超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
十字架による攻撃も超重力弾も通用しないことを認めたのか、無貌の大魔導師は大きく跳躍してブシドーから距離を離した。その左手に大弓を顕現させると、矢を番える。――本来であれば、それもまた黄金の輝きに包まれているはずであった。だがやはりしょせんは贋作、色だけは似ても似つかない。
閃光が放たれ、穿たれる。そこにブシドーの姿はない。ネプテューヌ=パープルハートも難なく避けて接近しようとしてギョッとした。
指の間に挟みこむようにして数十発の矢が番えられている。邪神ズアウィアがかつてこれで串刺しにされた経験から再現してみせた“シリウス”は、九龍アマルガムにも何発か逸れてスラムを崩壊させていった。
接近戦に持ち込んで十字架と激しく打ち合っていたネプテューヌ=パープルハートだったが、その挙動に一瞬だけフェイントを入れると無貌の大魔導師はバランスを崩す。そこに蹴りを入れて叩き落とすと、ブシドーがすかさず肉薄した。
エヌラス=ブラッドソウルは呼吸を整えて、魔法陣を展開する。左胸の獅子と同じ紋章を中心とした魔法陣は銀色に輝き、全身の魔術回路が励起された。
無尽蔵の魔力精製と貯蔵庫にしてエヌラスの“第二の心臓”である“銀鍵守護器官”は、その魔術回路とその無限に等しい魔力による暴走を抑えこむ為に身体に組み込んだ。その分離には、一度全身の魔術回路を引き離さなければならない。
「ヅッ――――」
制御を一歩しくじれば、魔法の神経である回路は余さず消滅する。それこそは無謀に等しい逆算だった。しかし、銀鍵守護器官を完全開放するには自分の身体から摘出しなければ効果を発揮できない。神経をすり減らす。魔術回路とは、そもそも銀鍵守護器官から発生する魔力を行使する為の術式だ。これがなければエヌラスは満足に魔術が使えない。
つまり、今は――魔術の使えない、ただの人間である。ただひとつの論外の論理を除いて。
「銀鍵守護器官、完全開放――!」
不意に、魔法陣が消えた。そして、エヌラスの左胸の前で激しく輝きを増していく。だが“
その濃密な魔力の香りは、邪神にとって堪らなく食欲をそそるものだろう。二人を無視して無貌の大魔導師はエヌラスに狙いを定めた。十字架を番えて射出する。それを防御障壁で軌道を逸らして走り抜けた。
「我が運命は掴めない。例え御身が神であろうと――!」
増幅する魔力と憎悪。左胸に当てた右手が、見えない鍵を掴む。
「“此処に大魔導師の権能を代行する”!」
引きずり出され、顕現するのは“銀色の鍵”だった。それは剣だった。杖だった。門を開ける鍵の形をしていた。
『a――! aaaAAAGAAAYYYY!!』
邪神が気づく。それこそは必滅にして必殺の呪いなのだと。
「埋葬の花に誓って」
十字架の攻撃も、やぶれかぶれの触手による攻撃もエヌラス=ブラッドソウルには届かない。ネプテューヌ=パープルハートとブシドーの二人が命懸けで攻撃を防いでいた。
邪神の核――そのアンチクリスタルへ向けて鍵を突き刺す。
「我は世界を閉ざす者なり――!」
無尽蔵の魔力を叩き込まれた邪神を形成する人ならざる術式は、やがてその構成をメチャクチャにされていく。二歩、三歩と後退った邪神の背後で空間が割れた。
闇。無数の闇。暗黒の果て。そこから伸びる無数の手が邪神の身体を掴んだ。それでもまだ、無貌の大魔導師は術式を解除しているのか踏み留まっている。
「しぶてぇ野郎だ――」
だが、やがてその全身を覆うように闇の触手が絡めとり、割れた空間へと押し込んだ。何事もなかったかのように瘴気の一陣の風が吹いて――静寂。
右手の“銀の鍵”を見て、エヌラス=ブラッドソウルは皮肉な笑みを浮かべた。
「……結局、最後までアンタに頼っちまったな、師匠」
根元に獅子を刻み込んだ“銀の鍵”は、大魔導師が保有していたコレクションの一つだ。それをあまりに不出来な弟子に施したのは、きっとこうなることを想定していたからではないか? ――それすらあり得る。何しろ常識の外で生きていた人だ。全てを想定していたとしても何ら不思議ではない。
ピシッ――。
「エヌラス!」
ひび割れていく空間の奥に見える、邪神。そこからまだ這い出ようとする絶望の混沌が雄叫びをあげる。銀の鍵による無尽蔵の魔力による追放空間から出ようとするソレが、突然動きを止めた。
――カーン……。
鐘の音色だった。聞いたことのない音だが――エヌラスは、訳もなく涙が溢れる。
――カーン……。
一度も鳴ることのなかった大鐘楼の奏でる音は、とても澄んでいた。そして、それが途方も無い情報量をつめ込まれた“魔術”であることもエヌラスは理解する。
『G――Gyaaaaaaaaaa!!』
そして、邪神は二度と帰ってこれない無限の追放空間へと押し込まれ――消滅した。
何が起きたのかネプテューヌ=パープルハートは理解できず、ネプギアもブシドーもただ呆然と一連の出来事に茫然自失と突っ立っている。
エヌラスだけは違った。涙を流し、膝を着いた。その手から銀の鍵がこぼれ落ちる。
「――なん、て――なんて……メチャクチャやりやがる、師匠……!」
大魔導師は“時空そのもの”にすら術式を編んでいた。ミスカトル大時計塔――九龍アマルガム内部で起きる第三者による空間の歪みを“強制的に修正”する
しょせん過去は過去だ。
『お前には手に余る代物だが、まぁこうでもしないとお前死にそうだしな』
『修行という名目で殺しに来てる野郎がなんか言ってる……』
『心配するな。死ぬほど痛いのは未熟な証拠だ、俺なら寝てても出来る』
『アンタと一緒にすんな!』
『夢を見ながら空間を調整出来ないようならこの先生きのこれんぞ』
『出来なくても生き残るわボケェ!』
――そんな馬鹿な話も、今はもう出来ないのだ。
九龍アマルガムでは大騒ぎだった。いや、日常的に大惨事なこの街であっても騒ぎになる時は騒ぎになる。まず破壊ロボの撤去とその技術者の確保だったが、気がつけば無人になっており相変わらずその製作者は何者なのか不明なままだった。次に、秘密結社『緑竜会』の壊滅。それは魔術結社、マフィア、各政界の者達に静かな波紋を広げ、それによって抑えこまれていた秘密結社達は楔を抜かれたように我先にと他の同業者へカチコミに入った。それによって起きる事件はもはや凄惨と凶悪を極めたような暴動であり、それを当の国王がやったと一言宣言すると一気に静まり返った。現に、エヌラスはその場で“螺旋砲塔”神銃形態と超電磁砲抜刀術“終焉”を放って街ごと焼土にして丸投げした。とんでもねぇ恐怖政治である。その事後処理にアサイラムは総力を注ぎ込み、死ぬほど多忙だとクイーンが嘆いていたがエヌラスは素知らぬ振り。
ここまで一日の出来事である。
そして、今。エヌラスはネプテューヌとネプギアを連れて自宅へと帰ってきた。そこにはプルルートとノワールが心配そうな面持ちで応接室で待っており、三人の顔を見るなり涙目になりながら抱きついてくる。
「よかった……よかったぁ、無事で」
「いやぁ、割と無事じゃねぇんだよな……」
「嘘、ホント? どうしたの? どこか痛む? 怪我してるの?」
「いや、甲斐甲斐しく尽くしてくれるのは嬉しいんだが――また魔術回路がな」
「アナタね……!」
ワナワナとノワールのこめかみに青筋が浮かんでいた。
「もう、どうしてそう二回も三回も同じこと繰り返すのよ! 学習能力ってものが無いの!? 馬鹿なのなんなの死ぬの!?」
「そこまで言わなくてもよくねぇ!?」
「大体アナタの戦闘プラン毎回メチャクチャなのよ! どうやったらそんな無茶できるの! 心配する身にもなりなさいよバカ! このバカ! バーカ!」
「三回もバカって言いやがったな! どうせバカだよ!」
「開き直り!?」
“銀鍵守護器官”完全開放によって邪神ズアウィアを消滅させたまでは良かった。だがそれによって再び魔術回路の構築の必要性が出てきている。簡単なものなら良いが、詳細な制御は厳しい。そうなると当然ながら頼れるのはアーウィル一人だ。
「でも~、ノワールちゃんすっごく心配してたんだよ~? 「エヌラスが死んじゃってたらどうしよう」なんて、一人で涙目になってたもんねぇ」
「え、ちょ……」
「…………」
「ねぷちゃん達が酷い目に遭ってないか心配で心配で震えてたもんね~?」
「ちょ、ちょっとプルルート!?」
「うわーん、ノワールー。怖かったよー! もう、ツンデレなんだからー!」
「わ、わわっ。ちょっと抱きつかないでよ!」
エヌラスに抱きついていたノワールが横からネプテューヌに倒される形になり、エヌラスはやれやれと首を慣らす。
「お疲れ様~エヌラス。ぎあちゃんも無事みたいだし良かったよ~」
「ん、あぁ……」
「――それで、ねぷちゃんの左手薬指のアレはな・に・か・な・ぁ~?」
滝のような汗が吹き出た。顔が青ざめた。唇が血の気を失う。顔面蒼白となって打ち揚げられた魚のようにエヌラスは言葉を失っていた。
「あ、見て見てぷるるん! エヌラスお手製の婚約指輪だよ! 凄いでしょ!」
「……へぇ~、そうなんだぁ~」
「こ、婚約指輪!? そんな、まさかネプテューヌに先を越されるなんて……」
「違うからな! 婚約指輪じゃないからな!」
「じゃあ何でこんな綺麗な色の指輪なの? それに私の左手薬指にはめてくれたじゃん」
「そうなんだ~、エヌラス、ねぷちゃんに指輪はめてあげたんだ~」
「お前頼むから喋るなネプテューヌ!」
「嫌よ」
「いつの間に変身しやがったテメェ!」
誇らしげに胸を張るネプテューヌ=パープルハートが「フフン」と見せびらかすように左手を差し出した。
「私が変身するのに必要な時間は僅か0,1秒にも満たないわ! その変身プロセスをもう一度見せようかしら!」
「その一瞬の全裸を目蓋に焼き付けられたくなかったら黙ってろ」
「脱ぐ? 脱ぐわよ? 脱いだら凄いわよ?」
「はは、殺すぞ。というかマジで元気だなチクショウが!」
プルルートの手が振り上げたのは、ぬいぐるみ――ネプテューヌを模したそれが床に叩きつけられ、背中から踏みにじられていく。
「エヌラス~? あたしぃ、ちょ~っとだけ、お話あるんだ~……二人きりでぇ」
「…………ひゃい」
「一緒にぃ、来てほしいな~?」
「……ちょっと、逝ってくる」
親指を立ててエヌラスはプルルートと一緒に応接室を出て行った。南無。ネプテューヌ達は扉に向かって合掌する。