食堂の相談
管理局のとある複合施設。二時間の会議を終えたタイトスーツの金髪の女性、フェイト・T・ハラオウンはその小さな背中を見つけると声を上げる。
「あっ、久しぶりヴィータ。そういえば今日はここで教導だったね」
彼女の声を聞くと、紅い二つの三つ編みの少女ヴィータはフェイトのほうに振り向く。
「おっ、その声はテスタロッサか。そういえばお前がここにいるってはやても言ってたな」
「うん。でもこんな偶然に会えるなんて思ってなかったよ。もし時間あったらこれからお昼でもどうかな?」
「こっちは問題ねえぞ。ちょうど食堂に向かうところだったし」
「それじゃあ一緒に行こうか」
フェイトはヴィータに追いつくように小走りで彼女に近づく。ヴィータはそんなフェイトの姿を見ると、少しだけ顔をムッとさせる。
「ん、どうしたのかなヴィータ。何か私の顔についてる?」
「いや、顔っていうよりも。……何でもね」
「うん?」
何でもないというわりには、大きなため息をつくヴィータを見て、フェイトは小首を傾げる。
まあ何はともあれと、二人は食堂に向かうのだった。
お互いに注文した食事を食器に乗せると、二人掛けの席に向かい合うように座る。
食事の間、二人は少しの談笑を交わしていた。だがヴィータのちらちらと動く視線と、時々その表情が曇るのをフェイトは見逃さなかった。
「やっぱり私に何か隠してるよねヴィータ。さっきから私の顔をジッと見たりしてるし」
「い、いや、顔というか、その……」
「何か悩みがあるんだったら、相談に乗るよ。もちろん私に力になれることだったらだけど」
もしかしたら自分が失礼なことをしたのでは。フェイトは少なからずそう思うと、徐々に顔を俯かせる。
彼女の変化に気づくと、ヴィータは慌てて両手をぶんぶんと振った。
「い、いやいやいや、別にテスタロッサがどうこうってわけじゃなくてな。ちょっと、ないものねだりというか」
「どういった相談でも大丈夫だよ。だからもし私でよかったら相談してくれると嬉しいな」
「ほ、本当にいいのか……」
「うん。もちろんだよ!」
ヴィータの力になれる。それがわかるとフェイトの表情に明るさが戻る。だがそんな彼女とは対照的にヴィータは未だに思い悩むような顔をしていた。
「だったら聞くんだけどよ。…………どうやったらそんなでかい胸に育つんだ」
「…………えっ?」
「だからどうやったら胸が大きくなるかっていってるんだよ!!」
「えっ、えええっ!?」
ヴィータはバンと机を叩くと食器が小さく揺れる。すると、フェイトが箸で掴んでいた卵焼きがゆっくりと落下し。――――そのまま彼女の胸の上にぽとりと滞在した。
巨乳特有のあるある現象を見せられると、ヴィータの勢いはさらに増す。
「だってあたしと出会った頃は、テスタロッサもなのはもはやても同じくらいだったろ。だけど十八越えるくらいにはテスタロッサだけが一回り以上でかくなってたよな。いったいどうやってそんなに大きくしたんだ!」
「ちょ、ちょっと、ヴィータ落ち着いて!」
「ああ、そういえばティアナの奴も機動六課が解体してから急にでかくなったよな。あれか?執務官になると胸が大きくなる特権でもつくのか!!」
「ヴィータ、ストップ!ストップ!!ここは公共の場だよ!!」
慌ててヴィータを止めようとするフェイト。その心配が的中したように、食堂はざわざわと喧噪に包まれる。
そして男たちの視線が、フェイトの胸に向けられているのは、多分彼女の気のせいではないであろう。
フェイトはボッと顔が真っ赤になると、その場から立ち上がりヴィータの手を掴む。
「とにかく移動しよう!」
「ちょっと待てよ。まだあたしの相談は終わってねえぞ!」
「わかった。わかったから、とにかくここじゃない場所でね!!」
フェイトはヴィータを立ち上がらせると、そのまま力ずくで彼女の手を引く。
そして顔を俯かせ小走りで食堂から姿を消すのだった。
別施設の廊下の奥の方にある休憩スペース。薄暗く人が立ち入りづらいその場所のソファーに、二人は腰を下ろしていた。
ヴィータはフェイトに買ってもらったココアを口に含むと、大きなため息をつく。
「すまなかったな。何か暴走しちまって……」
「う、うん。それはまあいいんだけど。いきなりどうしたのヴィータ?今までは体型のことなんてほとんど気にしてなかったのに」
「えーっと、あの、そのよ……」
ヴィータの言葉の歯切れが悪い。その恥じらうような表情と仕草を見ると、フェイトは頭の中でポンと手を叩く。
「もしかして最近できた彼氏さんのことが関係してるのかな?」
「――――!お、おう。そうなんだよ」
「でもなのはとかはやての話だと、随分ラブラブだって聞いたけど。……もしかしてそれが胸の話に繋がるのかな?」
「……ああ、そうなんだ」
ヴィータは観念したように頭を掻くと、小さな口を尖らせる。
「確かにカイズの奴とはうまくいってるんだよ。まああたしも教導で忙しいし、あいつも教導官の勉強で忙しいからそんなに会えるわけじゃないんだけど。それでもうまく時間が合えば夕飯を一緒に食べたりするし。それになんかしてなくても、あいつと一緒にいるのは楽しいからな」
「ごちそうさま。でもまさかヴィータからそういう話を聞く日が来るとはねー。だけどそんなにラブラブなのに、何の問題があるの?」
「それがよ。……カイズの奴少し金を貯めたいらしくて、この前外食じゃなくてあいつの家で夕飯を食べたんだ」
そう話すヴィータの顔はドンドンと俯き加減になる。その姿を見て、フェイトははっと顔を上げる。
「も、もしかして無理矢理酷いことをされたの!」
「い、いや。されたっていうよりも。……何もされなかったというか」
「…………えっ?」
「だからよ。付き合い初めてもう二ヶ月ちょっと。二人でご飯食べて、何度かデートして。で、あいつの部屋に行って、それで『あっ、ヴィータさん。もしよかったらシャワー先に使っていいですよ』なんて言われたら、いよいよだと思うだろ。ああ、確かにそういった知識はあたしにはないから、何がいよいよかはよくわかってないさ。でもはやてが、男の部屋にあがってシャワーを浴びろって言われたら覚悟しろっていったから、それなりに覚悟してたんだ」
「ま、まあ確かにそうかもしれないね」
「シャワー浴びてる時は、そりゃドキドキしたさ。これからあたしはどうなるんだろうとか。初めては痛いらしいとかいろんなことが頭のなかぐるぐるしたさ」
「それでどうなったの?」
「……あたしがバスタオル一枚でシャワー室からでたんだよ。そしたらカイズなんて言ったと思う。『あっ、ヴィータさんに合いそうなパジャマさっき買ってきたんで、これ着てください。それじゃあ俺もまだちょっと汗が残ってるんでシャワー浴びてきますね』だぞ!!何だあのウサギ柄のピンクのパジャマは!色気もへったくれもないじゃないかああぁぁぁぁっ!!」
ヴィータはココアを勢いに任せて飲み干す。フェイトはそんな彼女をなだめるように両手を出す。
「で、でもバスタオルのままじゃ風邪を引くって思ったんじゃないかな」
「あたしも初めはそう思ったさ。まあ仕方なくパジャマ着てよ。そのままドキドキしながら正座してたんだよ。――――で、落ち着かなくて部屋をあちこち見てたら、その、ベッドの下から見つけちまったんだよ」
「何を?」
「――――本だよ」
「ん、なんの本?」
「だ、だから女の裸が映ってる本を見つけちまったんだよ!!」
「女の人の裸って。あ、あわわわっ」
言葉の意味がわかったのか、フェイトは頬を赤く染める。それはその意味を初めから知っていたヴィータも同様だ。ヴィータは恥ずかしい気持ちを抑えながら、話を続ける。
「まあ男ならエロい本の一冊や二冊は持ってるってのは、はやてから聞いてたさ。ああ、別にそれくらいならそこまで動揺しなかったが、そこにあった二冊のエロ本が両方とも胸のでかい奴しか映ってねえのが許せなかったんだ!」
「で、でも、大人になればみんなある程度胸は大きくなると思うよ」
「巨乳特集って書いてあっても、まだそんなことがいえるか?」
ヴィータが眉をひそめると、フェイトの顔がピシリと凍る。
「ちょ、ちょっとフォローしにくいかも」
「しかもあいつ、シャワー室から出てきたときはもうパジャマだったし。結局あたしが帰るまでずっと談笑してるだけだったんだぞ。……それで思っちまったんだ」
ヴィータは両手でガサガサと頭を掻くと、諦めたようにため息をつく。
「もしかしてあいつ。胸の大きな女が好きなんじゃないかって……」
「そ、それは私にはなんて言っていいか。だ、だけどカイズ君はヴィータのこと大好きなんでしょう」
「おう。自分でいうのもどうかと思うけど、それは多分間違いないと思う。だけどあいつにとってあたしは優しく見守る対象というか、見てて興奮しないというか。……結局あの観覧車以来、そういった態度見せないしな」
「あの観覧車って?」
「へっ?あ、ああ、何でもねえ!それはなんでもなくて、う、ごほ、ごほっ」
「だ、大丈夫ヴィータ?」
「大丈夫だ。――――それでよー。今日は教導終わった後に、直接あいつのうちに行く予定なんだ。しかもはやては今日はお泊まりしてきてもOKやでーとか言ってるし。……でももしまた何もなかったら、こんな体型ながら少しばかりあった自尊心が粉々になっちまうなーって」
「うーん、彼氏がいるだけで羨ましい相談ごとではあるけど。当のヴィータにとっては深刻な問題だもんね」
フェイトは苦笑いしつつも、真剣にヴィータの言葉を受け止める。
「そこで胸の大きい。じゃなくて、男の兄妹のいるフェイトに聞きたいんだけどよ。その、昔のクロノとかって家だとどんな感じだったんだ。え、エッチな本とか持ってたりとか」
「えーっと、クロノは私が出会った頃にはもう仕事詰めの生活だったからなー。何か持ってるには持ってたかもしれないけど、ちょっと参考になるようなことはわからないかも」
「こっちはこっちでザフィーラもそういう関連は全然なんだよな。俺は皆を守る盾、それだけだ。そういってスーッとどっかいっちまったしな」
そういえばその話をしたときに、やたらはやてがニヤニヤしてたような。
ヴィータはそんなことを思い出すが、今は関係ないと頭の片隅に投げ捨てた。
「ハァー、初めてだな。あいつと会うのが憂鬱だと思うのは」
「うーん、私はそんな深刻にならなくてもいいと思うけどなー」
「そりゃお前やシグナムはおっぱいが大きいからな」
「そ、そういうことじゃなくてね。えっと、カイズ君は間違いなくヴィータのことが好きで、ヴィータもカイズ君のことが好きなんだよね」
「――――お、おう」
「二人が好き合ってるならそこまで焦らなくてもいいと思うんだよね。でもそれでもヴィータが現状に満足できてないんなら。ヴィータが一歩踏み込んでもいいんじゃないかな」
「あたしが、踏み込む?」
「そうだよ。何もカイズ君にリードしてもらうだけじゃなくてさ。目の前に堅い壁があるなら、真正面から打ち崩していく。だからカイズ君とのことも、ヴィータが思うように気持ちを伝えたほうがいいと思うよ」
フェイトの励ましがヴィータの心にとけ込む。すると今まで俯きがちだったヴィータが、バッと顔をあげた。
「気持ちを伝える。……おう、そうだよな!何だかガラにもなく弱気になっちまってたみてえだ」
ヴィータは紙コップを握りつぶすと、よしっと立ち上がる。
「サンキュウなテスタロッサ!こうなったら当たってぶち砕いてくるぜ!!」
「うん。でもほどほどにね~」
「まかせとけって!それじゃあ午後の教導も頑張ってくるぜ!!」
ヴィータは親指をぐっと立てると、その場から駆けだしていく。
廊下の奥に消えていくヴィータの背中を見届けると、フェイトはふっとため息をついた。
「いいなー、ヴィータ。なのははすっかりお母さんになっちゃったし、まあ私もママではあるんだけど。……てもやっぱり結婚はしたいなー」
フェイトは紙コップの中身を飲み干すと、大きなため息とともにソファーから立ち上がる。
そして自分も頑張ろうと、気合いを入れ直すのだった。