超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――それから、どれほどの時間をそうして過ごしただろう。明かりを消した室内は薄暗く、パープルハートとアイリスハートの二人に挟まれてブラッドソウルは変神を解いた。それに続けてネプテューヌとプルルートも変身を解いて、エヌラスの身体を左右から挟み込む。
腕に体全体を使って抱きつかれては離すことも出来ない。
「エヌラス」
「んー?」
「一人で、アルシュベイトの決戦なんて行かせないんだから……絶対に絶対だからね」
「……優しいな、お前は。ネプテューヌ」
「あたしだってぇ、一緒なんだからねぇ~」
「ああ、そうだな……」
分かっている。
分かっていることだった……だから、エヌラスは尚更心が締め付けられる。
二人の体を抱き寄せて、頭を撫でた。髪を梳いて、額にキスをする――そして、次の瞬間にはネプテューヌとプルルートの身体が跳ねて意識が途切れていた。糸の切れた人形のように気絶した二人の首から、紫電を纏わせたエヌラスの手がパチッと音を鳴らす。
出力は抑えてあるが、人間相手でも意識を奪う程度の事は出来る。能力のひとつである“
わかっている。分かっていた。理解していた――アルシュベイトとの決闘に彼女達はあまりに無力であることを。
静かにベッドから降りて、着替えを手にして部屋を出る。階段を降りて、浴室で身体を洗い、後は誰にも気付かれずに宿を出れば――。
「どこ行くつもり?」
リビングに居たノワールに、呼び止められる。「いつから?」とは敢えて聞くまい。ずっとそこに居たのだろう。
エヌラスは、何も言わなかった。
「……なんて、聞くだけ野暮よね。どうせアルシュベイトのところでしょ」
分かっているのなら何故聞くのかと、エヌラスは頭を掻く。だが、ノワールは止めようとはしなかった。自分が止める前にネプテューヌ達が止めようとしたのだろう。それが今、ここにいるということはあの二人を説得したのだと――そう思っていた。
玄関の前で立ち止まるエヌラスの頬を軽く叩いて、ノワールは胸ぐらを掴んで引き寄せるなりキスをして離れる。
「アルシュベイトは強いわ。アレに、どうして挑むの?」
「……挑まれたからだ」
「負けるわよ」
「負けねぇよ」
「……死ぬわよ?」
「生き残るさ」
はぁ、と呆れたため息を吐いてノワールはエヌラスの胸板に額を当てた。その根拠の無い自信がどこから出てくるのか――わからない。
「引き止めても、無駄なんでしょ?」
「……」
「行ってらっしゃい。私、もう寝るわ」
「ノワール」
「なに――」
頭を抱き寄せて、唇を重ねる。驚いて離れようとしたノワールの口の中に舌が入り込んだ。
「いや、お前とは一回しかしてねぇなと思ってな」
「バカ……続きがしたかったら、生きて帰って来なさいよ」
「行ってくる」
玄関の扉を閉めて、エヌラスは宿を後にする。不思議と恐怖はない。
空を見上げれば、満天の星空。どれがどの星座であるかなど分からないが、記憶にあるのは――破壊神となる前。人々の営みを見ていたあの頃の記憶。
孤独だった。隣には誰も居ない。しかし、それで良いと思った。これから自分は死地に赴くのだから。
エヌラスは夜の散歩とでも言いたげにユノスダスを歩く。戦闘の痕跡ひとつない、平和な非戦闘国家。そこに巣食う悪徳業者は後を絶たないが、それをぶちのめして金銭を稼ぐ自分としてはありがたいことこの上なかった。夜間営業の店も静まり返る深夜。明かりの少ない町並みに、あまりに似つかわしくない騎士が一人。まるで月を背負うように大剣を携えていた。
「……よぉ、ドラグレイス。深夜徘徊か?」
「アルシュベイトと決着をつけてくるそうだな……バルド・ギアから聞き及んでいる」
「そうかい。邪魔する気か? それとも加担してくるのか?」
「静観する。俺も気になることがひとつあってな」
「?」
「バルド・ギアが妙な動きをしている――何か知っているか」
「知るわけねぇだろうが」
「……“探し物”だそうだ」
クックック、と笑いを堪えるだけで鎧が擦れる。
「あの男が、アイツが、探し物だぞ? 電子の大海原に消えた女の肉体ひとつ見つけられないアイツが何を探すというのだ」
「知らないね」
ドラグレイスを無視して行こうとするエヌラスの眼前に、大剣が突きつけられた。
「アイツが探しているのはお前の失った能力だ。今更、何故手を組む」
「共闘した覚えはねぇよ。アイツはただのお人好しだ」
「――だといいが、な。邪魔をする気はない。行け、戦禍の破壊神。だが忘れるな? この俺からティル・ナ・ノーグへの道を奪った罪は万死に値する」
「億千万回殺されたって俺は諦めねぇよ。じゃあな」
魔法文字が剣を余さず埋め尽くし、そこに刻まれている術式は無数の魔術行使を可能とする。これは剣でありながら、魔法使いの杖でもある。ドラグレイスが強力な魔法を使用できる一因でもあり、これが狂気の元凶でもあった。一度足を踏み入れた楽園で賜わった逸品。これを振るい続けることで己を奮わせていた。
エヌラスが歩き去って、一人残されたドラグレイスも大剣を背負って歩き出す。
「億千万回殺して、貴様が立ち止まった試しはない」
急がねばならない。どちらかが倒れて、キンジ塔が現れたその時。
自分は大願成就に一縷の望みを懸けねばならない。――懐を探って取り出すのは、ひとつの宝玉。その中では歯車が狂ったように詰め込まれていた。不可思議なことに、全てが噛み合っていながら不規則な向きで回っている。エヌラスが失った能力のひとつであるが、厳重に重ねた防御魔法によって気づく素振りは見せなかった。
ティル・ナ・ノーグに辿り着けるのならば、今一度あの楽園の土を踏めるのならば。
世界がどうなろうと知ったことではない。
ユノスダスの商店街へ続く大橋を抜けて、アゴウまでの城門を見れば硬く閉ざされている。誰の仕業かなど考えずとも分かった。こんな暴挙が出来るのは国王ただ一人。
ハンティングホラーを召喚して、そこで城壁の上に誰か立っていることに気づいた。
両腕を組んで仁王立ちしているユウコが鬼の形相で睨んでいるが、今のエヌラスにはどうでもいいことだ。鋼鉄の魔獣に跨がろうとして、足元に何本ものナイフが突き立つ。
「何処行くつもり? 夜間外出は感心しないよ」
「どこ行ったっていいだろ」
「まだ未払金の返済、終わってないんだけど」
「そりゃいい。帰ってくる理由になる」
「死んだら帰ってこれないっての」
「死体送られても困るだろうが。誰が葬儀代出すんだよ」
ハンティングホラーからやんわりと離れて、エヌラスは指を鳴らす。“
「
メーターが振りきれて『666』の数値を叩き出た直後、パチリと紫電が迸り、ハンティングホラーが変異していった。
二輪駆動は前輪を二輪に、後輪を一輪の三輪駆動の魔物へと赤く変異を遂げていく。機体から持ち上げるのは鎌を取り付けたような長柄の戦斧だった。
「そこを退け。ていうか城門開けろ」
「アゴウ方面には全面通行禁止。次の輸出入で取引は終了。そういう通達が来てる」
「どこの誰から」
「ここにいる私に、アゴウのアルシュベイトから」
「俺は無関係だ」
空気を裂いて迫る出刃包丁を弾き落とし、ハンティングホラーは自律操縦で後退する。ユウコが振り下ろすフライパンを戦斧で受け止めると、それだけで砕けそうな衝撃が全身に叩きつけられた。すぐさま弾き、柄で殴りつけて引き離す。
「だから、行くなって言ってんでしょうが!」
「何が何でも行くって言ってんだろうが!」
「なんで!?」
「どうしてもだ!」
「私が行くなって言ってるのに!?」
「俺が行くって言ったら退かねぇんだよ!」
戦斧と火花を散らすのは、魚介を捌く為の長包丁。戦闘用ではないそれも吸血鬼であるユウコの手に渡れば十分な凶器となる。白刃取りから刃を折り、胸ぐらを掴みあげて地面に叩きつけた。その眼前に戦斧を突きつける。くぐり抜けてきた死線が違うのだ、敵うはずがない。
泣きじゃくり始めるユウコに背を向けて、エヌラスの隣に“黙示録の獣”が止まる。前輪が二股に別れて左右に展開し、後輪が横向きに倒れて浮力を生み出す。当然、そこに純粋な科学の力は存在しない。燃料などと前時代的な燃焼機関を搭載しているはずもなかった。空を飛ぶエイのようなフォルムにエヌラスが飛び乗るが、そのコートの裾をユウコに掴まれて落ちそうになる。
「行かない、で!」
「やなこった」
「――じゃあ、帰ってきて!」
「生きてたらな」
「死んでも帰って来いバカヤロー! バカー!」
機首を上げて城門を飛び越えるなり、エヌラスは黙示録の獣を自走させて跨った。
「……他に行く宛ねぇんだから帰ってくるに決まってんだろ」
そんな事を独り言ちながら笑って、まったく口やかましい奴だと呆れる。
エヌラスは一人、ただトライクを走らせた。