超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
episode86 カウントダウン
――時間が、ないのだ。
アルシュベイトは跳躍ユニットで自らの身体を飛ばしながら、急かされるように九龍アマルガムを後にした。
――時間がないのだ、エヌラス。
惜しいと思う。夢の様な時間であった。好敵手と語らい、刃を交え、背を預け、目的を共にして戦う。そして、今。刃を再び交えなければならない。
――俺にはもう、時間がない……。
胸中を駆け抜ける思いは一刻の猶予もなく帰国せねばなるまいという焦燥感。
アルシュベイトは表層に出るなり、アゴウへ進路を向けて全速力で騎行する。その道中を阻む障害は何一つ無かった。足止めすら叶わず、粉砕されていく。
《――エヌラス。俺は……》
世界を一つ背負って戦える器ではないのだ。
九龍アマルガムの教会に戻るまでの間、エヌラスは一言も話さなかった。ネプテューヌ達が騒ぎ、ノワールが振り回され、ネプギアが巻き込まれても何も喋らなかった。声を掛けられるような空気でもない。
教会に辿り着いてからも、エヌラスが放ったのは一言だけだ。
「ユノスダスに行くぞ」
それだけを告げるなり、スピカとカルネの会釈も冗談も聞き捨てて部屋に戻る。
「……エヌラス、大丈夫かな」
「無理もないわね。アルシュベイトに決闘を挑まれたんだもの」
「でも、無理に行かなくてもよくない?」
「なに言ってるのよネプテューヌ。そんなの出来るはずないでしょ」
「う~ん……エヌラスも、今は能力を取り戻してるから以前のようにはいかないと思うんだよね。それに、ほら。私達も一緒だよ」
「……そうだけど」
「どしたのさノワールまで。脱ぐ?」
「脱がないわよ。なんでそこで脱ぐのよ」
「ここはほら、エヌラスの為に一肌脱いであげたらどうかな!」
「励ましの言葉なんて思いつかないわよ」
ネプテューヌとネプギアは、アルシュベイトの実力を知らない。
ノワールは知っている。骨身に染みている。あれは、間違いなく最強の国王だ。
国を愛し、国に生きる者を愛し、その一つで万物に勝る。途方も無い熱量の魂を持つ輝望の王なのだ。
プルルートですらアルシュベイトと対面して理解している。アレは常識の蚊帳の外で生きている、次元の違う生き物なのだと。愛して、愛されている守護神のなんと心強いことか。
エヌラスは嫌というほど理解しているはずだ。
夕飯の時間になって部屋の扉をノックしても反応はない。スピカの代わりにノワールが来たものの、何とも気まずかった。
「エヌラス、夕食の時間だけど……?」
コン、コン――ドアノブに手を掛けてみると、鍵が開いていた。
“もしかして、一人で行ったんじゃ!?”
「エヌラス!」
ドアを開け放つと、エヌラスはベッドに突っ伏して眠っており、ノワールの剣幕に跳ね起きて二挺拳銃を構える。素早く周囲を警戒するが、何事も無かったように深く息を吐いてベッドに倒れこんだ。
「……なんだよ?」
「居たなら返事くらいしなさいよ、ビックリさせないで」
「こっちのセリフだ。あんな剣幕でいきなり部屋に入ってくんじゃねぇ」
「てっきりアナタが一人でアゴウに行ったのかと思ったじゃない」
「行くわけねぇだろ。こっちも疲れてんだ」
甲鉄鋼殻虫との戦闘で能力を一つ取り戻したとはいえ、そんなすぐに行くはずがない。まずは焦らずに体力と魔力を快復させて、腰を落ち着けてから決闘に臨む。その予定だ。
ひとまず、エヌラスが居たという安心感で胸を撫で下ろし、ノワールはベッドに腰を下ろす。仰向けで大の字に寝転がる姿を見てから、ため息を一つ。
「……本当に、挑むの? アルシュベイトに」
「ああ」
「どうしても?」
「どうあってもだ」
「…………」
「何か言いたそうだな、ノワール」
「そりゃ、言いたくもなるわよ。勝てるわけないじゃない」
「知ってる」
意外にもアッサリとエヌラスは自らの敗北を戦う前から受け入れた。
そう、勝てるはずがない――そう理解していても尚、挑むというのだ。あまりに非効率的で、非合理的な判断にノワールは間の抜けた顔をする。
「だが、逃げるわけにゃいかん。白黒はっきりつけるまではな」
「……でも、アナタは勝ったんでしょ?」
「暴走状態のアルシュベイトにな。滅茶苦茶強かった。あの野郎、リミッター解除してまで挑んできやがったし、他の機人を操作してくるもんだからヤバイのなんの」
「え、そんな機能あるの?」
「あるんだよ。元々指揮官タイプの機体だ。バルド・ギアと協力してなけりゃ勝てなかったな」
当時の状況を思い出すように、エヌラスはまぶたを閉じた。そこに、ふわりと漂う柔らかい香りに片目を開けるとノワールが覆いかぶさっている。その目は、今にも泣き出しそうなほど潤んでいた。
「――分からないわ、やっぱり。どうして男って、そうつまんない事にこだわるのよ」
「国を守りたい気持ちは分かるな」
「ええ」
「どうしても負けたくない相手がいるっていうのは、分かるな」
「ええ」
「自分に置き換えて考えてみても、無理か」
「……シェアを武力で奪う時代もあったわ。だけど、今じゃもう考えられないことよ」
「全力でぶつかって、全力で競い合って、全力で勝負して。そこに命を懸ける、それだけだ」
「だから、それが分からないのよ! 命を懸けるほどなの!?」
「そうなんだよ。俺とアイツの間柄じゃ、そういうものなんだよ。ノワール」
「アルシュベイトが強くて、アナタが弱い! それでいいじゃない! 勝てないって分かっていて挑むなんて無謀も無謀よ、ただのバカよ!」
「ただのバカだな。ところが俺もアイツも、ただの国王だ。国を背負って、民の明日を願い、日々の平和を望む、ただの
「……自分の師匠を殺して奪った、王の座じゃない」
「…………」
「アルシュベイトは、国民の総意でそうなったんでしょ?」
「……アイツも、俺と似たような状態でそうなったんだよ。アイツの国がどうなってるか一度も話してなかったな」
「いいわよ。聞きたくないわ。夕飯が冷めるわ、早く来てよ」
「そうか。んじゃ、悪いが俺の夕飯は抜いといてくれ。疲れの方が強い」
目を覆うエヌラスに、ノワールは呆れて身体を離した。
やがて部屋の扉が閉まる音に、エヌラスは深く息を吐き出す。
――アゴウの歴史を決めた作戦名『桜花』において、無謀とも言えるヌルズの巣窟攻略戦は死闘を極めた。エヌラスもそれに九龍アマルガム国王候補生として参加し、アルシュベイトと共に最前線へ赴いている。当時の国王は、女性であった。正しく守護女神であった。凛とした空気に決して折れない剣のような人だった。色恋には無縁であり、本人もまた『そのように軟派なものに興味はない』と一蹴している。だが、エヌラスは知っていた。アルシュベイトと当時のアゴウ国王である守護女神が恋仲に近しい間柄であったのを。互いに言葉を告げなくても思惑を理解しあえる程の理解者であった。
しかし、その作戦の佳境でアゴウの守護女神は命を落とし、九死に一生を得る形でアルシュベイトが帰還。エヌラスもまた、その訃報に涙した。アレほど良き人もいない、と国民の誰もが膝を折る中――ただ一人、涙を流さず、膝を折らず立ち上がった男がいる。
声高らかに宣言した。『己はアゴウ国王を愛していた』と。言葉を続ける。
『俺は、この国を愛している! 俺は、この国に生きるお前たちを愛そう! 無尽蔵の絶望に挑み続けた英霊達を、愛そう! 俺はアゴウを愛している! アイツが愛したこの国を無限の愛で守り抜くと宣誓する! 立てよアゴウ国民! お前たちの死に場所も墓標も、最前線だ!』
アルシュベイトは、その日。その瞬間から王となった。変神すら成し得ない一人の軍人であったが、しかし。いつしか彼は軍神と畏れられる。アプリケーションの事件に巻き込まれた時はそれこそダメかと思った。だが、現実は違った。三人の機人が帰国するなり目覚ましい活躍を見せて持ち堪えたのだ――トライデント。最強の三叉槍。
アルシュベイトが機人となって、暴走状態に陥った。それでも、彼は何かに取り憑かれたかのようにアゴウを目指して進撃した。その道中でクロックサイコ、ムルフェスト、ドラグレイスの三人を相手にして、そこで変神能力を得たことにより神格者に名を連ねることとなる。
アゴウに到着したアルシュベイトは、誰一人近寄らせることもなく、また誰一人国から出ることを許可しなかった。鋼の鬼神、護国の軍神。最強の守護神として君臨した――だが、それが無意識下の暴走であることをエヌラスは良しとせず、大魔導師が引き止めるのも聞かずに挑んだ。
――今にして思えば勝てたのが奇跡としか言いようがない。
それからというもの、アルシュベイトは国内の統治とヌルズの排除に手を取られて思うように動けていなかった。しかし、不眠不休の身体を駆使するというのは国王冥利に尽きる。アルシュベイトは喜々として話していた。『国の為に絶えず身体を動かせるのは、こうも清々しいものか』と。機械の身体で。機械の顔で。電子音声で嬉しそうに語る姿が、どうしようもなくバルド・ギアの心を抉った。人の姿であったなら。人の顔であったなら。貴方は別な生き方があったかもしれないのに――そして、後を追うようにバルド・ギア……琴霧ソラも自らの能力に限界を感じて機人へと。
人であり続ける事すら、彼らには許されなかったのだ。