2人だったら
始まりはただの照れ隠しだったと思う。
彼の体力の限界に気づかなくて。心の準備ができているわけでもなく。だから思わず口にしてしまったこと。
だがその言葉をキッカケにいろいろなことが起こったと思う。
自分に魅力がないなどと、悩んだこともあった。
それが理由でなかなか距離が縮まらないこともあった。
だけど、それを理由に逃げていた気持ちに踏ん切りをつけることだってできた。
約束とは違う形になってしまった。だけど、今あたし達はようやく始まりの約束の場所に向かおうとしていたのだ。
時空艇の二人掛けの席。指輪のはめられたヴィータの左手に、彼の手が優しく被さる。
夫婦になっても、やはりスキンシップはどこか恥ずかしかった。だけど理由をつけて逃げることはない。ヴィータは隣にいる彼を見ると、優しくほほえんだ。
「楽しみだな。海の見えるホテル」
「……やっとですからね」
互いに思うことは同じようだ。二人は昨日まで働き詰めだった体を休めるように、ゆっくりと目を閉じる。
今日は結婚してようやく巡ってきた長期休暇。そして二人の新婚旅行の日でもあった。
◆
ヴィータとカイズ。二人が結婚してそれなりの月日が流れていた。
カイズはひよっこながらも正式な教導官となり、あまたの講習や覚えること。さらに初めての教導など、新しい生活で慌ただしい毎日を送っていた。
ヴィータもヴィータで、元々急がし身だ。多くの教導に駆り出され、凶悪事件が起きた際には様々な世界に飛び回っている。
しかし充実した毎日とは裏腹に、二人の時間をなかなかとることができなかった。もとよりカイズが教導官になってすぐに結婚したのもそれに輪をかけてしまったのだろう。
結婚式の準備、その間に起きた事件、怪我の治療、結婚式本番、引っ越しや新生活とてんやわんやの毎日だ。
そんな二人の休日が重なったのは、ミッド特有の長期休暇の時だ。地球で言うゴールデンウイークにあたるその休暇に、二人の休みが重なり、さらに滑り込みでホテルが予約できたのはまさに奇跡と言ってもいいだろう。
こんな時期だからか、料金はそれなりに割り増しだが、新婚旅行と考えればそれなりだろう。
いよいよ海に行くということで、ヴィータの服装はそれをイメージしたものだ。
物語にでてきそうな、清潔感のある真っ白なワンピース。麦わら帽子は現地で買うつもりだ。
カイズもラフな格好をしている。重い荷物は全て転送しているので、二人は最低限の荷物しかもっていない。
こういった荷物の少ないのは、魔法世界のいいところだ。
ヴィータはこれからの新婚旅行に胸を躍らせる。彼女の目の前には幸せな未来と、愛する旦那の姿しか映っていない。
だからであろう。ほんの少し周りを見れば気づけたことに、ヴィータもカイズも気づかなかったのだ。
そしてその見過ごしは、時空艇のホームにつくと同時に現実となって彼女たちに襲いかかるのだった。
◆
「さ、寒いっ!!」
ホームでのヴィータの第一声は、予想していたものとは真逆のものだった。元々気候を意識していなかったカイズは、ジャケットをヴィータに着せながら首を傾げる。
「あれ、確かこの次元ってずっと温暖な気候のはずでしたよね」
「そ、そのはずだけど。確かパンフレットにもそう書いてあったはずだよな」
二人は備え付けの椅子に座ると、バッグからパンフレットをとる。そこに描かれているのは、常夏のイメージにぴったりの水着の男女である。
だが目の前の光景はどうであろうか。皆上着を着込んでおり、とても夏を楽しむ感じではなかった。
さらにいえば、客の数もおかしかったのだ。
「なあ、カイズ。この次元って、それこそ毎日大にぎわいで、ホームからでるのも大変だって話だよな」
「はい、そのはずですけど。…………いや、やっと理由がわかりました」
カイズはパンフレット終わり際を開く。そこに描かれているのは、パンフレットの9割を占める絵とは真逆の絵。
雪が舞う銀世界。その絵を見ると、カイズは額に手を置いた。
「もうちょっと考えるべきでした。……どうしてこの長期休暇時期にホテルがとれたのか。それに値段が割り増しになってたのは、いろんな意味でこの時期だからってことなんですね」
どちらにしても長期休暇だ。その休みにほかと同じことをしてもしょうがない。だからこそ、常夏を銀世界に変え、人数は少なくとも割り増しの営業なのだろう。
カイズはパンフレットを閉じると、うなだれるように頭を抱えた。
「…………すみませんヴィータさん。俺、こんな単純なことにも気づかなくて」
「い、いや。あたしも全然気づかなかったし。それに予約の方はカイズに任せきりにしちゃったわけだし。……その、ごめん」
「とりあえず服を買いに行きましょうか。このままじゃヴィータさんの体が冷えちゃうと思うんで」
「…………うん」
先ほどまでの気分はどこ吹く風。二人は肩を落とすと、近場の服屋を探すのだった。
◆
茶色のダッフルコートに、クリーム色の毛糸の帽子。両手にはふかふかの手袋をつけると、ヴィータは店の外にでた。
どうやら二人と同じような間違いをするような客は多いらしく、店のラインナップは狙いすましたように充実していた。
外にいる黒いダッフルコートを着たカイズの隣に歩いていくと、二人は同時に空を見上げる。
「綺麗ですね。…………雪が」
「うん。……そうだな」
魔法の力で人工的に降っている雪は、何ともロマンチックだった。地球と違い、こういったロマンチックな景色が気候に関係なく見られるのは、魔法世界のいいところであろう。
ただ、それがその気できていればの話だ。
ずっと海の気分だった二人は、この気候状態でどうするかと新しい観光マップを購入した。
どちらにしても海になど入れるはずもなく。そうでなくても、チェックインを済まそうと無言のままホテルに向かう。
◆
「………………」
「………………」
果たしてそれはホテルと呼んでいいのだろうか。
いや、確かに目の前の建物は料金にそぐわないほど、見事な外観だった。
だが瓦の屋根に、金シャチホコ。これはホテルというよりは、旅館。旅館と言うよりは、城と言った方が正しいだろう。
カイズは両手で顔を覆うと、その場に膝をつく。そして絞り出すように、小さな声を上げた。
「………………本当にごめんなさい、ヴィータさん」
「ううん。あたしもなんか、その、ごめん」
どちらに落ち度があったわけではない。カイズは新人で仕事が忙しい中、必死になって旅行プランを考えた。
ヴィータもまた数多く仕事をこなし新婚旅行費が負担にならないようにと頑張った。
強いてなにが悪かったかと問えば、二人の買った旅行雑誌のせいだろう。もし二人が突発的な休日に合わせることなく、しっかりと計画をして旅行プランを組んだのなら。
きっとこのような事態にはならなかったはずだ。
だがこんな寒い中、このままと言うわけにはもちろんいかない。カイズはよろよろと立ち上がると、ホテルの、旅館の。いや、城へのチェックインをすませにいくのだった。
部屋は二人で宿泊するにしては、十二分の大きさがある。逆に持て余してしまいそうなほどの全面畳の部屋を見ると、もうため息すらでてこなかった。
スイートなベッドのある部屋で、海をバッグに新婚旅行。その全てが崩れ落ちたことがわかったからだ。
ヴィータは始めに送っておいた荷物の中身を見ると、はぁとため息をつく。
(せっかく新しい水着買ってきたんだけど。どうやら出番はなさそうだな)
どうしてこうも何もかもうまくいかないのだろうか。いつもつまらないすれ違いが起こることに、何か呪いでもかけられているのではないかと思う。
「なぁ、カイズ。これからどうし、お、おい何土下座してるんだよ!」
「…………いえ。もうヴィータさんに見せる顔もありません。本当に申し訳ありませんでした」
「そ、それは言いっこなしだろ。あたしだって確かめる機会はいくらでもあったわけだし、全部カイズ任せにして悪かったと思ってるだから」
「そ、そんな! ヴィータさんは何も悪くないですよ!! ――――ヴィータさんとの新婚旅行で浮かれてて、そのよく確かめもしないで、即決しちゃって」
「あたしだってそうだよ。なかなか休みは合わねえし、二人でゆっくりできるの楽しみにしてたんだ。だから、その、あんまり旅行先のこと調べなくて」
「ヴィータさん……」
「カイズ…………」
二人は言葉を詰まらせてしまうと、そのままどんよりと俯く。
――――そう、二人が結婚する前ならきっとそうなっていただろう。
つまらないすれ違いでギクシャクして、その解決にかなりの時間を有したかもしれない。
だが今の二人は違った。互いに互いの顔を見ると、力が抜けたように笑顔を見せあった。
「結局、俺はヴィータさんと一緒にいられるならどこだってよかったみたいですね。プラン通りにいかなくて、ちょっと焦っちゃいましたけど。だけど、ヴィータさんは大丈夫ですか?」
「あたしだってカイズと一緒にいられるだけで幸せだ。それにプランって言っても、あたしたちの始まりは、海の見えるホテルだろ。季節がどうあれ、外観がどうあれ目的はしっかり達してるよ。――――よしっ、せっかくここまで来たし、街に降りるとするか」
「―――――はいっ! そうしましょう!!」
ヴィータの言葉に、カイズは見えない尻尾をパタパタと振る。そんな彼を見て、ヴィータもまた彼の罪悪感が晴れたことを理解した。
(そうだよな。あたしたちはもう昔のあたしたちとは違うんだよな)
今まで様々な事件や問題を越えてきた。
始まりは教導実習。カイズの猛烈アタックにあたふたしながらも、ヴィータは彼と恋人同士になった。
サクヤやカイズの伸び悩みで、彼の夢をしっかりと後押ししたいと思った。
デスイーターとの戦いで、存在自体が消えかかっていた自分を彼は救い出してくれた。
シスンと過去の闇の書事件を巡る争いに、二人は各々の答えを出し、逃げるのではなく向き合うことを選んだ。
そして例え何度自分のことを忘れても、カイズは必ず思い出してくれる。だからこそ、二人は一緒にここまで歩んでくることができたのだ。
何度も別れを意識し、生き死にすら体験した二人だ。改めて考えて見れば、今更この程度のこと障害ですらなかったのだ。
ほかに何もいらない。愛するこの人が側にいてくれればそれでいい。だからこそ、どこにいても二人は幸せなのだ。
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続きは近日に