1.
豪和が特自と共同開発しているTAの実験は、既に第二段階へ移行しようとしていた。
ただし、ユウシロウが失踪していた二週間の間は、実際にTAを使った本格的な走行実験は中断されていたが、それでもこれまで長年に亘って行われてきたシュミレーション実験によって得られたデータにより、TA開発自体が新たな局面を迎えていたことは事実だった。
しかし、それが出来たのも、ユウシロウがいたからこそであるということは、最早疑いようの無い事実であった。
TA――二足歩行型兵器という全く新しい概念の兵器が、特に近年盛んに各地で勃発している都市部による戦闘において、その存在意義を確固としたものにできたのは、清継ら豪和の人間が"マイル1"と名付けた人工筋肉が発見されてからである。
これまで二足歩行型というアイデアを有した兵器は、各国で盛んにその概念研究が進められてきたが、今まで一度たりとも、それが事実上の開発段階へと進んだことはなかった。
というのも、それはすべて二足歩行型という形態に問題があったからである。なぜなら二足歩行という不安定な形態は、戦場という過酷な場所と条件で用いるには、あまりに脆弱すぎるからだった。
しかし錯綜した都市部における戦闘においては、二足歩行型兵器は突出した能力を発揮できた。それでもこの兵器が一定の機動力を確保するためには、必然的に装甲防御と武装を制限しなければならなかったのだ。そして二足歩行という非常に不安定な状態の姿勢制御自体についても、未だすべての問題が未解決のままだった。
だが、豪和のTA開発プロジェクトにおける人工筋肉"マイル1"の発見と導入によって事態は一変した。まさに豪和のTA開発がここまで軌道に乗ることが出来たのは、この未知の人工筋肉の存在があったからだと言っても過言ではなかった。
しかし、その人工筋肉"マイル1"については、それ自体が自己制御機能を有した高分子モーターの集合体であるということの他は、まだ何ひとつ解っておらず、その構造などを含めた詳しい解析は、未だもって滞ったままであった。
そして、その未知の複合分子を持つ人工筋肉が、ユウシロウ自身の身体機能とに反応するという、これまでの実験と研究に基づいた事実が、この全く新しい概念を持つ兵器開発の鍵を握っていると言ってもよかった。
いや、正確に言えば、マイル1はユウシロウのある特定の精神状態に反応呼応して、急激にその制御能力を向上させるのだ。
それがなぜなのか、厳密にその反応を誘発させている原因を突き止めるところまでには、まだ研究は進んでいなかった。そしてそれを解明するためにも、ユウシロウのTA実験参画は、最早なくてはならないものとなっていったのだ。
ユウシロウ自身も、これまで自分がこのTA開発に参加することに何の疑問も差し挟むことはなかった。
だが今彼は、あらためてそのことについて思いを巡らせている自分がいることに気付いていた。そしてそれは、彼が私――伊集院佐和子と出会ってからだということにも……。
ユウシロウが豪和に戻ることを決意したのは、これまでと同様に、ただ漫然と実験を繰り返すためではなかった。
ユウシロウは知りたかった……本当の自分自身を。
これまでも、自分が何度か繰り返し感じてきた、あのなんとも形容しがたい違和感。
それが何なのか、どこからやってくるものなのか分からないまま、今まで彼はただ時折襲う、その空虚な感覚に翻弄されるばかりだった。
たとえばそれは、彼の思い出の中にあるはずの家族の記憶――一清、清継、そして清春……彼の三人の兄たち。ユウシロウは自分が幼い頃の兄たちのことを覚えていた。いや、知っていた。勿論、自分の家族のことなのだから知っていて当然なのだ。しかし彼はその記憶が、どうしても自分自身のものであるという気がしなかった。
"違う……違う……違う!"
一体それはどうしてなのか?なせいつも、こんな風にあって当たり前であるはずの記憶が、突然ばらばらに四散してしまうのか。ユウシロウは疑うともなく、常にそんな喪失感を感じ、それと人知れず闘っていた。
そして彼は私と出会い、私は彼と出会った。それによってユウシロウは、そんな泡のように浮かんでくる疑問と正面から向き合うことを決めたのだ。
"自由になって――"
"自由?"
――そう。私が彼に言った、その言葉を聞いてから……。
"きっと何かが解る"
ユウシロウは、そう感じていた。
彼が豪和に戻ることを決心したのは、私たちにこれ以上要らぬ迷惑をかけたくないという気持ちもあったが、それ以上にユウシロウは、誰かが自分を呼んでいるような気がしたのだ。
このまるで鎧のようなTAの装甲に囲まれ、その懐に抱かれる時、ユウシロウはこれまで何度も、"そこ"にいたような感覚に包まれた。それはどこか懐かしいような哀しいような――苦いような甘いような。
ユウシロウはTAに乗る度に、次第に自分の中の何かの感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
――それは一体何なのか?
だが、その疑問に答えるものが、この二足歩行型兵器にあることも、またユウシロウは知っていた。
時折彼は、自分がこのTAの人工筋肉と"会話"しているような錯覚に捉われるのだった。いや、それは既に錯覚などではなかったのかもしれない。実際に彼は、この人工筋肉"マイル1"と会話していた。
だがそれは、もしかしたら人工筋肉ではなかったのかもしれない。ユウシロウ自身が会話していたのは、もっとその向こうにあるもの――その向こうに確かにいる、"誰か"。
ユウシロウはTAに乗る度にいつも感じていた。誰かが自分に語りかけてくるのを。だが、それが誰であるのか、さしものユウシロウ自身にも解らなかった。
*
「一体いつになったら、ここから出して貰えるのかしら?」
無駄なことだと思いながら、殺風景な密室の中から、私は外の入り口前で見張っているガードマンに扉越しに尋ねた。
「一清様がよいとおっしゃるまでです」
男はただ無愛想に言った。
「この分じゃあ、永遠にここから生きて出られそうにないわね……」
私は溜息混じりにそう呟いたが、それが単なる冗談で終りそうにないことをも、私は薄々感じていた。豪和は、そういう人間の集まりなのだ。そのことを知っているのは、何を隠そう、この私自身でもあるのだ。
"そう……そうやって邪魔な人間は、いとも簡単に消されてきた"
豪和が日本有数の一大軍需産業として、のし上がって来たその陰で、彼らが事実上何をしてきたのか、私の組織の情報は既に何もかも掴んでいた。そして私自身も、その犠牲者の一人とも言える。
それを世間に公表するのは簡単だ。しかし、それによって生じる様々な微妙な問題が、私たちマスメディアに携わる人間の判断に足踏みを余儀なくさせていた。
それは、この日本と言う国の機構にまで関係する微妙な事柄だった。それだけこの国は悪戯に腐敗し、ただ脆弱な政治や経済基盤の上に成り立っているだけの脆さを抱えていた。
そう、それはまるで一枚の薄皮のような氷の板の上に乗っているようなものだ。たとえ表向きはどれほど豊かになろうとも、その物質的な豊かさでさえ、既に緩慢な壊死へと向かっている腐敗の一歩に過ぎないのだということに、この国の大多数の国民である多くの人々は誰一人気付いてはいなかった。
いや、むしろ気付こうとさえしていないのかもしれない。
ともかく、このTA開発に特自が関わっているという事実だけでも、十分に問題はあった。豪和がこれまでTA開発を世間からひた隠してきたのも、実はそのことが深く関係していた。
その微妙な憲法問題が絡んでいるうちは、この兵器の開発は絶対に極秘にしなければならなかった。もしそれが公表されでもしたら、この兵器と同時に特自は瞬く間に危険視され、おそらく全国民の非難の的となるだろう。
そして何より、この国が軍事的に脅威となりうる強力な兵器を有することは、国連の常任理事国として、世界との盟約に違反する動かせない事実でもあった。
そう――たとえ集団的自衛権という一問題が残されているとはいえ。
いくら軍需産業として名を馳せているとはいえ、それによって生じる豪和の打撃も、無論相当なものとなる。いや、最早そんな生易しいものではない。
しかしだからと言って、なぜ私たちまでが、そんなことに臆病にならなければならないのだ。
私たちは"真実"を知っている。それを世間の人々の目に曝し、その闇に光を当てることこそが、私たちマスメディアの真の仕事なのだ。
豪和がこれまでしてきたことによって、虐げられてきた人々……その人たちの無念を晴らすためにも、その真実は公の下に明かされなければならない。
私は、それこそが正義だと思ってきた。だからこそ、鷹水のいる組織のために、これまで働いてきたのだ。
しかし、時に明かしてはならぬものもある。
悪戯に光を当て、無闇に人の目に曝してはならない暗い闇の世界もあるのだということもまた、一つの真実であった。
鷹水はそれを知っているからこそ、豪和のTA開発について真実を掴んでいながら、これまで大きく出ようとはしなかったのだろうか。
"悪"は"正義"によって裁かれねばならない。
しかし、それによって傷つき行き場を失う人々もいる。
たとえそれが偽りの平和だったとしても、その穏やかに凪いだ景色を守るために、私たちはそんな密かに胎動している世の闇に目を瞑らなければならないのだろうか。
それとも……?
一体、何が悪なのか……何が正義なのか……。
2.
豪和の三人の兄のうちの一人、清春がユウシロウの所属する特自に出入りするのは、実際、とても珍しいことだった。
それは彼が三人のうちでも、最も特自と豪和が共同で行っている実験開発に遠い場所にいたからだとも言える。
その鋭敏な手腕と類稀なる実行力ゆえ乃三郎の片腕として、会社経営の一端を任され、既に豪和インスツルメンツになくてはならない存在となっている長男、一清。
そしてTA開発の大元を成している人工筋肉マイル1の研究者として現在、豪和中央総合研究所、通称総研にてTAに関する総ての次世代プロジェクトに携わっている、典型的な研究者肌の人間である次男の清継。
さらに三男の清春は、いまや豪和の渉外の中心となって海外を飛び廻り、一清や乃三郎をサポートしていた。
その清春がこうして帰国し、あまり本来彼の仕事とは関連の薄い特自のシュミレーター施設にやってきているのには、何かそれなりの必要性があるからなのだが。
だがそれは当然ユウシロウの知る所ではなかった。
「実験は順調に進んでいる」
自分の後ろで共にシュミレーションデータを映したモニターを見つめている清春に向かって、清継がおもむろに口を開いた。
「しかし不思議だな。以前よりユウシロウの成績が向上しているように見えるが」
専門外の清春の目にも、TAの動きは以前よりスムーズに見えた。
「これまで二週間近く失踪していたというのに……本当に、まるでその遅れを取り戻しているかのようだな」
弟の言葉を継ぐように、さらに清継が唸った。
「それにしても、あの女はユウシロウにとって危険な存在だ」
「あの女……伊集院佐和子のことか」
「彼女のおかげで丸々二週間分がふいになった。だが、なぜかは知らんが、以前よりユウシロウは実験に対して意欲を見せているように見えるのだが」
「それが伊集院佐和子のおかげだと?」
清春が半ば面白そうに言った。
「ふ……だとしたら我々は彼女に感謝しなければならないのかな」
「そういえば一週間前、彼女が会社に現れたそうだ。のこのこ何をしに来たかと思えば、どうやらTAに関する取材だそうだ」
「それはますます物騒だな」
「でも、今はそのまま、地下の施設に一時宿泊して貰ってるそうだよ」
「一清兄さんか」
「確かに今、彼女に騒がれたら面倒だからな……まあ、彼女にその勇気があればの話だが」
その時、ドアの向こう側で何か物音がした。二人が振り向くと、そこには厳しい表情で佇むユウシロウの姿があった。
「ユウシロウ!」
「一清兄さんが、先生に何をしたんだ?」
ユウシロウは二人を睨みつけて訊いた。
「聴かれたか……」
清継はふと溜息を漏らしたが、言った。
「彼女のことはもう忘れろ。お前に家庭教師はもう必要ないだろ?」
「違う!」
そのユウシロウの強い反発に、二人は一瞬たじろいだ。
「お前、何を……」
「先生に何かしたら、俺が許さない!」
「――ユウシロウ!?」
ユウシロウは、そのまま部屋を走り出ていった。
「待て!」
「兄さん……あの女は一体ユウシロウに何を……?」
立ち尽くす清継に清春は問いかけたが、その疑問に答えることは清継にも、そして清春自身にもできなかった。
*
「何、ユウシロウが?」
インターホン越しに訊くと、受付にユウシロウが来ているという。今、彼は特自のシュミレーターにいるはずだが。
「一清様にお会いになりたいとのことです」
受付嬢が丁寧に言った。
「――解った、通してやれ」
一清は半ばユウシロウが来ることを知っていたかのように、平然と頷いた。
数分後、執務室のドアがノックされ、ユウシロウが案内されてきた。
「何の用だ」
「先生は、伊集院先生はどこです?」
「ふ……」
ユウシロウからその名を聞くと、一清はいかにも可笑しそうに身を捩った。
「特自から抜け出してまでやってきて、何の用かと思えば、そんなことか。だが、それだけの意思をお前に与えたということは、あの家庭教師もまんざらでもなかったのだな……そう、まるで人形のようなお前に」
ユウシロウは一清の言葉を聞きながら、身じろぎもせずに兄を睨みつけていた。
「だが、あれ以上好き勝手させる訳にもいくまい。お前もあんな女に関わっている暇は無いはずだ」
一清は氷のような眼差しでユウシロウの凝視を受け流し、言った。だが、
「俺は人形じゃない――」
ユウシロウはいっそう厳しい視線を一清に向けたまま言い放った。
その強い言葉に一瞬一清は目を見張ったが、すぐに元の調子に戻って続けた。
「あの女の身柄を拘束したのは、何も豪和のためだけではない。今TAの開発を世間に知られてみろ。いい世論の的だ。どんなことになるかそれが解らないお前ではあるまい」
確かに一清の言葉には一理あり、ある意味では正しかった。
今、特自と豪和が極秘裏に行っているTA開発実験の一端が世間に知れ渡れば、いたずらに国民一人一人の不安を煽るだけだ。
これまでTA開発が極秘に行われてきたのは、当然そうならないためでもあった。(無論、その半分は企業としての豪和を守るためでもあったのだが)
当然、佐和子にもその是非については解っているはずだった。
今、彼女を解放したとして、はたして彼女はそれを世間に公表しただろうか。たとえ彼女が真のマスメディアの権利を主張したのだとしても……。
「とにかく、お前は実験に戻るんだ。それとも、これ以上彼女に迷惑をかけたいのか?」
その言葉にユウシロウは口を噤んだ。手段を選ばない一清のことだ。これ以上干渉して、彼女に何かされでもしたら……。
ユウシロウはそのまま特自に、実験に戻るほかはなかった。
*
あれから、ここに監禁されてから、もう一週間が過ぎていた。
その間中、私はずっと考えていた。本当にこれでよかったのかと。
こうなることは、おおよそ覚悟していたはずだった。
しかし自分はそれでもじっとして要られなかった。
ユウシロウ――そう、彼のために何かしないではいられなかった。
でも、今の自分に、彼のためにはたして何ができただろう。マスコミという肩書きを持ってはいても、今の時点でも、その明確な意思をはっきり主張できないでいる。
こんなちっぽけな自分に、彼のために何ができるのだろう。自分は自分なりの「正義」を振りかざしたつもりだった。でも、それは、その「正義」は、はたして真実だったのだろうか。
そんなことを考えるうち、私はユウシロウへの自分の気持ちについても、深く考えるようになった。
ただ彼をあのまま、あの豪和の家に置いてはおけないと思った。民間人でなおかつ未成年でありながら、豪和の都合のままに特自に配属され、何の自己の権利も承諾されないまま、まるで操り人形のように豪和に利用されている。
それからすれば私の行為は、普通に考えても当然のことだった。
……あの家でのユウシロウの扱いを見れば誰だって。
だが、一方豪和がそういった特殊な――いやある意味で異常な野心的性格を持った家であり企業でなければ、自分のしたことは立派な犯罪行為なのだ。何しろ、未成年の少年を無断で連れ出したのだから……。
そして互いの気持ちを確認した上とはいえ、結果的に彼と特別な関係になってしまった。
でも、ユウシロウは17歳のただの少年ではない。彼は〝嵬〟なのだ。
そしてだからこそ、豪和のモルモットして、TAパイロットとして理不尽な実験を続けねばならないのだ。だが、これこそ立派な犯罪行為でなくてなんなのだ。
だが、その理屈も彼ら豪和の人間たちには通用しない。なぜなら彼は〝嵬〟だから。
〝ああ、ユウシロウに逢いたい――〟
しかし、そう思う一方で、私は彼への思いをじっと封じ込めねばと感じていた。そうすることが今は彼のためなのだ、そう思った。
ユウシロウは自分の意思で豪和に戻ったのだ。
きっと彼なりの決着(けじめ)の付け方を彼は悟ったのかもしれない。
だから私は今は彼を、ユウシロウを信じたい。
と、その時、私の軟禁されている部屋のロックが解かれ、ドアが突然開かれた。そして、そこに現れた人物は――。
「おじ様!?」
不意に現れた乃三郎の姿に、私は意憑を突かれた。
「今なら出られる。佐和子君、儂と一緒に来てくれないか?」
「……」
突然のことに私は絶句した。
「実は君にまた頼みたいことがあってな……今度は〝娘〟を教えて貰いたい」
「娘?」
その時まで忘れていたが、私はユウシロウの下に妹が一人いることを思い出した。
「美鈴さん……ですか?」
「そうか。ユウシロウに聞いていたか」
「でも、こんなことをして……」
「大丈夫だ。私を誰だと思っているんだ?」
「助けていただいたことには感謝します。でも……」
あの一清が黙っていない、そう思った。
「……心配するな。それより、美鈴をよろしく頼む。あれは小さい頃からずっと病弱でな。それで今も学校を休んでおる」
「……はい」
突然の乃三郎の申し出に、私は戸惑いながらも、ただそう返事するのが精一杯だった。
3.
「新しい先生?」
美鈴はふと振り返り、乃三郎に尋ねた。
東京の学校から静養のために、ここ豪和市の中学に転向してきた美鈴だったが、ここのところまた体調をくずしがちだったため、今は学校を休んでいた。
それに、再会したのもつかの間、ユウシロウはまた特自に出掛けてしまい、またしばらくの間会えなくなってしまったのだが、それでも美鈴は、少しでも兄の近くにいられることを幸せに思っていた。
だが、一応義務教育を受けている中学生である美鈴は、豪和の一人娘としては尚のこと、勉学に励まなければならなかった。
しかし、ちょうど担当の家庭教師が都合で来られなくなってしまっていた矢先だった。
「彼女は儂の知り合いの娘でな、とても優秀な先生だ。そうだ、以前はユウシロウの家庭教師もしていた」
「ユウシロウお兄さまの!?」
*
私は今度は美鈴さんの家庭教師として、彼女に語学と、そして数学などを教えることになった。
「豪和美鈴です。よろしくお願い致します」
彼女は由緒ある豪和の末娘らしく、非常に礼儀正しくおとなしい、そしてとても優秀なよい生徒だった。それはユウシロウと少しも変わらなかった。
例によって、乃三郎に紹介された美鈴を前にして、私は思った。
確かに、あの時自分を監禁した一清が、このまま黙ってはいないという一抹の不安を抱きながらも、それでも今は、ただ再び穏やかに過ぎ去る時間を信じていた。
以前ユウシロウを教えたこの家で……。美鈴さんの先生をしていられる今だけは、ユウシロウのことは、しばし忘れようと思っていた。
それに、やはり彼の妹だけあって彼女は、少しだけユウシロウを偲ばせた。それは彼女が殊更に兄のことを想っているからでもあったのだが。
だが、ある時、そんな美鈴に微妙な変化が現れた。
いつもは座敷に置けれた机に差し向かいで座っていた私たちだったが、ふと彼女の隣に座って、彼女のノートを覗き込んだ時だった。
その途端、美鈴がびくっと膠着したように私には感じられた。
「……どうかした?」
「いいえ、何でもありません」
すぐに美鈴は否定し、私もその時は美鈴の言うように何でもないと思っていた。
しかし次の日、私は彼女から思いもかけぬ質問を受けた。
「伊集院先生……先生はユウシロウお兄さまが行方不明になられた時、お兄さまと一緒にいられたのですか?」
「えっ」
私は言葉に詰まった。思いもしない問いかけに戸惑う私を前に、美鈴自身も戸惑った。
「い、いいえ。ただなんとなく、そんな気がして……」
美鈴はそのまま黙り込んでしまったが、その日を境に、私たちはなんとなく互いにぎこちなくなってしまった。彼女も私も言葉にこそ出さなかったが、二人の間に常に変に張り詰めた空気が漂うようになってしまった。
ただ何となく漠然と互いが互いを警戒しあっていた。
だが、本当に何かを恐れていたのは、実は私の方だった。
そしてある時、そのピンと張り詰めていた心の糸が、ぷちんと音を立てて切れた。
「……伊集院先生。私、先生にお聞きしたいことがあります」
美鈴の思い詰めたようなその声色に、私は思わず緊張した。
「先生は……やっぱりユウシロウお兄さまと」
私は勘の鋭い美鈴の問いかけに絶句した。
「ユウシロウお兄さま、ずっと帰っていらっしゃらなくて……そしたら私、偶然、春お兄さまたちの話を聞いてしまって。その時お兄さまは、女の人と一緒だって」
二人の間に緊張した空気が流れる。その膠着した空気を破るかのように、美鈴は淡々と続けた。
「先生は、以前ユウシロウお兄さまの家庭教師をなさっていたとお聞きしました?」
「……ええ、そうよ」
美鈴の有無を言わさぬ雰囲気に気圧されたように、私はただそう答えた。
「私にとってユウシロウお兄さまは、本当にただ一人のお兄さまなのです……一清お兄さまたち、他の三人のお兄さま方とは違う……たった一人の大切な」
ふと美鈴の声が懐かしく潤んだように思えた。しかし次の瞬間、再び美鈴は強い口調になって言った。
「ですから、私には解るのです――」
私はびくっとなって息を殺した。
「先生は……ユウシロウお兄さまのことが好きなのですか?」
「……美鈴さん」
私は殊更に戸惑いを隠しきれなかった。でも、否定はできなかった。
「……お兄さまが帰ってらっしゃってからも私、ずっとお兄さまを信じていました。だってお兄さまは、決してそんな方ではないですもの……でも、あの時、お兄さまから女の方の香水の匂いがして」
私ははっとした。
美鈴さんは、それが私の香りだと気付いたのだ。
どうしてもっと早く気が付かなかったの?
この娘は、美鈴さんは……きっとユウシロウのことを。
「美鈴さん、私は」
「伊集院先生、先生は、お兄さまが好きなのですね」
美鈴はもう一度訊いた。
私は真っ直ぐ問いかける彼女の真剣な眼差しに射竦められ、動けなかった。その瞳には決して嘘はつけない気がした。
そして観念するかのように、とうとう口を開いた。
「ええ、好きよ」
その途端、美鈴は涙目で私をキッと睨み付けると、わなわなと唇を震わせ、ひと言、
「許せない!」
そう小さくぴしゃりと言い放って、部屋から出て行ってしまった。
翌日から美鈴は、気分が悪いと言って自室から一歩も出ようとしなくなった。勿論、私に会おうともしなかった。
私は半ばしかたないと思った。
そう。ユウシロウとのことは、誰に何をどう思われようと、もう弁解などできないことだった。それよりも辛かった。私は彼女から、美鈴から、一番大切なたった一人の優しい兄を奪ってしまったのだから。
たとえ〝妹〟とはいえ、それは彼女の尋常でないユウシロウへの想いを知ってしまったがために、尚更胸を痛めつけた。
小さい頃から身体が弱く、満足に学校へも通えないため、これまでずっとたった独りだった美鈴――そんな彼女の大切な絆。
この大きすぎるほど大きい、ある意味不気味な静けさを醸し出す豪和の家の中で、小さな、でもあたたかい、この上ない確かな温もりを求めて、彼女はずっと一人さまよい続けてきたのかもしれない。
それが美鈴にとって、ユウシロウだったのだ。
そんな彼女にとって私は……いいえ、それだけじゃないわ。
そう、私は彼女から、たった一人の大切な純粋無垢な思い出でもある、ユウシロウという17歳の兄を奪った、文字通りの汚らわしい年上の大人の女よ。
〝ごめんなさい……ごめんなさい、美鈴さん〟
私は、いつのまにか独りきり部屋の中で泣いていた。
*
「総代、なぜあの女を解放したのですか」
一清の幾分非難を含んだ声音と、例の怜悧な視線を背後に感じながら、乃三郎は空中に視線を漂わせていた。
「まさか、今度は美鈴の家庭教師にするためだけに、彼女を再びこの豪和の家に連れて行ったとでも言うのではないでしょうね?」
乃三郎は、一清の尋問に一切答えようとはしなった。
が、ややあって、やっとその重い口を開いた。
「彼女には大切な存在価値があるのだ……そのために帰国した彼女をユウシロウの家庭教師として雇った」
「それは――?」
これまで一清はずっとその理由を乃三郎の口から訊きたかったのだ。
なぜ豪和に復讐しようとしている佐和子を、それと知っていながら、わざわざこの家に招き入れたのか。だが、これまで終ぞ、乃三郎からそのことについて語られることはなかった。
しかし乃三郎の口から出たのは、意外な事実だった。
「それでは、あの女は……」
「そうだ、彼女は伊集院の本当の娘ではない。彼女は佐和子は、この豪和の家の人間なのだ」
一清は初めて聞かされたその真実を、身じろぎ一つせずに聞いていた。
「まさか、それも〝嵬〟と何か関係があるというのでは……」
「そうだ、その〝まさか〟だ」
その乃三郎の言葉に、一清はにやりと口元を歪めた。
〝絶対に許せない、絶対に〟
美鈴は何度も心の中で繰り返した。まだ脈を打つ心臓の鼓動が早鐘を打ち、ドキドキしている。
彼女は、自分からたった一人の大切な兄を奪おうとしている。いや、ユウシロウはもうあの女(ひと)と……。
まだ実際にユウシロウ自身から、事の真相を訊いたわけではなかったが、美鈴には、ある確信があった。
お兄さまは何かが変わった、明らかにこの数ヶ月間で。
随分とユウシロウと会っていなかった美鈴だけに、ことユウシロウのことに関しては、鋭い勘が働くのだった。
でも、美鈴には俄かに信じがたかった。
あの兄が年上の女性と……確かにユウシロウ本人に彼女との事を訊いた訳ではない。だからまだ救いはあった。
それに何より兄は一人で戻ってきたではないか……たった一人の妹の元へ。
それは、佐和子との関係を絶つために? それともあるいは、彼女とは何でもないことの何よりの証なのではないか。
それは、ユウシロウ自身にもう一度会って確かめれば、すぐ判ることだ。
しかし美鈴には、それがなぜだか、とても躊躇われた。ユウシロウを信じないわけではない……でも……。
美鈴は、嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
*
〝まさか、あの女にそんな存在価値があろうとはな……〟
乃三郎の話を、一見ほとんど驚きもせずに聞いていた一清だったが、それでもこの話は、彼には意外だった。
ずっとあの女――伊集院佐和子には何かあるとは思っていたが、まさかそんな伏兵であったとは。
あろうことか豪和の血縁にあり、それも、もしかしたら最も〝嵬〟の血を色濃く引く人間かもしれないとしたら……。
それなら彼女を豪和の懐へ、そしてユウシロウの最も近くへ置いたのも納得がいく。
事実、彼女と出会ってからというもの、ユウシロウのTA実験の成果は驚くほど上がっていた。図らずもユウシロウと彼女の結びつきが強いものであったことが証明されたのだ。
すべては〝嵬〟の血筋を強固とするため……。
幾ら彼女やユウシロウ自身が己の身内だとしても、手段を選ばない。やはり乃三郎は真の意味で〝嵬〟に、いや餓沙羅鬼に取り憑かれた人間だったのだ。
〝ククッ……〟
一清は腹の底から込み上げる笑いを抑えることが出来なかった。
「お父さん、貴方はやはり本物だ」
一清の呟きは、まるで執務室の暗い壁に吸い込まれていくように、低く不気味に響いた。
4.
ある晩、美鈴は意を決して乃三郎の書斎を訪ねた。コンコン、と美鈴がノックすると、
「入りなさい」
中からくぐもったような父の声が聴こえた。部屋に入ると、
「どうした、もう具合はいいのか?」
本に落としていた目線を上げ、乃三郎が訊いた。
「あ……はい」
美鈴は自分を覗き込むような乃三郎に戸惑うように、俯いて応えた。しかし彼女は決心したように、次の瞬間口を開いた。
「あの、お父様。ひとつお聞きしたいことがあるのです――!」
「ん? なんだ」
「あの……」
言い淀む美鈴。最初の勢いと打って変わって、なかなか話を切り出そうとしない美鈴の逡巡を知ってか、逆に乃三郎はこの大切な一人娘に囁いた。
「伊集院君がお前のことを心配していた――具合はもうよいのかと」
その名を聞いた途端、美鈴は思わず身を硬くして顔を上げた。そして……、
「先生と、あの……ユウシロウお兄さまのことなのですが」
美鈴はそこまで言って瞬間、頬が紅潮するのを感じた。そして視線を逸らし、そのまま続けた。
「ユウシロウお兄さまと先生は……」
だが、そこまで言うのが精一杯だった。
美鈴は言ってはならないことを言ってしまったかのように、触れてはならないことに触れてしまったことを悔やむように、弾かれたように踵を返すと、小走りに部屋を出て行ってしまった。
「美鈴……」
乃三郎は、その瞬間、美鈴が二人の関係について知ってしまったことを察したのだった。
〝私、お父様に何を訊こうとしていたの?〟
美鈴は先程のことを深く後悔していた。それは彼女の恥じらいからくる後悔でもあった。
そして、
〝お兄さまに会いたい〟
ただそう強く願った。お兄さまに会えば、きっとこの見えない不安はすぐに解消される。
大丈夫。そう、きっと大丈夫よ。
お兄さまは、いつでも私に優しかった。あの時、帰ってらっしゃった時だって。
そうよ……お兄さまは、私だけのお兄さま。私にとって世界でたったひとりだけの……。
その時、美鈴は家を抜け出して、兄に会おうと決心していた。
*
その頃期せずしてユウシロウも、もう一度一清の元へ赴き、今度こそ私を助け出そうと心に決めていた。
事実TAのシュミレーター走行実験も、まるであの空白の二週間を取り戻すかのようにユウシロウの成績がアップしたおかげで、一段落付いていたのだ。
〝やはり先生をあのままにはしてはおけない〟
ユウシロウは特自にいる間中、片時もずっと私のことを忘れたことはなかった。
が、ユウシロウは知らなかった。私が再び豪和邸に来ていることを。
そしてある夜、特自の実験センターの宿泊施設の門を潜って外に出たところで、ユウシロウは本当に偶然、美鈴と出合ったのだった。
「美鈴?」
「お兄さま……!」
「どうしてここに?」
「……」
ユウシロウの問いに美鈴は口篭った。でも、すぐに満面の笑みを浮かべて、兄との再会を美鈴は喜んだ。
「会いたかった、お兄さま」
とりあえずユウシロウは、彼女を家まで送ろうとしたが、美鈴はなかなか帰りたがらなかった。確かにせっかく偶然会えたのに、そう思う気持も解らないでもなかったが。
「皆が心配している。どうした?美鈴」
時間も時間だけに、ユウシロウは美鈴を促した。
だが、次の瞬間、ユウシロウは美鈴が微かに涙を浮かべているのに気付いた。
「美鈴……」
「お兄さま、私、寂しかった。せっかく家に帰っていらしたと思ったら、もう出掛けてしまわれて……でも私、お兄さまを困らせるつもりなんか少しもなかったんです」
「すまない、美鈴」
ユウシロウは優しく美鈴の肩を抱きしめようとした。
しかし、その途端、美鈴の身体がびくっと膠着した。美鈴は反射的にユウシロウから離れた。
「美鈴?」
美鈴の身体は心なしか震えていた。そしてユウシロウを捉えたその瞳は、明らかにいつしか凍りついていたのだった。
しばらくして、美鈴はやっとの思いで口を開いた。
「お兄さまには……今お兄さまには、好きな方がいらっしゃるのですか?」
「……!?」
ユウシロウは、突然の妹からの意外な質問に戸惑った。そして瞬間、彼の脳裏に私の顔が浮かんで消えた。
「美鈴……お前」
美鈴は戸惑い言い淀むユウシロウの顔をじっと見つめた。
「伊集院先生、今家に来ています」
「先生が!?」
私の名を口にした途端、突然ぱっと驚いたように見開かれたユウシロウの瞳に、美鈴は一瞬びくっと身体を硬くした。
〝そうなのね……やはりユウシロウお兄さまは〟
すると突然、美鈴は表情を無理に明るく変えて話し始めた。
「伊集院先生、今私の勉強を見てくださっているんですよ。とても解りやすく教えて下さるし、それにとても優しくして下さって……本当に素敵な方ですよね」
背を向けた美鈴の声が次第に小さくなり、俄かに震えていくのにユウシロウは気付いた。
「……美鈴」
次の瞬間、美鈴はぱっとユウシロウに振り向き、一気に訊いた。
「……お兄さまは、先生のことが好きなのですか?」
「……!」
互いに瞳を見開いたまま、二人は夜の路に立ち尽くしていた。
ユウシロウは面と向かっての美鈴の問いかけに、実際、躊躇していた。
〝俺が先生のことを……?〟
あらためてユウシロウは自問した。
実際にそうかもしれなかったし、でもまだ彼には自分自身の気持ちを正確に量りかねている部分があったのも、また事実だった。
確かに先生――伊集院佐和子は、ユウシロウにとって魅力的な女性だった。というより、むしろそれは佐和子自身の彼への積極的な働きかけが、そうさせていたのかもしれない。
ユウシロウは、その時まだ受身だった。
それはこれまで続けてきた豪和のTA開発に参加していたこととも繋がる。
彼はおよそ5ヶ月前、すべてに対して受動的で真っ白な自分であったことを思い出した。
でも、それも彼女――伊集院佐和子との出会いが切っ掛けで、すべてが雪崩のように崩れ出していった。新しい何かが彼の中で始まり、新たな時が流れ始めた。
その切っ掛けを作った佐和子との出会い。
これまで真っ白だった彼の空白を埋めた、一線を隔てた先に在る年上の美しい女性(ひと)。
ユウシロウはあらためて思い返した。そんな風にまぶしく輝いていた彼女との日々を。
確かにまるで借り物のように感じられた、これまでの彼の記憶からすれば、すべてが初めてのまぶしい体験だった。
その時間を〝好き〟という言葉で言い表すことができるのなら、ユウシロウは年上の女性である先生――佐和子と確かに恋をしていたのかもしれない。
まだ無垢な赤ん坊のような未完成の自分の心を、佐和子は鮮やかな色彩で彩った。
ユウシロウはおそらく生まれて初めて〝恋愛(こい)〟という感情を経験した。
それは彼女自身の情熱がそうさせたのかもしれないが、互いに惹かれあい求め合ったのは確かだった。
それがきっと〝恋〟?
……いやユウシロウにとって、きらきらと眩しく生きている実感そのものと言ってもよかったかもしれない。
そんな生の喜びを、佐和子はユウシロウに運んできた。
実際、殊更に何事においても真摯なその性格が、一人の人間としてユウシロウはとても好きだった。
そして何より――。
"自由になって"
――ひたすら自分を気遣ってくれるそのあたたかな優しさが、彼は嬉しかった。
美鈴意外に初めて彼を"ひとりの人間"として扱ってくれた、信頼というものをくれた、その静かな眼差しが。
それが不器用な彼にとって、恋と呼べるのなら恋なのかもしれない。
だがはたして、それだけなのか……いやもっと違う、そう何かが。
彼はあらためて、自分自身が〝嵬〟であることを実感として思い出した。
……彼女は一体誰なのだろう?
あらためてユウシロウは佐和子の姿をその脳裏に追った。
けれど今は、美鈴にそんな自分の気持ちを正直に伝えるべきではないとユウシロウは思っていた。たとえ妹とはいえ、真実を知って今傷つくのは美鈴一人なのだ。
ユウシロウは、どんなに美鈴が兄である自分のことを慕ってくれているのか、よく知っていた。本当に美鈴のそれは兄以上、妹以上の感情であったのかもしれない。
そしてユウシロウは、そんな美鈴の存在に本当に感謝していたし、事実、彼女を妹として、とても大切に思ってもいた。
ある意味で、最愛の妹――。
それなのに、ある意味で身勝手な自分の気持ちのせいで、彼女をいたずらに傷つけることなど彼には到底できなかった。
「先生は俺にとって〝先生として〟大切な人だ……でも、本当にただそれだけだ」
「本当に?」
「……ああ」
〝うそ――!〟
美鈴は胸の中で思った。
お兄さまの本当の気持ちは、私が一番よく知っている。伊集院先生に初めて会った時、それがよく解ったもの。
美鈴はユウシロウといるのが急に耐えられなくなって、兄を振り返りもせず、ぱっと駆け出した。
「美鈴!」
その頃、美鈴が突然いなくなったことに気付いた豪和邸の人々は、俄かに騒然となっていた。
「豪和市警に捜索命令を――!」
「待て――とりあえず我々だけで探せるだけ探すんだ。まだそう遠くへは行っていないはずだ」
乃三郎の指示の元、美鈴の捜索が大々的に、だが密かに行われた。
〝もしかしたら〟
私は彼女は、ユウシロウに会いに行ったのだと察した。
私が提案するまでもなく、当然特自へも連絡が入れられると、なぜかユウシロウも特自の寮からいなくなっていたことが判明した。
もしかしたら二人が一緒にいる可能性も否定できなかった。
「私も探しに行きます」
「頼む」
私は豪和邸を後にし、寒空に澄み渡る夜の市街へと出て行った。