パラダイス・ロスト Birth of UNKNOWN 作:さみに
これ面白いって思ってくださる方が居られるんでしょうかと不安で仕方ないですが、第四話始まります。
原作で言えば大好きなクレインオルフェノクが出てくるあたりですね、おかげで普段の倍の文量になってしまいました。
悠乃が胎の中へと消えて三日。
高校には病気療養のための欠席と伝えられ、彼女を知る生徒は珍しいこともあるものだと首を傾げた。
順調に日を重ねれば皆勤賞は確実だと思われるほどに元気で、病気とは無縁の生活を送っていた彼女が三日も席を空けたままなのだから。
お見舞いに行こうとするものの平日は自宅に一人だろうし、オートロック式のマンションに住んでいるため具合の悪い彼女に機械の操作をさせて中に入れてもらう必要がある。
土日にも訪ねた生徒は居たものの、母親に断られてしまったらしく要領を得ない。
大会で無事優勝し、全国への切符を手にして帰郷した若菜の耳にその情報が入ったのは月曜日のことだった。
親公認の仲であり、既に合鍵も用意されて手渡されている彼女にとって、親友が床に臥せているという話は聞き過ごせない。
その日の授業の内容も全く頭に入ってこないまま放課後になり、優勝したことで練習を免除された若菜は、気付いたときには荷物を纏めて飛び出していた。
自慢のポニーテールが風に靡き、乱れてしまっても構わない。
ただただ、無事かどうかが心配だった。愛すべき親友が、自分の半身とも呼ぶべき存在が弱っていると聞けば気が気でなかった。
試合でも殆ど無いほどに息を切らせながら、目的地であるマンションへと辿り着く。
鍵を取り出してパネルに差し込むのにも、脳に酸素がうまく回っていないことと焦りのせいで時間がかかる。
やがて無骨な音と共に、解錠されたドアが左右に開かれていく。
待ちきれない様子でエレベーターすら使わずに階段を駆け上がった。
部屋番号は777、玄関ホールの左の階段から五階上がってすぐ右手。
今までに何度通ったかわからない道筋を辿り、ようやく部屋の前へ来た。
ノックもせずにドアノブに手をかける、鍵はかかっていない―――
……かかっていない?
奇妙な事態に一旦頭が冷えていく。
悠乃の母、悠子の防犯意識の高さは若菜にも覚えがある。
必ず戸締りをするように、と口を酸っぱくして言っていた彼女が仕事で娘を家に残しているにも関わらずに施錠をしていない。
かといって鍵は壊されているわけでなく、オートロック式で付近には乗り移る建物も無い以上、可能性としては誰か同じマンションに住む者が訪ねたくらいだろう。だとしても今は平日、それも月曜日の午後三時…。
嫌なざわつきを感じるものの、それ以上にただ若菜のことが心配だ。
お邪魔しますの一言もなくドアを開けて靴を確認、悠子のものも揃えて置いてあった。
よくよく考えなくても愛娘のために早退するなり有給を取るなり家に居られる理由はあるのだ。
「悠乃っ!」
開口一番、親友の名前を叫んだ。
部屋の中は暗く、電灯も点いておらずカーテンが閉められていて周囲の状況が掴めない。
返事は無い。寝ているとすれば自分の部屋か。
奥へ進み、可愛いクマのイラストを添えられた「ゆののへや」とあるプレートの下がった扉に手をかけて勢いよく開け放つ。
「悠乃、いるのっ!?」
そこに居たのは――
「あら、若菜ちゃん…どうしたの?」
ベッドに腰掛けた、親友の母である荒木悠子だけだった。
「…えっ?おばさん、だけ…?」
「……あぁ、そういえばそうよね。貴女には合鍵を渡してあったもの。」
「それ、どういう…いや、それよりも悠乃はどこなんです!?病気って聞いてきたんです!」
靴もあれば、母親も居る。病欠の報告も学校に届出がある。
だというのに、当の本人が家に居ない。入院したという話も聞かなかったし、自宅療養のはずだった。
何故なのか…その問いに答えられるのは目の前に居る女ただ一人だろう。
「大丈夫、ちゃんと無事よ。ここに居るわ、この部屋の中に。」
「この部屋って…クローゼットの中ででも寝てるんですか!?」
「そんなわけないじゃない、可愛い娘なのよ?そんな風に見られてたなんて悲しいわ。
まあおふざけはこれくらいにして…若菜ちゃんなら大丈夫ね、私達にぴったり。
ちゃんと一緒の…本当の家族になりましょう…」
そう言った悠子の下腹部から淡い燐光を放つ紋章が現れる。
心臓の鼓動音にも似た音を響かせる度に淡く明滅するその光の奥、彼女の身体の中に微かにもう一人の人間の影が見えた。
暗闇の中、瞳が真鍮色に輝き目の前の女性が突如として“灰色”に呑みこまれ、得体の知れない巨大な怪物へと姿を変える。
天井に背中を這わせるように身体を折り曲げてこちらを覆いつくさんとする姿は、ラミアと呼ばれる蛇と人の姿を併せ持つ神話上の生物にそっくりだ。
驚愕に目を見開き、身動きの取れない若菜に対して、カーテンに遮られた微かな光によって壁に伸びた怪物の影が青白く発光し形を変え、全裸の悠子となり口を開く。
『ウフフ……若菜ちゃん、どうかしら…?私、こんなにも素敵な身体になれたの。
悠乃も気に入ってくれたみたいで、ちゃんと受け入れてくれたのよ。』
女性としての肉体美と妖艶さをはっきりとこちらに伝える人間の姿の悠子と怪物のツーショットは、まるで神話の一ページのようだったが、
それでもまだ、若菜はこの異常な状況に対して精神を奮い立たせられるものを持っていた。
「…こ、答えになってないわ……悠乃は、その肝心の悠乃はどこ!どこにもいないじゃない!」
『あまり怒鳴っちゃいけないわ、そんなのだと下品とも思われても仕方ないのよ?
じゃあ答えをあげましょう、言葉じゃなくて、実際に見てもらって、ね……見せるのは貴女が初めてだわ…♪』
怪物が胴の一部を開く。暗くてよくは見えないが、淫靡な水音が聞こえてくる…粘膜だろうか。
『ん、っ……ぅぅ、ん…っ…ん……!』
鼻から抜けるような甘い声を出しながら、その裂け目が開閉し、中が蠕動する。
さながら、“妊婦がいきむように”。
ぐじゅ…と「ナニカ」が顔を出したのか、明らかに先ほどとは別の水音が響く。
『ぁ、ぁああ…これ、ぇ…♪最初の、悠乃の時よりぃ…もっと……ぁんっ…!』
身体を横たえ、悠乃のベッドにその「ナニカ」がひり出されていく。
既に半分ほどその姿を見せたそれは、幾分か凹凸があるものの“楕円形を成している”。
『ほら、もう少しっ…もう少しよぉ……うまれ、うまれちゃ…ぁ…ああぁぁああっっ!』
ぼぢゅん、とその姿を外気に曝しきり、ベッドのシーツに染みを作りながらも「それ」は横たえられた。
暗順応が進み、目を凝らせるようになった若菜が見たものは“卵”だ。
その大きさは横たえられたベッドの幅よりも長く、表面は不気味な外骨格に似た凹凸に覆われており、中心部分には怪物と化した悠子の腹にある紋章と全く同じものが刻まれている。
弱々しく光を放つ紋章に照らされたその中に、見間違うはずの無い人影を認めた。
………そうだ、見間違うはずが無い。生まれてから、もう何度一緒にお風呂に入ったりシャワーを浴びたりしただろう。お互いのスタイルを羨んだり、セクハラ紛いのスキンシップをしただろう。
だからこそ、認めたくない。あの怪物の胎の中に居て、産み直されたのが自分の親友であると。
それが自らの母親の手によって為されたという事実を彼女は知っているのだろうか。
様々な言葉や感情が渦を巻いて心と精神を削り取っていく。
ピシッ
考えを巡らせている間に、紋章の輝きが増していた。
それと同時に響いた乾いた音に意識を向けると、灰色の卵に一筋の割れ目が入っている。
そこからは灰色の光が漏れ、立て続けに幾筋もの亀裂が走っていく。
『そうよ、悠乃…産まれてきてっ、お母さんに元気な顔を見せて…?
そして…“本当の貴女”の姿を、私と若菜ちゃんに見せてあげましょう…!』
“出産”による疲労からか身体を横たえたままの悠子が声をかける。
言葉の意味をそのままに捉えるのであれば、卵の中で彼女はどうなっているのか。
答えが脳内に過る中、卵が割れ、光があふれ出した――
閃光に眩んだ目を擦り、再び闇に慣れてきた若菜の目の前には悠乃が居た。
産まれたまま、一糸纏わぬ姿で卵の殻の一部を身体に引っ掛けた状態で、呆然とした表情のまま座り込んでいる。
二度目の生誕を迎え、産声をあげることもなく若菜をじっと見つめて。
『あぁ…産まれたのね、悠乃……!前よりもっと可愛く見えるわ、…素敵…。
今すぐ美味しいミルクを飲ませてあげるからね…。』
恍惚とした表情を影の中に浮かべ、身体を引き摺りながらも娘の元へ近寄りそっと胸に抱き締める。
自らの鱗に覆われた装飾を取り去ると豊かな双丘と灰一色の乳首が顔を見せ、それに悠乃の唇を宛がってやり、
大きな「赤ん坊」の後頭部を支える異形の母に、悠乃は悲鳴をあげるどころか安らいだ表情を見せ、強く吸い上げた。
どういう身体機能が作用しているのかはわからないが、影の中で嬌声をあげて快感に身を震わせる悠子と、液体を吸う音、それを喉を鳴らして飲み込む音が聞こえる限り、母乳のようなものが分泌されているのは確かなのだろう。
そして、それを嚥下し始めた悠乃の下腹部には母親と同じエンブレムが出現し、体内へと母乳が取り込まれていく度に模様の放つ光が強まり―――遂に、瞳が輝いた。
「悠……乃…?そんな、っ…やだ……悠乃、やだよ…!
悠乃も、同じになっちゃうの…?やだ、そんな…化け物なんかに、ならないでよぉ…!」
オルフェノク。悠子が変化した生物。
ほんの数分前に見たその前兆と全く同じ様子に、思わず言葉を投げかける若菜だったが――悠乃は、それに笑顔を返す。
少女の願いも虚しく、親友の身体全体に模様が奔り、変化が始まった。
悠乃の身体のあちこちに、シルエットが下から盛り上がるようにして異形の姿が重なっては掻き消えていく。
その全身が陽炎のように揺らめき、輪郭がぼやけた瞬間に人間「荒木悠乃」は灰色に塗り潰され、異形の中へと押し込められた。
元の悠乃の線の細いイメージとは真逆に屈強な胴体が形成されており、西洋風の鎧に似た甲殻がそれを更に防護しているため、女性らしい身体のラインは胸の稜線に沿って僅かに膨らんだ部分が鎧に見て取れるくらいだろうか。
腕と脚も太く、手の甲には鋭い爪つきの籠手らしき武器が存在しており、逆関節を持つ脚部は強靭という言葉そのものといえるほどに筋骨隆々だ。
背中には飛行用と思しき翼が二対四枚見て取れ、一枚一枚がそれだけで斬撃武器として使用できそうなほどに鋭い。目線を下に移せば尻尾が生えているのが見え、先端は三叉に別れてそれぞれ針状に鋭く尖っているようだ。
頭部はコリュス式の兜に似ており鬣ではなく“獅子”の頭部の意匠が与えられ、四本の房が後ろに垂れ下がっていた。顔にあたる部分には、女性らしさとは無縁のきつく鋭い目に、幼さの残る艶を備えた唇が刻みこまれている。
数種の動物を継ぎ接ぎにした姿、日本の鵺に似たその姿はメメコレオウス――幻想の生物「マンティコア」――の特質を備えたオルフェノクだ。
笑顔を見せた真意もわからないままに、醜い姿に変わってしまった親友を若菜はただ呆然と見つめることしかできなかった。
二匹の獣が喜びの咆哮をあげる中、逃げることは愚か立ち上がることもできずに。
陸に打ち上げられた魚が、逝く――
酷いことになりましたねぇ。
悠乃と悠子の親子はもう一つの意味でも「親子」になってしまったわけですが、今回これをやってみるにあたり原作小説をもう一度読み直しました。
割とネタバレになりますがご注意を。
結花と啓太郎の子ども、勇介が産まれた時の描写ってそのまんまクレインオルフェノクが死んだ後の灰からそのまま赤ん坊として出てきたんですよね。
エピローグでの草加が変化したシーンも明らかにテレビドラマ版とは違ってましたし、どうもあの灰色の体表の下にも赤い血が通っているみたいなんです。
あとは木場さんが最後の方に紫電を纏ってたり激情態みたいに感情次第で突然変異を起こしたり。
そういう点を抑えていくと、「別にこれくらい大丈夫なんじゃないか?」なんて思い至ってしまったわけで。
いや、性的なR-18方向に突き進む場合は無暗にそのまま適用してしまうと良くないんでしょうが……まぁ、やってしまった以上は突き進みます。
改めて言いますが、原案者様のAnother Storyとはパラレルです。こんな荒唐無稽どころか原作粉砕してるような世界ではないので、ご安心ください。