パラダイス・ロスト Birth of UNKNOWN 作:さみに
プロローグ
水音が響く。
「――…はっ、あ……っ」
少女の声が響く。
「っ…!ぁ、…すっご、ぉい……」
淫らな声色が混じり、息が荒くなる。
陽は沈み、夜の帳が下りた世界。
月明かりが僅かに差し込む中、人の気配などない裏路地で。
「ぁ、は…っ♪」
未成年特有の、瑞々しさとあどけなさ、その中に潜む妖艶さ。
三つの要素を併せ持つ声が、紡がれていく。
―――灰の積もった中で、灰色の化け物が謳っている。
非日常。それを目の当たりにした女、荒木悠子は咄嗟に息を飲み、声を殺した。
―――だがそれは、驚愕と恐怖による脊髄反射ではなかった。
確かに驚愕したのも、恐怖したのも事実だっただろう。
誰だって一人で夜道を歩いている時に不審な事が起きればそうもなる。
そして、男性という存在がこの世から永遠に抹消された今の世界でも、深夜に女性が一人で居るのは決して安全とはいえない。
だが、それだけではない。ない、と断言できる。
奇妙な事に――奇妙だと自覚しているのも変だろうが――彼女は目の前の光景に少しばかり心を奪われていた。
怪物の足元に積もっている灰。
この付近に活火山など無いし、何かが燃えていたという形跡も無い。
だというのに、何故地面に灰が積もるのか。
それも、まるで上からさらさらと零したように、一ヵ所に集まるように。
そして、目の前に居る人外の生物。
身体のシルエットは人型のそれだった。女性としての肉感を視覚に訴えかけてくる胸部、くびれ、腰、尻、太腿のラインは扇情的で、見たものを誘惑するだろう。
――けれど、「ソレ」は決定的に「ヒト」ではなかった。
柔らかそうな女の肉を包むのは軽装の鎧のようなもので、傍目から見た限りでも、それは化け物の体の一部、外殻にあたるということが理解できる。
すらりと伸びた脚の先には鋭い爪が生え揃い、捉えたものを容易に引き裂いてしまいそうだ。
腰からは優雅に伸びる尻尾が一本、美しい毛並を夜風に晒しながら揺れている。
どこか華奢な印象を受ける肩幅に似合わないほどに逞しい両腕は力強く、手首から肘にかけてまでは鋭利な刃物のように尖り、月光を反射している。
手にも足と同じか、それ以上に鋭い爪が備わっているが、掌が怪物の顔に当てられているせいで、天を仰ぐばかり。
そして、掌の添えられた顔が月に照らされる。
「豹に似た」動物の頭部の意匠を刻まれた兜のような外殻、「豹のように」美しい毛並に覆われた奥で、横長の細い二つの目が僅かに見えた。
口元には大人の女性宛らに艶やかな唇が刻まれており、そのすぐ傍の頬にまで側頭部から耳を通るようにして爪のような装飾があしらわれている。
そして、何よりも特徴的なのはその身体の全てが、骨のような灰色に染め上げられていた。
この場で何が起こったかはわからない。
けれど。
――「アレ」は、違う。
本能が告げている。何かがおかしかった。
だが、その違和感の正体が掴めない。拭い去れない。
そして、「逃げろ」と命令を下すその一方で。
――もっと見ていたい。
悪魔に誑かされるように、誘惑されていた。
目の前の怪物の虜でいたい。このままその肢体に体を委ねてしまいたい。
どこまでも甘い罠の中に浸ってしまっていたい。
フェロモンでも発散されているのだろうかと思えてしまうほど、強烈だ。
ざりっ…
凄まじい葛藤の中で、身体が先に音を上げてしまった。
「……ッ!」
気付いた時には既に遅い。
物音を聞きつけた怪物が、ゆっくりと振り向く。
その双つの眼が、身体を射抜いた瞬間に。
身体から、力が抜けてしまう。
『あは…っ……らぁっきぃ……♪』
立ち上がるその姿は、外見から類推できるまま…猫のようだ。
気怠げながらも美しく、そして流麗に。
さらに、月明かりを背にして伸びる影の中に、青白い「ナニカ」が浮かび上がってくる。
『今日はぁ “お前”で、“四人目”ぇっ…!』
それが人間の…それも年端のいかない少女の裸身だと、
気付いて、脳味噌が反応して、何かを喋る前に、
『 よ う こ ソ 』
荒木悠子の意識は、夜の闇へと投げ出された。
なんだかよくわからない?
こういうテイストが好きなんです。中二病だと後ろ指差して笑ってあげてください。
多分きっと喜びます。