※この作品はR-18です。

比企谷兄妹の甘い日常   作:暁英琉

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お兄ちゃんはつい無理をしてしまう

「お兄ちゃん、どうしたんだろ」

「なにかあったのかな……?」

 夕飯の支度をしながら小町ちゃんが不安そうに声をかけてきました。私だって不安です。いえ、むしろ不安よりも恐怖の方が勝っているまであります。

 

 最近お兄ちゃんの様子がおかしい。

 

 お兄ちゃんは今家にいません。ここ最近、帰ってくるといつもすぐにどこかへふらっと出かけていきます。あの自宅大好きお兄ちゃんが毎日です。そろそろ二週間連続になるのではないでしょうか。

 理由を聞いても言い淀んで、「ちょっと一時間くらい出てくるだけだから」と言うだけです。あのお兄ちゃんがなんの理由もなしに家から出るなんて考えられないし、そりゃあ私たちも不安になります。

 それに暇を見つけてはずっと勉強をしているみたい。たしかにお兄ちゃんは文系は学年トップクラスの成績だし、成績維持のために勉強はするものだと思いますが、最近は特に数学の勉強をしている姿を見ます。あの数学を憎んでいる節すらあるお兄ちゃんがですよ?

「小町達に言えないことでもあるのかな?」

「言えないこと……」

 いや、きっと家族や恋人だからこそ言えないこともあるのでしょう。「近しい人間のことをなんでも知りたいと思うのはおこがましい。誰にだって自分のうちだけに留めておきたいことはあるし、どんな人間にだってそれを無理やり暴く権利はない。親しき仲にも礼儀ありという名台詞を知らないのかよ」というのはお兄ちゃんの弁です、超長い。

 けど、それでも何でも知りたいと思うのも人間なんですよね。知りたいけど聞けない、だから推察する。

 お兄ちゃんは内に入った人間にはとことん甘い傾向があります。驕りでも何でもなく、私たち二人はお兄ちゃんのその内に入っている自信があります。その私たちにもお兄ちゃんが言わない理由……。

「……浮気……?」

 いやいやまさか、あの平塚先生をして目を見張るリスクマネジメント力と言わしめたお兄ちゃんが浮気なんてそんなマネ……けど、それって逆に言えばリスク管理をしっかりすれば浮気もできるってことなんじゃ……いやいやそんなこと……。

「…………」

「…………」

 台所はお通夜ムード。どうしよ、不用意に浮気なんて口にしなければよかった。

「ただいまー」

「「!」」

 完全に暗くなっていた中に丁度お兄ちゃんが帰ってきました。

「おかえりー」

「おかえりなさーい」

 お兄ちゃんが話してくれないのなら調べるまでです。とてとてと玄関に向かうとジャージ姿のお兄ちゃんが靴を脱いでいるところでした。うっすらと汗をかいていてちょっと色っぽ……ではなく、自然な感じでお兄ちゃんに抱きつきます。小町ちゃんはお兄ちゃんの脇腹に抱きついていました、考えることは同じですね。

「うえっ!? どうしたんだ二人とも……」

 慌てるお兄ちゃんは無視して、背中に鼻を押し当てて深呼吸。すう~、はあ~、すう~、はあ~。はぅっ、お兄ちゃんの汗の匂い心地いいなりぃ……じゃなくて!

「女の匂いはなし……」

「こっちも確認できずであります、上官殿!」

「女? 上官?」

 お兄ちゃん、小町ちゃんの言い方に特に他意はないと思います。とりあえず、他の女性と会っていたという線は薄くなりましたが、やはりまだ不安はぬぐえません。というよりも、私たちの不安がもう許容限界なんです。

「お兄ちゃんが毎日帰って来てから出かけるから、小町達は心配なんだよ?」

「心配ってなんの?」

「だって、お兄ちゃんらしくないですし、その……浮気とかそういうの……」

 お兄ちゃんは大きくため息をつくと振り返って、私たちの頭をわしゃわしゃと撫でてくれます。なんかグルーミングされるペットみたい。

「あのなぁ、そんなに俺信用ないか?」

「いえ、信用ないとかじゃないんですけど……」

「俺は一途な男だぞ? 彼女がいるのに他の女にうつつを抜かしたりするかよ」

 お兄ちゃんは決め顔でそう言った。最近お兄ちゃんがどことなくかっこよく見えます。もしかしてもっと私たちを惚れさせてお兄ちゃんなしではいられない子にするつもりでしょうか。もうすでにそうなってる節があるので無理ですごめんなさい。

 というよりも、その発言って……。

「一途って……妹二人と付き合ってるお兄ちゃんには絶対に合わない言葉だと思うんだけど」

 ですよね~。

「う、ぐ……まあ、そのなんだ。お前らが心配するようなことじゃないからその辺は気にすんなよ」

 照れてそっぽを向いたお兄ちゃんは八幡検定一級に昇進した私の目から見ても嘘をついているようには見えません。どうやら本当に浮気とかではないみたい。

「じゃあ、一体何を……」

「あー、いや、本当に大したことじゃないんだよ。ただ、お前らに話すのは気恥かしいというかなんというか……」

 お兄ちゃんの顔はお願いだから聞かないでという困り顔。そんな顔をされたらそれ以上聞けないじゃないですか、別にお兄ちゃんを困らせたいわけじゃないですし。

「わかったよ。じゃあ、早くお風呂浴びてきちゃってー」

 小町ちゃんも同じ考えなのか、話を切り上げてお兄ちゃんをお風呂に向かわせました。あの様子だと私たちが気にするようなことじゃないみたいなので、お兄ちゃん自身が話したくなるまで待った方がよさそうですね。

 ……ん?

 そこで鼻をつくかすかな匂い。

「あ”……」

 フライパン火にかけたままだった……。

 

 

     ***

 

 

 歳を取ると人肌というか、人との会話が恋しくなるのだろうか。

 俺はまた平塚先生に呼ばれていた。今回は特に持論を展開したレポート提出したりとかはしていない……はず。うん、そんな記憶はない。じゃああれか? 結婚できない愚痴のはけ口に呼ばれたのか? なんという職権乱用……あ、別に何も変なこと考えてないんで睨まないでください。

「別に今日は怒るわけじゃない。数学の佐藤先生や生物の朝倉先生が最近の比企谷の授業態度がよくなったと言っていたからな。どうしたのかと気になっただけだ」

「別によくなったなら問題ないでしょ?」

 悪くなったならともかくよくなったなら別に気にする必要はないと思うのだが。

「まあ、確かにそうなんだがな。いままでのお前の理系に対する授業態度は酷かったと聞いているからな、どういう風の吹き回しかと気になったんだよ」

「……ちょっと内申点が欲しくなっただけですよ……」

 そうか、と短く呟くと平塚先生はふっと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。こういう表情をしている時はやけに幼く愛らしく感じるから油断ならない。

「それは、妹たちのためかな?」

「…………」

 そしてこの教師は、それ以外のところでもまったく油断ならない。相変わらず生徒をよく見ているというか、生徒のことをよく分かっている。なんでこんなに気が利いて魅力的なのに結婚できないのか不思議で仕方がない。

 ここまで見透かされてしまっていてはもう隠すだけ無駄だった。他言無用を条件に話すことにした。話し終えると今度は優しい笑みで見つめられる。

「やっぱり変わったな、比企谷」

「妹のための行動なんて昔からやってますよ。今までと何も変わりません」

 つい目をそらしながら答えてしまう。視界の端で今度はくつくつと喉を鳴らしながら笑われる。今日はやけに笑いますね。

「清々しいほどのシスコンっぷりだな」

「別にそんなもんじゃないでしょ」

「だが、そういう比企谷は嫌いじゃない」

 なんだこの先生、男前すぎる。つい嘆息してしまうほどのかっこよさだ。この人のこういう部分には強く憧れてしまう。二人の恋人がいなかったら本当に俺がもらっちゃうレベル。

「まあ、捻くれてはいてもいい方向に進んでいるなら私からはなにも言うまい。ただ、あまり無理はするなよ? うまく隠しているつもりかも知れんが、最近の比企谷は少し疲れているように見えるぞ」

「そうですか?」

 自分ではあまり自覚はないのだが、そんなに疲れているように見えるのだろうか。

「まあ、気をつけますよ」

「そうか、それじゃあもう行っていいぞ」

 職員室から出て時計を確認する。放課後になって三十分くらいか、突然先生に呼び止められたから由比ヶ浜にも連絡してないんだよな。また雪ノ下から小言言われるのか……メンドクセ。

 

 

     ***

 

 

 放課後、二人と一緒に帰ってから手早くジャージに着替えて外に出る。まだ初夏にもなっていないこの季節の夕方は少し冷える。まあ、冷えるといってもジャージを着ていれば大して気にならないけど。

 軽く足首を回しながら歩いて、スマホのジョギングアプリを立ち上げる。距離を十キロに設定してゆっくりと駆けだした。

 少しずつ速度をあげて自分にあった速度を維持する。後は黙々と足を動かすだけだ。タッタッタッタッとアスファルトに規則正しい音がはじける。

 実のところジョギングはそんなに嫌いではない。なぜなら一人で誰とも関わらずに身体を動かすことができるからだ。ぼっちも楽しめるスタイリッシュスポーツ。もう材木座と組みたくないし、授業の体育全部ジョギングでいいよ。……生徒の大半から批判されそうなのでやっぱりいいです。

 普段あまり運動をしていなかったツケか、最初の頃は次の日足が筋肉痛になってやばかった。しかもそういう時に限って二人がくっついてくるから冗談抜きで死ぬかと思った。

そういえば、最近は全然雨が降らないからいいけど、梅雨の季節とかはどうするかな。家でできる運動を調べておいた方がいいかもしれない。

 十キロという距離はペースを乱さなければだいたい三キロから五キロの間が一番苦しい。足に乳酸がたまって足がどんどん重くなる。しかしそこを超えるとエンドルフィンの分泌によってランナーズハイになりだいぶ身体が軽くなる。普通に完走するならそのままのペースで、もう少し身体を酷使するなら加速と減速を繰り返すのもありだ。ちなみに大体めんどくさくてペースを変えずに完走する。

 今日もペースを上げずに完走するつもりなのだが、なんか身体が少し重い気がする。いつもよりも前に出す足が少し遅い。単に少し調子が悪いだけかな? 最近は勉強のために早めに起きるようになったし。

 そうこうしているうちに家に帰りつく。十キロ五十分か、まあまあかな。今日はいつもより遅めだったし、もう少しタイムは縮められそう。少しずつ距離も伸ばすのもありかもしれない。

「ただいまー」

 玄関を開けるとおいしそうな匂いが鼻腔をくすぐる。今日はハンバーグか。

「あ、お兄ちゃん。用意できてるよ」

「早く食べましょ!」

 シャワーで汗を流してリビングに行くと準備を終えた小町といろはが待っていてくれた。

「いつも済まないね」

「それは言わない約束でしょ?」

 定番の茶番も忘れない。いや、別に俺床に伏せってるわけじゃないけど。

 

 

     ***

 

 

「むむむ……」

 なぜだろう、なんか今日は勉強にも身が入らない。昨日は解けた二次関数が解けんぞ、これは復習の必要が……。

「あれ……?」

 ちょっとくらっときた。いつもより早いけど眠くなっているのだろうか。あいつらはまだ来ていないけど先に横になって、明日早めに起きて続きやるか。

 ベッドに沈みこむとふわっと意識が持っていかれて……

 

 

 朝起きると完全に寝込みました。

「三十八度超えてるじゃん」

「昨日先に寝てると思ったら体調崩してたんですね……」

 どうやら自分でも気付かないくらい疲れていたらしい。先生に注意された次の日に体調崩すとか時すでにお寿司。というか真面目に勉強と運動しただけで体調崩すとか病弱設定追加しなくていいんだけど、有情破顔拳で十割出しそう、テーレッテー。

 ていうか、割と症状が酷い。熱っぽいを通り越して熱いし、頭がガンガンする。その上、関節が痛すぎてまともに動けん……。

「どうしよ、小町学校休もうか?」

「私も休みましょうか?」

 なんかこの子たち休む気満々じゃない? 俺の看病のために積極的に休もうとするとか俺のこと好きなの? あ、好きだったわ。

「いや、こんなの薬飲んで寝てりゃあすぐ治るって。ヨーグルトと薬と水持ってきてくれたらそれでいいから、早くいきな」

 さすがに俺のせいで学校を休ませるわけにはいかないし、日々進化を遂げる医療薬品の力の前ではただの風邪など象に踏まれる蟻のごとく瞬殺である。というか、二人に風邪うつったらお兄ちゃん罪悪感で死にそうだから。

 なんとか二人を説得して登校してもらった。痛む身体をなんとか起こしてヨーグルトを食べ……なんかびっくりするくらい喉を通らないんだけど、通らなすぎて食欲もなくなるレベル。なんとか一口飲み込むともういいやって気分になってしまった。まあ、食後の薬を飲むために食べたのだから一口でいいだろう。薬を飲んで横になる。なんか今の作業だけで死ぬほど疲れた。瞼もだんだん重くなって……。

 

 

 …………?

 なんだろ、額のあたりと手に心地いい温かさを感じる。熱の熱さとは別の穏やかな温度。柔らかな触感が少し気持ちいい。これは夢、かな? なんかふわふわしてるし夢だな。なんとも俺らしくない夢を見ていると苦笑してしまう。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 小町の声が聞こえる。ただの風邪程度でそんな不安そうな声をあげられてもこっちが困るぞ。

「ごめんなさい、お兄ちゃん……」

 いろははいろはで何に対して謝っているのか。ていうか、妹二人の声の聞こえる夢とか逆に俺らしい。

 ん? いや、さっきまでふわふわした感じだったけど、今はむしろ額に乗せられた手の感触とか手を強弱をつけてにぎにぎされるこそばゆさを結構生々しく感じている気がするんですが……。

「……?」

「あ、起きた」

 うっすら瞼を開けると目の前にいるいろはと小町。夕方までずっと寝てしまってたのかと時計を見ると……正午?

「なんでお前ら、帰ってきてるんだよ」

 平日の正午ですよ? まだ学校の時間でしょ? 俺が怒っているように見えたのか、二人はもじもじもごもごし始める。いや、別に怒ってないんだけど。

「だって……」

「ん?」

「だって、お兄ちゃんが風邪引いちゃうまで最近頑張ってたのは小町達のためなんだよね?」

 え、いや、ちょっと、なんでそんなこと思っちゃうのかな? ハッ、まさかこれが八幡検定一級の人間の力。いやいやそんなわけないだろ。

「な、なんのことだ?」

「さっき、お兄ちゃんが風邪を引いたことを平塚先生に言いに行ったら、先生が教えてくれたんです」

 あの横暴教師、他言無用って言ったのに一日で破ってやがる。もう今後はあの人に秘密は絶対話さない。

「私たちのために、勉強とか頑張ってくれてたんですね」

 あぁ……。

 そういう顔が見たいんじゃないんだ。そんな悲しそうな顔を見るために努力しようと思ったわけじゃないんだ。二人の頭に手を乗せて軽く撫でる。まだ関節が痛むけど、少しはよくなっているようだ。

「お前らのせいじゃないし、頑張ろうと思ったのは俺のためだよ。大好きなお前らに少しでもいいところが見せたかっただけなんだから。逆に情けないとこ見せちまってるけどな」

 驚いた表情を見せた二人は次第に柔らかい笑みを浮かべる。

「今のお兄ちゃんは情けなくなんてないよ」

「そうですよ、今のお兄ちゃんかっこいいです!」

 そ、そんなこと面と向かって言われると恥ずかしいんですけど……。なにこの子たち俺をさらに惚れさせたいのかな?

「けど、今のお兄ちゃんは病人さんなので、しっかり看病してあげますね?」

「いや、そんなことしなくても大丈夫だから……」

 看病してもらって風邪うつしちゃったら嫌だし……。

「ヨーグルト一口しか食べてない病人さんの言うことなんて聞けないよ」

「そ、それはほら朝だったからだし、今はだいぶ調子いいぞ?」

「……えいっ!」

「ぎぐっ!!??」

 やめて! 関節ぎゅってしないで! 関節痛がやばいから!

「やっぱりまだ酷いじゃん」

「私たちがお世話してあげますからね~」

 ……どうやら、拒否権はないっぽい。

 




おかしいな、看病シーンまで6000字くらいに収める予定だったのにそこまで行かなかったぞ?

というわけで看病シーンは時間におあずけ
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