パラダイス・ロスト Birth of UNKNOWN 作:さみに
おかあさん
――おかあさん、たすけて。おかあさん。
――いたい、こわい、いたい、こわい。
――わたしにはなにもないよ、なにもしないよ。
――だからやめて、やめて、やめて。
――――おかあさん、おかあさん、おかあさん………
「――はっ!」
ベッドから身を起こす。身体に張り付いた汗の感覚が気持ち悪い。
そしてそれ以上に、悪夢の内容に記憶の全てを掘り起こされたようで、悪寒が奔った。
吐き気を堪え、乱れる息を慎重に整える。
忘れたい過去の記憶。忌々しい一部始終。
時折噴き出してくる拭い難いトラウマに、少女は苛まれていた。
私立栄開高等学校附属中学校三年二組、浦澤詩乃(うらさわ しの)。
図書委員で文芸部。クラスでは大人しく、休み時間では窓際の自分の席で本を読み、放課後は部室でも本を読み、時折筆を執っては自分の文章に恥じらう。
そんなどこにでも居そうな一般的な文系女子が、少女のパーソナリティだ。
男性というものが絶滅する以前は、幼馴染の男の子が居た。
登校する時はいつも二人で一緒だった、幼稚園や小学校の時からずっと続くほどに。
小学校の中学年を過ぎる頃には彼女だ彼氏だと周囲に茶化されてきて、中学校に入る頃には最早周囲も自身も慣れきったのか「そういう関係」とされた。
彼女自身は淡い想いを抱いていたのかもしれない。男の子の方はどうなのかと、直接聞いたことは終ぞ無かった。
自覚することも無かった初恋は、実ることなく、見つけられることもなく、ある日を境に永遠にその身を隠してしまった。
男の子が亡くなった時、彼女はあまりのショックに三日間意識を閉ざしたという。
父親も同時期に亡くし、塞ぎ込んでいた彼女を母親は懸命に支え、何とか学校に通う程度までは回復させた。
それでも、心の中には今も恐怖が刻み込まれている。
底知れぬ恐ろしい「ナニカ」がそこにある。度々、思い出したように顔を覗かせるそれは、彼女の精神を傷つけていた。
「ねえねえ、浦澤さん。」
ある日の休み時間、詩乃はクラスメイトの言葉に、本に落としていた視線を外して顔を少し動かした。
「…何ですか?」
「今度の土曜日にさ、私達街に遊びに出るつもりなんだけど、浦澤さんもどう?」
「…いえ、私は…。」
「そう言わずにさ、行こうよ。エスカレーターで高校には入れるし、入試なんて関係無いって言ったって、偶には外に出て気分転換!…ね?」
「……そういうの、私には性に合わないですから…。」
「あ、それなら浦澤さんの性に合うことしよ?新しくオープンしたっていう書店、すごく品揃え良いんだって!そこで浦澤さんのオススメする本を買って読んでみる、とか。浦澤さんもそこで見慣れない本を買えるし、どう?どう?」
「…………。」
「あ、ちょっと気になっちゃったって顔してる。」
「っう…わかり、ました。それなら…じゃあ、はい…。」
「よし、決まり。それじゃあ私のアドレスはこれね、LINEはこっち。また当日連絡するから!」
「……ぁ、はい…。」
「あはは、浦澤さんってばもう、おどおどしないで?当日楽しみにしてるからね。」
そう言って、クラスメイトはグループの元へ戻っていった。
…慣れない事をした。会話というものを、親以外としたのは随分と久しぶりな気がする。
いや、私的なという意味では、……やめよう。思い出したら、頭が痛くなりそうだった。
それにしても、約束をしたけれど彼女は何故自分を人数に入れようと思ったのだろう。
咲元奏(さきもと かなで)。
クラスの人気者。中心人物。活発的で誰とも仲良し。差別無く誰にでも接する気さくな子。通称「コミュ力お化け」。
クラスに意識して馴染もうとはしない詩乃にも認知されている程度に、彼女はそれなりに学年では有名だった。確か生徒会長にも就任していたはずだ。
そんな明らかに正反対な気質の彼女が、何故?
疑問は尽きないが、直接問うこともしなければ、できもしない詩乃は再び手の中の書物に目を通し始めた……。
土曜日。
過ぎてみれば早いもので、新しい書店は確かに豊富にも程がある……むしろ過剰と言っていい膨大な書物に溢れた店だった。
かといって陰気な場所ではなく、開放された空間、明るい色調の内装、日光を取り入れる為の窓や併設されたカフェなど、むしろ陽気に満ちた雰囲気だ。
思わず目を輝かせかけた詩乃を目聡く見ていた奏と周囲のクラスメイトが茶化した…ということ以外は、奏の立てた予定通りに事は進んだ。
思い思いに別れ、帰途に着いた頃には既に空は夕暮れ模様。
詩乃の隣で歩いていた奏が楽しそうに伸びをした。
「あー、楽しかった。浦澤さんってば本当に本が好きなんだね。」
「……。」
言葉は出さず、頷くのみ。それだけでも奏にとっては嬉しいようで、笑顔をより深めた。
あれやこれやと今日の詩乃の様子を語る彼女に、詩乃はどこか温かいものを感じつつある自分に、少し驚いていた。
「……あ、ごめん、なさい。ちょっと、トイレ、に…。」
「ん、いいよいいよ、私も行きたかったし。えー、ちょうどこの辺って公園があったはず……あ、あそこあそこ。じゃあ行こっか。」
用を済ませ、手を洗っている最中に詩乃は思考を巡らせる。
こんな風に楽しいと思える時が、簡単に来るものなのか。
自分だけの世界に閉じこもっているのではなく、書物の中の世界のように刺激溢れる外の世界に目を向けるべきか。
何にせよ、今日一日のことは彼女に感謝しなければならない。
最初は少し嫌だったけれど、こうして良い気分になれたのだから。
ちゃんとお礼を言おう。三年生になってからもう半分は過ぎたけれど、彼女のような人物と交流をしなかったのは少し勿体無かったかもしれない。
「…浦澤さん。」
「…………!?」
反応するより早く、壁に背中を押し付けられた。顔を上げて事態を確認する時には、既に行動は終わっていた。
奏が、詩乃の後頭部と背中に手を添えて身体を固定させ、唇を重ねていた。
何が起きたのか解らない。何が起こっているのか理解できない。
前髪に隠れた詩乃の瞳を、奏の意志の強い瞳が射抜く。
「ぷぁ、…浦澤、さん。浦澤さん…。」
間髪入れずに二度目のキス。堪えていたものを吐き出すように、熱が、吐息が口の中に伝わってくる。
何が起きている?自分は何をされている?
詩乃とは違い、中学生の割に発育の良い奏の豊かな胸が押し付けられる。
髪を撫で、背中を撫で、唇で自分を愛する奏の一挙手一投足が理解できない。
「浦澤さん……ふふ、ふふ…やっと二人になれた。私、ずーっと見てたんだよね。浦澤さんの色々なところ。本を読んでるのが凄く似合ってて、近寄りがたい雰囲気で。可愛いなー、綺麗だなー、って。ああ、話したいなって。スキンシップしたいなって。」
奏が言葉を零す。
身体は壁際に押し込まれている上に両腕で身動きまで封じられていて逃げ出せない。
目の前に居る彼女の熱に浮かされた言葉からも、表情からも逃げ出せない。
「ね、ここだと誰も来ないよ。私と浦澤さんしか居ないよ。だったら良いよね?ね、しようよ。気持ち良い事。楽しい事。本で読んだこと無い?無いか。そういうの読まなさそうだもんね、浦澤さん。私知ってる。見てたし。だから教えてあげるよ、浦澤さんの読んでる本だと教えてくれない、気持ち良いこと。」
奏がシャツのボタンを外していく。
開かれ、露になった素肌は白く綺麗で、豊かな肉感を持った胸は整った形をしている。
怖い。
恐い。
こわい。
コワイ。
目の前の、少女が。
心中に様々な感情が渦巻いているのが解る。
それを冷静に感じ取りながらも、頭が働いていないのを自覚する。
どうしたらいいんだろう、どうすればいいんだろう。
誰に助けを願えばいいんだろう。
服に手をかけられた。
弱々しい自分には何もできない。
ああ、こんなことが前にもあったな。
今朝の悪夢はこれの予知夢なのかな。
誰か助けて。
いやだ。
助けて、助けてよ。
おかあさん、おかあさん、たすけて。
わたしをひとりにしないで。
たすけて、ねえ。
「私、あの男の子のこと、凄く羨ましかったんだよ。浦澤さんの彼氏、だったんだよね。だから、私が代わりになるね。浦澤さんの彼氏が死んじゃったから、私が代わりにならないとね。」
あきと―――
目の前の少女の身体から力が抜ける。
自分の愛が伝わったのかも。咲元奏は自惚れた。
そして、その認識は間違いだったと直後に改められることとなる。
力が抜けて脱力した詩乃の顔、その瞳が真鍮色に輝く。
顔から首、薄く開かれた衣服の隙間から覗く肌の隅々までに黒い紋様が浮き上がってくる。
詩乃の身体が、瞬時に灰に呑まれた。
細くて小さな140cm程しか無かった彼女の背が2m程に膨らんでいく。
縦だけでなく、横幅までも膨張し、両腕や両脚は既にそこらの木の幹よりも太い。
そこに女性らしさは皆無だ。両脚も同じく強靭で屈強なものとなっている。
更に、その上に強固な鎧のような甲殻が形成されていく。武骨な物体を更に武骨な物体で覆う、過剰装飾。拳には手甲のような部位も確認できる。
何より目を引くのは、詩乃とは似ても似つかない胸部と臀部。
両腕や両脚の武骨さとはあまりにもアンバランスな圧倒的な質量を感じさせる胸部は、110cmは優にあるだろう。同じく尻肉も顔を埋めればさぞ柔らかく受け止めてくれることと見受けられる。
それらも――覆いきれる程では無いが――武骨な甲殻が形成して防護されていく。
顔面すらも例外でなく、人としての部位が見えない程に覆い隠す兜のような装甲が形成される。額に見える意匠はどこか牛のようでもあった。
狂暴な程の肉圧の胸に隠れるように腹部に詩乃の裸体のようなレリーフが刻まれたかと思えば、それを身体のどの部位よりも厚く堅固な装甲が厳重に防護するように形成され、表面に矢印が三つ、複雑に絡み合うようなエンブレムが出現……そして変化が完了する。
「――――」
奏は、先程まで目の前に居た少女――否、少女だったものを見上げる。
呆気に取られるのは、今度は彼女の番だった。
愛して、恋していた少女は人外の怪物だった…などという冷静な思考が出来ているのかも怪しい。
ただ、目の前の存在に、正しく圧倒されながらも……どこかその顔は魅了されたような狂気に彩られていた。
「ああ、浦澤さん……あなた、あなたは…どんなあなたも、すっごく素敵d―――」
……後日。
咲元奏が行方不明になった、という話題で学校中が持ちきりになった。
はい、というわけで。
こういう感じで浦澤詩乃ちゃん、エントリーとなります。
まあその…衰えを感じます。
上手い事表現できないもんですかね。
ではパーソナルデータの詳細をどうぞ。
●浦澤 詩乃(うらさわ しの→苗字と名前を合わせて「うし」)
●身長:140cm 体重:42㎏
●年齢:14歳
●性別:♀
●外見:肩にかかるか、くらいの長さの黒髪。丸くて柔らかそうな眼差しの瞳。年齢相応に童顔。前髪で目を隠している。
●B-W-H:72-59-77
温厚、真面目、純粋。絵に描いたように一般的な「大人しそうな文系女子」。
幼馴染の男の子が居て、登校はいつも彼と一緒だった。
オルフェノクになってからも特に変わらない生活を送っているが、時折起こる発作的なマイナス感情の蓄積によって無意識に変化しては人間を襲っている。その際の記憶は残っておらず、ある種二重人格じみた状態になっている。記憶の空白については識閾下レベルの本能がブロックしている為、違和感すらない。
彼女がいつ、どうやってオルフェノクとして覚醒したのかは不明。
●カウオルフェノク
●身長:188cm 体重150kg
浦澤詩乃の変化するオルフェノク。
過分な程巨大な腕と脚、そして110cmはあるバスト、ヒップが目を引く。
それらを覆う外殻も異常に強固で、対物ライフルすら弾く。衝撃に対しても貫通力に対しても万能に防ぐ。
武器はオルフェノクエネルギーを使って生み出す大剣。切るというより叩き切る、粉砕するという用途の方が正しい、力任せに振るうもの。
他にも、両腕を砲とする要塞態という別の形態を取ることもできる。
腹部のレリーフは本体である彼女そのもの。リバースハートとモーフィングコアの機能を兼ね備えており、これが弱点。
彼女がこのような姿に変化した理由は「大人の女性への屈折した感情」があったから。
思春期真っ盛り、性への関心が高まっていた時に、普段大人しそうに過ごす彼女は、ある日偶然に成人男性向けのコンテンツに触れてしまう。
あまりにも刺激的過ぎる女性の痴態がありありと刻まれたそれらに心を揺さぶられてしまった彼女は「将来自分も同じようになるのか」という飛躍した思いを抱く。
夜な夜なベッドの中で眠りにつく間も、あらぬ妄想に耽ることもあった。そんな彼女が深層心理に抱き、形成したのがこの姿である。
母親に対して、何かしら思うところがあったのかもしれない。余談ながら、彼女の母親の身体データは178cm・92-60-96である。