超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――それから、しばらくエヌラスの悲鳴が聞こえていたが、彼の声が聞こえなくなる頃には既に夕食の時間となっており、スピカとカルネの二人が呼び出しに顔を出した。後から遅れて入ってきたエヌラスとプルルートだが、エヌラスは心底疲労困憊しており、それとは対照的にプルルートは満足したように満面の笑みを浮かべている。何をしてきたのかと尋ねると、プルルートは笑顔で「え~っとね~、お仕置き、かなぁ~?」と何故か頬を赤らめながら言っていた。
「それで、これからのことなんだが……」
げっそりとパスタをフォークでグルグルと絡めながら綿菓子よろしく、麺の塊が皿の上で回っている。
「あの野郎が言っていたアヅール洞窟に行こうと思う」
「……罠、じゃないの?」
「不思議なことにあの野郎はイカれてるが、嘘は言わないんだよ」
どちらにしろ、次の目的地が決まっていなかったので好都合と言えば好都合だ。壁際で控えているスピカに指を鳴らすと、ビクリと身体を震わせる。
「アヅール洞窟、説明」
「は、はい。では僭越ながら私が……」
一度、咳払いを挟んでからスピカはアヅール洞窟について説明を始めた。
「アヅール洞窟は九龍アマルガムの東部に位置する鍾乳洞です。中は蟻の巣状に広がっており、複雑化しています。然しながら、その内部で採れる鉱石や生息している天然の魔導生命体は貴重な品として流通しています。その為、内部の開拓やある程度のルートは先達による道標を目印にしていただければよろしいかと」
「ご苦労さん」
「ありがとうございます」
「が、そいつは昔の話だ。今のアヅール洞窟はどうなってる、カルネ」
「ほへ!? あ、はい! えーと、昨今の現状と致しましては瘴気によって活発化した魔導生命体による被害が増加の一途を辿ってます! 中には変異体と呼ばれる特殊な個体も確認されており立ち入りを禁じられていまして九龍アマルガムの経済に軽微ながら損害を与えてまっす! 以上!」
「うるせぇけど、ご苦労。下がっていいぞ」
「あざます! んひぃ!?」
元気よく頭を下げたカルネの顔の横にフォークが突き刺さる。エヌラスが見向きもせずに投げたのだ。
「なんでですか!?」
「客の前だ、もう少し品良くしてくれ」
「あ、はい……以後、気をつけます……」
すごすごと下がるカルネは息を一つ吐くと、背筋を伸ばす。
「……と、まぁアヅール洞窟の説明は聞いてのとおりだ」
「ふぇ? あ、ごめんエヌラス。食べるのに夢中で全然聞いてなかったよー。もう一回お願いできる?」
「ネプテューヌお前……あんま言いたくないけど、ほんっとうにバカなんだな」
「もー、ひどいなー。あんまり馬鹿馬鹿言ってるとバカになっちゃうよ、エヌラス」
「テメェに言われたくねぇよ!」
「と、とにかく次の目的地はアヅール洞窟ってことよね!」
「そうだよ……」
げんなりとしてエヌラスは一口で綿菓子の如く丸められたパスタを頬張った。
夕飯をいつもどおり騒がしく終えて、ネプギアは大浴場へ足を運ぶ。片付け等は自動人形のメイド達がこれ以上ない手際で終えていた。
お風呂に入る旨を伝えると、メイドの一人――金のショートカットに、ミニスカからスパッツの覗く如何にも体育会系の自動人形が「ちょっと待っててほしいッス」と言うなり両手に替えの服とタオルと下着と持ってくる。その替えの服が自分の着ているワンピースと同様のものであることもそうだが、寝間着として渡されたのがどう見ても男物のシャツというのはどういうことかと首を傾げた。
「あ、それウチの寝間着ッスね。すぐ持ってくるっす。パジャマとキグルミどっちがいいッスか」
「普通にパジャマでお願いします……」
「了解ッスー」
そして、淡い水色の普通のパジャマを持ってきてくれたことに安堵する。と、いうよりも男物のシャツを寝巻きにしているのはやはりエヌラスの趣味なのだろうか……? そう疑問に思っていたネプギアの視線に気づいたのか。
「あ、これはウチの趣味ッス」
「そうなんですか?」
「ご主人様も特に何も言わないッスから、よかったら着てみるッス」
押しつけられて、いい笑顔に何も言い返せずネプギアはこうして二着の寝間着を持って脱衣場で服を脱いでいた。
“今日は……色々あったなぁ……”
ハァ、と深く息を吐いて、ネプギアはバスタオルを身体に巻いて大浴場へ踏み入る。
流石と言うべきか、豪邸に恥じぬ広々とした空間を余さず浴室にしているだけあってそれだけでもう温泉施設として客が見込める程の充実ぶりにネプギアが目を丸くしていた。
「わ、わぁ……!?」
それこそ金を湯水のごとく注ぎ込んだのだろう。一体総額で幾ら出したなど想像もしたくない。それを貸し切り状態で使うともなれば、こんな贅沢は二度とないだろう。
「お姉ちゃん達には悪いけど、貸し切りでゆっくりさせてもらおうかな」
呟きながらシャワーで軽く汗を流し、ネプギアは髪を上げてまとめると湯船に足を入れる。温度は少し熱いくらいだが、身体を芯から温めるには心地よいくらいだ。
そろりそろりとゆっくり浸かっていたネプギアが、ふと湯気に人影を見つける。
「……?」
「ん?」
エヌラスだった。タオルは巻いているが、湯船の縁に腰掛けて黄金の蜂蜜酒を服用していた。まるで熱燗のような軽さで一息に飲み干す。よく見れば、ネプギアが今まさに入ろうとしていた浴槽と壁一枚隔てた場所の湯気だけ色が違っている。
「……え。あれ……貸し切り……」
「……いや。俺、入ってたんだが……」
「でも、着替え……」
「更衣室一緒くたにすると思ったか?」
「~~~~!?」
ネプギアの顔が見る見る紅潮していき、慌てて両手で身体を隠すと湯船に全身を浸かって隠そうとしたのだろうが――ドボォン!――頭の先まで沈んだ。エヌラスが黄金の蜂蜜酒を噴き出した。
そこだけは大魔導師御用達の『ディープ湾』というダイビング専用の風呂である。何故プールではないのかと聞かれれば、大魔導師曰く『風呂に入りながらダイビング。画期的とは思わないか!』と笑顔でサムズアップ。たまにエヌラスも潜るが、床に手が届いた試しがない。
ネプギアを救出すると、普通の湯船を案内した。そこはちょうどエヌラスの浸かっている場所とは背中合わせになる。
「…………」
「…………」
妙な気まずさから二人は終始無言だった。エヌラスは黄金の蜂蜜酒で魔術回路を調整していたし、ネプギアは一日の疲れから口を開く気力もない。
「……――――」
チラリと盗み見た背中は、傷だらけだった。古傷だらけの中に、塞がったばかりの傷口が生々しく刻まれている。忘れそうになる。この人はこの数日だけで死線を彷徨う大怪我をしたばかりだ。ネプギアが言葉を失い、手を伸ばして傷口に触れると、エヌラスは驚いたように振り返る。危うく黄金の蜂蜜酒を湯船に落とすところだった。
「な、なんだ? どうしたネプギア? くすぐったいだろ」
「……エヌラスさん、こんな大怪我してたんですね」
「毎度のことだ。未熟者って師匠に怒られちまう」
「なんだか、ここに来てからエヌラスさん、ずっとお師匠さんのことばかりですね」
「……あの人は、天地がひっくり返っても平気な顔で生きてるような人だったよ。俺みたいなやつじゃどう足掻いても届かなかったはずなんだ」
どうやって自分は大魔導師を殺したのだろう。それだけが思い出せない。記憶に蓋をしたかのように。
つつぅ……、ネプギアの指が背中をなぞる。それがこそばゆくてエヌラスが少しだけ距離を取ると、今度はしがみついてきた。まだ成長の見込める胸の感触が濡れたバスタオル越しに伝わってきて心臓が跳ねる。
「エヌラスさん……」
「ど、どうしたんだネプギア……お前、こんな積極的な……――――あ」
そこで、唐突に気づいた。今、自分が手にしているもの。高純度のミード、黄金の蜂蜜酒だ。それを専用の湯船で空けていたのだが――そこから香る芳醇な魔術的ドラッグは間接的にネプギアの脳を刺激していた。それも悪い方向に。言うなれば、酒に酔っている状態に極めて近い。
目が据わって、ネプギアは息を荒くしながら熱っぽく囁いた。
「私……どうしちゃったのかな……なんだか、すごく……熱っぽくて……」
「そ、そーだなー。のぼせたんじゃないか? ほら、早く上がったほうがいいぞぉ!」
「そう、でしょうか……?」
「ああうん、そうだ。そうに決まってる。ほら、少し熱めにしてあるし」
「嘘ですよね」
「ああうん――しまったぁぁぁぁ!!!」
焦って勢い余ったエヌラスの失言にネプギアが怪しく笑う。
「うふふふふ、エヌラスさん。逃げようったってそうはいきませんからねぇ?」
「こわい! なんかこわいこの子!」
「私を遠ざけようとしたって、絶対、絶対。ゼッッッッッタイに、逃がしませんよぉ……お姉ちゃんと一緒じゃないと呪っちゃうんですからぁ~」
「ネプギア、恐ろしい子――! ってそうじゃねぇ……ほら、俺の方に寄ってくると色々とヤバイから」
「どこがヤバくなっちゃうのか教えてくださいよぉー」
「酒癖ワリィなおい! さわ、触んな!」
「こんなにしちゃってぇ……カチカチですね……」
「――――」
「エヌラスさん……据え膳、ですよ?」
「……お前ら姉妹って……お前らって……!」