※この作品はR-18です。

東方被嗜虐   作:Apfelbaum

80 / 92
第72話です

二次創作を書いていて、色んなキャラのことを詳しく調べる内に、
もっと東方のことが好きになりました

そんな東方を生み出したZUN氏は凄い

-あらすじ-
紅赫に見透かされ、本当のことを言ってしまった輝夜
その言葉を聞かされた諏訪子は何を思うのか


初めての、殴り合い その2

「ごめんね諏訪子。数人ね、私が攫っちゃった」

 

 輝夜の発言に場がシンとなった。

 その間に彼女は畳み掛けるように言う。

 

「てゐが怒ってたわ。諏訪子たちはずるいって。味見させるだけさせて、出来上がったら持っていってしまうのは卑怯だって。…だから私が攫ったの」

 

 数人を誘拐したのが誰も知らない存在であって、そのことについて輝夜が報告するのなら意味が分かるし、或いは、怒ったてゐ自身が数人を何処かに隠してしまったのならそれはそれで筋が通っている。

 てゐが怒ったのに、どうして輝夜が数人を攫ったのか。まるで意味の分からない発言に神奈子や天嵐たちは眉を顰めた。

 が、しかし諏訪子と紫は理解したようだった。諏訪子は大きな声で笑い出し、紫は扇を開いて口元を隠した。

 

「おい輝夜。攫ったということは、数人はまた月にいるのか」

 

 神奈子は呑気に諏訪子が笑っているのにも苛ついたが、何よりさっきまで深刻そうな顔をしていた輝夜に腹が立った。人の心配を返せと神奈子は怒鳴りたくなった。

 憤然とした態度で問い詰める神奈子に対して、輝夜は何処までも楽しげだ。

 

「月にはいないわ」

「じゃぁ何処にいるんだ!」

 

 神奈子は机に拳を振り下ろした。

 ドン、という鈍い音が部屋に響いた。

 

「都よ。今数人は聖徳太子のところに預けられているの」

「何だと…」

 

 神奈子は思わず喉奥で呻く。

 聖徳太子と言えば、政治を司る人間のことだったはず。飲み会で飛鳥地方に住む神たちが思い思いに喋っていたのを思い出した。巨大な住居区を作り上げたことを褒める神もいれば、外来から新たな宗教を呼び込んだと憂いていた神もいた。

 しかし何故数人はそんな人物のところにいるのか。

 そして結局何故輝夜が攫ったのかが分からない。

 

「くっくっくっく…、なんだいてゐも結局ハマったんじゃないか。数人の中にある力だけを目当てにしてるかと思ってたんだけどなぁ」

「随分と魅力的な子なのですわね。私も一度会ってみたいですわ」

「うんうん。本当に可愛くて憎たらしくて愛らしい男の子よ。姫である私が言うのだから、間違いないわ」

 

 3人が笑う。

 対して神奈子もハクも天嵐も紅赫も一体何が面白いのか分からないし、何より話題の中心である数人を都にやってしまった輝夜も一緒に笑っているのが腹立たしい。

 3人と1匹の視線は怒気を纏って輝夜に注がれるが、当の本人はそれすら楽しんでいるようだった。

 

「貴様ら余が理解出来るように話しをせぬか。全くもって訳が分からん」

「天の言う通りです。もっと分かるように話をして下さい」

 

 妖怪が声を荒げた。神奈子とハクはそうだそうだと首を縦に振る。

 流石に輝夜もバツの悪さを感じたのか、それともひとしきり笑って満足したのか、1つ咳払いをして表情を落ち着かせた。

 そして彼女の口から、てゐたちが数人に行った調教の内容からどうしててゐと仲良くなったのかということについてまで連々と説明され始めると、聞いていた者たちは呆れるやら頬を染めるやら多種多様な反応を取った。

 てゐとの関係を正直に話した輝夜だったが1つだけわざと言わなかったことがある。

 それは弱りきったてゐたちを前にして、数人が見せたあの気持ちだった。彼が本心から輝夜たちの恥辱や隷属を願っている訳ではないというあの秘密。

 それは輝夜の心を鷲掴みにして離さないでいる。益々もって数人のことを愛おしく感じるようになったアレだけは隠したかったのだ。

 

「で、結局私が数人を攫った理由だけど、諏訪子を驚かせるためだったの。それでてゐと2人で画策したのが、数人を聖徳太子に預けるっていう作戦だった訳。…詳細はこうよ。てゐが数人を苛めに外へと連れ出すの。行為が終わったのを見計らって、妖怪に扮した私がてゐを襲って数人を奪い、そして太子の元へと数人を送り届ける。で、仕上げにてゐたちを襲撃した映像を諏訪子に見せて嘘を付くって予定だったんだけど…」

 

 事の真相を語りだした輝夜は少しだけ恨みを込めた表情で紅赫を見た。まさか嘘を見透かされるとは思っていなかった。

 何でも出来るという彼女の自信を崩した赤鬼は、ようやく色々と納得したようだった。

 

「ハッハッハッハッハ、そうかそうかこの鬼の視線は騙せなんだということか。だから正直に言うしかなかったのじゃな?」

「ええ残念ながらね。折角てゐを半殺しにしたっていうのにこれじゃぁ報われないわ」

「…半殺しだって?」

 

 諏訪子の表情が少し固くなる。それは神奈子も同じだった。

 

「違うのよ。最初はね、そういう演技をすればいいっていう話だったの。…でもてゐは信憑性を持たすにはこれしかないって言うから、止む無くね」

「死んでないんだよね?」

「当然よ。死なすものですか。ちゃんと生きているわ」

 

 死なせはしない、と言い切った輝夜の口ぶりから諏訪子たちは安心を得た。

 彼女もてゐと親しくなった。悪友とも呼べるような間柄だが、地上で得られた初めての友を力加減を誤って殺すような真似、するはずがない。

 輝夜は少し喋り疲れたのか、ふぅ、と一息付いた。

 再び部屋に少しの静寂が訪れる。

 

「洩矢神は怒らないのですね。勝手な事をされたというのに」

「んー?」

 

 紅赫が諏訪子に尋ねた。

 

「数人を囲む存在も片手じゃぁ数え切れなくなってきたでしょ。そしてその数はまだまだ増える訳。そうなったらさ、こういう事も起きるかなぁって予想はしてたからあんまりね。…それに今回の犯人がてゐと輝夜ってだけで面白いから」

「あら、諏訪子は寛容なのね」

 

 意外な回答を述べた諏訪子に、輝夜は少しつまらなそうな顔をした。

 

「数人を殺しましたー、とか言ったらキレただろうけど、聖徳太子のところにいるってことはかなり安全なところに住んでる訳でしょ。ならそんなに心配じゃないしねぇ。…まぁ何らかの罰は輝夜に受けてもらおうかなぁとは思ってるけども」

「月の第一姫君たる私に罰とは中々ね。いいわ、何でも来なさいな」

「お前本当に反省してるのか…?」

 

 鼻を鳴らした輝夜に神奈子は呆れた目で見た。

 諏訪子は、あの時程の事件ではないのだし、結局のところ輝夜たちが月から見張ってくれていることには変わりないと判断したのだ。

 数人を迎えに行く日がまた1年繰り上がったなぁ、とぼんやり考えているだけで、特に何も思うところはなかった。

 そこに紫が手を挙げた。何か思い付いたようだ。

 

「貴方の実力を知りたいわ」

「私の?」

 

 輝夜は少し驚くような顔をする。

 

「ええ。罰として輝夜の強さを私たちに見せて欲しいの。如何かしら?」

「良いも何も、…戦うってことでしょ?、私、楽しんじゃうわよ?」

 

 いいのかしら?、と首を捻る輝夜。

 彼女にとって戦闘も遊びの1つでしかない。

 月に幾度か襲撃しにきた悪霊はいたが、それは永琳が1人で撃退していたこともあり、輝夜は実践的な戦闘をしたことがなかった。

 依姫や豊姫と暇つぶしに手合わせすることもあったが、そこに命のやり取りというものは存在しないこともあって、どこか気の抜けた戦いばかりだったのだ。

 そんな彼女を冷たい目で射抜くように見るのは罰を提案した紫だった。

 彼女は月から向けられる監視スコープの存在に気付いていた。しかしそれが誰の手によるものかが分からない為、境界を弄って水面の月から乗り込むような真似が出来なかった。

 

(月の姫がどれほどの実力者なのか。諏訪子と分け隔てなく話している辺り、彼女と同等かそれより少し下くらいには強いと想像出来るけれど…)

 

 遥か上空から監視されるというのは紫のプライドに障る。

 もし輝夜が弱いのであれば自ら単騎で月に乗り込んで、監視を止めさせようと考えていたのだ。

 

「じゃぁ私と戦いたいっていう人」

 

 輝夜が相手を募る。

 そこで手を上げたのが、紅赫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その首吹き飛ばしてあげます」

 

 紅赫の右拳が赤色の一文字を描いて輝夜に殴り掛かる。

 

「せめて依姫の拳ぐらいの威力は出してね」

 

 輝夜の右拳が空気を切り裂き、振り袖を乱暴にはためかせながら、紅赫の頬に伸びていく。

 そして。

 

 バキィィィッ!!!

 

 戦場に強烈な打撃音を炸裂させた。

 誰かが息を飲んだ。

 クロスカウンターとは、相手が振り被った拳からタイミングを前後させて、自分の拳を相手に当てる事を言う。ここで大事なのは、互いの顔面を撃ち抜き合っている相打ちはクロスカウンターでは無い、ということだ。

 

「凄いな」

 

 神奈子が呟いた。

 それもそのはず、両者の拳は綺麗に互いの頬を撃ち抜いていた。輝夜は漫画的なクロスカウンターを狙ったのだ。

 背丈の違いから、紅赫は殴り上げる姿勢で、輝夜は殴り下ろす姿勢で顔面を猛打している。

 

「はぁぁっ!!」

「行くわよ!」

 

 初撃のダメージなど無い、と言わんばかりに両者は返す形で、左拳に力を込めた。

 紅赫は腰を強く捻り、拳に更に勢いを乗せる。

 輝夜は振り袖の中で小さな力瘤を作り上げて殴り込んだ。

 2人の拳は真っ直ぐと伸びて、そして再び。

 

 バギィィッ!!

 

 大木を圧し折るような音が聖域に響き渡る。

 どちらも避けようとしなかった。

 2人の頬は相手の拳で見事に歪んでいた。へし曲げられた首で相手の拳を押し返さんと、互いの足は強く地面を踏みつける。

 輝夜は笑っていた。紅赫はキレていた。

 

「死になさい!!」

 

 紅赫が咄嗟に空いた右手で輝夜の左拳を掴む。そのまま腕の力だけで輝夜の上体を引き込むと同時に、頭を背中ごとを思い切り後ろに反らした。

 紅き角に力が宿り、真紅に光る。

 紅赫は強烈な角突きを無防備な輝夜の顔面に叩き込む。

 しかし輝夜はほんの少し首を横にずらし、鬼の額を己の額で受け止めた。額の真ん中からズレた所で互いがぶつかり合って、少し妙な鈍い音が響く。

 

「いったいわね!」

 

 輝夜が頭突きの衝撃をそのままに、左足を支点にして後ろに倒れる。

 

(角は当たらなかったけれど、効いたようで…、あぐっ!!?)

 

 姫の妙な体勢にようやくダメージを与えられたと思ったその矢先、鬼の身体が下からの衝撃と共に浮き上がる。

 下を見てみれば自分の股間を輝夜の右足が蹴り上げていたのだ。

 踏ん張れる地面を一瞬失ってしまった紅赫は正面から来るであろう攻勢に備える。

 両腕を折り曲げて自分の顔面を守った。

 

(ドロップキックしてみたかったけど間に合わないのよねぇ…、力は使いたくないし)

 

 輝夜は心の中で溜息を吐くと、蹴り上げた右足をすかさず下ろした。

 

「よいしょっと!」

 

 下ろした右足を軸に身体を回転させ、鬼の守っていない側腹部に左足を蹴り込んだ。

 メシメシという音を立てて紅赫の身体がくの字に折れ曲がる。どこか懐かしい痛みが内臓を駆けずり回り、彼女の口から悲鳴ともつかない声が漏れた。

 空中にいるにも関わらず、紅赫の身体は重い。輝夜はめり込ませた足に力を更に入れて蹴り飛ばした。

 黒い地面の上を鬼が何度も回転を繰り返しながらバウンドしていく。あわや場外となりかけたところで、空気の壁が彼女をおしとめた。

 

「がふっ、げっほっげほっ、…はぁっ、…天嵐です、か」

 

 彼女はたまたま紫たちのいるところに飛ばされていた。

 見上げると紫と天嵐の驚いた顔がそこにあった。中々見られるものではない、と紅赫は心の中で笑った。

 

「何をやっておる、赤鬼らしくもない。さっさと殺して余に肉を食べさせろ」

「紅がこうもなるなんて…、余程強いのね」

 

 紅赫は紫に手を引かれて立ち上がる。その時左の横腹に鈍い痛みを感じ、一瞬よろけてしまう。

 

(ふふ、懐かしい痛み。今彼女は何処にいるやら…)

 

 大陸で最も強いと畏れられた紅赫だったが、その頂点を競った相手が頗る強かったのを思い出した。

 彼女は様々な拳法をもって戦いを挑んできた。一挙一動が踊りのようでいて、どの技も当たれば不思議なことに非常に痛かった。彼女は技で自分を圧倒したのだ。そんな彼女を自分は持てる力で強引に打ち破った。

 そして今、目の前の姫はあの拳法家よりも遥かに強いということを認識した。彼女の力も才能も、どれをとっても素晴らしい。

 素晴らしいからこそ、思う。

 

(腹が立つ。しっかりと磨けば至上の存在となれるはずが…。惜しい、なんと惜しいことか)

 

 あの龍の子は常に本気だった。毎度立ち会う度に、本気でやり合った。

 輝夜はどうだ?、彼女は今本気で戦っているのか?

 紅赫の怒気が、静かに、静かに、小さく圧縮されていく。全身に巡っていた怒りが身体の中心に集められる。

 すると、彼女の肌が指先から流れるように赤から再び白へと戻った。

 

「あら、やり過ぎちゃったのかしら」

 

 輝夜は白ばんでいく紅赫を見て残念に思った。

 先程の蹴りは頭突きの応酬のつもりで少し力を入れて蹴ったものだった。

 

(骨は折っていないと思うけれど、痛かったのかしら。…さっきの頭突きの仕返しだったんだけどねぇ)

 

 額を擦る。

 あの角突きだけはまともに受けられないと判断して、額をずらして受け止めたものの、想像以上の痛みが輝夜を襲った。

 滅多にやらない永琳のげんこつ並の痛みだった。だからこそもっと楽しめると思って蹴り込んだのが間違いだったのか。

 輝夜はもう終わりだと勝手に思い込んだ。そして視線を反対側にいる諏訪子の元に反らす。

 諏訪子と目が合う。視線で終わりを訴える。

 諏訪子が首を横に振った。

 

「あれ?、もう終わりじゃないの?、……っ!!!!??」

 

 未だ味わったことのない衝撃が腹部に突き刺さった。口から息が吹き出た。

 輝夜の足が1歩、そして2歩、後ろに下がる。衝撃を受けた箇所を中心にして、息苦しくなる痛みがやたらゆっくりと広がり始める。

 視線を下げれば、右拳だけを真っ赤に染めた紅赫がそこにいた。

 

「…痛いじゃない」

 

 依姫の拳以上の痛み。神を降ろしてようやく撃てるはずのこの威力。

 出来ることなら蹲って転がりたくなるくらいお腹が痛い。

 冷静を装う輝夜の前に、紅赫が立ちふさがる。彼女の右腕から赫い蒸気が吹き出ていた。

 

「今の私では貴方に勝てません。大変腹立たしいですがそれは事実。…ですが、それでも貴方から本気を引きずり出すことぐらいは出来るでしょう」

「本気?、そんなもの、幾億年前に忘れてしまったわ」

  

 紅赫が右足を踏み込んで間合いを一気に詰めた。左拳に怒りを灯しながら殴り込む。

 輝夜は左足を1歩引いて迎撃の姿勢を取った。飛んでくる拳を掴んで、勢いを殺さずに地面に背負投げてやればいい、そう彼女は考えようとした。

 しかしどういう訳か、無性に相手をぶん殴りたくなった。その思いを止められず、輝夜は左手を身体の後ろに引いていた。一瞬の間だ。もう動作を変えることは出来ない。

 鬼の拳が輝夜の顔面目掛けて飛んでいく。

 姫の拳が紅赫の顔面目掛けて飛んでいく。

 

 バキィッ!!!!!

 

 3度目の相打ちが決まった。

 1回目、そして2回目のよりも力が込められた拳は互いの脳を少なからず揺さぶった。

 2人の視界が揺れる。そこにほんの僅かな間が生まれた。

 僅差で先に行動したのは輝夜だ。

 先の異常な感覚が何だったのか知るために一度鬼から離れたい。そう考えて紅赫の腹に押し出すような蹴りを入れた。

 ただのヤクザキックでも輝夜が放てば強烈な威力を持つ。紅赫の身体はまるで玩具のように再び聖域の外近くまで吹き飛ばされた。

 

(さっきお腹をやられてから何かがおかしいわ…。胸の奥底から感情が湧き上がって思考が纏まらない…)

 

 今もなお黒い感情が輝夜の頭を乗っ取ろうとしている。輝夜はそれが怒りの感情であることにようやく気付いた。

 ついこないだ永琳に怒っていなかったら、この感情が何なのか思い出すのに時間が掛かっていただろう。

 

「その感情が何なのか今気付くとは…。よほど世俗離れをした生活を送っていたようですね」

 

 紅赫がゆっくりと歩み寄る。

 

「貴方に私の怒りを打ち込みました。…本来なら今頃怒り狂っていてもおかしくないのですが、どうなっているのです」

「らしくないことはしたくないの。温厚で知られる私がこの程度で取り乱す訳には行かないのよ」

 

 輝夜は、ごめんなさいね、と謝った。

 それは明らかな挑発であったが、虚勢でもあった。

 

(私の中にこんな感情があるなんてね。入れられたものだとしても、こんな気分になるなんて面白いわ)

 

 輝夜が歩き出す。自分に向かって歩む紅赫に向けて、ゆっくりと。

 痛い程握り締められた拳がギシギシと音を立てた。

 自分の思考が随分と攻撃的になっている。鬼の怒りが相手を打ち倒せと怒鳴り続けている。少しでも気を抜けば意識を乗っ取られてしまう。

 

「怒りに身を任すっていうのも面白そうだけれど、……せっかくなら自分の怒りにまかせたいの」

「私に打ち込まれたのは貴方が2番目なのです。光栄に思ってもらって結構ですよ」

 

 2人の歩みは止まらない。

 1歩1歩地面を踏み締めながら、歩みを進めていく。

 

(重なった…!)

 

 見ている誰もが、両者の間合いが完全に重なってしまったことに気付いた。

 2人の間は1メートルもない。拳も蹴りも全ての攻撃が届く。

 互いが互いを見据えていた。紅赫の真紅の瞳と、輝夜の黒茶色の瞳が交差した。

 先に動いたのは紅赫だ。

 

「セイッ!!」

 

 ノーモーションの突きを放った。体重移動と軸ずらしによってのみ加速された突きは、それだけでも十分過ぎる威力を持ち、再び輝夜の腹を狙う。

 しかし輝夜はあくまで冷静に、それを左手の肘と膝で強く挟み込んで止める。鬼の左手首が砕ける音がした。

 そのまま左足で蹴り上げて肩を脱臼させようとして、掴まれた。鬼の右手が姫の足首を受け止めて掴んだのだ。

 その右腕に血管が浮き上がる。万力よりも遥かに強い圧力が輝夜の脛を締め付けた。

 このままでは砕かれる、と判断した輝夜は、右足だけでジャンプすると同時に左足の膝を折り曲げた。

 思わず輝夜へと寄せられる紅赫の胸に向けて、片足だけのドロップキックを放った。

 紅赫の胸の中心に足跡が深く刻まれる。目を見開くが、歯を食いしばった。吹き飛ばされそうになる衝撃に右腕が無理矢理伸ばされるが、それでも足首から手を離そうとはしない。ドロップキックの後、そのまま地面に手を突いた輝夜を見て、右手に怒りを込めて大きく振り上げた。

 

「嘘でしょ!!」

 

 輝夜は焦った。この後自分がどうなるか想像出来ない訳がない。

 紅赫は直ぐ様後ろを振り返った。上げた右手に勢いを付けて地面に振り下ろした。

 

 ドゴォォッ!!!!!!

 

 輝夜の身体が空中を斬るような殺人的速度で地面に叩き付けられた。

 黒き地面が大きく揺れ、叩き付けられた場所から外に向かって幾本ものヒビが走った。

 

「…まぁ、耐えますよね」

 

 輝夜は両手を突いて受け身を取っていた。彼女の両腕が硬いはずの地面に深々と突き刺さっている。

 

「何度も繰り返せば、どうでしょう?」

 

 紅赫が再び右手に力を入れた。地面から強引に引き離された輝夜は、また再び黒き地面に振り下ろされる。そして、また地面が揺れた。

 紅赫は何度も繰り返した。最早確認などしなかった。彼女が猛り狂うまで延々と繰り返すつもりだった。

 しかし叩き付けた回数が20回を超えた所で、紅赫の右腕に痛みが走った。恐らく強引に伸ばされた時に筋をやられてしまったのだろう。このままこれを続けるのは難しいと判断した彼女は、一度輝夜を振り下ろすと、今度は頭上で振り回し始めた。最後の一撃のつもりだった。

 

(本来なら振り回されている時点で死んでもおかしくないのですが…。大丈夫でしょう)

 

 回転数が増していく。輝夜の身体がまるでヘリコプターの羽のような速度で振り回される。

 紅赫は右腕が限界を訴えるまで振り回し続けた。このまま叩きつければさしもの輝夜でも耐えられないはず。そう信じて、振り回し、そして。

 

「せぇぇりゃぁぁぁあああ!!!!!!」

 

 馬鹿馬鹿しい程の爆音が聖域に鳴り響き、そして大地震が起こった。それは諏訪子が地面に手を当てて、衝撃を操作していなければ余波が村にまで被害を及ぼしてしまう程の地震だった。

 砕かれた地面が粉になって噴き上がり、辺り一面に黒い煙幕を巻き起こす。

 

「どう、なったのかしら」

 

 紫が呟いた。

 音がしない。

 もしかして今ので決着がついたのか。

 

「肉は叩くと柔らこうなる。赤鬼も良い仕事をしたものよ」

 

 天嵐が指を鳴らすと、無風だったはずの聖域に一陣の風が吹いた。

 土埃が掻き消えていく。

 そして、見えるようになった。

 立っているのは紅赫だけだった。

 天嵐がその様を見てほくそ笑んだ。

 月人の味は如何程か。自分の美に一層の磨きが掛かると喜んだ。

 紅赫はそんな天嵐の心を読んだのか、辺りに聞こえるように言った。

 

「輝夜、貴方は呆れるくらい頑丈ですね。この私ですら破壊出来ないとは…。鬼として少々自信を失いそうです」

 

 まだ決着はついていなかった。

 地面に人形の穴が出来上がっていて、その穴に向けた声は反響して輝夜の耳に届いた。

 穴の奥から伸び出た手が、ゆっくりと縁に掛けられる。

 これだけの攻撃を食らってもなお生きているという事実に天嵐はひどく驚いた。思わず立ち上がって2人の様子を見ようとした。

 穴から輝夜が現れる。

 全体的に黒ずんでいるが、傷という傷が一切見当たらない。あれだけ酷く叩き付けられたのに、骨折すらしている様子も無かった。

 輝夜が自分の身体を見て、パンパン、と叩いて砂埃を振り払うと、戦う前と同じ綺麗な姿に戻ってしまった。そして穴だらけになってしまった聖域を見て笑いだした。

 

「面白い!、面白いわ!!、この私が地面に玩具のように叩き付けられるなんて最高よ!!、永琳見てるかしら?、見てるわよね、絶対。ねぇー!、永琳!!、やっぱり地上は面白いわよ!!!」

 

 突如として輝夜が空に向かって叫びだした。

 叩き付けられた衝撃で狂ってしまったのかと、誰かが不安に思ったが、それは杞憂だった。彼女は狂ってなどいない。何もかも正常なのだ。

 永琳に向けてひとしきり喋ると、紅赫を見て言った。

 

「ありがとうね紅赫。本当に楽しかったわ」

「まるでもう終わりのような口ぶりではありませんか。決着は未だでしょう?」

 

 紅赫が訝しむ。

 

「いいえ、もう終わりなの」

 

 輝夜が頭を横に振った。顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。

 紅赫は内心焦っていた。もう身体がボロボロなのだ。相打ちから始まったあの戦いで、受けた攻撃の回数は少なくとも、その一撃一撃が尋常じゃない程に重かったのだ。特に胸を蹴られたのが一番効いていた。

 それでも紅赫は仁王立ちを崩さない。鬼としての矜持、そして何より胸の中で煮え滾る怒りが倒れる事を許さない。

 

(まだまだ私も修行不足といったところでしょう。…次の戦いでは負けませんよ、輝夜)

 

 倒れるなら輝夜の一撃で。そう考えて、紅赫は攻撃を待とうとした。

 しかし、遅かった。

 負ける覚悟を決めたそのコンマ1秒もないその瞬間、輝夜が眼前に迫っていた。まるで瞬間移動でもしたのかと錯覚してしまう速さに紅赫はただ見ているだけしか出来なかった。

 そしてそれを認識する前に、輝夜の右腕が紅赫の首を薙いでいた。

 輝夜の超高速ラリアットに紅赫は悲鳴を上げることなく、凄まじい勢いで地面に後頭部を叩き付けられる。

 ラリアットを繰り出した輝夜は、身体の勢いを足で強引に止めた。ガリガリ、と地面に2本の溝が出来上がる。そして止まるやいなや、天高く飛び上がった。まるで体操選手のように美しく回転しながらだ。

 そして回転したまま、輝夜の身体は勢い良く落下し始める。着地地点は紅赫の上だ。

 落ちてくる輝夜を紅赫は朦朧とする意識の中、呆然と見ていた。

 ふと、試合が始まる前に言った言葉を思い出した。

 

「大陸では私が最も強かったのです」

 

 世界は広い。それが知れただけ、良かったと思う。

 結局彼女の本気を見れなかったのが腹立たしいが、それは自分が未だ未熟だからだと納得させた。

 自分の娘たちに無様な姿を見せなくて良かったと、思う。

 そこまで考えて、紅赫の意識は途絶えた。

 輝夜の肘が、紅赫の腹に叩き込まれていた。くの字に折れ曲がる彼女を中心にして、聖域の全てにひびが入り、地割れが起きた。

 紅赫の叩き付けよりも遥かに強大な地震が発生し、諏訪子はそれを抑えるのに必死になっていた。

 いよいよ決着がついたのだ。

 輝夜が立ち上がる。

 意識の無い紅赫に向かって彼女は言った。

 

「ほんと、楽しかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅赫は知らない。輝夜が能力を使っていたことを。

 “永遠と須臾を操る程度の能力”を使って、その時を永遠に引き伸ばしていたことを紅赫は知らない。

 事実、鬼の怒りは猛毒の如き速さで輝夜の身体を侵食した。彼女の目はあとほんの僅かで真紅に染まろうとしていた。そのほんの僅かを引き延ばしたのだ。

 

(負けた、負けた。負けちゃったわ♪)

 

 赫怒で心を焼かれそうなのに、輝夜は心底楽しそうだったことを紅赫は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勢いのある戦闘って何だろうと思い、読んだのがニンジャスレイヤーでした
独特な文章ですけど、脳内で映像化してみれば途轍もない速さでキャラクターたちが動くので不思議です

また最近本を読みました
平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」
星新一「ボッコちゃん」
葉原鉄「悪魔が来りてAV撮影?!」
特にメルカトルに収録されている“怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男”が、非常にグロいですがとても面白いのでオススメです
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