテューヌは、自分を「黒歴史」として国民達が封印しようとした忌まわしいものだった。その判断は間違いではない。こんなにも恐ろしい怪物を生み出してしまったのだから。
暴走する妄想具現化能力によって歪められた現実を修正する度に猛争モンスターが現れた。
それを討伐するために技術者達が作り上げたのが人格を搭載した機械兵。それは目覚ましい活躍を見せた。
彼らには共通した、とあるプログラムが組み込まれている。
女神に対する絶対服従。すなわち「信仰心」。女神に歯向かわないための防衛策。──そのはずだった。
事件が起きた。彼らの信仰心というプログラムが、反女神派に対して牙を剥いた。
ネガティヴエネルギーと猛争モンスター達との戦いで、彼らは学習してしまった──“これ”は敵対勢力である、と。
女神を信仰しない勢力を敵と認識してしまった一部の機体が離反。その対応に追われたゴッドフリート、そして女神オレンジハート。
妄想具現化能力の制御もままならない日々。改善に努めていたが成果は上がらず、しかし時間は待ってくれない。
やがてプラネテューヌの国民達は女神を封印した。──忌まわしい黒歴史として。
それが暗黒星くろめの記憶にある、かつてのプラネテューヌ。だから復讐を誓った。
心次元を繋ぎ留めている巨大なシェアクリスタルに亀裂が走る。それは少しずつ広がり、やがてクリスタルが砕けた。大小様々な破片は宙を漂い、しかしかろうじて形を保っている。
くろめが心次元にいるモンスター達に号令を出す。あの機械人形を倒せと。しかし、有象無象のモンスター達では到底手に負えなかった。壊れかけの機械ひとり止められない。
《貴方の持つ妄想具現化能力は恐ろしい力です。そのせいでプラネテューヌの中には疎ましく思う人間がいたのも事実。使い方を誤らなければこれほど強力な能力もないでしょう》
「つまりキミが使っているのも、同じ能力だとでも?」
《おおむねそうだと言えるでしょう》
「なるほど。だけどお忘れかな? ──ここはオレの世界だ! 森羅万象全てが思いのまま!」
超次元での雪辱を晴らすかのようにダークメガミを再び顕現させる。
そしてさらに、もう一体。
「異次元の女神の力を統合し、結集させたダークメガミ。これにオレ自身を融合させる! これこそが究極のダークメガミだ!」
ダークオレンジ──圧倒的な存在感と質量を見上げ、虫けらのように小さなシロトラは何を思ったか、頭を下げた。
《ありがとうございます。うずめ様、やはり貴方はお優しい方だ》
何を世迷言を。
その声には心からの敬服が感じられた。この信徒からの崇拝と敬愛の情念は本物だ。
《そのままでは俺の剣が鈍るからと、姿を変えていただけるとは。感服いたしました》
ですが──そう区切るシロトラの全身から溢れ出る。
《ですが、残念ながら。貴方では俺に勝つことはできない。俺は女神を抹殺するために作られた機体です》
『なら試してみるといい! 貴様のような時代遅れが通用するかどうか!』
《了解。他ならぬ貴方からの命令とあれば、ご覧にいれましょう──お覚悟を》
ダークオレンンジが腕を振り上げると追従する形で背負っている戦斧が動き出した。
《──貴方を殺すためだけに俺は造られました》
空を裂く巨大な質量が振り下ろされる。それをシロトラは避けなかった。
その手応えに妙な感触を覚え、くろめは眉をひそめる。
《貴方の持つ妄想具現化能力。生み出される猛争モンスター。それらから、当時の反女神派はひとつの着想を得ました。「あの
『なッ……!?』
《そうして俺は造られました。貴方が生み出す妄想の産物から少しずつ、確実に具現化能力を取り込んで、繰り返すうちに貴方の妄想具現化能力を凌駕するほどに》
ダークオレンジの戦斧を受け止めたシロトラは、心もとない大地に根を張っていた。右手に持つブルースザッパーで弾き返す。
《夢見がちな貴方が見るのは決して良い夢だけではない──悪夢を見せれば、やがて制御できない妄想で自滅する。それが反女神派勢力の考えでした。結果はお分かりですね? 貴方自身が、よく覚えているはずです》
『貴様……、貴様がッ!!!』
《ご安心ください、うずめ様。貴方の望みである復讐は、俺が必ず完遂します。ゲイムギョウ界を。貴方を忘れ去ったプラネテューヌを俺の手で滅ぼすことで──貴方から簒奪したこの妄想具現化能力で!》
何もかもうまくいかなかった。すべてが裏目に出た。どこからそんな日々になってしまったのかさえ、今となっては思い出せない。だが、それが反女神派の思惑通りであったことにくろめは今更ながら腹を立てた。
そしてそれが、自分自身に忠誠を誓い、あまつさえ信仰心を隠さない最後の信徒である目の前の出来事が受け入れられない。
《ここは貴方の夢の中だ。すべてが貴方の思い通りだ。だがそれは、俺にとっても同じこと──貴方の夢想を、俺の悪夢で塗り潰す!》
シロトラを覆うネガティブエネルギーが濃霧となって広がっていく。
壊れた足場が。崩壊した世界が。心次元を侵蝕していくネガティブエネルギーはやがて形を成していった。
それは──かつてのプラネテューヌ。
超次元ほど文明が発達していなかったが、当時は最先端をいっていた栄華の象徴。
『……やめろ』
《俺は忘れない。俺はもう二度と忘れない。あの日、あの時、あの場所で──貴方が自分を封印させたことを》
ダークオレンジの中から、絞り出すような声が響いた。
おぼろげな輪郭がプラネテューヌの住民を形作っていく。
『……やめろ!!』
《何故ですか。あの時貴方は、あんなにも願っていたはず》
明確な拒絶反応と共に、叫んでいた。
笑っていた。幸せそうに。
“それ”はもう、二度と自分に向けられることのない笑顔だとわかっている。
『いまさら……今更、そんなものをオレに見せるなァァァアアアアッ!!!』
悪い夢だ。
こんなのは、全部が全部、悪い夢だ。
復讐を誓った。自分を拒絶したプラネテューヌに。
忌まわしき黒歴史として扱った世界に。
ダークオレンジが巨大な腕を振り上げる。それだけで街は壊れる。そうするだけでこの妄想は崩れ去る──だが見てしまった。
自分を見上げるプラネテューヌの住民たちの心温かい笑顔を。
作り物だとわかっている。シロトラの記憶から作られた妄想の産物だ。
だから理解できてしまう──アレは本当に、心の底から自分がみんなに愛される女神としての世界を望んでいるのだと。
躊躇した。わかっている。頭では理解している、そのはずなのに。あれほど復讐を望み、願い、誓ったのは自分なのに。それでも無辜の民に力を向けることを本能的に避けてしまった。
『貴様が──貴様さえ、いなければ!!!』
そしてその矛先を向けるべき相手を視認する。
《──貴方さえいなければ。俺は思い出すことはありませんでしたよ》
黒き狂信者は、再現されたプラネタワーの頂上に立っていた。
ダークオレンジの拳を避け、顔面に投げつけるのはエネルギーナパーム。空中で姿勢を変えると、ブルースザッパーをサーフィンボード代わりに宙を駆ける。
至近距離で連続起爆する光学武装に目をくらませた隙に、シロトラは十分な高度と距離を保ちながら射撃を繰り返した。一撃離脱。
《そして貴方は、アレほど憎み、恨んでいるはずの世界を目の当たりにしても自らの手を下すことなく終わらせようとしている──貴方は優しい御方だ》
『黙れ、黙れ黙れ黙れぇぇええええっ!!!』
激昂するダークオレンジが伸ばす手をかいくぐり、隙を見て射撃と手榴弾で距離を稼ぐシロトラ。武装はブルースザッパー頼りだが、問題はその複合兵装の性能にある。あまりにも合理的過ぎた。余りにも理想的過ぎた。これひとつで遠近両用、すべてが賄えた。それはある種の到達点であり、それ以上の成長が見込めないことを意味する。
──“完璧”であることを技術者は求めても叶えてはならない。
それゆえ、開発者たちは意図的に避けた。ブルースザッパーの性能を追求することを。
後にそれが、パープルシスターの持つ武装の原型となったことはただの偶然だ。
『貴様はなにが目的だ! いったい何を目的にオレに近づいた! 何故オレにこだわる! オレが命じれば貴様は世界を滅ぼしてくれるんだろう!?』
《貴方が“搾りかす”と呼ぶ、もうひとりのうずめ様。アレこそ俺の覚えている女神の姿だ。だが俺が信仰すべき女神は貴方だ──暗黒星くろめ様。そうでしょう? 貴方をそんな姿にしたのは他ならない反女神勢力に作られた俺なのだから》
宙を駆けるシロトラはバレルロールから急反転するとブルースザッパーに巨大なエネルギー刃を纏わせて振り抜いた。それはダークオレンジの肩に浮かぶダークメガミ武器を粉砕する。
本来であればそれは、ビーム出力を推進力にした突撃戦法「ブルースライダー」として彼らの必殺技に数えられる。同時に「ラジカル・ザッパー」を展開することは理論上不可能とされた。
《俺の目的ですか? 最初にお答えしたとおりです──女神の抹殺。それが俺の存在理由です。対象は女神オレンジハートただ一人》
『ッ──! 貴様は、自分が信仰している女神に楯突く気なのか!』
《いいえ。俺は貴方を救いたい。これは嘘偽りのない本心です》
『救う? 救うだって? オレを救済することなんて、出来るはずがないだろう!』
《可能です。俺の妄想具現化能力があれば》
長槍が。大剣が。太刀が。ダークオレンジの放つ光弾が激しさを増す。それは心次元に浮かぶ足場を砕いていき、こころもとなかった世界がますます殺風景に変わっていった。飛び交う破片を避けていたシロトラが着地すると、砲撃形態に変形させたブルースザッパーを構える。
くろめ──ダークオレンジはシロトラの周囲に足場がないことを確認した。だが、その背後には心次元を繋ぎ止める心臓部であるシェアクリスタルが浮かんでいる。
ただ逃げ回っていたのではない。自分に意識を集中させることでこの場に誘い込むために走り回っていたのだ。
『く、ッ──ああああぁぁぁ……!』
自分の内側。心臓が軋む感覚にくろめが苦悶の声を挙げる。当然だ。シロトラはネガティブエネルギーを動力源にしている。その妄想具現化能力の余波をむき出しの心臓に浴びせられているのだから。もはやそれは女神にとって拷問に等しい。
《ブルースザッパー最大出力──リミッター解除》
二又に別れた刀身を迸る規格外のエネルギーがダークオレンジの心臓部に向けて放たれる。黒き刃が巨体を貫き、それは融合していたくろめを正確に撃ち抜いていた。
迫る巨体が解けていく、光の粒子となって。
それも元はくろめが持つネガティブエネルギー。そして妄想具現化能力によるものだ。
その総てをシロトラは吸収していく。漲るネガティブエネルギーがより深く、より強く全身に巡るのを実感した。
撃ち抜かれたくろめは全身を打ちながらプラネテューヌの地面を転がる。やがて壁に受け止められて咳込んだ。
自分の手を見れば、指先に力が入らない。血が凍ったような冷え込みに悪寒が走った。
《貴方にこんな能力がなければ。他の女神と同じように笑っていられたでしょうに》
シロトラが歩み寄ってくる。プラネテューヌの住民を機械的に撃ちながら。
巨大なジオラマ。寸分たがわぬ緻密で精巧な舞台に置かれた人形たちは決められたように悲鳴を挙げて逃げ惑う。その背中を躊躇無く撃ち抜いていく。
その光景には見覚えがあった。
「……やめろ」
《ただの、妄想の産物です。貴方が守るべき住民でもなければ信徒でもない、人形です》
「やめろと言っているのが聞こえないのか!」
《聞こえています》
最後にシロトラが撃ち抜いたのは、逃げ遅れた子どもだった。慈悲も躊躇も微塵も感じられない正確で冷酷無比な射撃に、くろめは痛みを堪えながら立ち上がる。
自分に向けられる銃口を睨んで、黒いメガホンを握りしめた。
《……女神。女神か》
「なにがおかしい……!」
《今の貴方に、何が守れるというのか。むしろ守ろうとしたからこそ、自分を封印させたのでしょう。その貴方が、俺の夢の産物を守ろうとする姿が少しばかり──滑稽でしたので。失礼》
怒りで頭がどうにかなりそうだった。痛みも忘れて走り出そうとした瞬間、シロトラに飛びかかる影が降りる。
頭上から振り下ろされる一撃をブルースザッパーで防ぐと弾き飛ばした。小柄な相手は難なく着地すると、くろめの隣に降り立つ。
「──よぉ、もう一人の“オレ”。こいつは一体どういう状況でこうなってんだ?」
ガーゼと包帯を巻いた天王星うずめが肩を回していた。