超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
二人の間に割って入ったはいいものの──。
(さて、こいつはいったいどうなってんだ? 思わず【オレ】を庇っちまったけど)
うずめはなにも考えてなかった。
心次元に突入したと同時に見たのはダークメガミが暴れていた姿。相手は黒いシロトラ。様子見のつもりだったが、つい咄嗟に体が動いてしまった。出たとこ勝負。
「まさか仲間割れか?」
「……そんなとこだ」
くろめのうめくような苦し紛れの声色に目を配ると、怪我をしていた。熱病に侵されたような具合の悪さは身に覚えがある。シロトラの武装は女神に対する特攻持ちだ。
しかし、待てよ?とうずめは眉をひそめる。くろめも守護女神のはずだ。自分やネプテューヌ達とは異なり、ネガティブエネルギーを主としている。それも同様に打ち消しているとなるといよいよ手の打ちようがない。
「シロトラ。君が倒すべき女神の登場だ。その刃を向けるべきが誰か、わかってるだろうね」
《もちろんです──ひとりでも、ふたりでも。俺には変わりありません》
「……」
《そうでしょう、うずめ様》
シロトラの視線が、うずめに向けられた。くろめではなく。
《貴方の持つ妄想具現化能力は反女神派にとって実に扱いやすい代物でした。この能力を制御できずに苦悩していた姿へ、不平不満を囁くだけでいい。信仰の低下を招いている、臣民が不安に陥っていると思わせるだけでよかった。たった、それだけのことで──いとも容易く彼らの計画は成功してしまった》
「……なに言ってんだ、お前?」
「ああ、キミには記憶が無いんだったね。残念だけど、アレの言葉は真実だよ」
「なら俺の妄想が、世界を滅ぼしたってのか」
「プラネテューヌを、だ」
くろめの肯定する言葉を鼻で笑った。
「だったらなんで俺はここにいんだよ。その口ぶりだとシロトラも過去の産物なんだろ? おかしいじゃねぇか。辻褄が合わないだろ」
「……そうさ。オレがいた時代のプラネテューヌを歴史から消したのは、オレなんだから」
「──どういうことだよ」
「どうしようもなかったんだ! オレの持つ妄想具現化能力は良い夢ばかりじゃない、不安や恐怖がモンスターを生み出すことだってあった!」
叩きつけるように吐き出す言葉は後悔の念が感じられる。頭を押さえ、顔をしかめているのは堪えきれない感情が胸でつっかえているから。くろめの身体から淡く放出されるネガティブエネルギーに、しかし、妄想具現化能力は応じない。霧となって消滅していく。
《猛争モンスターの襲来で女神艦隊ゴッドフリートは壊滅。教会内部に潜入していた反女神派の決断は迅速でした。彼らは女神殺害計画を実行したのです。しかし、それは失敗に終わりました》
「なにがあったんだ?」
《──俺が裏切っただけです。もっとも、傍目には“暴走”に見えたでしょうが》
「お前、反女神派だったのか……」
意外なことに驚くうずめをよそにシロトラは話を続けた。
《反女神派にとって、女神が自身を封印しようとしている話は嬉しい誤算でした。ですが能力の暴走と、俺の裏切り、更には自分自身達の命の危険は視野に入れていませんでした。目論見が甘かったと言えばそれだけのことです》
「……なら、なんでお前、反女神派を裏切ったんだ?」
《──貴方に恋をした。とでも言えば納得しますか?》
「「──────は、ぁ?」」
くろめとうずめが同時に間の抜けた顔と声を挙げる。今、まさに殺そうとしておきながら何を言っているのか。
しかし、シロトラは至って真剣な様子で自らの手のひらを見やる。そこにネガティブエネルギーと妄想具現化能力を滲ませて。
《こんなものがなければ、貴方も苦労しなかった。
あんな連中がいなければ、貴方は封印されなかった。
何故貴方はこんな物を持って生まれてしまったのか。
あんな結末を、俺は認めない。アレは夢だ。
そして、それを放出した。
心次元を侵す黒い光子が、世界を塗り潰していく。
《──
「だったら、今の──ねぷっち達のプラネテューヌはどうなるんだよ……」
《俺が信仰する女神はただ一人いればいい。パープルハートには消えてもらうことになります》
「……っ、けんな……ふざ、けんじゃねぇ!!! お前だって今のプラネテューヌに思い入れはあるんじゃねぇのかよ! レオルドだって──」
《ありません》
断言した。有無を言わせぬ即断だった。
《俺には、ありません。アイツ等との出会いは、俺にとってただの泡沫の夢です》
心次元に再びプラネテューヌが“再建”される。今度は人々のいない静寂に包まれた過去の世界として。
シロトラの背後。黒い霧の中から猛争モンスターが現れた。それはくろめの支配下にない。
《夢は覚めるもの。ならば俺は、俺の使命を果たします》
「矛盾しているんじゃないのかい? 君の使命はオレ達の抹殺。でも君は」
《いいえ。
今度こそくろめは背筋が凍った。あれは本気だ。
だからこそ、怖い。恐怖ですくみそうになる足に、うずめが前に一歩出た。
拳を手のひらに打ちつけて高い音を鳴らす。
「つまり──拳で語れってことだろ。やってやろうじゃねぇか!」
正気か? くろめはもう一人の自分の背中を見てそう思った。だが、本気なのはわかっている。
どんなに諦めが悪いのかも。
そんな風に立ち上がるもうひとりの背中を見て──くろめは逃げ出したくなった。泣いて、目を背けて走り出したい衝動に駆られる。
誰もいないのに。もう誰も残ってないのに。
こんなことをしたって無駄なのに。
それなのに──。
「なんで、逃げないんだ……」
気づけば、思ったことがそのまま口をついていた。
「決まってんだろ。諦めたくねぇからだよ! 零次元で出会っちまったからな……そんで助けられちまった。そいつは、俺達を逃がすためにひとりでねぷっち達を助けるために残った」
「でもアイツは──!」
「わかってんだよ! アイツがもう帰ってこねぇことくらい!」
言葉を遮るようにうずめが叫ぶ。誰を責めたところで時間は戻らない。だからそれが余計に腹立たしかった。
「だけどな! それで俺や、ぎあっち達が塞ぎ込んでどうなるんだよ! 誰が世界守んだ! 絶対に諦めないって言った奴が最後まで戦ったのに、ここで俺が逃げてどうすんだ!」
「…………」
「なぁ【オレ】、聞かせろ。エヌラスは、ねぷっち達を助けたのか」
「……、──ああ。そうだよ」
四女神を相手に一歩も引かなかった。互角以上の死闘を繰り広げて、最後は負けた。しかし、自分の命と引き換えにネガティブエネルギーを消滅させることで四女神を正気に戻した。あれは奇跡なんかじゃない。あんなものがそうであってたまるか。ただの自殺行為だ。
それでも──それでも最後まで抗ってみせた。命の灯火が燃え尽きるその瞬間まで。
あれは自分が本当に目指していた姿じゃなかったのか。
くろめの言葉に、うずめは口角を上げて笑った。
「アイツは俺との約束を守った。ぎあっち達との約束も守った。なら十分だ、お前に聞きてぇことはもうあんまりねぇよ!」
シロトラのけしかける猛争モンスターを一匹、また一匹と殴り飛ばす。ドリームメガホンを掲げて叫び、拡散する衝撃波で薙ぎ払う。
怪我を押して戦う姿に、くろめは苦悶の表情を浮かべる。苦虫を噛み潰したような、拭い難い衝動に駆け出した──。
振り上げた拳が、うずめの背後に飛びかかる影を殴り飛ばす。
目を丸くする顔に鼻を鳴らした。
「……勘違いしないでくれよ?」
「なにをだ?」
「助けたくて助けたわけじゃない。さっきの借りを返しただけだ」
「へッ、そうか。んじゃこっからは助け合いといこうじゃねぇか、なぁ【オレ】!」
「ふんっ。オレに指図しなくていい。【俺】の考えていることくらいわかるさ」
心次元プラネテューヌの道路を埋め尽くすモンスターの群れに、二人の女神が立ち向かう。それを眺めるシロトラは視線を外した。
《……来たか、レオルド》
──心次元に到着したレオルドが見たのは、凄惨な現場。それは以前、シロトラを足止めするために死力を尽くした仲間たちの残骸だった。
わかっていたことだった。わかりきっていた結果なのに。戦闘ログで理解していたが、いざ目の当たりにするとどれほどの激戦区だったのかがわかる。
《みんな、お疲れ様です。そしてごめんなさい。俺は戻ってきてしまいました──敵討ちとかじゃないっす。俺がやるべきことのために、教官を止めます》
一度だけ左手で敬礼すると、レオルドはブースターを点火させて振り返らなかった。
心次元は様変わりしていた。こころもとない足場は繋がり、まるで大地が蘇ったかのような光景を不思議に思いながら進む。しかし、足を止めた。
何故か見覚えがある景色が広がっている。少しばかり古臭さを感じるが、それでも根本的な技術体系からそれがプラネテューヌの景観であることにレオルドは困惑していた。
どういうことなのかと思案を巡らせるよりも先に、音響レーダーの捉えた戦闘音に向かう。
プラネタワーを前に、うずめとくろめが猛争モンスターの群れを相手に善戦していた。タワーの入口に立っているのは──カラーリングこそ異なるが、見間違えるはずがない。
《うずめさん! お待たせしました!》
「レオルド! やっと来たのか。いや流石にしんどくなってきたところでよ」
《ごめんなさい。ところで、えーと……》
レオルドの視線は、隣のくろめに向けられていた。二人ともボロボロになっている。
《……どういう状況でこうなったんすか?》
「悪ぃ、その流れさっきやったわ」
《あっす。了解っす……》
触れないことにした。とにもかくにも、自分の目的は変わらない。
《くろめさんがどうして猛争モンスターに襲われてるんですか?》
「シロトラにオレの妄想具現化能力が奪われたからだよ。忌々しいことに」
《大変っすね》
「他人事みたいに言われると中々腹が立つね」
《いやすいませんごめんなさい本当に! 悪気はないっす!》
猛争モンスターを前にレオルドもヴォルペ突撃銃で迎撃していた。しかし、シロトラの号令によってその群れは引き上げていく。
なんのつもりかと思うよりも先に──シロトラのブルースザッパーの銃口が睨んでいた。連射される光弾を弾丸で相殺させる。出力をわざと落としていたのか、それは呆気なく迎撃できた。
硝煙の漂う銃口を保持したまま、レオルドはかつての教官に言葉を投げる。
《…………教官。シロトラ教官。貴方の仲間に会いました》
《……そうか。強かっただろう》
《はい。とても》
《……俺はどうして、あんなにも大切な仲間たちのことを忘れていたのだろうな。全てを思い出した今となっては、悔やんでも悔やみきれない》
《教官は、昔のプラネテューヌの特殊部隊だったんすね。猛争モンスターを討伐するための》
《そうだ》
《黒薔薇三姉妹さんが言ってました。教官は、艦隊の中で一番弱かったって》
《ああ。そうだ》
《──貴方が俺を気にかけたのは、俺が貴方に似ていたからですか?》
《……いいや。違う》
レオルドの言葉を明確に否定する。
《俺は、お前に戦場で倒れてほしくなかった。戦うことに向いていなかったお前に》
《……すいません。でも俺は》
ヴォルペ突撃銃を突きつけ、うずめ達を庇う形で前に出た。
《俺は。貴方を止めるために戦います! プラネテューヌ国境警備隊の、最後の一人として!》
《俺は、守護女神護衛艦隊ゴッドフリート最後の一人として。使命を果たすために此処にいる》
《うずめさん、くろめさん。シロトラ教官は俺に任せてください》
「ああ。そういう話だったしな。こっちもこっちで話があるからよ、頼んだぜレオルド!」
《はい!》
離れる二人をシロトラは追わなかった。視線だけで見送る。
《俺の使命は女神の抹殺。お前が倒れれば、あの二人の命はないぞ。わかっているな》
《承知の上です》
《──レオルド。これがお前への最後の戦技教導だ》
《教官……?》
《こんな俺を最後まで教官と呼ぶお前の最後の作戦目標は、俺を止めることだ。
──越えてみせろ。プラネテューヌの、過去の過ちを》