2週間=14日間
今考えてみると、あの事件は不思議なことばかりだった気がする。
時刻は午前十一時を少し過ぎたくらいだ。
カイズは自宅のベッドで横になりながら、そんなことを考えていた。
「シスンさんが主なしで生き続けられたこと。死んだはずのエレナさんが彼の心にいたこと。……それに、この傷もそうだよな」
カイズは自身のわき腹を触ると痛みを感じる。だがそれは頭が反射的に感じた痛みだ。
実際に彼のあばらは折れてはいない。それは治癒がされたのではなく、折れた形跡が存在しないということだ。
「二人がいなくなって少し経って、気がついたら治ってたんだよな。まあ軽い擦り傷は残ってるけど、それぐらいだもんなー」
傷が治ったのは何もカイズだけではない。両足に大きなダメージを負ったヴィータの体もまた、ほぼ万全に近い状態で回復していた。
そのために事件の報告も含めて、ヴィータは今日も仕事に向かっている。
「そんでもって俺は一週間の自宅療養か。まあシスンさんに斬られた直後のことを考えたら、それが妥当だよな」
何せあれだけの傷を負った患者が、帰ってきたらほぼ無傷になっているのだ。医者としてもいくら体が万全に見えようとも、無理をさせるわけにはいかないのだろう。
「何とか説得して自宅に帰れただけでもよしとするか」
そんな流れで、カイズはものすごく退屈な休暇を過ごしていた。
もちろん勉強は毎日一定量はやっている。だがそうだとしても、狭い家にずっと一人は退屈でしょうがなかった。
「さて、お昼は何を作るかなー。ん? あれ??」
ガチャガチャ。
カイズがベッドから起きあがろうとすると、金属の擦れる音が耳に届く。この家の鍵を持っているのは、自分以外に一人しか存在しない。
こんな時間に? カイズはそう思いながら扉を見つめる。するとその扉は非常にゆっくり、力なく開かれていった。
「………………ただいまー」
「お、お帰りなさいヴィータさん。どうしたんですか?」
暗い顔でヴィータは頭を垂れている。彼女はノロノロと顔を上げると、その目に涙を溜めた。
「うわぁーん。本当に怖かったー」
「えっ、ヴィータさん!?」
彼女らしからぬ弱気な声に、カイズはおどおどしてしまう。ヴィータはよろよろとカイズに近寄ると、彼の胸にポスンと顔を埋めた。
「本当に怖かった。うぅー、カイズー」
「本当にどうしたんですかヴィータさん。何がそんなに怖かったんですか」
「…………はやてに」
「はやてさんに?」
「………………事件のこと説明し終わったあとに、めちゃくちゃ怒られた。あたしだって本当に悪かったと思ってる。でもあんな怖いはやてを見たの本当に初めてだったー」
「あー、ああー」
今回の事件はあまりにも不明瞭なことが多すぎる。それはシスンのことをカイズもヴィータも可能な限り黙っていたからだ。
だがはやてだけには本当のことを話す。それがヴィータの決定だった。
他のヴォルケンリッターには、思い出せない辛い過去に今更苦しんでほしくない。
だがそれでも事件の報告も含め、はやてには話さなければいけない。その思いには、カイズも賛成していた。
はやてならシスンの事件をそう悪いものに扱わないだろう。結果、シスンの過去からの事件は穏便に決着がついたとは思う。
だがその代償が今のヴィータの姿のようだ。
顔が青ざめ、体を震わせているヴィータを見るからに、想像もつかないほど強烈な説教だったのだろう。
カイズは彼女を抱きしめると、ポンポンと頭を撫でてあげた。
そんなカイズの優しさに触れると、次にヴィータは申し訳なさそうに顔を上げた。
「…………それと、ごめん」
「いえいえ、ヴィータさんにばかり辛い役目を負わせちゃって」
「い、いや、そっちのほうじゃなくて。その、今回の事件の発生の黙秘。あと独断による事件解決のお咎めがでたんだ」
「で、ですけど、事件はうまく解決できた訳ですし、はやてさんが仲介してくれたわけですし。そ、そこまで重いお咎めじゃないですよね?」
実際、普通にお咎めを受けたとしても、そこまで大きなものにはならないはずだ。
それにヴィータの性格を考えれば、減俸を受けたところでここまで落ち込むとは思えない。
だが今のヴィータを見ていると、そうも言っていられない。このまま黙っていても先には進まないだろう。
カイズはごくりと唾を飲み込むと、その疑問に訪ねた。
「そ、それでどんな処罰が下ったんですか」
「…………………二週間」
「えっ?」
「だから、二週間の自宅謹慎だよ」
「な、なんだー。むしろそれだけですんだんだったら。――――んっ!」
二週間。そう聞くと先ほど口にしたように、大したことがない気がした。だがそれを『日』に換算するとどうだろうか。
一週間というのはもちろん七日間だ。そして二週間というのは言うまでもなく十四日間ということになる。
そこまでくればヴィータが何を言わんとしているかはわかる。ヴィータは目に涙を溜めながら、げんなりと肩を落とした。
「…………ごめんカイズ。八日後の旅行は行けそうにない」
ヴィータがそうつぶやくと、カイズの表情がピシリと固まる。だが次の瞬間笑みを浮かべると、「あはははー」と声を上げた。
「いやいや、まあ今回は仕方がないですよね。旅行ならいつでもいけますし、あっ、とりあえずキャンセルしないといけないですね」
「カイズ、本当にごめんっ!」
「だ、大丈夫ですって。今回のことは誰が悪いってわけじゃありませんし、ヴィータさんも落ち込まないでくださいね」
「…………ごめん」
ヴィータを悲しませたくないと無理に明るく振る舞うカイズ。カイズに本当に申し訳ないと心底落ち込んでしまうヴィータ。
だが互いが互い思うことがある故に、ギクシャクしてしまうのは仕方のないことだろう。
何せこの旅行はただの旅行ではない。
ある意味、二人が本当の意味で恋人同士になるための大切なものでもあったのだ。
カイズは表情に笑みを浮かべながら、ホテルにキャンセルの電話をする。
そんな彼の背中を見ると、ヴィータは大きくため息をついていくのだった。