「はあぁ、何がお姉さんだよ。……てんで子供の対応じゃねえか」
しばらくして我に返ったヴィータは、自ら起こした行いに深くため息をつく。
「で、でもカイズもカイズだ! みんなのことばっかりで、全然あたしに気を使ってくれなかったし……」
だが実際に絡まれていたのは、リインとシグナムだ。八神家において蚊帳の外なのは自分だけで。もし彼にかまわれたいのなら、初めからそういった格好でくるべきだったのだ。
「…………一生懸命選んだんだけどな」
ヴィータは腰のふりふりの部分を掴むと、再び大きなため息をつく。
「やっぱりこういった子供っぽいのじゃなくて、おっ、わっ!?」
ヴィータが俯いた瞬間、何かが横からぶつかってくる。
ヴィータは勢いのままに尻餅をつくと、目の前の男二人は『あーあ』とやさぐれた声をあげた。
「お嬢ちゃんのせいでせっかくの水着が飲み物で台無しだー。全くちゃんと前見て歩かないとねー」
「それはこっちの台詞だ。何だよいきなりぶつかってきて!」
ヴィータが睨みつけると、男二人は意外そうな顔をする。ヴィータの見た目で、まさか言い返してくるとは思っていなかったのだろう。
確かこんな奴去年もいたな。
わざと子供にぶつかって、いちゃもんをつける。そしてその親に対して、金をセビるような最悪の輩だ。
親たちはトラブルを避け、金を払ってしまう。それは当たり前だ。せっかくの子供との休暇を、こんなことで潰されたくないのだから。
「お嬢ちゃん、親はどこかなー。子供の不手際は、きっちり親に払ってもらわねえとな」
二人組のうち、金髪の男がヴィータに手を伸ばす。
(ははっ、どーせ海であたしに構ってくるのなんてこんな奴くらいだよな)
だがちょうどいい。こっちはいろんなことがあってムシャクシャしてたところだ。
相手が触れた瞬間、顔面を殴りとばしてやる。ヴィータがそう思い握り拳をつくる。
だがその手はヴィータに届くことはなかった。
「おおっ? なんだテメェ??」
「――――カ、カイズ!」
ヴィータに延ばされた手は寸前のところで、カイズに押さえつけられる。彼は力の限りで男の手首を握りしめると、鋭い目で金髪を睨みつけた。
「…………何してるんだよ」
「はぁ?」
「いまヴィータさんに何しようとしたかって言ってるんだよ」
それは小さく、そうであってもドスのきいた声だった。カイズは握りしめた手を、力づくで男の顔の横まで戻していく。
いくら力を抑えていたといっても、ヴィータとは何度も模擬戦をした身だ。魔力量でなく、単純な筋力も普通の成人男性のそれとは比べるまでもないようだ。
金髪の額から、暑さとは違う汗が流れ出す。
だがそうとは知らず、もう一人の男が呆れたように声を上げた。
「おい、お前こいつの親かよ。だったら子供の責任はキッチリとれよな」
「ふざけるな。ヴィータさんがそんなことするわけないだろう。それに俺はヴィータさんの親なんかじゃない」
「だったら親戚か何かか? だったとしても――――」
「だから違うって言ってるだろ!」
カイズは金髪の腕を振り払うと、もう一人の男に押しぶつける。そしてフリーになった右親指を立てると、自身の顔をビシッと指した。
「俺はヴィータさんの親でも親戚でもない。――――俺はヴィータさんの恋人だっ!!」
怒号と共に放たれた言葉が、周りに響きわたる。
二人の男は、カイズの姿とヴィータの姿の間を世話しなく移動させる。
そしてあんぐりと口を開くと、困ったように声を上げた。
「お、おぉ……。なんか、ごめんな」
「恋人、恋人って。……ま、まあ人それぞれだよな。ああ」
男たちの気性が一気に冷めていくのが見て取れる。
二人は訳も分からずなぜか頭を下げると、そのまま人混みの中に消えていってしまった。
だがポカンとしてしまったのは、男だけではない。遠巻きに状況を見ていた人からは喧噪があがり、『恋人って、やばいんじゃない』『もしかして誘拐とか』など聞こえる始末だ。
「ヴィータさん、大丈夫でしたか」
「どちらかといえば、こっちのほうがやべえぞ! と、とにかくここから移動するぞ!!」
「へっ、あれ、ヴィータさん?」
ヴィータはカイズの手首を握りしめると、そのまま人混みから駆け抜けていくのだった。