※この作品はR-18です。

比企谷兄妹の甘い日常   作:暁英琉

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妹たちは不安なのである

「だるい……」

 

 体育祭から二週間が過ぎた。葉山とか海老名さんのせいで割と目立ってしまったわけだが、終わってしまえば特に大きな変化というものもない。いつも通り授業を受けて、妹たちと昼食を取って、放課後は生徒会の手伝い……あれ? いつのまにか生徒会に行くことがデフォになっているぞ? ま、まあそんな感じでいつも通りの生活が戻ってきた。ちなみに去年は遅かった生徒会選挙は体育祭直後に例年通り行われ、いろはは二年連続生徒会長に、小町は会計に当選した。おかげで毎日のようにダブルでお願いされるのだ。二人に勝てるわけないだろ!

 そんなわけで、今日も今日とて放課後は生徒会の手伝いをしていたわけだ。受験生だけど、妹達を優先するのは当然のことだな! いやまあ、模試の判定はよかったし気を抜かなきゃ大丈夫なはず。

 

「じゃあおにいちゃん、ちょっと待っててくださいね!」

 

「……ああ」

 

 俺と小町を置いていろはが廊下を駆けていく。生徒会長が廊下を走るなよと思わないこともないが、最近だと慣れてしまって「別に誰も見てないからいいか」なんて考えてしまう。

 体育祭が終わってから大きな変化はないとは言ったが、逆に言うと細々した変化はあった。校内で少し見られることが多くなったように感じたりと、なんとなくそう思う程度の変化がほとんどだが、このいろはの行動もその変化の一つだ。今までは普通に登下校をしていたが、最近は登校の時は小町、下校の時はいろはがどこかへ行くようになった。その間俺はもう一人の妹と校門なり廊下なりで待つことになり、戻ってきた妹たちは大抵いつも袋を持って戻ってくる。最初のうちはなにが入っているのか聞こうと思いもしたが、有無を言わせぬ二人の様子になあなあになってしまった。妹に質問もできないとかお兄ちゃん弱い……。

 

「お待たせしました~!」

 

 一人で打ちひしがれていると、いろはが戻ってくる。その手にはやはり何かしらの入った袋があったが、今さら聞けるわけもなく、そのまま三人で帰ることになった。

 

「またあったんですか?」

 

「そうなんだよ、朝もあったのにね」

 

 どうやらあの袋の中身は二人に共通するもののようだ。女の子には秘密がつきものだから、男の俺があまり踏み込むものでもないだろう。あんまり無遠慮に踏み込むと二人から白い目で見られるしね! あれ超辛い。

 後、帰ってからも二人で何かやっているみたいだけれど、一体何をしているんだろう。仲間外れでお兄ちゃん悲しい。

 

 

     ***

 

 

 帰ってからお兄ちゃんは受験勉強のために夕飯まで自分の部屋で過ごす。それを利用して行われるのが小町といろはさんの定例会議だ。

 

「それで、これが今日の分か……」

 

 リビングのテーブルに広げられている小山を見て、いろはさんが呻くように呟く。女の子としてどうかと思うけれど、気持ちはよくわかるんだよね。

 

「……日に日に増えていきますね」

 

 だって――小町も似たような声が出ちゃっているもの。

 二人の眼前にあるのは、今日の登校時と放課後に靴箱から回収した手紙。ちなみに全部お兄ちゃんの靴箱からだ。体育祭明けの月曜日、まさかと思いつつ見てみたら靴箱の中にあった一通の手紙が事の発端。日を追うごとに少しずつその数は増えていき、今日に至っては二回の回収で二十通近く入っていたのだ。

 

「どうしようか……」

 

 ここ最近、葉山さんとの対決でにわかに出てきたお兄ちゃんの人気は、体育祭での活躍で爆発する……とは小町達も思っていたけれど。まさか皆ここまで露骨にアピールしてくるなんて想定外だよ。

 

「前まではお兄ちゃんのこと悪く言ってたくせに……」

 

 ちょっとかっこいいところを見ただけですぐに色目使うなんて最低だ。この間なんかクラスの子が「比企谷先輩ってかっこいいよね。変な噂もあるけど、一匹狼って感じだよ!」なんて言っていた。前は「あの先輩、ちょっと暗いよね」とか言っていたのに、都合がよすぎる。

 

「小町ちゃん、落ちついて」

 

「ぁ……ごめんなさい」

 

 いけない。つい思考が悪い方向に行ってしまった。

 正直、周りがお兄ちゃんのことを好意的に思ってくれること自体はいいことだと思う。お兄ちゃんもそうして小町達に自慢できるお兄ちゃんになろうとしていたわけだし、その目標が達成されていると考えると……うれしい。

 けれど、それと同時に不安にもなるのだ。お兄ちゃんが人気になるということは、当然こういうふうにアピールをしてくる子もいるわけで。お兄ちゃんのことは信頼しているし、小町達を残して他の女の子に靡くことはないと信じているけれど、お兄ちゃんだって男の子なのだ。このラブレターを見てお兄ちゃんが少しでも嬉しそうにするかもしれないことを想像すると、途端に心が寒くなる。

 これはあまりにも醜い所有欲だ。兄妹という肩書きがある以上、周りに付き合っていると公言して牽制することもできない妹の黒い感情。

 だから、回収したラブレターは結局お兄ちゃんには渡せていなくて……。

 

「どうすればいいのかな……」

 

 小町の未熟な心ではこの黒い感情を鎮める術も、あふれ出る不安を宥める方法も思いつかなくて、頭の中がぐるぐると思考のループを繰り返す。自分の醜さに吐き気がしてくる。こんなこと考えていたら、お兄ちゃんに嫌われちゃうよ……。

 

「ふぇ……?」

 

 思考の渦に飲まれていた小町の頭にぽん、と手が添えられる。お兄ちゃんの大きくてごつごつしたそれとは違って、小さくて柔らかい手のひらが優しく頭を滑る度にぐるぐると渦巻いていた思考の波が穏やかになっていく。お兄ちゃんに撫でられるのに似た、けれどまったく別な心地よさ。見上げると、いろはさんは優しい表情をしていた。

 

「大丈夫だよ、一緒に考えよ」

 

 きっといろはさんだって小町と同じことを考えて悩んでいるはずなのに、そっと小町を抱きしめて落ちつかせてくれる。かっこいいお兄ちゃんに、やさしいお姉ちゃん。こんな二人と一緒にいられる小町はきっと世界一幸せな妹に違いないね。

 

「こんなにラブレターが来たら不安になっちゃうよね」

 

「はい……」

 

 心はだいぶ落ち着いてきたけれど、小町達の悩んでいる問題が解決したわけじゃない。結局、今のままじゃ怖くてラブレターをお兄ちゃんに返すことはできないし、もしもお兄ちゃんに直接告白してくるような女の子が出てきたらと思うと、また不安で押しつぶされそうになる。信頼しているって言いながらこんなに不安になってちゃ世話ないよ……。

 

「そもそもお兄ちゃんって相変わらず女の子に耐性なさそうだし……」

 

「確かにそうだね」

 

 お兄ちゃんは教室とかでも戸塚さんにすら自分から話しかけることはほとんどないみたいだし、お兄ちゃんのいい面が見えてきたと言っても、ぶっきらぼうなお兄ちゃんに話かける女の子はやっぱり少ない。話しかけてくるのは雪乃さんや沙希さんみたいな強気な人とか、結衣さんみたいな極端に優しい人、後は姫菜さんとかの特殊な人しか……あれ? 結構話しかけられてない?

 しかし、それでも女の子と話すとよくキョドるお兄ちゃんだし、もしも強引に攻めてくる子がいたりしたら……。

 

「あっ!」

 

 思わず声を上げる。いろはさんを見ると、彼女も同じことを思いついたみたいでにっこりと笑う。ことお兄ちゃんに関しては考えが重なるところなんかは、実の姉妹みたいでちょっと笑ってしまう。

 

「おにいちゃんへの周りからのアピールが怖いなら」

 

「小町達が今まで以上にアピールすればいいんですね!」

 

 けれど、さっきも言ったように周りに彼女であることはアピールできない。

 それなら――お兄ちゃんにもっとアピールして、小町達にもっとメロメロになってもらえばいいんだ。

 そうと決まれば善は急げだ。目下の仕事である夕飯の用意を始めながら、いろはさんと作戦を考えることにした。

 

 

     ***

 

 

「お兄ちゃん、はいあーん」

 

「こっちもあ~んですよ、おにいちゃん!」

 

 なんだろうこれ。

 三年生が参加する学校行事も大体終わり、クラスの空気も受験色が強くなってきた。かくいう俺もそろそろ受験に向けて本腰を入れる形になり、少なくとも帰ってから夕飯までの間は自室で集中して勉強することにしているのだが……夕飯ができたと呼ばれてリビングに行って早々に二人のあーん攻撃を受けているのだ。昼休みとか寝込んだ時とかにされることはあったが、家での普通の食事でされることはほとんどなかったはずなのだが……。

 

「あーん」

 

「おにいちゃん、はやく~」

 

 いや、なんというか……びっくりするくらい恥ずかしいんですけど。飯くらい普通に食べさせてほしい。別に嫌なわけではないのだが、こう……恥ずかしさで疲れてしまうのだ。

 しかし、こんな状態で断ることはなかなか困難だ。学校とかなら人の目だのなんだのと言い訳ができるのだが、いかんせん家だからいいかな、なんて考えてしまう。それに、恥ずかしいと嫌は決してイコールではない。そもそも最愛の妹たちがこういうことをしてくれること自体はうれしいのだから、断る気自体がほとんど起きないのだ。

 

「あ、あーん」

 

 だから少し考えた後に差し出された箸をそれぞれ口に含むのだが、やっぱり超絶恥ずかしいわけで、びっくりするくらい味が分からなかった。今までも散々やられているはずなのに、全然慣れないとか「あーん」強敵すぎるでしょ。

 

「おいしい?」

 

「あ、ああ……」

 

 ごめん、たぶんおいしいんだと思う。二人の作る料理、基本的に全部おいしいし。

 心の中で懺悔していると、いろはの方から何かが近づけられる。またあーんをさせられるのかと内心ため息をつきながら振り向くと―――

 

「おにいひゃん、あ~ん」

 

 唐揚げを咥えたいろはの顔がすぐ近くに迫っていた。

 …………んん? いろはちゃんはなにをやっているのかな? それはお兄ちゃんの知っているあーんではないんだけれども。

 思考がこんがらがっている間もいろはの顔はゆっくりと、しかし確実に迫ってきていて、鼻腔が唐揚げの香ばしい匂いを覆い尽くすほどの甘い女の子の色香に包まれる。頬に添えられただけのはずの手は不思議な拘束力を持っていて、それだけで俺は全く動けなくなってしまって……。

 

「んぶっ」

 

 唐揚げに唇が触れる。おずおずと口を開くと、小ぶりの唐揚げを口内に押し込まれ、そのまま唇を奪われた。柔らかい唇は、油のせいかグロスを塗ったようにテラテラとツヤを帯びていて、思わずドキリとしてしまう。

 

「んみゅっ、ちゅっ、ちゅぷっ、れるっ……お兄ちゃん、おいしい、ですか? ちゅるっ……」

 

「~~~~っ」

 

 いや、いやいや。

 こんなの味が分かるわけないじゃん。いろはは唇を重ねるだけでは飽き足らず、内部に舌を差し込んできたのだ。舌先を触れ合わせたかと思うと、咀嚼されていない唐揚げを転がすように踊らせたり、舌同士に押し付けたりしてくる。自分から分泌される唾液といろはの唾液が混ざり合い、溢れそうなほどのそれが唐揚げをぐちゃぐちゃに濡らす。肉と油、調味料の味がするはずの唐揚げが不思議と甘く感じてしまうのは、彼女の唾液のせいだろうか。

 

「んちゅぶっ、じゅるっ、ぇんっ……おに、ちゃ……」

 

「っ……ちょっ、ちょっと待て!」

 

 頬に添えられていたはずの手が舌をからませながら降下していき、胸にそっと当てられたところで反射的に背を逸らして唇の接合を解く。いろはが「ぁ……」と名残惜しそうな声を上げたことからは目を逸らして、口の中に残った唐揚げを咀嚼して飲み込んだ。ふやふやにふやけた唐揚げは、唾液の湖の中でほぐれ、驚くほど甘かった。いろはの唾液だけでこんなに甘いとか、マッカンすら不要になるレベル。ごめん、マッカンは必要だわ。

 

「いや、いきなりどうしたんだ……」

 

 呼吸を整えていろはを問いただそうとする前に、後ろから肩を掴まれて――

 

「んな……っ!」

 

 後ろから身を乗り出した小町に口を塞がれた。それだけでも驚きに身体が硬直してしまうのに、あろうことか何かを流し込んできた。小町の唾液によってグズグズになったそれは俺の唾液と交わって口内全体に広がる。いろはの甘ったるいくらいのそれとは違う、さわやかな甘さの唾液に紛れて、かすかなジャガイモの風味が味覚と鼻腔をついた。

 

「ずろろろっ、じゅむっ、れるっ、ぬりゅっ、じゅるるっ、ちゅ、ちゅるっ……」

 

 口腔に散乱したポテトサラダを小町の舌が掬いあげ、味蕾に擦りつけ、直接味覚電流を走らせようとしてくる。しかし、それをかき消す強さの快感電流によって脳は味を認識することが不可能な状態だ。口内粘膜の接触を続けつつ正面に回った小町が首にしがみついてくる。

 

「じゅぶっ、れあっ、んっ、んみゅっ……」

 

 もはや脳は触覚情報以外の全てを遮断してしまい、踊る末妹の舌と共に触れるそれが唾液なのか、サラダの残骸なのかすら認識できなくなってしまっていた。

 

「ぷはっ……はあ、はあ……」

 

 短時間に二回も乱された息はなかなか整えることができず、唇が離れた後も荒い呼気が不規則に喉から漏れ出る。「一体お前ら、急にどうしたんだ?」とも聞くことはできず、声になれなかった意味のない音が途切れ途切れに溢れるだけだった。

 そんな俺に――

 

「おにいちゃん、次ですよ」

 

 再びいろはが迫ってきていて、小町も息を乱したまま唐揚げを口に含もうとしていた。

 ……えーっと。

 ひょっとしてこれって、逃げ道……ない?

 

 

     ***

 

 

 蛇口を捻るとシャワーノズルから温かい液体が降り注ぐ。髪を濡らす温水は身体を下へ下へと伝い、全身を濡らしていく。流れ落ちるそれに混ざって余計な思考も流れ出ていくように少しずつ、少しずつ頭がクリアになってきた。

 

「……はああぁ……」

 

 最初に漏れ出たのは長い溜息。いや、これは仕方のないことだと思うのだ。結局あの後、二人から代わる代わる口移しで夕飯を食べさせられたのだから。それはもう全部、白米から味噌汁に至るまで全部口移しで食べさせられた。

 もうね、お腹より先に胸いっぱいになったよね。

 おかげでいつもより少ない量でギブアップした俺は、逃げるように風呂に逃げ込んだことで、ようやく一息つくことができた。

 

「……本当に、あいつらどうしたんだ?」

 

 いままでも実生活で多少は過度なスキンシップがあったのも事実だが、ここまで露骨なアプローチは早々なかった。俺、なにかあいつらの機嫌を損ねることでもしただろうか。そういえば最近は体育祭や受験勉強もあって、あまり三人で出かけていなかった気もする。それが原因だろうか。

 

「……いやしかし、それにしては唐突すぎるよな」

 

 昨日まで、いや今日帰ってくるまでは特におかしなところもなかったはずだ。俺の受験勉強に対する理解もあるはずだし、それでも十分甘えてきていると思うのだけれど。

 まあ、直接聞いてみるしかないよな。とりあえず、今はこの後起こるかもしれない戦いに向けて、ゆっくりと身体を休めるとするか……。

 

「おにいちゃん、お背中流しますよ~」

 

「お兄ちゃんのお世話をする妹、小町的にポイント高いね!」

 

 風呂なら休めると思っていた時期が、俺にもありました。浴室の扉を開けて入ってきた二人は、タオルで隠すこともしていない、生まれたままの姿なわけで。逃げようにも入口は当然二人に塞がれてしまっているわけで。

 

 

 ああ、もう本当に――なにが起こっているんだ?

 




かなり久しぶりの更新です

久々に書いたらどんな感じだったっけ? と全話読み直すハメに・・・
こまめに更新した方がいいと思いました(今後こまめにするとは言っていない

前にこのシリーズを書いていたときに、小町もいろはも八幡のことを「お兄ちゃん」と呼んでいてややこしかったので、今回からいろはの方に「おにいちゃん」と呼ばせることにしました
過去の話も余裕を見つけて修正しておこうかなと思います
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