比企谷家は基本的に三人で生活しているようなものである。社畜の両親は労基法に抵触しない程度の会社からの酷使と自身らの社畜精神によってほとんど帰ってこない。特に最近二人とも会社での地位が上がったようで、責任がー責任がーとか言いながら会社に泊まり込むことが増えた。まじで社畜怖い。けど、今となっては働かないわけには行かないんだよな。
というわけで今日も今日とて比企谷家は比企谷三兄妹の根城と化している。家事は基本的に分担制なのだが、料理はなぜか俺の当番がなかった。まあ、去年も俺が料理を作ることはあまりなかったわけだが、それは部活のある俺よりも小町の方が先に帰ってきて作ってしまっていたからで、学校も同じになって帰るのも一緒な今は俺も手伝っていいと思うのだが、妹たちが二人で楽しく料理している姿を見るのも悪くないかなと思う今日この頃。
ソファに座って勉強しながら時々台所の妹たちを眺める。何これ至福。
実際今までは勉強は部屋でやっていたのだが、最近はこの至福の時間のためにリビングでやることも多い。そんなことで集中できるのかと思われるかもしれないが、これが思いのほか集中できるのだ。妹分で集中力と記憶力アップ! 深夜の通信販売とかでありそう。ないな。
「お兄ちゃーん、そろそろご飯できるからお皿出すのてつだっ……て……」
「おう、分かった。……どうした?」
俺を呼びに寄ってきた小町が何やら固まっている。どうしたというのだろうか、お兄ちゃんなにか悪いことした? 少し不安になっていたのだが、小町の視線は俺の目の前にある勉強道具に固定されている。
「お兄ちゃん、どこか調子悪いの? 大丈夫? 頭腐ってない?」
「どういうことだよ」
思わずおでこを小突いてしまうくらいには酷いことを言われた。頭腐ってるのは海老名さんだから。
「いたた……だってお兄ちゃんが数学の勉強なんてしてるから……」
「あー……まあ、ちょっとな」
俺が今やっていたのは高一の数学だった。完全に切り捨てていた数学の教科書をちゃんと保管していた自分に俺自身驚いているんだから。散々理数系は必要ないと聞いてきた小町には余計に驚愕の事態だったのだろう。いやそれでも頭腐ってない? はないだろ、泣くぞ。
実際受験には必要ないし、追試さえやればいいから差し迫って単位が危ないというわけでもないのだが、少し思うところがあって勉強していた。
「ほら、早く飯食おうぜ」
「あ、待ってよお兄ちゃん!」
その理由を話すのはちょっと恥ずかしいというかくだらないというか、まあそんなもんなのでついぶっきらぼうに話を切っていろはのいる台所に足を向けたのだった。
***
相変わらずうまい夕飯を済ませて風呂を浴びると自室にこもってまた勉強をする。さっきの数学の続きだ。
実際のところ高校受験の時には数学も必要だったし、受験結果は今みたいな散々な点数ではなかった。それでも飛び抜けて高いわけではなかったが。理数系を勉強しなくなったのは私立大学文系学部の受験に理数系が必要ないと分かったからだ。だから今まで切り捨てていたし、一桁の点数を見ても特に何とも思わなかった。
けれど、そんな俺を兄に持つ二人は周りからどう思われるのだろうか。兄としても恋人としても頼りない俺のせいで、あいつらが嫌な思いをするのは俺が耐えられないのだ。
「実際、気合入れて勉強してみると結構面白いもんだよな」
別に、雪ノ下を抜いて学年一位になろうとかそういうことは考えていない。ただ、少しでもあいつらが俺という兄を、そして恋人を誇れるような存在になりたいと思った。動機としては不純だろう。好きな女のために努力をするなんて、まるで男子中学生のようで笑ってしまう。
記憶力はいい方なので、公式などはすぐに覚えられる。問題はその公式をどういう場面で使うかなので、とりあえずほとんど使われた形跡のないワークブックの問題を解いて慣れていく。少しずつ、少しずつでいいから理解を深めていく。
「……ふう……」
軽く息をついて緊張した頭を軽く揉み解す。時計を見ると午前一時半。だいぶ集中していたようでいつの間にか日付が変わってしまっていた。ぐっと伸びをしたところで視界の端に何かが写り込んで、そちらに目を向ける。
「「ぁ……」」
部屋の扉が少し開かれて、そこからくりくりとした目が四つ覗きこんでいた。どうやら部屋に入ろうとしたら俺が勉強していたので遠慮していたらしい。いつもは自由奔放なくせにこういうときは遠慮がちになるのだからかわいらしい。
「そんなとこにいないで、入ってきていいぞ?」
俺が呼びかけるとおずおずと二人とも部屋に入ってくる。
あの日以来、ほぼ毎日俺達三人は一緒に寝るようになった。だいぶ安定してきたとはいえ、いろはを一人にさせるのはまだ少々不安だし、なにより二人からのたっての希望だったので断る理由はなかった。というか、いつもなら日付が変わる頃には二人とも来ることを考えると、ひょっとして一時間以上部屋の外で待っていたのだろうか。
「別に勉強してても遠慮せず入ってきていいんだぞ?」
「だって、お兄ちゃん今年受験ですし……」
「いや、受験勉強自体はそこまで気を張ってるわけじゃないから気にしなくていいぞ。今やってるのは受験とは関係ないし」
フォローを入れると二人ともおよ? と首をかしげる。最近のこの二人のシンクロ率が高い。これがあざとかわいいという共通点による同一性なのだろうか、何も知らなかったら実の姉妹と言われても信じてしまうレベル。
「俺の志望だと文系科目のテストしかないからな。数学やってるのは気の迷いと言うか、まあそんなもんだから外で待ってないで入ってこい。外でハチ公みたいに待たれてたら俺も申し訳ないし」
俺は志望大学をすでに決めていた。千葉の私立大学の中でも偏差値の高い大学で自宅からも比較的近い。それにここの名物教授がかなり面白い人のようで前から興味があった。
「気の迷いで勉強すると理解できないんですけど……」
「お兄ちゃん、いつの間にガリ勉君になったの? やっぱり頭打ったりしたんじゃ……」
こいつら……いくらなんでも酷すぎやしませんかね。
「ま、まあとりあえず、別に急いでやってるわけじゃないから、我慢せずに入ってこいよ。今日はちょっと遅めだったけどいつも寝るくらいの時間までやってれば十分だからな」
二人の頭をくしゃくしゃ撫でる。まだしっかり納得はしていないようだが二人とも気持ちよさそうに目を細めていた。
「じゃあ、電気消すぞ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさ~い」
そこそこ大きめではあるが、やはり三人で寝るとこのベッドでは狭い。左右から柔らかい感触で挟まれるのは嫌いではないからいいのだが。
恋人になる前“救済”としていろはと一緒に寝ていたときにはなにも感じなかったのに、恋人になってしばらくはなかなか寝付けずに睡眠不足の日々が続いた。意識の違い一つでこんなにも変わるのかと当時は驚いたし、今となっては三人で寝ることに何の抵抗も抱かなくなっているあたり、自分の適応能力に驚く。まあ、少しは恥ずかしいんですけどね?
かすかに立ち始める二つの規則正しい呼吸音を子守唄に意識は少しずつフェードアウトしていった。
***
三年に上がってから俺は自転車通学をやめた。小町といろはと三人で通学するためにバス通学に切り替えたのだ。最寄駅からバスで学校近くまで移動し、三人であるいて登校する。両手を二人に握られての登校という超恥ずかしい状態なのだが、一度文句を言った時に二人から激怒されて以来大人しく従っている。お兄ちゃんの立場低すぎ。
結果、同じく登校中の生徒たちがチラチラこちらを見てきて俺の気は全く休まらない。あと、こっちをチラチラ見てくる男子の目を一つ残らず潰したくなる衝動に駆られてしまう。八幡破壊の波動に目覚めちゃうよ……。
「やあ、比企谷、いろは、小町ちゃん」
「おう」
「あ、葉山先輩おはようございま~す!」
「どもです! 葉山先輩!」
去年より少し早い時間に登校していると、だいたい葉山とかちあう。ちなみに葉山は俺のことをヒキタニとは呼ばなくなっていた。いろはと小町から抗議を食らった結果なのだが、学校の帝王に文句言うとか君たち勇気あるよね。
「そうだいろは、今日の部活には出れそうかな? 一年生もそこそこ入ってきたから今日は練習試合を多めにやりたくてさ。できれば手伝ってほしいんだけど」
「あー、大丈夫ですよ。今日は生徒会の仕事ありませんし」
昨日は部活サボって生徒会室でキスしてましたけどね。
その後二人は部活の話をしだす。部外者の俺は必然的に黙ることになってしまう。あ、大抵黙ってるからいつものことか。
「…………」
ふと、葉山と自分を見比べてしまう。がっつりではないとは言え適度に筋肉がついて引きしまった身体の葉山と贅肉はないが全体的にひょろい俺。首から下だけ見ても葉山の方が女受けはいいんだろうな。別に女受けしたいとか今さら思わないけど。これが運動部と(実質)帰宅部の差か。最近は自転車通学でもなくなったせいか、足もひょろくなったように感じる。そういえば、依頼のためとはいえマラソン大会のときは葉山に食いさがって、最終的に黒歴史を増やしたっけか。今だとあそこまで食い下がることもできないのかな。
うーん、なんというか……。
改めて考えると俺かっこ悪いな。
葉山と比べている時点でおかしいとは思うけれど、なんかこう……やだな。
筋トレとか……少なくとも持久力くらいは……つけたい気がしなくもない、よな……。
なぜそんなことを考えてしまうのか。楽しそうに葉山とサッカーの話をするいろはを見てるとちょっと複雑な気持ちになるというか。いやでも部活の先輩後輩なんだし、話の内容は部活の事なんだし、そこまでとやかく言うのはいかに兄兼彼氏とは言っても図々しすぎて嫌われかねないというか。というか、こんなこと考えるのって……。
ひょっとして俺は、葉山に嫉妬しているのだろうか?
まったくもって図々しい。底辺カーストの俺が、トップカーストの葉山に嫉妬なんていう感情を抱くなんて。別次元の存在に妹が彼女が取られそうで怖いなんて感情を抱いているなんて。
けれど、好きな女により好きになってもらいたい、自分だけを見てもらいたいという独占欲を抱くことは間違っているのだろうか。それは悪いことなのだろうか。きっとそれは独善的で性悪的なのだろう。
けれど、それで自分を高めようと動くことはきっと間違っていないのだと思う。例え醜くても、きっと悪くない。
だから……。
息抜きと言うか前作との繋ぎ的な話
八幡が理数系できないのは完全に捨ててて授業を聞いていないだけだと思うのん
つまり勉強すれば普通にできそう
そう考えると八幡って化物じみたスペックをしているのでは・・・
台風が近づいているせいか風が凄い強いです
台風の影響で休みになるのは構わんが、停電とかはやめてね(ガクブル