新章突入です
舞台が変わると自分も何処か未知の場所に引っ越したかのようなドキドキ感があります
-あらすじ-
輝夜たちに連れられて数人は豊聡耳神子の元へと飛んで行きました
しかし、そこで数人を待ち受けていたのは…
最悪の第一印象
品定め、値踏み。
そういう視線を一身に受けると、こんなにも肩身が狭くなるんだなぁ…、と数人は俯きながら思った。今数人に8つの瞳が向けられている。それは左右正面の3方向から絡み付いてきて、ふと顔を上げれば誰かと目が合いそうで数人は仕方なく何もない木張りの床を見つめていた。
(か、帰りたい…)
輝夜が話を通したらしいから多少なりとも歓迎されるだろうと思っていた数人は、この妙な空気に早くも挫けそうになっている。
この張り詰めた空気の中、胡座で座る度胸は無い。正座のまま時間だけが過ぎていくと、やはり足が痺れてきた。しかしだからと言って崩したら何を言われるか分からない。牛車から降りた時に出迎えてくれた右側の2人の視線が特に痛くて、粗相は絶対に見逃さない、と言っているように思えるのだ。
(こんなことなら諏訪子のとこに戻れば良かったかなぁ)
神という存在でありながら、自分の前では威厳の欠片もない諏訪子と神奈子。ああいう存在ばかり相手にしていたせいで、威圧されることに全く慣れていない。今思えば、諏訪子たちや輝夜たちを呼び捨てにしていた自分は、間違えれば逆鱗に触れて殺されていた可能性は十分にあったのだろう。彼女たちの懐が広いのか、それともそういうのを全く気にしていないのか。ともかく、目の前の4人はそういうのを絶対に許さない存在なのだろうな、と数人は勝手に思い込んでいた。
「さて」
正面から声が聞こえる。
何だか叱られているような雰囲気だったので、数人は思わずビクッと肩を震わせてしまう。恐る恐る視線を上に向けると、笏を両手で持つ女性が視界に入る。
「君のことは輝夜からおおよそ聞いていますが…、一応君自身からも聞きたい」
思いの外に声が低く、部屋に静かに響いた。この部屋に連れて来られてやっと聞くことの出来た声は数人の心を直接震わせるような、まるで言霊でも感じさせる力強さがある。
「な、何をでしょう?」
「自己紹介よ~。数人ちゃんがどういうお人なのか、あなたの口から聞きたいの」
「は、はぁ」
彼女が自分に何を言わせたいのか。その意図が掴めないまま首を傾げていると、左側の青い人が自己紹介を促した。顔を向けると、はぁ~い、とゆったり笑いながらこちらに手を振る。
(自己紹介って言っても特に何も無いんだけど…)
しかし何も言わないままじっとしていると、右側2人の視線が一層鋭くなる。数人は焦りから変な勘違いを起こして、何か気の利いたことでも言わないといけないのか、4人にとって有益な情報でも言わないと駄目なのか、とたかが自己紹介するだけのはずが混乱してしまう。太ももに置いた両手には手汗がじんわりと滲み出し、いつの間にか表面をぐっと押し込んでいた。
結局何も思いつかなかった数人は、1つ咳払いをしてから自分のことについて喋り出した。
「僕の名前は鴇矢数人と言います。こんな顔、こんな声なので女性によく間違われますが、ちゃんとした男です。よろしくお願いします」
自分に言えるのは性別がれっきとした男であることを説明することぐらいだろう。
数人は締めに深々と頭を下げた。多少でも印象を良くしようと思ったからだ。
数人が口を閉じると、シン、と一瞬静寂が漂う。
「…」
「…」
「終わりかよ!」
「ひっ」
遂に緑色の人が声を荒げた。それと同時に彼女の腿に手のひらが叩き付けられ、パァン、と音が鳴った。数人としてはこれ以上無いくらい精一杯情報を詰め込んだつもりだったが、彼女は気に入らなかったらしい。その隣にいる白い人も声こそ出さなかったが、その代わりにジトッと睨み付けた。
数人は助けを求めて正面の人に視線を戻すと、呆れた顔で溜息を吐かれたのが見えてしまった。
数人の涙腺の決壊は急速に近くなった。
「なるほど、分かりました。それでは私たちも自己紹介をするとしましょう」
そう言って笏を緑色の人に向けると、その人から自己紹介は始まった。勿論数人は目の前にいる4人の名前を知っている。濃緑色のロングスカートのワンピースを来ているのは蘇我屠自古だし、その隣りにいる白くて小さいのは物部布都だ。左にいる水色のワンピースを来て一見おっとりしているように見えるのは霍青娥で、その3人を従えるのはヘッドホンが特徴的なあの豊聡耳神子である。しかしその誰もが、誰もが数人を歓迎していなかった。自己紹介にしても、まるで数人のそれに当て付けるように名前しか言わなかったのだ。
数人は涙までは零すまいと、潤んだ瞳を乾かそうと極力瞼を開け続けるように努力した。それと同時に、どうしてこんなにもぞんざいな扱いを受けるのか不思議に思った。
「あ、あの…、神子様」
数人は意を決して発言する。名前を呼ぶ時はちゃんと様付けするのを忘れない。
「何でしょう」
「何故、皆さんは、そんなに不機嫌なのでしょう、か?」
神子の瞼がゆっくりと閉じられる。
数人には一切身に覚えがないのに、いつの間にか針の筵に座らされていることが疑問でしょうがなかった。何処に連れて行かれても、出迎えてくれた人達は差はあれど歓迎の色を示していた。本来なら神子たちの反応こそが自分と会った時の正しいものなのかもしれないが、こうも険悪なムードだと諏訪子やてゐのところに戻りたくなる。
「数人君。君は輝夜から何も聞いていないのかしら」
「あの…、…はい、すみません。何も…」
神子の問いかけに数人は答えられない。
数人はてゐたちに別れを告げた後、迷いの竹林を抜けて一気に飛鳥地方の都近辺まで連れて行かれた。降り立った場所は遠目に都が見える場所で、そこで永琳に薬を飲まされてから数人の記憶は飛んでいるのだ。起きた時には牛車の中に横たわっていて、事前に輝夜に何か説明された記憶は無かった。
「鴇矢数、という巫女は知っているかしら」
「…は、あ、いや、はい、知っています。というか、その。…それ、僕です」
懐かしい名前に数人は驚いた。諏訪子のいる場所と、神子のいる場所では離れすぎている。飛鳥地方と諏訪地方。たかが一介の巫女の名前がどうしてそんな離れた場所にまで知れ渡っているのか。
「伝承では神が召喚した大蛇をまるで自分の手足のように操り、村民に別け隔てなく接した心優しき巫女、とあったけれど?」
数人は言葉を失った。
自分はそんな大仰な存在では無かったような。ハクはハクで勝手に動いてたし、自分が操っていたなんてつもりはない。それに心優しき巫女、というのも諏訪大社をより有名にしてお手伝いを増やそうという考えで八方美人を演じていたはずだったんだけど……。
しかし頑張って巫女という職務を努めていたことが、伝承として語られる形で認められたというのなら数人は嬉しく思った。村人たちにそれほどまでに思われていたことを今知った数人は、険悪な空気であることを一瞬忘れて、顔を綻ばせた。
「ッチ」
しかしその喜びも部屋に響いた舌打ちによって掻き消される。
ますます冷えていく空気に数人は謝るように、再び肩を縮こまらせた。
「屠自古」
「…すいません」
宥められた屠自古は謝るものの、俄然として数人を睨んだままだ。
屠自古の纏う空気が、高校の時にいた柄の悪い生徒を思い出してとても居心地が悪い。あの世界にいた時はそう言う人種に絡まれたことはなかったからこそ、屠自古の態度に全く慣れることが出来なかった。
「まぁそれならそれでやりようはあります。数人君」
「はい…」
「君には明日から巫女、鴇矢数として振る舞って貰います。宜しいですね」
「ぁ、は、はい。わかり、ました」
有無を言わせぬ物言いに数人はただ頷くだけだ。
「では、布都」
「了解なのじゃ。数人、ついてまいれ」
「は、はい。……あの、何処に?」
「黙ってついて来れば良い」
「ご、ごめんなさい…」
自分より頭一個分小さい布都にすら邪険に扱われる数人はトボトボと彼女の後ろを着いて行く。後ろで聞こえる大きな溜息に数人は瞳一杯に涙を浮かべながら、頭の中では諏訪子のもとに帰ることだけを考えていた。
数人が部屋から立ち去ると、険悪なムードだったその場も多少和らぐ。張り詰めた糸が緩むように、青蛾は正座を崩し、屠自古は胡座に座り直した。
「騙されましたね」
「輝夜の奴…、何が伝説の巫女だよ。ただのちっこい男の子じゃねぇか」
「威厳とか風格とかぁ、そういうの一切無かったものね」
あれはあれで可愛い子だったけどぉ、と青蛾は零す。
神子たちは単独で現れた輝夜から、数人のことを盛りに盛って紹介されていたのだ。神獣を従え、民に等しく優しい巫女、鴇矢数。土着信仰の頂点である洩矢諏訪子と軍神八坂神奈子の両名からの加護を受け、村人のみならず妖怪からも愛される存在だと。
しかし実際に会ってみると…。
「私たちの視線に怯えるばかりでしたね」
「伝承とは大なり小なり飾り付けが施されるというけれどぉ、あれではねぇ」
「どうしましょう、神子様。あいつ、洩矢神のところまで返しますか」
「いえ、このまま利用させてもらいましょう」
突如として現れた輝夜の話を荒唐無稽と思いつつも受け入れた理由。鴇矢数人を預かることにしたその理由。それは、鴇矢数のネームバリューを利用して政治を円滑に行うことにあった。神の寵愛を受ける存在を手元に置くことで自陣営の岩盤をより強固なものにし、神子反対派の勢力に対する強い抵抗手段とするためであった。
「しかし本物とは言え、あんな感じでは他の有力者に見られた時、最悪偽物扱いされる可能性があります」
神の巫女としてもっとそれらしい振る舞いをするものだと特に期待していた屠自古は、数人に辛辣な評価を下す。自分の上司が他の豪族からつつかれる可能性は出来る限り排除したいのだ。
「だいじょーぶよ屠自古ちゃん。神子様、私にいい考えがあるの」
そんな屠自古に対して青蛾は人差し指を、あるの、という語尾に合わせて揺らした。イラッとした屠自古は青蛾をギロリと睨む。
「何です、青娥」
「数人ちゃんのお顔を隠してしまえばいいのよ。神の巫女だからおいそれと見せる訳にはいかない、とか適当な理由を付けちゃって」
「顔を?」
青蛾は神子に思いついたことを身振り手振りで話し始めた。
「こう、頭全体を覆い隠すような服を準備して、私たちの話し合いの場に付き添わせるの。ただし数人ちゃんには一言も喋らせない。ただ神の巫女がそこにいるっていうことだけを強調させるのよ」
「でも青蛾。何も喋らない、そして顔すら見せないような存在にあいつらがビビるとは思えねぇよ」
「そこはほら、私たちの腕の見せ所よぉ」
「成る程。演技をするということですね」
本来の予定であれば、数人を豪族たちの話し合いの場に同席させるつもりだった。しかし本人があんなのではボロなどあっという間に出てしまうだろう。そういった危険性を根本から封じる方法が、数人を置物として扱うという方法である。神子や屠自古たちが一切喋らない数人を丁重に扱う演技を周りに見せて、神の巫女とはそういう存在なのだな、と暗に知らしめようという算段だ。
「あんなナヨナヨした奴に下手に出なきゃいけないのかよ…」
「しかしそれしか方法は無さそうですね」
「数人ちゃんがもう少ししっかりした子だったら良かったんだけどねぇ」
3人が何度目か分からない深い溜息を吐く。それと同時に布都が部屋に戻った。
布都も何やら疲れた様子で肩を落としている。
「只今戻ったのじゃ」
「あら布都ちゃん。おかえり」
「布都、どうしました」
布都は屠自古の隣に座り直すと溜息を床に向けて吐き出した。はぁーぁ、という湿っぽい吐息は足元の床を少しだけ曇らせる。
彼女の頭に乗っている烏帽子もくたんと倒れていた。
「あやつ泣いとったのじゃ」
「はぁ?、泣いてたぁ?」
布都も数人の伝承に期待していた1人であった。
布都は数人の為に用意した部屋に本人を連れて行った後、想像と違ったことに苛立たったことから設備の説明をおざなりに終えてとっとと彼を置いて出て行った。ただ部屋の襖を閉じる瞬間、数人の啜り泣く声を聞いてしまったのだ。
数人の女声も相まって女々しさがより強調される泣き声は布都の耳に嫌に残った。
泣きたいのはこっちだと布都はやりきれない思いを抱えながら、足取り重く神子の元に戻っていったのだった。
「まるでおなごのようにシクシクと泣いておった」
「泣きたいのはこっちだってのに」
険悪だった雰囲気は沈着したものへと変わって、4人はこれからのことに対して不安を覚えた。あの存在のおかげで多少は周りの環境が良くなるものと、そう期待していただけに、裏切られたショックは中々に大きい。
「兎に角、明日の朝から数人には数として振る舞って貰えるよう教育するしかありません」
「あの様子じゃぁ作法とか全然知らないんだろうな」
「遅かれ早かれ我たちの動向に他の豪族たちは気付くじゃろう」
「明日暇があるのは……、私しかいないわねん」
「青蛾、お願い出来ますか」
「勿論任せてちょうだい。ばっちり数人ちゃんに指導して使えるようにしておくから」
「頼みますね。さて…、それでは私たちも休むとしましょうか」
神子が立ち上がると、それに続くように青蛾たちも席を立つ。
厄介事が減るどころか増えてしまったことに失意や、事の原因を運んだ輝夜に恨めしい思いを抱きながらも、彼女たちの表情は明日から始まる新しい生活に向けて勤めを果たそうという強い気持ちが現れていた。そうして気持ちを切り替えなければ日々神子の失脚を狙う勢力に立ち向かえないのだ。頭の回転が早く、弁舌に強く、そして強かであっても彼女たちは全員が女性。特に青蛾を除く3人は日常的に感じるストレスを抑え込むことしか出来ず、青蛾は発散する方法は知っているものの、毎日が忙しい事もあって中々ガス抜きをすることが出来なかった。
弱みを見られるような事があってはならないという4人の共通した考えは、結果として数人に強く当たることになってしまった。抑えられなかった怒りを罪のない数人にぶつけてしまったことは、彼女たちにとって強い自責の念に駆られることになるも、その心を覆う豪族としての在り方が数人への謝罪を押し留めていた。
その良心への呵責が、分厚い殻にヒビを入れたことを彼女たちは知らない。
そんな彼女たちの様子を遥か上空から覗いていた事の元凶はというと。
「うわぁ、私凄い恨まれてるじゃないの」
「姫様が悪いんですよ。勝手に1人で行くから」
「ねぇ依姫ちゃん。あの屠自古っていう緑色の娘、なんか最初の頃のツンツンした依姫ちゃんに似てるわ」
「似てませんよ。というか最初の頃とは何ですか、最初の頃とは。別に今もあいつのことなど特に思っていません」
「あれが永琳、ツンデレよ」
「成る程ねぇ、ああいうのも殿方には好まれるのね」
「違います。私は数人にデレたことなどありません」
「屠自古ちゃんもいずれはこうなるのかしらね。楽しみねぇ」
「ねぇさま!!」
一切悪びれた様子は無かった。
「ま、今はみんなあんなんだけど。いつかは私に深く感謝する時が来るのよ」
「ホントかしら」
「来るのよ。あいつにはそう言う効力があるの。お硬い依姫が艶やかになって、豊姫なんかは艶美さに磨きがかかった。永琳は変態になっちゃったし…、あいつに関わった者は何かしらの変化があるの」
「私だけではありませんよね?」
「何よ、本当のことでしょう?、…まぁともかく、どのタイミングでその兆しが見えるか分からないけれど、ああいうお硬くてストレスで煮詰められたような存在が、どのようにして数人に溶かされていくのかが見ものだわ」
輝夜は楽しそうにモニターに映る4人の後ろ姿を見ている。
「数人も大変だな」
「ええ、本人はそんな自覚はないんでしょうけれどね」
モニターが切り替わると、茣蓙を薄く広げたようなものにくるまって寝る数人が映る。そこから数人の顔をズームインすると、泣き腫らした瞳や涙が流れた跡が映った。
「数人のガチ泣きも良いわねぇ。ね、依姫」
「ええ、凄いそそられま……、って違います、私は何も言っていません」
「依姫ちゃんもどんどん変態さんになっていくのね。お姉ちゃんは寂しいわ」
「姉様も変態でしょうが!」
「あぁ、本当数人と知り合って毎日が楽しいわ。もうちょっとしたら諏訪子のとこに行かないといけないし。数人には感謝してもしきれないわねぇ」
飛鳥時代のことについてウィキペディアとかで必死に知識を掻き集める作者です
この頃ってまだ碌な寝具ないんですね、驚きました
最初から甘々な雰囲気で書くつもりだったのですが、書いている内に何故かこうなりました
おいおい今までと違う一風変わった逆レイプを書いていこうと思っていますので、是非楽しんでもらえればと思います