「そーれ、いくでー」
はやてがボールを弾くと、それが相手コートに入る。リインはすかさずブロックに入ると、トスを上げた。
「はい、シャマル!」
「了解、ヴィータちゃん!!」
宙にあがったボールはヴィータの背の何倍もの高さがある。だがそんなものなど何のその。
「うおりゃあああぁぁぁぁぁっ!!」
ヴィータは跳躍とともに、強烈なアタックを打ち込む。
狙いをつけない力任せのそれは、真っ直ぐにはやてに向かう。
「お任せください主はやて!」
「ここはあたしがって、姉御っ!?」
「ア、アギトっ!!」
ゴチンッ! 相手のコートにまで頭がぶつかり合う音が響きわたる。
ビーチボールは砂浜に落ちる姿を見ると、はやては「あはははー」と頬を掻いていった。
◆
「いけー、シグナム! 人数分、人数分に斬るんだからな!!」
「――――任せておけ!」
シグナムは目隠しをしながらも、一歩、また一歩とスイカに近づいていく。
外の声など関係ない。研ぎ澄まされた神経は、標的を完全に捕らえていた。
「――――そこだっ!!」
振り下ろされた木刀による一閃。ただの一撃により、目の前のスイカは人数分プラス1に切断されていく。
「…………ふぅ、薄くなってしまったがこんなところだろう」
「よっ、姉御ミッド一!」
「それじゃあお皿用意するわねー」
アギトがシグナムを誉めちぎる中、シャマルは淡々と紙皿を用意する。
海という場所で調理されたそれは、それだけで最高の味だった。
◇
「あぁー、やっぱりいいもんだよなー」
「そうですねー、ヴィータさん」
エアマットで横になるヴィータ。それに寄り添うカイズ。二人は波に逆らうことなくゆらゆらと揺れていた。
主に仕事の虫の八神家は、あまりゆっくりと休日を過ごすことはなかった。それに去年の海のこともあり、それなりに警戒もしていたが、どうやらカイズに来てもらったことは正解だったようだ。
相変わらず自分のことはあまり見てくれず、リインやシグナムのことばかり見ているような気がする。
だがそれももう気にしないことにした。
時間が少しでもできれば二人っきりになろうとしてくれるし、今日はあくまでデートでなくボディーガードとして来てくれたのだ。
恋人よりもその家族に気を使うのは、当たり前と言えば当たり前かもしれない。
(そうだとしても。……別に胸なんてなくてもいいっていってたのによー。まぁ、そんなことじゃ愛想尽かさないけどなー)
何て言っても自分の方がお姉さんなのだ。ここは変に嫉妬せずに、こちらが大人になろう。
「二人ともー、ちょっといいかなー」
岸のほうから、はやての声が聞こえる。
「おーし、それじゃあ戻るかカイズ」
「あっ、それじゃあ先に戻ってください。すぐに向かいますんで」
「ん、一緒に戻ればいいじゃねえかよ」
「…………いえ、ちょっと先に戻っていただくとありがたいです」
「んんっ??」
いったいどうしたのだろうか。理由はよくわからないが、カイズはその場からまだ動く気はないようだ。
「そ、それじゃあ先に行ってるからな」
ヴィータは小首を傾げながらも、一人ビーチに戻っていくのだった。
◇◆◇◇
「それじゃあお昼は適当に見繕ってきますね」
「そちらは任せたぞカイズ」
シャマルにザフィーラ、アギトとはやての四人のメンバーがその場から立ち上がる。
「三人ともありがとうです。でもリイン達はいかなくていいんですか?」
「ああ。荷物持ちなら我らだけで十分だ。日に当たるメンバーを増やすこともない」
「ありがとうです、ザフィーラ」
「いや。――――ミッドランドの時に比べたら楽なものだ」
「あ、あはははー」
「それは、なー」
ザフィーラの言葉に、カイズとヴィータ以外のメンバーが乾いた笑い声を浮かべる。
「ほ、ほら行きましょうザフィーラ」
「ファ、ファイトだぜザフィーラの旦那」
シャマルとアギトに背中を押させると、四人は海の家へと姿を消していく。
そんな背中を見送ると、シグナムはリインにぴたりと体を寄せた。
「もぉー、シグナムはまだ恥ずかしいんですか。スイカ割りの時はあんなに堂々としてたのに」
「あ、あの時は集中していたから大丈夫だったが。――――ど、どうしてこんなにジロジロ見られるんだ」
「それはリイン達が、み・りょ・く・的だからですよー」
人一倍大人っぽい(ぽく見える)二人は、やはり男性の視線の的になりがちだ。
さらにこの場に残った男性がザフィーラではなく、カイズということも大きいだろう。
あの筋肉を前にすると、大抵の男は弾かれたように目を外してしまう。
恥ずかしがるシグナムを見て、カイズはバッグからタオルを取り出す。するとそれをシグナムに差し出した。
「よかったらこれ使ってください。まだ予備のバスタオルはあるんで」
「い、いいのか」
「大丈夫ですって。それに二人の姿は周りの男には些か刺激が強いと思うんで、それでトントンだと思いますよ」
「し、刺激が強いって。~~~~~!!」
シグナムはゆでだこのように顔を真っ赤にすると、バスタオルを羽織り、恥ずかしそうに俯いてしまう。
そんなカイズの言葉を聞いて、リインは腰と後頭部に手を当てる。そしてまるでグラビアアイドルのようなポーズをとった。
「それじゃあ、リインはどうですか」
「リインさんがこの中では一番周りの男の視線を集めてますよ」
「えぇー、困っちゃいますねー」
口では困ったと言いながら、満更ではないとハニカんでいく。そんな二人の姿を見ると、ヴィータはムスっとした顔でカイズを見つめた。
だがそんな視線にカイズは気づくことはない。思えば今日は二人きりの時以外は、あまりこちらを見ていない気がする。
(そんなに大きい胸がいいのかよ。……バカ)
足でも思い切りツネってやろうか。ヴィータがそう思ったときだ。
二つの影が、四人の前に立った。
「ねえ、彼女たちー」
「ふぇ、リイン達のことですか」
「そそ、二人のこと午前中からずっと気になってたんだよねー。どう、よかったら俺たちと遊びに行かない」
いかにも遊んでいそうな色黒の男が二人。午前中からということは、ザフィーラがいなくなるタイミングまでずっと待っていたのだろう。
何という腰抜けだ。ヴィータが呆れ果てた目で二人を見るが、そんな二人の視線はシグナムとリインにのみ向けられていた。
「どうせそっちの男は荷物持ちか何かで連れてきただけなんでしょう。ぜってー、俺たちと遊んだほうが面白いよ」
「んー、でもお断りするですー」
「そんなこと言わないでさー。君らもそういう目的でそんな水着着てるんでしょー」
リインが笑顔のまま断るが、男たちはいっこうに引く気配がない。そしてその口論に、シグナムの眉がピクリと動く。
ただでさえ恥ずかしい水着を着ているのに、それを男目的だと言われたのだ。これ以上の侮辱はないであろう。
「――――おい、そこの貴様等」
シグナムは先ほどスイカ割りで使った木刀に手を伸ばす。だがそれをすぐに察したリインは、突然カイズの腕に抱きついていった。
「でもー、駄目なんですよー。私たちはこの人の専属ですのでー」
「へっ、リインさん?」
「ほら、会話を合わせるです」
小声でカイズに囁くと、リインはぐいぐいと惜しげもなくその胸を押しつけた。
「もうリイン達はこの人とは切っても切れない縁といいますかー。もうこの人にメロメロなんですよー(ほら、シグナムもー)」
「へっ、ひゃっ、そ、そ、そうなんだ。私たちはもう差し押さえ済みだ。あ、相手が悪かったな」
何がどうしてこうなった。怒りにまかせて木刀振るおうとしていたシグナムは、リインの念話で正気に戻る。
そして混乱した頭のまま、カイズのもう片方の腕に絡みついていった。
腕の圧力に形を変える二人の胸。その姿を見て、男二人はゴクリとつばを飲み込む。
「そ、そんなこと言っちゃってー。どうせ演技か何かなんでしょー」
「えへへー、そうかもしれませんねー。でもそうでないかもしれません。そ・れ・に、私たちの彼って管理局で働いてるんですよー。最近は試験も突破してまた一段と強くなりましたしねー」
(仮教導試験だけどな!)
ヴィータは心の中で突っ込みを入れる。だがその本当の内容を知らない男二人は、『管理局』という言葉を聞いた瞬間、顔色を悪くした。
「ま、まじかよ」
「えっと、まあ、そうですね」
「わ、わかったら、さ、さっさとここから去るんだな。彼の木刀の錆になりたいのなら別だがな」
(それはシグナムがしようとしてたことだろうがっ!)
再び心の中で突っ込みを入れる。
男二人はボソボソと何か言葉を交わす。だが最後には「ちっ」と舌打ちとともに髪をかきあげた。
「あーあー、そんな男にもったいねえなー」
「マジありえねえわ」
清々しいほどの捨てぜりふを残すと、男たちはその場から立ち去っていく。
リインは「ハァー」と息をつくと、シグナムのほうをギロリと見た。
「…………シグナム、いま力ずくで解決しようとしましたね」
「だ、だがあの男たちがしつこいからだな」
「それでも暴力沙汰になったら、今日の休暇が潰れちゃうかもなんですよ!」
「傷つけなくても撃退する方法などいくらでもあったさ!」
互いに正論であるが故に、どちらも譲る気はなかった。
そんな間に挟まれたカイズは、困ったように声を上げた。
「と、とりあえず喧嘩するにしても何にしても。……一度腕から離れませんか」
「ふぇ?」
「腕? ――――す、すまない!」
二人はずっとカイズの腕を抱きしめていたことを今になって思い出す。リインは「ごめんなさいですー」と手を離し、シグナムは怒りなど忘れ、羞恥心で押しつぶされそうになっていた。
(むうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!)
そんな全容を見ていたヴィータには、もちろん今の状況は面白くない。そんなに大きな胸がいいのか。彼女が目の前にいるのに、何でそんなにもほったらかしでいられるのか。
先ほどまでのイライラなど比ではない。ヴィータは怒りのままにその場から立ち上がると、ズンズンとカイズの前に立った。
「…………カイズ、二人で遊びに行こう」
「い、いきなりどうしたんですかヴィータさん。それにまだはやてさん達が帰ってきてませんし」
「…………そんなにあたしといるのが嫌なのか」
「いえ、そういうことじゃなくて」
「――――だったらどうして今日はあたしのほうを見ないんだよ! リインやシグナムのことばっかりで、全然こっちをみないじゃないかっ!」
「そ、それは、えっと……」
「そんなに大きな胸がいいんだったら、ずっとそこにいればいいんだよーだっ!!」
ヴィータは「べー」と舌を出すと、その場から走り出してしまう。
しばらくして、ちらりと後ろを見てみる。
だがカイズが追ってくる様子は全くなかった。